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安寧求むる君たちへ  作者: 形而上ロマンティスト
第二章:惑星イルシャー

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13/17

キャンプ

 パーパとたわいもない会話を交わしながら、シャンティ達は無事アスヤーの拠点へと帰還した。


「お、もうみんな帰ってきたのか。」


「皆さん、聞いてください!凄いことが分かったんです!!」


 大きな木々が数々立ち並ぶその空間で、一本の大木の辺りに座るニルが興奮気味にこちらを向いた。

 発見したことを早くみんなに共有したいとウズウズしている様子だ。


「お、なんだニル、何かこの星における重要な現象でも見つけたのか?」


「その…私たちに直接影響を与えるものでは無いのですが、それでも非常に興味深い内容なんです!とにかくさあさあ皆さん、こちらに来てください!説明します!」


 ニルは手招きしてシャンティたちをその木の根元まで集めた。

 シャンティにとって、できることならすぐさまキャンプ場の設置を行いたかったのだが、まぁ致し方ない。


「で、何さ〜?凄いことって?」


 もう既に退屈そうなアティーテに対してニルは必死に語りかけた。


「見ててくださいよー?」


 そこにはパーパと比べて少し縦に長い、葉縁にかかる赤が薄く中心のオレンジはより茶色っぽく燻んだ一匹のパットラが相も変わらずフラフラと不安定に立っていた。

 足元には恐らく木の実であろう、ドングリのような、しかし菱形に模られた茶色い物体がいくつも転がっている。状況によっては撒菱にでもなるのではないかと思う光景だ。


「ピピさん、これは、何個ですか?」


 すると、ニルはそう言ってそこに転がる菱形ドングリを一つ拾い上げた。

 その質問にピピ、と呼ばれたパットラはこれまた可愛らしい幼児の声で答える。


「1!1っこ!」


「正解です!じゃあ、これは?」


 ニルは手のひらにもう一つ菱形ドングリを拾って置いてみせた。


「2!2こ、2こ!!」


「正解!」


「ちょっとニル、あんたこの子達が幼稚園レベルの算数できるってのが発見だとか言わないわよね〜?」


「もう少しだけ待ってください、アティーテさん。きっとアティーテさんも驚かれます!」


 そう言ってニルはプラス二個、手のひらに乗っけた。


「さぁピピさん、これは何個ですか?」


「4こだよ!4こ!」


「大正解です!じゃあ、これは…?」


 そうしてニルが五つ目の木の実をのせた。すると、


「10!10こ!」


「はぁ!?何で急に10個になっちゃうのよ!?」


「あ〜、な〜るほど。確かに面白いことに気づいたね、ニル。」


「せ、先生はこれがどう言う意味か、わ、分かるんですか?」


 皆が困惑する中、ニルと先生だけはその光景に感心しているようだった。

 数え間違いの一体何が大発見なのか。


「皆さんも、もしかしたらこれでピンと来るかもしれません。ピピさん、これは何個ですか?」


 ニルはさらに一個追加し、計6個の木の実が彼の手のひらに置いてある。

 しかしピピはまたもや別の答えを持ってきた。


「11こ!これは、11っこだよ!」


 これにはシャンティも法則性に気づいた。

 説明はし辛いが、数が5周期で回っているのだ。


「ちょっと意味わかんない!なになに?この世界じゃ数字の概念がうちらと全く違うって訳??」


「アティーテさん、すごく惜しいです…!私の推測によると、彼らは我々の使う10進数ではなく、5進数を用いているのです!」


「ごしんすう?」


 リタが首を傾けた。


「よく気づいたね、ニル。確かに、彼らはいわゆる5進数を使って数を把握しているようだね〜?俺たちが普段使う数字は10進数、つまり0〜9の10個の記号を用いて数を表し、それよりも大きな数は『10の位』を儲けることで表せるようにしたものだ。それが彼らの場合、根本的な数は0〜4の5つしか存在せず、それより大きな数は、例えば『5の位』に1を、『1の位』に0を置くことで表しているんだね。」


