コンフルエンス
常盤色に薄く濁る雲層を突き抜け大気圏を突破し、豊かな自然そのものを体現するかの如く草木生い茂るその大地の上空を、俺たちはゆったりと飛行していた。
見下ろす限り満面の新緑は、おおそよ膝丈、いや、もしかすると上半身が埋まるほどまで伸び切った雑草の海だ。
俺たちは低空飛行のまま、その巨大な制御船が降り立つに十分な広さの開けた場所を求めていた。
すると、緑の中一際異彩な輝きを放っている、美しい深青色の水面にキラキラと太陽の光が反射する大きな湖を発見した。その周辺はまさに水辺の生態系のようで、雑草はあれど背の高い木々の姿は見当たらない、そのあたり一辺における唯一の開けたスポットがそこにあった。
「おっしゃああ!ついに来たぞ!前人未到の新惑星に!!」
「おいお前、そのままミスってヘルメットつけずに外出るなよ?死んでも知らんぞ」
「でもお兄ちゃん、大気の組成はドーラムと似てるんじゃなかったっけ…?」
「デ、データ上ではそうだったはずですが…」
「そうだね、リタ。でも、新しい土地に降り立つときはヘルメットをしっかり被って、スペーススーツも完全装備しておいた方がいいよ〜?たとえ組成が同等だからと言って、それ以外に一体どんな危険が待ち受けているのか、俺たちには想像もつかないからね〜。」
先生の言うとおり、俺たちはこの星についてまだ何も知らない。想像だにしないような未知の生物や自然の罠が転がっているであろうことは常に警戒しなければならない。
油断して危険を犯すよりかは慎重に慎重を重ねるほうが適切であることに、間違いはないだろう。
スペーススーツを全身に着用し、ヘルメットから念の為の酸素補給をしながら俺たちはついにその地へと足を踏み込んだ。
「スッゲーーー!!!なんだこれ!!!」
「船内で慣らしてたけど、本当に重力が軽いよ!ほら、お兄ちゃん見て!こんなに高く飛べる!」
「大気が霧がかっていますね…?さらにそれが緑色に反射している…。どうしてこの色になるんでしょうか…?」
「え〜、でもなんかただの森じゃない〜?私もうちょっとサバンナみたいな枯れ果てた星想像してたわ〜。」
「いやそんなとこ俺ら行く意味ないだろ…少なくとも、この真青の湖と草木の植生的に、簡単なサバイバルは出来そうな環境でよかったよ。」
皆が思い思いの感想を述べる。
長期間の船内生活で変わり映えのない世界に閉じ込められていた分、新天地への踏み込みと開けた世界の開放感が、皆の気分を浮つかせていた。
「そういえばさ〜君たちの旅の目標は安全快適幸せに暮らせる星探すって話だろ〜?こんな自然全開の土地でお前ら大丈夫なんか〜?ほら、先生はどこでも生きてけるんだけどさ〜、君たちは文明の利器に頼り切った生活を送ってただろ〜?」
「先生、それは違うっすよ!こーゆー野生のサバイバルっての方が、みんなで野獣を一狩りして、一致団結して寝床作ったり火おこししたり…って楽しいことばっかりなんすよ!」
「おいちょっと待て、俺たちここに永住するのか!?流石に冗談だろ…」
「ま、まぁ、こ、ここを選んだ理由の一つに、た、太陽光チャージ含む宇宙船の点検を兼ねていますから…、ぜ、絶対ここに永住するって決まってるわけじゃないですよ…!」
「おいお前ら、とにかく先の話は後だ。ファーストシングスファースト、まずは探索の準備をしよう。先生とルシャは船に戻ってエネルギーチャージ諸々、他の奴らはサバイバルバッグ持ってここに来い、軽く周辺を散策しよう!」
「ガッチャ!」
大気の色もそうだが、ここ、惑星イルシャーは自然の活力が色として滲み出ている気がする。生い茂る細長い草木も皆深緑だし、宇宙船際の湖なんかは底が見えないほど青い。魚とか生息しているのだろうか…?
