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安寧求むる君たちへ  作者: 形而上ロマンティスト
第二章:惑星イルシャー

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19/24

コンサーン

 自分でも、どうしてそれを追いかけようと思ったのか上手く言葉で説明できない。

 ただ、その影が俺に何かを訴えている気がしてならなかった、というのが最適な表現だと思う。

 

 その影は俺と常に一定の距離を保ちながら森の奥へと進む。

 一歩前進する際にわずかに上下する黒塗りの姿から、それは四足歩行の生物であることに間違いはなさそうだ。

 距離が離れていることに加え、光もほとんど遮られていることからその全貌は未だよく分からないが、動く堆積は当初想像していたものより二倍ほど大きい。

 俺は既についてきたことを後悔し始めていた。


 風に木の葉が揺れ、太陽光がチラチラと俺たちに降り注ぐ。

 光を乱反射しているのだろうか、太陽が当たる度にその影は虹色に輝いているように見えた。


 そこまで遠くまでは来ていないと思う。

 きっとまだギリギリ見回りの範囲内。

 そんなところで俺は、目の前に小さな湖がポツンと広がる深閑とした空間に出ていた。

 そこにあるは楕円の形をした小さな溜池。その水は宇宙船横の巨大湖のものとは異なる至極透明で、反射する太陽光が眩しく煌めいている。

 その向こう側には大きな丸い岩。表面は苔や蔦で装飾が施されているが、その輪郭は完全な球形で違和感すら覚えるほどだ。

 その一望はこの森の中でも最も幻想的と言えるほどの絶景で、ただでさえ濃い色彩がより一層鮮やかに見えた。


 俺をここまで案内した奇妙な動物は湖畔に座り込み水を飲んでいる。

 ちょうど陽の真下に位置するためその正体がよく観察できた。

 それはちょうど俺くらいの巨体でありながら胴はふさふさの体毛に覆われている。細長い尾を左右に振りながら前屈みに湖水を啜るその姿は胴体部分だけ見ればネコそのものだ。


 しかし、俺の知るネコとは異なる点がざっくり二点。

 一つ目はその背につく大きな、そして美しい虹色の羽。

 その形はアゲハ蝶のそれに近く、ただ図体が大きな分その面積も圧巻だ。

 二つ目はその頭。

 今いる位置からじゃ背に隠れて分かりにくいが、それは明らかにネコの物ではない。

 頭部には全く毛が生えておらずのっぺりとしていて、まるで首から上は別の製造業者が作ったんじゃないかと思うほどだ。

 

 俺はゆっくりとその空間の中に進み、その生物の動きを観察した。

 喉の渇きは潤ったのだろうか、それは湖から顔をあげ、こちらをジッと見つめ返してきた。

 真正面から見つめ合って判明したその顔貌は、まるで拡大したナメクジのようだった。

 凹凸一つない頭部は肌色のスライムのような質感で、不思議な形の顔に両目だけが左右にぴょこんとはみ出している。

 まるで三種類の動物が合わさったキメラのような生物を前に、俺はそこはかとない恐怖と興奮を感じていた。


 すると


「綺麗ですよn…」


「うわぁぁああ!!」


 突然背後から声が鳴り俺は片手を腰のナイフに当てがいながらその場で飛び跳ねた。


「あぁ、すみません、驚かせてしまいましたよね。僕です、アスヤーです。」


「ああ…なんだよびっくりしたぁ…。アスヤーくん、なんでこんなところに…」


 目線を少し下に下げるとそこにはアスヤーくんが照れくさそうに立っていた。


「シャンティさんの帰りが遅かったので探しに来たんですよ。」


 俺がこの世界観に没頭していたからだろうか、アスヤーくんが近づく音も気配も感じられなかった。

 死角から不意打ちのように現れた彼の存在に俺の心臓はバクバクと鳴り続ける。


「ああ…そ、そんなに時間たってたか、すまんな、心配かけて」


「いえいえ、それよりシャンティさん、よくこんなところまで来ましたね?何をしていたんですか…?」


「いやぁ…そこにいる動物を森の中で見つけて、それでここまで着いてきちまったんだ。」


 そう言って俺はあのキメラの方を指差す。

 そいつもこちらの会話には気づいているようで、それでも依然として俺の方をジッと見つめてくる。

 なんとも不気味極まりない。


「なるほど、パタンブーカに誘われたんですね!」


 俺がアスヤーくんの方に顔を戻すと、彼は嬉しそうに俺を見ていた。


「パタンブーカ…ってあのクリミの成体か…?こんなに大きくなるのか?」


「はい!クリミから十分に成長すると赤ちゃんとして生まれてきて、それで大人になるんです!あの子はサイズ的にまだ幼獣ですよ。」


 初めて見た時の衝撃は忘れないあのグロテスクな幼虫。

 あれ、やっぱ卵じゃなくてサナギの類なんじゃないか…?