「んー、ってことは、これは20個…?」


 リタが地面に転がる菱形ドングリをごっそり10個掬い上げ、ピピに見せる。


「正解!正解!それ、20っこ!」


「流石リタ、アッタマいいね〜、もう5進法をモノにしてるね〜?」


 褒められて照れくさそうに笑うリタに対し、ムスッと顔でアティーテが割り込む。


「ちょっと待って、使ってる数字のシステムがなんか変なのは私も分かったわ!でもそれがなんだって言うのよ〜?」


「そこなんですよ、アティーテさん。これは私の推測でしか無いのですが、この事実は、数の概念を彼らが独自に作ったものであるという証明につながると思うんです。」


「なるほど…?それはどうしてそう思うんだ?」


 シャンティはニルに尋ねた。彼の考えと今直面した事象との因果関係がいまいち掴めなかったのだ。


「皆さんは、我々人類がなぜ10進法を用いているのか、ご存知でしょうか?」


「そんなの、どっかの誰かが太古の昔に思いついたってだけでしょ〜?そこに意味もへったくれもありゃしないわよ。」


「確かに、それも一つの解釈です。しかし、ある人はこう解釈しました。皆さん、手のひらを使って数を数える際、何個まで数えられますか…?」


「10個だ…!指を折って数えて、1、2、3、4、5、6、7、8、9、そして10!」


「そうなんです。ある数学者は考えました。大昔の人類は数を把握する際に指を折って数えていた。それはまさしく私たちが幼少の頃に足し算を覚える際の状況そのものですから、そこに大きな疑問の余地はありません。我々には指が10本ありますから、10を一つの単位、そうですね、『1両手』のように一つ大きな枠組みにすることで、大きな数もわかりやすく分解したのだ、と。」


「素晴らしい!そんなこと授業でも教えていないのによく知っているね〜!自分で調べたのかい、ニル?」


「はい先生、以前数字に関する本を読んだ際にこのようなことが書かれていたんです。」


「いやはや素晴らしいね〜。確かに、俺もその説は知っている。そして何より、パットラちゃん達が5進法を使うってのもバッチリ合点がいくね〜!」


「5本の蔦…!パーパは5つに別れた葉先それぞれから触手のような蔦を出せる…。その蔦は俺たちにとっての指同様…だから5を一つの括りとして把握しているのか!」


「シャンティさん、ご明察です!」


「ふ〜ん、じゃあさ、このパットラ族ってのはパーパだけじゃなくみんな5本の葉先を持ってるってことかしら〜?」


「アティーテにしては鋭いじゃねぇか。」


 みんなより少し後ろに下がって見ていたアシュが口を開いた。

 きっと、ニルの実演を俺たちみんなが見えるよう、既にニルから話を聞いていたアシュは後ろに下がっていてくれたのだろう。


「は、あんたなんなのよ急に?」


「たった数分前、ニルは大興奮でこのことを俺に伝えてきた。だから、俺は確かめてみることにした。」


「他のパットラを…?」


「ああ。そしたらこいつら、大小さまざまで色も紅葉の常識に外れない程度にバラバラだが、葉先の数だけは揃いも揃って5本だったぜ。」


「ってことはやっぱニルの考察は当たってるってことか!」


「説は高いな…。ってことは要するに、パットラは俺ら人間で言うところの1000年前くらいの知能はあるってことか。」


「そこなんですよ、シャンティさん!もしかしたら、私たちの知恵を少々導入すればこの場所は急速に発展するかもしれないんです!」


 ますます興奮するニルにアシュが割って入った。


「それよりもまず、こいつらの文化だ。そういう知的生物が集落を構成するとき大抵の場合はあんだろ、なんか決まり事とか、風習的なのがよ。」


「それを聞くにうってつけの人は今いないようなんだけど〜どこに行っちゃったのかな〜?アスヤーくん。」


 先生が剽軽に問いかけた。

 気がついて周りを見ると、アスヤーと名乗った少年の姿は見渡す限りどこにも無かった。


「アイツはお前らがここを去った後割とすぐ見回りに行くとか言ってそこからどっか行っちまったよ。」


 そう言って、アシュは俺たちが来た方向とは逆方向を指差した。


「いつ帰ってくるのかは定かではありませんが、きっともう直帰って来るんじゃないでしょうか?」


 見回りに行くと言っても、この広い森の中いったいどこまで進んでいるのか見当もつかない。もしかしたらすぐ帰ってくるかも知れないし、まだまだ時間がかかるのかも知れない。

