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安寧求むる君たちへ  作者: 形而上ロマンティスト
第二章:惑星イルシャー

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20/24

リープ

「…ウシャ、悲しい?ウシャ、大丈夫…?」


 テーブルの上に散乱する研究道具を触っていたパーパちゃんがその手を止め、私の方を見て目を合わせた。

 つぶらな瞳のその奥に、確かに私を心配してくれている表情が窺える。


「うん、大丈夫だよ、パーパちゃん。私だって、まだまだ頑張れる。」


 そう言って湖水を溜めたシリンダーに目を戻した時

 外からサハさんの声がした。


「おいルシャー、今大丈夫かー?今そん中って先生いるかー?」


 私は空元気に返事をしながら顔をテントから出した。

 外にはサハさんとアシュさんがいた。


「お、ちょうどいい。アティーテがお前らになんか取って来てほしいんだとよ。」



 アティーテさんのところに行くと、私はお使いを頼まれた。

 と言っても、パラを再度収穫してほしいとのことだけだ。

 パラの実はこの森における貴重な酸味で、野獣の肉を柔らかくしたり一緒に煮たり、それは沢山使い勝手があるらしい。

 パラの群生地を知っているのが私とパーパちゃんだけだし、前回行った時はハチみたいなのに刺されそうになったし…ってことで、また同じメンバーで取りに行って欲しいんだって。


 私は喜んで引き受けた。

 この森に来てから、私が唯一みんなに貢献できたのがそのパラ収穫だったから。

 このままテント内で無為に時間を過ごすより、よっぽどみんなの為になる。


 私はパーパちゃんと一緒に数日前に通った道を辿り戻った。


「パーパ、あそこ行くのひさびさ!」


「そうだね、パーパちゃん。私、あんまり道覚えてないから、道案内よろしくね。」


「うん!チクチクむし来ても、パーパがぶったぎる!」


「あはは、どこでそんな言葉覚えてきたの〜」


 ああ、

 何故だろう。

 その道中、私はすごく安らかだった。

 久々に、穏やかに笑った気がした。


 目的地まではそこまで遠くない。

 二度目となるその場所は何度見ても圧巻の景色だった。

 今回は前回とは違い、アティーテさんに明確な指示をもらってる。


「今ある材料用と、プラス予備ってことでざっと500個くらいあると嬉しいかも。重かったらあのヒョロヒョロに手伝ってもらってー!」


 このことをパーパちゃんに伝えるの、少し手間取った。

 500って五進法だとどれくらい?

 広場出る前、ニルさんに聞いておけばよかった。


 そんなことを思い返しながら私たちはパラを収穫する。

 パーパちゃんも半分遊んでいたけど、たくさんのパラの実を綺麗な状態で採って来てくれた。


 今回は前のように危険な目には合わなそうだ。

 というか、合わないようにすっごい気を配ってる。

 ブリンガ…って言ったっけ?あのハチ。

 アスヤーくんが説明してくれた。刺激さえしなければ無害だけど、怒らせてしまうと大変だって。

 確か、生物をドロドロに溶かす…とか。

 想像するだけで身震いしちゃう。


 溶かすってことは、毒…というより酸の類なのかな…?

 反応性が高くて、肉を溶かしちゃう…みたいな。

 いやでも、アスヤーくんの言い方的に、肉だけじゃなく内臓とか骨とかも溶かすのかな?

 そうだったら恐ろしい。

 ドーラムには存在しない未知の領域だ。


 その時、パラを採るルシャの手が止まった。


 ()()()()()()()()()()…?

 生物毒っていうのは、この星の中でブリンガが生存競争に勝つために得た力。

 それは言わば、この星における生物特化の兵器だ。

 もしかしたら…

 使えるかも…!