「実は、パタンブーカは僕たちの思考がなんとなく分かるみたいなんです。そして同様に、僕たちも彼らの考えていることが少し伝わってくるんですよ。

 ですから、シャンティさんはあの子の招待の意思を受け取ってここまで誘われたんだと思います。」


 なるほど、意思の伝達。

 こいつもそれができるのか。

 パットラのように声帯器官は持たないからか言語は見受けられないが、意思だけは直接伝わってくると。

 どうりであの奇妙な安心感があったわけだ。

 音を発さない以上翻訳機は機能しないが、確かに俺はついさっきまで己の意思のほかにもう一つ、この身を動かす衝動のようなものが感じられた。


「アイツ、俺をここに呼んで何がしたかったんだ…?」


 アスヤーくんは少し考えるように首を傾げた。


「きっと、ただの気まぐれでしょう。あの子も子供だからシャンティさんを見つけて嬉しかったのかも!さぁシャンティさん、僕たちももう帰りましょう。サハさんが待っていましたよ?」


「あ、あぁ、そうするか…。」


 俺は思っていたよりも長い道草を食ってしまったらしい。

 アスヤーくんに連れられ、俺はその空間を後にした。


 俺の姿が草木に隠れ切るまで、パタンブーカの子供はずっと俺のことを見つめていた。

 アスヤーくんはこれをあの子の気まぐれだと結論付けたが、なぜか俺にはそう思えなかった。

 彼のじめっとした無機質な眼差しは、俺に何か危機的なものを伝えてくれているような、訴えているような感じがする。

 だが、いくら意思を伝えられるとは言えその力は微弱なもので、結局俺には彼が何を言いたかったのか理解できずにその場を去った。



 一方その頃

 ルシャは新しく建てた研究用テントの中、一人頭を抱えていた。


「(ああどうしよう…もう約束の二週間がすぐそこまで迫ってる…。何か案はないの…?何か…何か…!!)」


 私は湖の水に生息する謎の微生物について一つの仮説を立てた。

 それは、この森の原生生物とこの微生物は互いに共存関係にある、という説だ。

 多分だけど、この説は真実とはそう遠くないと思う。


 研究初期、この微生物と酷似した形状のものがクマの肉に発見された。

 それは微生物の中心部分、つまりは核だけが失われた抜け殻状態のものだった。

 それに続いて、あれから今までシャンティさん達が狩って来てくれたあらゆる動物の体内にもその抜け殻が残っているのが確認できた。

 そこで私はこう考えた。この微生物の本体はその殻の中にある核のような部分である、と。


 生物が水を吸収する過程でこの核がなんらかの方法で生体内に入り込み、それが互いに好影響を与えているんじゃないか。

 その場合、やっぱりその核は私たち人類にとって害になる可能性は否めない。

 だって、もしかしたらそれは寄生虫の類だったりして、私たちの細胞を乗っ取ったりしちゃうかもしれないから。

 ただ逆に、それさえ取り除くことができれば、余った核は私たちの人体に影響を与えずに安全な飲み水ができるはず。


 …というところまで研究が進んだのも、もう一週間以上前のこと。

 理論的に言葉で言うのは簡単な「核の除去」。

 でも実際は全く上手くいかなかった。


 既に、私が思い浮かぶあらゆる手段は試した。

 煮沸、冷凍、強酸、強塩基、挙げ句の果てには紫外線レーザーの照射も試みた。

 それでもこの微生物には、一切の変形も収縮も見られなかった。

 問題は核を覆う殻だ。その防御力が高すぎて、私達の持つ科学技術じゃ、ましてや宇宙船に積める程度の機器じゃ傷すらつけられない。

 かといって、殻を壊さず中身だけ取り出すというのも、私にはどうするべきか見当もつかなかった。


 私の脳はとっくのとうにアイデアを失っていた。


「(やっぱり私じゃダメなのかな…)」


 みんなの優しい顔が目に浮かぶ。