 とはいえ、この場は彼の住処なのだ。日没までにはいずれ帰ってくるだろう。


 彼の帰宅まで呑気に寛いでいる余裕は俺たちには無い。

 彼が帰ってくるまでの間、俺たちは第一拠点の制作に時間を当てるのが賢明だろう。


「とりあえず、目下の仕事はいっぱいある。ファーストシングスファースト、まずはサクッと拠点を作ろう。こいつらの生態に関してはその後だ。」


「ガッチャ!」



 昨日までは穏やかな静寂に包まれていたその広場には、今や賑やかしい声が数々飛び交っている。


 そんな喧騒からずっと離れた閑静な場所。

 そこには一つ、寂しく光る小さな小さな湖があった。

 湖畔に佇む一人の人影。

 それはそこはかとなく脱力し、湖を挟んだ先にある大岩を真っ直ぐ見つめていた。


「僕…どうしたらいいのかな…。ねぇ、シュダ…?」


 眼前に広がる小さな湖は、シャンティらが宇宙船を置いたその巨湖より遥かにこじんまりとし、その代わりその美しい水はおおよそ無色で透き通りその湖底をゆらゆらと映し出している。

 背の高い木々に囲まれる中ポツンと存在するその空間を太陽光が数ある葉の間を縫って照らし出し、水面に反射するその人影はまるで陽炎のように薄く揺らめいた。




 まず最初にやらねばならないことはテントを張ることだ。

 俺たちはまだ、この星の天候、ましてや昼夜間の時間的な長さすら常識がない。

 影の長さで自分らの制限時間はそう長くはないと判断し、日没前に少なくとも寝床までは確保したいと意気込んでいた。


「シャンティ〜、この辺でいいかー?」


「サハ、もうちょっと左に頼む。リタはもうちょっと手前だ。」


「分かったー!」


 俺らが建てるのは大きなテント一つではなく、小柄なテント二つだ。

 本来ならば男女で分けられればよかったのだが、生憎俺らのグループは男女人数差が激しいため、女子二人に加えてニルとリタが一つのテントを利用し、残りの野郎どもがもう一つのテントを拠点とする。