「パーパちゃん!」


「なにーー?」


「ブリン…いや、チクチク虫、どこかに居なかった?」


「んーとね、いっぱいいるよー!でも大丈夫!パーパがウシャ、まもる!」


「あのねパーパちゃん、私、あの虫少し調べてみたいの!もしかしたら、水の研究に使えるかも!」


「んー?」


「だからね、数匹だけ、パーパちゃんが取って来てくれたりしない…?」


「んー、でも、ウシャが踏まなかったら、チクチクしないよ?」


「そうなんだけどね、私、あの虫が欲しいの!」


 パーパちゃんには私の言っていることがあまり伝わっていないようだった。

 それもそう。本来、あの虫には危害を加えちゃいけないんだもの。

 それを敢えて研究の為に狩るっていうのは、強欲な人間ならではの発想だ。


「んー、ウシャ、あれ好きなの…?」


「うーんとね、そうじゃなくて…」


 私の頭に嫌な作戦がチラついた。

 私が意図的にブリンガを刺激して、彼らの標的になれば…。

 

 いや、ダメだそんなこと。

 そんなのまるで…パーパちゃんの優しさを利用しているみたいだ…。


 別にブリンガの毒が効くと決まった訳じゃない…。

 無理言ってパーパちゃんにやらせるのは…

 でも…せっかくの可能性…。試さないのは今度はみんなに悪いし…。


 その時、パーパが突然、音をも置き去りにするほど早く腕をしならせ、瞬間その場の空気を揺らした。

 ルシャは何が起きたのか把握できず、ただ茫然とパーパを見つめる。


「はい、ウシャ!」


 パーパちゃんはそう言って、私の元に腕を伸ばした。

 その先に巻き取られていたのは、3、4匹のブリンガ。

 どれも動きが止まっていて、死後硬直、または脳震盪で気絶してるだけかもしれない。


「ぱ、パーパちゃん…なんで…?」


「ウシャ、悲しそう…。むしさん、欲しかったでしょ…?」


 その言葉で気付かされた。

 この子は私の為にブリンガを取ってくれたんだ。

 私がお願いしたから。私が悲しそうな表情をしたから。

 なんて優しい、いい子なんだろう。

 その反面、私はこの子の優しさを私欲のために利用してしまったんだ。

 言い表せない、澱んだ罪悪感に襲われる。


 私はパーパちゃんに対して、できるかぎりの笑顔を作った。


「ありがとう、パーパちゃん!私、これで研究頑張るよ!」


 今でも忘れられない、あの時のパーパちゃんの表情。

 木の葉の表面、小さな点が三つ逆三角形に付いているだけの小さなお顔。

 そんな顔が、まるでお花が咲いたように明るく嬉しそうに開いたの。

 それはまるで、子供が作る純粋無垢な笑顔。


 その時、私もなんだか少しだけ嬉しくなった。

 さっきまで感じていた負い目が少しだけ薄れた気がした。

 私の笑顔が、パーパちゃんを笑顔にした。

 この事実が、なんだか苦しいほど嬉しくて、温かい気持ちになったの。


 私たちはその場で少しの間笑い合った。

 ゆっくりと流れる、ひと時の幸せ。

 今思えば、この日のことをもっと心に刻んでおくべきだったのかな。

 そうしてたら、あの未来は避けられたのかな。

 あの日、私は知らなかった。

 あの後、一体何が起きてしまうのか。

 私がもたらした、最悪の災厄を。




 パーパちゃんが取ってくれたブリンガを持って拠点に帰った私たち。

 研究用テントに入った私は早速、ブリンガの毒針の抽出を試みた。

 針はちょうど蜂みたいにお尻に備えられていて、ピンセットを使えば思ったより簡単に取り外せた。


 シャーレに湖水を少量垂らし、そこに毒針を漬けてみる。

 すると浸透圧で毒液が湖水に滲み出た。

 それは少量だったが問題ない。

 私はそのシャーレを慎重に撹拌し、顕微鏡にセットして覗いてみた。


「きた!!!」


 私は思わず声を漏らした。

 隣にいたパーパちゃんがびっくりして何かを落とす音が聞こえた。


「パーパちゃん!やったよ!!」


「わー!ウシャ、すごい!!いいな、いいな!」


 私が何か説明する前にパーパちゃんは喜んだ。

 きっと、パーパちゃんには何が何だかさっぱりだったんだろうな。