宇宙空間と比べると流石に色彩豊かで一瞬騙されかけるが、ドーラムと比べるとやはりその濃淡は過剰に濃く、ある意味暗く地味な印象を抱く。
でも近くで観察してみるとその色濃さが生き生きとした自然の活気に感じられ、生態系の力強さを伺えるようだった。
そしてそこには少なくとも、人の手が介入しているような痕跡はどこにも見当たらなかった。
これといって目立った野生生物はあまりいないっぽい。そりゃもちろんキッショい虫や聞いたことない鳴き声の鳥類は発見したが、ドーラムのジャングルにだってこんな奴らいっぱいいるだろう。とは言っても、ジャングル探検なんてしたこともないから想像に過ぎないのだが。
案外、ドーラムにだってまだまだ俺らの知らない世界はあったのかもしれないな、とふと思う。
「ねぇねぇリタ、これ見て〜!めっちゃ可愛くない?」
「ほんとだ!なんかクルクルしてて可愛い!」
草木の色は深く地味極まりないが、その分花々は可憐に写る。アティーテが見つけたそれは淡いピンク色の花で、花びらの先が外巻きにクルクルと巻きあがっている。その中心に見える柱頭はより濃いピンクで化粧し、それを囲むように数本伸びる葯がぴょこんとまつ毛のように飛び出していた。
他にも果物やキノコ類など、まさに森の中で遭遇しうる大抵のものがそこには揃っていた。たった数十歩ほどしか船から歩いていないのにこうも未知の有機物を発見するとなると、かえって今後のそれらの生態を調べるという課題が脳をよぎり嫌気がさす。
「お前たち一旦戻ってこ〜い!こっちの準備が終わったぞ〜!」
ヘルメットの無線越しに先生が招集をかけた。制御船のスリープ作業が終わったのだろう。
俺たちは来た道を引き返した。
「お!ちゃんと二人一組で探索してたんだな〜」
続々と森から出てくる俺たちに向かって先生はそう言う。『二人一組は絶対厳守!』って言ったのは先生のくせに…
「み、みなさん、し、周辺の状況はどのような感じでしたか…?」
「うーん、なんか見れば見るほど普通の森って感じよ〜?あ、でもね〜、あそこら辺に可愛いお花みつけたよ〜!」
「今のところ、ここ周辺にヤバそうな獣の類は確認なしだ。そもそも、翻訳機通して言語化されるほど強い意思を持った生物すらいなさそうだぞ…?」
「でもルシャさん、データによるとこの惑星から意思波の検出はされているのでしたよね…?」
「は、はい!ドーラムやドゥルバーといった人類の統治が進んでいる星ほど強力ではないですけど、確かに意思波の乱れは感知しています…!」
「まぁまぁ皆んな、俺たちもここに来たばっかりなんだ〜。あんまりそう焦ることないよ。まずは作戦会議じゃないかい?」
新天地慣れしている先生の助言もあり、俺たちは今後の予定を話し合った。
ここに滞在する期間は最短で数週間、最大で数ヶ月からもしかすると永住まで視野に入れると言うことになった。永住の可能性はほとんどないのだが、それこそ生活の質が目まぐるしく向上するのならあるいは、って感じだ。
目下の最終ゴールは可能な限りの保存食を確保すること。ドーラムを出てから一ヶ月、船に積んだ消耗品を悉く使い続けている。まだまだ蓄えはあるものの、こうやって降り立てる星があるごとになるべく食料を集めたいと言うのは当然のことだろう。
そのため、とりあえず今日はキャンプ場を作ることにした。いわゆる、第一拠点だ。
キャンプグッズは船内に粗方持って来ているため必要ならば今すぐにでもテントを貼り始めることはできるのだが、とはいえ俺たちはまだ周辺事情も全く知らない。とりあえずみんなで森を散策し、同時に植物、キノコ等の採集や成長し過ぎて見晴らしを損なう雑草などを軽く刈り取ることにした。