 いくら開けた場所だからといって人工的な整地がなされているわけでも無いため、テントを張るに十分なスペースを二個分確保するのには苦労を要した。


 結局、俺たちは二つのテントを少し離れた場所に立てることにした。

 とは言っても、テント間の距離は徒歩1、2分で収まる距離で、流石に隣同士とはいかなかったものの、お互いを行き来するのは何も懸念はなさそうだった。



「…できたぁ!!」


「ふう、頑張りましたね!」


「…よし、こっちもちゃんと立ってるな…?」


「うおおお!!なんかキャンプ感出てきたぁーー!!」


 作業開始から数時間、遂に二つのテント設置が完了した。


「なんか嬉しそうだな、サハ。お前はサバイバルがしたかったんじゃねぇのかー?」


「いーのいーの、細かいことは気にしない!俺、ドーラムでもキャンプとかやったことなかったんだよ〜!」


 テントを張る過程でサハの元気はマックスまで回復していた。

 静かな時はかえって心配になるし、元気な時は煩わしいしで結局こいつは常に面倒なやつだ。


「お〜、やっとできたか〜。どれどれ、先生はどっちで寝ればいいんだい〜?」


 サハの声が聞こえたのか、先生がこちらにやって来た。


「先生はこっちっすよ!それとも女子テントの方行きたかったっすか〜?」


「バカじゃないの!?あんた達でも無理なのに先生とだなんてもっと無理に決まってるでしょ!ね〜、ルシャ〜?」


「い、いや〜…そ、その…」


「あはは、アティーテさん、それは少し意地悪ですよ〜。かく言う私こそ、人数の関係上そっちに泊まらなきゃいけないんですけど本当によろしいのですか…?」


「あんたはこん中で一番マシよ!あ、リタちゃんはまた別枠ね〜?」


「おい、リタになんかあってみろ、真っ先にお前疑うからな。」


「なんでそうなんのよ〜」


 この和気藹々とした雰囲気に釣られたのか、遠くでこちらを見ていたアスヤーもこちらに近づいてきた。


「すごい!これが皆さんの言う『テント』という物なんですね!こんな立派なものがこんな短時間で作れるなんて…!!」


 俺たちが作業を始めて約1時間ほど経った頃だったか、アスヤーは広場に帰ってきた。


 彼曰く、周囲に危険な野獣が彷徨いていないかチェックしていてくれたという。


 確かに、俺たちは今日突然この星にやってきた。

 普通生きていて空から巨大な物体が落ちて来ることなんてそうそうないことだろうから、この星の原生生物にとって俺たちの飛来は多かれ少なかれ衝撃的なイベントだったことだろう。

 それが現実問題どんな影響をもたらすのかは分からないが、それでも野生生物が普段とは異なる行動をとる可能性は捨てきれない。

 このエリアに脅威となる野獣が近寄ってきているのかどうか、警戒するに越したことはないのだ。


 彼が戻って来るや否や、先生はテント作業を中断して俺たちに小声でこう言った。


「ちょっとお前ら、これやっといてくれるか?俺はアイツに少し用があってな。」


「先生、サボるんすかー?」


「バカ言え、俺たちの安寧のためだよ。」


 それ以来、俺たちがテントを完成させる今の今まで二人は少し離れた切り株に腰掛けながらずっと話し込んでいたんだ。



「テントでこんなに驚いてくれるなんて〜、先生、調子に乗っちゃうな〜。ねぇねぇアスヤー君、どうだい?俺たち、アスヤー君が驚きそうな技術、まだまだいっぱい持ってるんだよ〜?どう、気になる〜?」


「そりゃもちろん!もっともっと皆さんのお話聞かせてください!」


「パーパも!パーパも聞く!!」


 先生の対応はD、C組の子達に対するそれと同等だ。

 この短期間の小話だけで既にアスヤーの心を掴んでいる。


 パーパが叫んだその発言がきっかけになったのか、周囲のパットラたちもユラユラとこぞってこちらに集まりだし、その存在をアピールし始めた。

 その喧騒はまさしく幼稚園や小学校のそれで、俺はふとD組のみんなは今頃何をしているのだろうかとエーカンテの情景を思い耽った。



 