 これだけ長い間成果を出せていない私に対しても、誰一人として嫌に振る舞ったりしない。

 みんな励ましてくれるし、いつも言ってくれる。

 「いつでも頼ってね」

 って。


 そんな優しさに私は一人傷つく。

 みんなは我慢してるに違いない。

 私の無能さを我慢してくれてるんだ。

 あの時のお母さんみたいに。

 できない私を最後まで甘やかしてくれる。

 それで最後は壊れちゃう。

 どこかで耐えきれなくなってしまうんだ。

 それもこれも全部私の無能のせい。

 どうしよう、どうしよう。

 

 研究のことを考えないといけないのに、頭がそちらに集中しない。

 考えてもどうにもならないことだけが頭の中を駆け巡る。


 外で喋るアティーテさんの声が聞こえる。

 頭の中でお母さんの声が聞こえる。

 学習塾で隣の席だった男の子の顔が思い浮かぶ。

 あの子だったらこんな問題、すでに解決してるんだろうな…

 お父さんの顔が浮かぶ。お兄ちゃんの笑顔が、死んだように青白く、ベットの上二度と目を覚まさないあの顔が目に浮かぶ。


 あぁ。

 そうだよね、お父さん。

 尊敬しなきゃ、だよね。

 尊敬すれば、やる気が湧いて、くるはずだもんね。


 アティーテさんみたいになりたい。

 知らない事象も知識でカバーして、明るいムードを作りながら美味しいご飯を振る舞えるアティーテさんみたいになりたい。

 ニルさんみたいになりたい。

 頭がよくて人のことをよく見ていて、男の子なのに私たち女子とも会話を合わせられる柔軟なニルさんになりたい。

 シャンティさんになりたい。

 分からないことだらけなはずなのに弱気な部分を見せないで、立派なリーダーをやってるシャンティさんみたいに…



 尊敬するっていうのは、

 時に残酷だったりする。

 友達のことを尊敬しようとする度、自分の無力感に何度も何度も打ちのめされ、どうして私だけこうなのかと泣き言を言いたくなってしまう。

 そんな自分すら未熟で脆弱、涙が出るほど救えない。


 ああ、あと一週間もないや…

 

 私には、あと数日の未来も存在していなかった。




 ルシャのいる研究テントの外。

 広場の中心にいる調理班は、たくさんのパットラ族に囲まれながらご飯の仕込みをしていた。

 そこに二人の青年が近づく。


「なーアティーテ、先生どこにいるか知らねー?」


「そこらへんに…ってあれ〜?さっきまでそこら辺うろちょろしてたのにどこ行ったんだろ?ルシャのテントかな?」


「えーうそー、先生この後俺たちと訓練するって約束だったのにー…」


 拗ねたように唇を尖らせるサハのもとに、食材をパットラに任せたニルが歩み寄る。


「まぁまぁ、何やら先生、ずっと忙しそうですよね。すぐどこかに行ってしまったかと思えば、いつの間にか帰ってきてるという感じですし…」


「ねぇニルさん…、結局さ、先生って悪い人じゃなかったんだよね…?信用していいんだよね…?」


 不安そうな顔をしたリタがニルの隣に付き、少し躊躇うように尋ねた。


「あったりまえだリタ!そうじゃなきゃ初狩りの時俺らを助けてはくれ…」


「いや、完全シロとは言い切れん。」


 威勢よく啖呵を切ったサハをアシュが無理やり遮った。


「なんだよアシュ!お前だって助けてもらっただろ!」


「俺はただ"完全シロ"じゃないって言っただけだ。俺だって、先生が俺ら側にいるってのは同意見だ。ただ、俺にはアイツがまだ何かを隠してる気がしてならんだけだ。」


「まぁー実際、先生ってなんでドーラム脱出に手貸してくれたんだろね〜?先生も訓練嫌だったとか〜?」


「そんなこと、もうどうでもいいじゃんかよー!別に先生が何か企んでたとしてもさ、今が良ければさ!

 ってかそれより、シャンティはどこだ?アイツまだ見回りやってんのか?」


「恐らくそうかと思われますよ?」


「マジで?アイツ迷ったりしてねぇよな…?