「分かっていると思うが、何事も素手では触るなよ?スーツを常に着用し、足先や手先など、一ミリも地肌を曝け出すな。」
「ガッチャ!」
皆を差し置いて、サハは一人ウキウキで森の奥へと先導を切った。彼のスーツは俺たちのとは違い、遠征や探検専用に作られた特別なスーツ。先生が着用しているものの最新版であり、それにはスラスター機能が付いている。
基本、それは宇宙空間にいる際に使う設計ではあるのだが、この星イルシャーはドーラムと比べて重力が弱く、そのためジャンプしてスラスターを使うことでまるでスケートボードに乗っているかの如く宙を泳げるのだ。
宇宙船から真っ直ぐ10分ほど歩いた(泳いだ)頃だろうか。採集バッグも埋まりかけており、そろそろ一旦船に戻ろうかという雰囲気が漂い始めたその時。
俺たちの先頭をいくサハがスラスターを止めた。
「しっ!お前ら静かに…!なんか聞こえる…」
サハの声に皆が動きをピタリと止め、音を消した。
先生は足音ひとつ立てずに素早くサハを追い越し、そのままじっと耳を澄ませた。
『…な…にょ………わー……で……?』
「(確かに何か聞こえるな…。でも意味の通った音にはまるで聞こえない。これは翻訳機の問題か、はたまたその生物がヒトとは違う別の生物なのか…)」
彼らの使う意思感受型翻訳機は生物がものを言う際に発する意思波を読み取る。したがって、それ相応の強い意思さえあれば、その効果対象は人類のみに限られないのだ。
とはいっても、大抵の動物の場合その意思力(意思波を発する力)は人に劣るため、ドーラムでは猿やチンパンジーなど人類に近しい霊長類にのみしか効果はなかった。
子供達を背に庇い、先生は可能性を思索した。
「(音の周波数が高い…まるで子供の声だ。子供だと厄介だな…もしも言葉が分かる場合、話が通じる相手だといいのだが…)」
音を一つも発さないまま、長い時間が経過した。
先生は音の聞こえる方角を注視し続け、乾いた目は充血を始めている。
すると、突然後ろから声が上がった。
「うわぁぁあ!」
「何だ!?」
皆が声の方に振り向くと、リタがよろけて尻餅をつこうとしているところだった。
その視線は足元を凝視している。
「(なんだ?何かに噛まれたか?スーツは蛇の牙をも通さない頑丈な作りのはずだが、何かそれを上回るものがあったのか!?)」
先生は思考よりも早くリタの元へと駆けつけ、彼の見つめる先を追った。
そこには、季節外れの一枚の紅葉が落ちていた。
その葉先からは黄緑色の細長い蔦が一本だけ伸び、リタの足に巻きついていた。
「リタ、大丈夫か!」
先生は即座にナイフをその蔦目掛けて振りかぶった。しかし、手応えがない。
リタのまだ驚き冷め止まぬ顔を見て彼の無事を再確認した直後、先生は自らの手元へと視線を落とす…が、その蔦はすでにそこにあった場所から消えていた。
それだけでは済まなかった。
次の瞬間、先生は自分の目を疑った。何度か瞬きをし、現実を見ているかどうか確認した。
さきの紅葉が立っている。
5本の葉先を線対象に広げ、先端は赤く中心にかけて淡いオレンジ色へとグラデーションがかった綺麗なその紅葉はどう言うことかその薄っぺらい体を縦に立っている。
その紅葉は警戒する俺らに囲まれる中、右に左に身をよじった。
そして
「わー、わー、わー!アスヤー、いっぱい!アスヤー、いっぱい!」
とにかく、その時俺ができることは子供達をこの一枚の葉っぱから距離を取らせることだった。
両手を広げて子供達を後ろへと押し出し、しかし視線は一枚の紅葉から一時も離さずじっくりと観察する。
最重要項目は、敵意の有無だ。
「君…、もしかして、言語とか、持ってたりする…?」
俺はクネクネと身を捩るその木の葉に言葉を投げた。