 真っ先にテントを張ったのはやはり正解だったらしい。

 あのあと故郷の自慢話を共有すること数十分、もう既に空が赤みを帯び始めていた。


 太陽の動きはドーラムと比べて少し遅い様子だったが、人口の明かりが何もないこの世界においては相対的に、周囲がより早く暗くなる気がする。


 本来ならばこの森を散策してその日の食糧を確保したかったのだが、その過程で夜が更けてしまってはそれは翻って危険と化す。

 この明るい空模様があと何時間何分持つのか検討つかない以上、食糧確保イベントは明日以降にとっておくことになった。


「流石にお腹空いてきたな〜。なぁシャンティ、なんか食うもんねぇか?」


「ここに来る過程で採集した木の実やキノコはあるけど…食えるか分かんないからな…。」


「アスヤーさんに聞いてみたらー?僕、この星でどんなもの食べれるのか知りたいし、聞いてくる…?」


「うん、それも択だね。でも、とりあえず今晩は宇宙船に蓄えてある宇宙食を食べることにしよう。未知の物体の吟味は、時間と体力がある時に集中してやるに限るからね。」


 そのためには日が沈まないうちに食糧を船までとりに戻る必要があり、先生とサハ、アシュの3人が早速出発した。

 その間残りの俺たちは彼らを待つ間、キャンプには欠かせない火おこしの作業に取り掛かることにした。


 火おこしとは言っても、別に大したことはない。

 そこらへんに無限に転がっている乾燥した枝や葉っぱをかき集め、そこに火種を撒くだけだ。

 火種はライターですぐ作れるから、一度火を安定させればこの作業はすぐ終わる。


 だから特に面白みも楽しみもないはずだった。


「このくらい枝あればいいですかね…?」


「ああ。十分だろう。」


「こ、ここで火って起こしても大丈夫なんでしょうか…パーパちゃんたちとか、燃え移ったり…」


「確かに安全面については少し気をつけなければなりませんね…。もしもこの森のどこかに引火してしまえば、ここはあっという間に火の海になってしまうでしょうし…。」


「えー、流石に大丈夫でしょ〜?こんだけ周りも整地したんだし、パットラだって本能的に火は恐るでしょ。」


「念の為、アスヤーくんに聞いてみよう。」


 俺たちは開けた広場の中心にある一際大きな木の元に歩いた。

 きっとそこが彼の寝所なのだろう。

 その大木の根元には人二人程度が屈んで入ることができる空間がある。

 そこには天然の椅子があり、その上でアスヤーはパットラ達と交流していた。


「ごめんアスヤー君、ここらって火とか使っても大丈夫かな…?もちろん安全面には細心の注意を払うし、後始末もしっかりするから…。」


 しかし、その回答は俺たちは想定外のものだった。


「ひ…?すみません、それは皆さんの星では当たり前の技術なのでしょうか…?」


 しまった。

 彼は野生児。それもこんな森の中で一人生きてきた子供だ。

 自然に火をお目にかかることなんて、近くに雷でも落ちない限りありはしないだろう。


 すると俺は途端に怖くなった。

 この森の中で、きっと俺たちが歴史上初めて火を扱うことになる。


 火は生物にとって、強大な力だ。

 助けになることもあれば、悲劇を招くこともある。

 俺たちはこの地で火を起こし、何か予測不可能な大変な事態を招いたりはしないだろうか。


「燃え移る…なるほど、少々危険なのですね…?分かりました。今すぐ、パットラちゃん達を全員ここに招集しましょう。そしてしっかり注意喚起します。」


「いいんですか…?俺たちは最悪、火を使わずとも何とかなると思いますけど…」


 正直言って、多分何とかはならない。

 日が翳り始めた際の持続的光源はやはり捨て難いし、何としても火のあるなしで料理の幅がグッと変わってくる。それはすなわち、俺たちがどれほどの期間ここで生活するかということに直接関与するのだ。


「大丈夫です。この子達もそう愚かではありません。危険なものは、しっかりと警戒心を持つんですよ?それに、僕は皆さんの文明をもっともっと知りたいんです!」



 その光景は圧巻だった。

 キャンプファイヤー前方、十分距離をとった場所に数十匹のパットラが集まり、アスヤーの方を向いていた。


「みんな!今からシャンティさん達が、僕たちの知らない技術を見せてくれる。だけど、それは間違えるととっても危険なものなんだ。みんな、ここでじっとしていられるかい?」