 大丈夫、あとでちゃんと説明してあげるからね。


 私が覗いた湖水には微生物の残骸らしきものが残っていた。

 その形はもはや円形ではなく無造作に歪んでおり、その多くは既に環構造を成していなかった。

 その内部にあったであろう核は跡形もなく消えていて、目に映るは核を失った悲惨な防壁の欠片だけだ。


 私は勢いに乗って残りのブリンガから毒針を抽出し、それらを多めの湖水に溶かし込む。

 顕微鏡越しに同様の破壊痕を確認の後、念の為アルコール殺菌と高温処理を施した。

 もう一度中をみてみるとそれは素晴らしく澄んだ無色透明、この一週間対面し続けた無数の点々模様は跡形もなく消え去っていた。


「皆さん!!朗報です!!!!」


 私は興奮のあまりテントから飛び出し、アティーテさん達がいる調理場へ走った。


「どうしたのルシャ!?もしかして、ついに見つけたの!?!?」


「え、ルシャさんほんと!?」


「本当ですか!?」


 私は達成感に満ち溢れ、自信に満ちた満面の笑みで頷いた。


「「「すごいじゃん!!!!」」」

 

 リタくんは大急ぎで先生を呼んで行ってくれて、その間、私はニルさんに事の経緯と完成した水を顕微鏡越しに見せた。

 きっと、近くで訓練をしていたであろうシャンティさん達と先生がリタくんの呼びかけで大急ぎに帰宅し、みんなが研究用テントの中に集まった。

 こんなことは初めてで、みんながいるとこんなに窮屈になるんだ、と思った。


「ルシャ、よく考えついたね〜、これは見事、見事だよ。」


 顕微鏡を覗きながら先生がそう言ってくれた。


「そうなんです!あの斑模様が影一つありません!これは、私たちが飲める可能性大ですよ!!」


「ルシャ、よくやったな!俺もなんか嬉しいぜ!」


 サハさんのその言葉から始まり、みんな次々に労いの言葉をかけてくれた。

 私にとって、この発見はただの運だ。

 たまたまパラの群生地にお使いを頼まれて、たまたまそこでブリンガのことを思い出した。

 もし、一回目の時にブリンガに襲われていなかったら今日のことはなかっただろう。


 私は、今日この日までの出来事を全て感謝した。

 感謝せずにはいられなかった。

 頭の中にお母さんの声が聞こえてくる。

 けどそれは、いつもの不快な響じゃない。穏やかで安らかで、私のことを見てくれている響き。

 お父さんの声が聞こえる。

 「頑張ったな」って。「偉いぞ」って。「さすがは俺の娘だ」って。

 お兄ちゃんの声が聞こえる。

 「ルシャは賢いからなー」って。「お兄ちゃんも嬉しいよ」って。

 ああ、もしこの成果をドーラムに持って帰れたら私、ノベール賞とか、とれちゃったりして…笑。


 達成感、幸福感、安堵、疲労。

 溜まっていた、押さえていたプラスの感情が全て一気に押し寄せ、私はストンとその場に崩れ落ちてしまった。




 精製水第一号は先生が試飲した。

 それから一日経過観察をし、問題なさそうであれば少しづつ量を増やして試してみる。

 三日目には既に、その水をグビグビ飲んでも大丈夫だという結論が出た。


 そうそう、その間に進展がもう一つ。

 湖水をグビグビ飲む為には、それ相応のブリンガ毒が必要になる。

 ブリンガ一匹から抽出できる毒の量はごく僅かなため、それは少々問題だった。

 だけど、サハさんが


「毒って言ったらさ、シカの背中から吹き出るあれもその類だよな?あれも使えたりするか?」


「あぁ、確かに。最近は一発で仕留めるせいで反撃喰らわないから忘れてたけど、確か酸っぽい、草木を溶かす感じだったような…」


「そ、それなら、使えるかもしれません!こ、ここに生殖する木々にも、た、多少なりとも水中微生物の痕跡がありますから!!」


 その案はドンピシャ。

 鹿の背にある大きな渦石、それを上手いこと外して中に溜まる液体を湖水に振り撒くと、ブリンガ毒と同じ効果が得られた。

 鹿の酸(と言うことにする)はブリンガ毒と違って渦石に溜まるほどあるから、数匹狩ってもらうだけで相当量の飲料水が精製できた。


 