己の動揺は子供達から隠し、なんかの間違いでこの謎めいた生命の逆鱗に触れぬよう、冷静に、優しく尋ねてみた。
「ん!!!やっぱりアスヤー!いっぱい!なんで!すごい!」
その葉は身を捩りながらそう精一杯叫ぶ。その音は先ほど薄らと聞こえていた高周波のそれと同値で、翻訳機を通すとそれは甲高い子供の声のように聞こえた。
確かに俺たちの言語に翻訳されている以上、こいつはそれを意図して喋っているはずだ。しかし、その言葉の意味は全くもって分からない。特に翻訳のかからない、『アスヤー』の正体が知りたいところだが…
少なくとも臨戦体制には見えないそれを見て、俺は少し探りを入れてみることにした。
「君、お名前はなんて言うのかい…?僕たち迷っちゃってさ〜。もし言葉が通じているなら、教えてくれないかな…?」
「マヨった?迷子?アスヤー迷子?」
「そ、そうなんだ〜。俺たち、迷子なんだよ〜」
「アスヤー迷子、悲しい…。パーパ、帰る!一緒、帰る!パーパ、こっち!」
その瞬間、こいつはニュッと嫌に滑らかな挙動でその葉身を宙に浮かべた。地面を見ると、そこにはまさに、蔦でできた2本の足が葉柄から分岐して生えており、蜘蛛足のように両を軽く折り曲げながら器用に直立二足歩行を始めた。
俺は一瞬呆気に取られたが、すぐさま子供達の方を向き、小声で言った。
「…とりあえず、着いて行こう。ただし、油断はするな。言語を操り獲物を捕獲する類の生物かもしれん。俺が先頭をいくから、二人ペアで足元中心に注意を払え。」
子供達が緊張まじりの首肯を見せたのを確認し、俺達はそいつの導く先へと着いていく事にした。
その動きはなんともまぁ気持ち悪かった。蔦でできた両の足は軟体動物のそれであり、ニュルニュル、クネクネと動きながらその葉身を運ぶ。
そしてもっと気持ち悪いことに、こいつは手を持っていた。紅葉の5つの葉先の右から二番目、移動中そこに周囲の葉っぱが覆い被さった時、その葉先からは足と全く同じ色の蔦がニュッと生え、その草木を押しのけたのだ。
しかしこれで合点がいった。リタの足に絡まっていたのは、まさしくこいつの腕だったのだ。
のらりくらりと左右に揺動く千鳥足は不安になるほど覚束なく不安定であったが、それでもそいつはずんずんと森の奥へと進んでいく。一枚の葉っぱが蛇のようにしなやかな足を駆使して前進するその後ろ姿は俺たちの常識から大いに逸脱し、その奇妙さがそこはかとない嫌悪感を生んだ。
着いていくこと数分もの間、森の中をジグザグうねるように進んでいるため宇宙船をどこに置いてきたのかはもう見当がつかない。まぁ、センサーでその位置情報はいつでも取得できるため、さほど問題ではないのだが。
さらに数分が経過した頃、周囲の視界が徐々に開けて行くにつれ、彼と同じ甲高い子供の声がかすかに、だけどもいくつも聞こえてきた。
なんだかエーカンテのガキ共の面倒を見ている時のことを思い出し、瞬間の回顧に耽った、その時。
「あれ、アスヤー、いる!迷子じゃない。なんで?アスヤー、迷子?」
突然足早に進むその葉っぱ。
俺たちは小走りでそれを追いかける。
奴は進むにつれてどんどん位置を低くし、それに無理やり追いつこうとする俺たちの体には草木が覆い被さった。それらを無理やり掻き分け、唯一赤く色づいた一枚の走る葉っぱめがけて足を進める。
視界に被さる最後の一枚を除けると、周囲から急に雑草が姿を消した。
そこは円形上にくり抜かれたような空間だった。
辺は綺麗な円形に整え、その中にはたくさんの太い木々が点々としている。
その景色はなんとも小綺麗で、誰かの手によって手入れが施されているようだ。
そしてその円の中心に、犯人と思わしき一人の少年と無数の紅葉共が群がっていた。