「うんー!」「やったー!」「すごい!!」「できるー!」「ミーミも!」「ルルもー!」


「パーパちゃんも、びっくりしないでじっとしていられる…?」


 ルシャが自分の肩に語りかけた。

 そこには、そこはかとなく自慢げな表情に見えるパーパがルシャの肩に掴まりながらゆらゆらと左右に揺れている。


「うん!パーパ、ビックリしない!パーパ、じっとする!」


 なぜかパーパはえらくルシャに懐いた。

 テントの作業時だってずっとルシャの肩の上にいて、その長い蔦触手でルシャのお手伝いをしていた。

 当のルシャは、まんざらでもなさそうにニコニコしているので、きっと不快感とかは抱いていないんだと思う。

 俺はこいつらを肩の上に乗せて生活するなんて冗談キツイが、まぁ、それは関係ないか。


 さて、話を戻そう。

 数十匹にも登るたくさんのオーディエンスに囲まれながら、俺はまさに今集めた枝葉に火を灯そうとしていた。


カチッ カチッ


 ポッと小さな光がライターから出現する。

 それはまだ小指よりも小さいサイズで弱々しく灯り、それでもパットラ達がかすかにざわつくのが感じられた。


 俺はそれを枝葉にそっと当てた。


 すると、少しの間燻りを見せた後、火は完全に燃え移った。

 乾燥した枝葉に火の手は一瞬で周りきり、その勢いをますます強める。

 まさに焚き火と言うに相応しいその光景が、オレンジ色に染まる空気をより赤く照らしあげた。


「す…すごい…」


 アスヤーはそれに見惚れていた。

 轟轟と燃え上がるそれは周囲の大気をこれでもかと吸い込み、くすんだ灰となって天へと登っていく。

 その様子は初めてみるにはあまりに幻想的すぎるほどで、それから伝わる自然の温かさに包まれながら彼は新世界を体験した。


 パットラたちは思っていたよりも静かだった。

 もしかしたら、彼らも生まれて初めての火に魅了されていたのかも知れない。


「すごい!ウシャ、これすごい!真っ赤、真っ赤!ピピよりもググよりも真っ赤!」


「そうだね、パーパ。危ないから近づいたらダメだよ?この真っ赤な炎がパーパちゃんを食べちゃうの。」


「うん、近づかない!パーパ、ウシャと一緒にいる!でも、すごい!」



 程なくして、先生達が食糧を持って帰ってきた。

 その間にも周囲はますます暗くなっていき、キャンプファイヤーの火が逞しく森の中に浮かび上がる。


「あちゃー、もう火、付けちゃったよね〜?どう?なんか問題とか無かったかい〜?」


 そういう先生は簡易宇宙食に加え、冷凍ソーセージを一袋分持ってきていた。

 言っていることとやっていることが矛盾しているような気もするが…


 ソーセージについて言及すると


「やっぱりキャンプファイヤーと言ったらこれでしょ〜!どうせ冷凍食品はあんま持たないからね〜、いいタイミングで食べちゃうのがいいんだよ〜!」


 との事らしい。

 


 ドーラムから宇宙を旅すること1ヶ月。

 惑星イルシャーに降り立った俺たちは、そうして無事、初日の最後を幸せな夕食で迎えたのだった。


 


 気がつくと周囲はすっかり暗闇に包まれていた。

 楽しい夕食で腹も満ち、もう今日は何もやりたくない。

 

 パットラ達はすでに木々の住処に帰ってしまった。

 まぁ、彼らにとって、というより、野生の生物にとって日の沈下はその日の活動を終わらせる合図だ。

 彼ら的には、今日は夜更かしした部類になるのだろう。


 初めの勢いと比べて大分弱ったキャンプファイヤーを消化し切る前に、俺たちは女子テントを使う四人をテントに送り届けた。

 残った俺らも流石にこれ以上何か行動を起こす気力はなく、そのまま火を消し、テントに入る。


 一つのランプがテントの中を穏やかに照らす。

 天然の炎と比べるとやはり幾分か柔和なイメージを抱くその明かりは、疲弊し切った精神を落ち着かせるに最高だった。


 各々があまり言葉を発さずただ黙々と寝袋の準備をしていたその時、先生が神妙な顔をして口を開いた。


「あー、君たちに言うかどうか迷ったんだけどさ〜、やっぱり伝えておくことにしたわ。」


「…何ですか、急に?」


「あのアスヤー君について何だけどさ〜、ほんの少し警戒心を持っておいてくれ。」


「なんだ、元よりそのつもりだ。そもそも先生が言ったんだろ、簡単に人を信じるなってな。」


「でも先生、なんであんな俺たちより若そうな子を警戒する必要があるんすか〜?」


 すると、先生は不気味な笑顔をサハに見せた。


「ああ、お前らがテント建ててる間、俺あの子と話してたじゃん?基本的には俺らのことばかり話して彼の信用を得ようとしてたんだけど〜、同時に少し探りを入れてもみたんだ。」