 そしてついに、約束の二週間。

 私たちは手分けして飲料水の精製に努め、ついにボトル3つ分の飲料水が作れた。


 その日、私たちは広場の中心で円卓を囲んでいた。

 その中心には調理班のみんなが作ってくれたご馳走が山ほど盛り付けられており、そしてみんなの片手には生成した飲料水いっぱいのコップがあった。


 コップを片手に先生が口を開く。


「シャンティリーダー、乾杯の言葉をくださいな〜」


「う…ご、ゴホン。えっと、それじゃあ…。みんな、この二週間、よく頑張ってくれた。俺たち狩猟班は戦闘技術の向上に多くの獲物を狩り、それを調理班のみんなが美味しく調理してくれた。そして、一番の功労者はルシャ、お前だ。頼りになる人が少ない中、一人ずっと研究に向き合ってくれた。おかげで今日、みんなの右手には正真正銘イルシャー産の水が納まっている。これでもっと、この星に滞在する猶予が生まれたんだ。

ルシャに、そしてこの星、イルシャーに。」


「「「「「「かんぱーーーい!!!」」」」」」


 ドーラムから出発する日の夜、みんなでパーティーしたのを思い出す。

 あの日の方が、きっと外見は華やかで豪華に見えるだろう。

 けれど私には、今日の方が10倍も100倍も嬉しい瞬間だった。


「おい、アスヤーは何処だー?アスヤーくんも居ないとこの会は成立しないぜー!!」


「ぼ、僕もいいんですか…?」


「勿論だよ〜アスヤーくん。君がいなければここまで来れていないさ。ほら、パットラの子達も集めておいで〜」


 既に多くのパットラが騒ぎを耳に集まって来ていたが、アスヤーくんが追加でもっと呼んできた。

 

「あ、アスヤーくん、こ、これ、飲んでみてください!きっと、美味しいはずですよ!!」


 私はアスヤーくんにコップ一杯の水を手渡す。

 アスヤーくんはそれをまじまじと見つめ、嬉しさと恐怖がせめぎ合ったような顔をした。


「これ、本当に飲んで大丈夫なんですか…?」


「うん!先生も大丈夫だったし、私たちでも平気だったから大丈夫!安心して飲んで!!」


 アスヤーくんは過去に湖水で失敗している。

 言わば、生食に当たったようなものだったのだろう。

 そのトラウマが水を口にするのを拒んだって決して不思議なことじゃない。

 だけどアスヤーくんは思い切って一口のみ干した。


 その時、アスヤーくんは目を見開いて、すっごく嬉しそうな、幸せそうな顔をした。









 その、はずだった。



「う”う”っ…」


 アスヤーくんの顔は急に真っ青になり、喉を引き攣らせるように大きく嘔く。

 

バシャバシャバシャ


 その瞬間、胃酸の黄色がかった色と真っ赤な血が混じったグロい緑色の体液が小柄なアスヤーくんの口から溢れ出た。

〜イルシャー豆知識その9〜

 シャンティ率いる狩猟班はこの二週間、いろいろな動物を狩ってきたぞ!

 ナイフ術に加え光銃の扱いも、先生の指導の元基礎を叩き直したこともあって、光銃を使った鳥類の狩猟もしてたんだ!

 他に、湖に釣竿を垂らして釣りをしてみたこともあったけど、結局何も釣れなかったらしい。

 サハによると、その湖には魚が絶対いるらしいんだけどねー。

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