「あれ、パーパ、一体どうしたんだい?どこから彼らをつれてきたんだ?」
こちらに気づいた少年は驚いたように硬直し、口だけを動かして俺たちを案内した葉っぱに語りかけた。
「アスヤー、いっぱいいる!パーパ、アスヤーいっぱい見つけた!みんな、迷子!でも、アスヤー迷子じゃない?」
「落ち着いて、パーパ。ありがとうね、この人たちを案内してくれて。ちょっとお話ししてみるよ。」
薄い青色の短髪は整いを知らずのボサボサで、大きな目に子供らしい幼い顔。ボロボロの布切れを一枚だけ身につけている。
その姿はまさに野生人そのもので、裸足で足首や手首を土で汚していた。
背丈も150センチあるかどうかという低身長で、こんな子が一人どうやって野生を生き抜いてきたのか、想像に難しい。
「あの…その…こんにちは……?」
言語が通じるのか不安そうな彼はそう言ってぎこちない笑いを俺たちに向けた。身なりとは裏腹に優しい目をした彼は俺たちの睨むような目つきに少したじろいだ。
いけないいけない。こちらも下手に出てカインドに振る舞わねば。
「こんにちは〜。俺たちの言葉、そっちにちゃんと届いているかな?俺たちは遠く離れた場所を故郷にもつ人類なんだ。ひょんなことから追い出されてしまってね〜?もし良かったら君のこと、もっと詳しく教えてくれないかな〜?」
意思伝達スピーカーはうまく機能したようだ。
その声を聞いた彼は嬉しそうな顔でこちらを見上げた。
「はい、もちろんです!僕はアスヤー、この子達はパットラちゃん達で、この島で唯一言葉を話せるんです!」
正直な子だ。
こんな怪しさ満点の俺たちに対しここまで警戒心無く会話してくれるとは。
妙に身構えていた分、俺は少し肩透かしを食らった気分になった。
「お〜、それは素晴らしい!僕たちも自己紹介をしよう。俺はローヴァ、みんなからは先生って呼ばれてるよ。そしてこいつらは…」
「シャンティです」
「アシュだ」
「リタです…」
「ニルと申します。」
「アティーテです〜」
「る、ルシャ…です…」
「…サハだ。」
その時、口を開こうとしたアスヤーを差し置いて、もっと子供っぽい声のやつが口を挟んだ。
「え!!アスヤーじゃない!みんな、違う!すごい!すごい!」
「そうだね、パーパ。僕もすごく驚いているよ。連れて来てくれてありがとね。
改めまして、こんにちは、みなさん!それにしてもなぜこのような辺鄙なところに…?」
とりあえず言葉の通じそうなやつでよかった、と少し安心した。
それから俺は自分たちの経緯をこのアスヤー少年に伝えた。尤も、敵意や侵略意識がないことを示すため、ある程度情報の改竄は施しているが、これもお互いのためだ。
「なるほど…遠い空の向こうからですか…。にわかには信じ難いお話しですけど、皆さんのお姿から伺える文明の発展を想像するに、確かに僕とは全く異なる世界の住人のようですね…。」
少し違和感があるのは、この子供離れした口調だ。俺たちの翻訳機は意思を読み取るから、相手が丁寧に伝えることを意識しなければその言葉は敬語に翻訳されない。
すなわち、こいつはこの年齢で俺たちに敬意を示しながら話そうと意識している言うことだ。敬意なんて、この大自然の中で誰に教われると言うのだろうか。
その礼儀正しさは外見とは相容れず、くすぐったい違和感を抱かせる。
「それで、皆さんはこの地で何をなさるご予定なのでしょうか…?」
「ああ、俺たちには目標があるんだ。まずはそのために、ここで食料を調達したいなと思っているんだ。アスヤーくん、君は普段何を食べているのかとか、聞いてもいいかい?」
「もちろんですよ!ちょうど今お昼ご飯を食べようと思っていたので、皆さんもご一緒に食べて行かれますか…?」