「…というと?」


「俺はあいつに聞いたんだ。『俺ら全員が満足に腹を満たせるほど巨大な生物、あるいは多量の生物とか知らないか』ってね。そしたら彼、なんて答えたと思う〜?」


 静かな沈黙が訪れる。

 テントが風に吹かれ音を立てた。


「彼ね、『8人分ともなると、相当な量ですよね、食べられるかは分かりませんが、ここの巨木を薙倒せるほどの体格を持った野生動物なら知っていますよ。』って言ったのさ。」


「それの何が危険なんだ?別にクマでもいるんだろ。」


「いや待てアシュ、先生が言ってるのは、多分そこじゃない…」


 シャンティは気付いた。先生の語った、アスヤーの発言に混じる違和感を。


「それは、本当に彼が言ったことそのままですか…?」


「シャンティ、気付いたかい?そう、俺が今言った言葉は、彼が言ったことそっくりそのままさ。」


 どこに違和感があったのか必死に探そうと顔を顰めるアシュに対し、全くついて来れていないようにキョトン顔をするサハ。


「なぁ、俺ギブ!わからん!何が問題なんだ?」


「彼はね、はっきりと言ったんだよ。『8人』って。」


 その瞬間、アシュがはっと顔を上げた。

 それに対し、サハはまだピンときていない様子だ。


「サハ、覚えているか?今日の昼ごろ、リタが発見したことを。」


「昼〜?えーっと、確か一回宇宙船戻って、こっちに帰ってきて、それで… あ‼︎」


 ようやくサハも違和感にたどり着いた。


「この世界では、5進法を使うって話だ!」


「御名答〜サハ、よく思い出せたね?この世界で今の所唯一言葉を交わせる生物、パットラたちは数の概念を5ずつで把握している。つまり、5から9までの数字は概念として存在し得ないんだ。それは昼ニルが実演してくれたことでしっかりと証明されている。けれど、アスヤー君ははっきりと言ったのさ。『8人』ってね。」


「ってことは、あいつは俺たちと同じ十進法を使うってことか…?」


「そうかも知れないね、アシュ。でも、この事実にはもっと大切な情報が隠されていると俺は思うんだ。」


「……彼は人間社会に属していた経験がある…。」


「ご明察、シャンティ。頭が切れるようになってきたね〜?」


「そっか!あいつがもしここで生まれ育った純野生人だったのなら、パットラたちの5進法を使うはず!」


「別のシステムを使うってことは、十中八九、パットラ以外の何者かから教わった可能性が高いのか。」


「うんうん、まさにだよ。俺はね、ここには二パターンしか有り得る可能性がないと思うんだ。」


「それは…?」


「この星のどこかに存在する人間コミュニティから溢れ捨てられてしまった場合か、」


 この時、先生の顔が少し強張ったような気がした。


「彼も、この星の外から来た、宇宙人か。」




〜イルシャー豆知識その2〜

 彼らは初めヘルメットをつけてイルシャーを探索していたが、アスヤー少年に出会ったことでそれを外す機会を得たぞ!

 先生曰く、大気の組成情報に加えて明らかな人類の姿を見るに、ヘルメットを外して経過を見てみる価値があるんだって。

 さすが先生、一番最初にヘルメットを外し、それから1時間ほど経過し何も変化を感じなかったことから、子供達にもヘルメット着脱許可を出したよ!それでも、ほとんどの子供達は夜ご飯を食べるその瞬間まで外さなかったらしいけどね。

 ちなみに、ヘルメットを外せるからと言ってスペーススーツを外していいというわけではなく、みんなスーツのまま寝袋で寝たんだ。まぁ、そもそもスーツの自動体温調節機能が便利だから、わざわざ外す理由もないんだけどね!


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