 ま、とりあえず俺たちはルシャんとこ行って先生いるか確認すっか?」


「あ、それならついでにルシャ呼んできて〜、ルシャにお使い頼むからさ〜。」


「はぁ!?お前研究で忙しそうなルシャにもっと仕事させんのかよ?」


()()()()()よ。あの子、最近テントに篭る時間が伸びてきてるでしょ?ご飯中も疲れ溜まってそうだったし、気分転換させた方がきっといいわ。」


「一理あるな。最近のルシャは元気がなさそうだ。

 ニル、お前も研究手伝ってんだろ?今アイツって何に行き詰まってんだ?」


「そうですね…、以前ルシャさんが発表なさったように、湖から取れる水には微生物が生息しています。それは核となる本体とそれを覆う堅牢な殻で構成されているのですが、その本体を殻から抜き取る術が現行見つかっていないのです。」


「え、でも前さ、俺らが狩った肉にその殻だけあったんだろ?じゃあさ、あのクマ鹿らはどうにかしてその本体を殻から抽出してるってことじゃねぇのか?」


「そうなんですが…、一番の問題なのは、どうやってその本体を殻から抽出しているのか、メカニズムを解明することなんです。私たちが持ってきた器具はいずれも生物研究をするためのものでは無いので、ここの原生生物がどのようにして殻をそのまま中身だけ抜き取っているのか調べることが困難なんですよ。」


「それならアスヤー君に…ってのも意味ねぇか…。アスヤーくんも湖水飲めなかったんだもんな。」


「はい…、アスヤーくんのケースに関しては、煮沸等の処理もしていなかったようなので腹痛が微生物由来かどうかは定かではないのですが、たとえ彼が水を飲めたとしても、そのメカニズムを私たちに伝えるのは難しいでしょう。たとえば、私たちがどのようにして食料をエネルギーに変えているのか、と聞かれても答えに困るのと一緒です。」


「…確かに。物事ってそう上手くは進まねぇんだなー。」


「で、でもさ…、もうあれから一週間を切ってるじゃん…?僕、まだここから出たくない…かも…」


「大丈夫だリタ。もっと長居できるようルシャが頑張ってくれてる。きっと大丈夫だよ。」


「えー意外〜!私てっきり、アシュはさっさとこの星から出たいのかと思ってた〜!『こんな野蛮な星、何がいいんだ、ケッ』ってさー笑」


「なんだその解像度の低いモノマネは。俺はこの星を結構気に入ってるぞ?食も豊かで運動する機会も多い、何より大人が先生しかいねぇ。考えることが少なくて好都合だ。」


「確かに、この土地は私たちが元来探し求めていた『安寧の地』に限りなく近いのかもしれませんね。どうにもならない社会からのしがらみも無く、多少不自由ながらも自給自足の生活ができますし…。」


「さらにさ、パットラの子達もみんな賢いんだよ?最近だって、ご飯作るの手伝ってもらってるし!

 だからもしかしたらさ、パットラちゃん達と協力しておっきな家とか建てられたらさ!…」


 その時、皆が一瞬その後のことを妄想した。

 各々がそれぞれの観点でこの惑星イルシャーを見つめ、改めて自らが追ってきた「幸せ」と言う概念が如何にこの環境に当てはまるのか思考したのだ。


「まぁそんな未来の話は後だ。やはり水がなけりゃそんな話、夢のまた夢だからな。

 とりあえずルシャ呼んでくるから、お前らここで待ってろ。」


「言われなくともここがうちらの職場です〜!」


「おい待てよアシュ!俺も行くって〜!」


 そう言って、シャンティ除く狩猟班は先生を探しに研究用テントに赴き、ついでにルシャを調理班のもとに呼び出した。

〜イルシャー豆知識その8〜

 パタンブーカは胴体がネコ、頭部がカタツムリ、そしてアゲハ蝶の羽を持っている不思議な動物だぞ。

 それ故、動きは俊敏で視野は360度カバー、さらに広げた羽は光を乱反射して虹色に輝くんだ。

 体重が重たいせいで滅多に飛ぶことは無いというが、一説によると本気を出せば飛ぶことだってできるらしい…?

 加えて、彼らには空間に存在する「意思場」を見ることができるという説があるぞ。それに弱く干渉することで、種族間を超えたコミュニケーション、特に願望の伝達を行えるんだ。

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