「なんと、いいんですか!?ありがとございます〜!」
第一村人からタダ飯までありつけるとは。俺たちは運がいいのかもしれない。
すると、アスヤーは一際大きな木の中から木製の器を取り出した。それには蓋が被せてあり、彼はそれをしっかりと閉じたまま俺たちの前に持ってきた。
「これが、僕たちの食べているクリミと言う食材です。」
「ぎゃああーーー!!」
中を見た途端、アティーテが悲鳴をあげた。
それも無理はない、容器の中身は器いっぱいの芋虫だったのだ。
それも一個一個のサイズが大きい。一つ、大人の親指かそれ以上の大きさだ。そしてなんとも模様がグロテスク。真緑の本体に黒と黄色の斑模様を身につけ、それがまだグニュグニュ蠢いているのだから正直誰が見ても発狂ものだ。
「あはは、そうなりますよね。僕も最初はそうだったんです。これはパタンブーカと言う動物の卵なんですけど、見かけによらず、とっても甘くて美味しいんですよ。」
そう言って少年は再度優しい笑顔を振りまいた。
ここは、大人の威厳を見せなければならない。俺はそう思った。
「と、とりあえず俺はいただこうかな〜…」
こういった鮮度が必要な食材は保存に向かない。故に、たとえ旨かろうが宇宙船に持って帰ることはないだろう。
しかし、せっかくの機会なのだ。先入観を取り除いて試してみるのもまた一興。
子供達が顔を引き攣らせながら俺を見つめる中、みんなにかっこいいところを見せるため俺は体を張ることにした。
なるべく小さくて大人しい個体を選び、心を無にして口の中に放り込む。
ええい、大丈夫だ。俺だって昔は、こんな芋虫を食わなきゃ死ぬって経験をして来たんだ!
ブチュッ…
噛み砕いた瞬間口内に広がる虫汁。その生温かさが吐き気を済んでのところまで込み上げさせる。しかし次の瞬間
「お、おいしい!こりゃあうまいな〜!甘みが強いけど少しの酸味がある。フルーツジュースを凝縮したような味わいだね〜。みんな、これ食いたいやついないのかい〜?」
それは確かに美味しかった。見た目とは裏腹に、クリーミーと言うよりはジューシーな味わいで、水分量が多いフルーツを食べているようだ。
とは言え、流石に子供達はまだ俺にドン引いている様子だ。
まぁ俺も正直、何匹もガツガツ食いたいとは思わないのだが。
「ですよね!これ二つほどで丸一日生活できるほど栄養もあるんですよ?」
そういって、アスヤーは二つの芋虫をポンポンと口に運んだ。
「アスヤーくん、さっき俺の聞き間違えじゃなければ、これのことを卵って呼んでいたよね?でもこれ、俺にはどう見ても幼虫の類に見えるんだけど、違うのかな?」
「はい、おっしゃる通り、幼虫のような見た目ですけど、僕は卵と呼んでいます。と言うのも、この卵、数ヶ月ほど育て上げるとどんどん大きくなって、やがて中からパタンブーカが生まれるんです。その瞬間はとても美しいんですよ!」
「なるほどね〜。そのパタンブーカってのは野生でこの森に生息しているのかい?」
「はい。運が良ければ、水辺あたりでお水を飲んでいるパタンブーカに遭遇するかもしれませんよ!」
「彼らは人を襲ったりするかい?」
「いえ、基本的に大人しいです!見た目も可愛いですし、僕のお気に入りの動物さんです!」
お気に入りの動物の卵を食うのか…と心の中で突っ込んだが、それは心の奥底に留めておいた。
それから、俺はアスヤーに危険な動物や危険地帯など、探検する上で知っておきたいことを軽く尋ねた。すると、
「皆さんはすでに拠点を作り終えているのですか…?もしまだなら、ぜひ、この場所を使ってください!僕も皆さんともっとお話しして仲良くなりたいんです…!」
「本当かい?それはこちらとしても有り難い限りだよ〜。でもそこでウロチョロしてるちびすけ達は大丈夫なのかい?」
「ああ、パットラちゃん達のことですか。全然大丈夫です!彼らもきっと歓迎してくれますよ!そうだよね、パーパ?」
「うん!アスヤー!オヴァー!ナス!イタ!あとはもうわかんない!けどみんな、一緒!迷子は怖い…みんな一緒!」
そうして、俺たちは第一拠点をアスヤー少年の基地に設置することにした。
早速キャンプ用品を運ぶため、俺たちは一度船まで戻らねばならない。
かといって、全員で戻ってしまうと基地の場所が分からなくなってしまうため、その場にはアクシデントへの対応力が高いアシュと口が達者でコミュニケーション力の高いニルを置いていくこととなった。
彼らが残ってくれさえすれば、位置情報の取得によりいつでもここに戻って来れるって算段だ。
残りの俺たちは船の位置情報を元に早急に船まで戻ることになった。
「まさかあんなキモい芋虫しか食べる物ないとか言わないわよねぇ!?私絶対無理だよ!?」
「アティーテさん、多分、ここは僕たちの腕の見せ所だよ…!なんとかして見た目のいい美味しいご飯を研究しよ!」
「まぁそうね…確かにそれがうちらの役目だったわね…」
「で、でも、アスヤーさんもパーパちゃんも優しそうな人達でよかったです…」
「おい、あの葉っぱも人呼ばわりかよ?笑」
「そうだね、話した限りだと彼らに敵意はない。話も通じるし、俺たちはラッキーだったね〜。」
とは言っておくが、俺には引っかかる点がいくつかある。
どうして彼はあんなに若いのに一人でここで生活をしているのか。
それほど野生じみた生活の中、どうして言語を巧みに使えるのか。
彼の知的能力はどのようにして育まれたのか。
しかし、それらを突き詰めるのは今やるべきことではない。たとえ彼が真っ黒な過去を抱えていたとしても、俺たちに危害を振るわなければそれでいいのだ。
ひとまず、経過観察といこうじゃないか。
先生筆頭に宇宙船へと戻る5人。先生の腕にはスマホのようなタッチパネル式の機器がついており、それを使って宇宙船の場所を把握していた。そのため、来た道をそのまま戻るわけじゃなく、アスヤーの拠点と宇宙船とを結ぶ一直線上をそのまま移動している。
その列の最後尾、シャンティはサハのことをチラチラ見ていた。
少し前から、元気が無いように見えるのだ。
「おいお前、大丈夫か?なんか顔色悪いぞ?」
「え、本当か?すまねぇな、心配かけちまって、でも大丈夫だ!ちょっとスラスター使いすぎて酔っちまっただけだぜ笑」
「そうか…?ならいいんだが…。」
その時のサハの乾いた笑いはシャンティの胸を微かにざわつかせた。
歩き始めてそれほどせずに、思ったよりも早く俺たちは宇宙船へと帰還した。
その足で必要なキャンプ用品を宇宙船から取り出し、手分けして運ぼうと分担決めに取り掛かろうとしたところ、先生が気づいた。
「あれ、パーパ君だっけ?僕、着いて来ちゃったの?」
ふと気づくとルシャの足元にニュルニュルと両足を動かしながらパーパが立っていた。
あまりにも背丈が低く、全く視線に入っていなかった。
「オヴァー、迷子、怖い。パーパ、案内する!」
「あぁなるほど、俺たちがまた迷わないようについて来てくれたんだね〜?君は優しいなぁ〜。」
「ねね、名前、なんだっけ?パーパ、忘れちゃった…」
そう言ってパーパはルシャの方に葉身を向けた。
よくみると、その葉には三つの点があり、シミュラクラ現象にかかっているだけかもしれないが、それはおそらく両目と口であろう物だった。
「え、え…わ、私ですか…!?わ…私、る…ルシャって…いいます…。」
「ウシャ!いいね!すごい!ウシャ、すごい!」
そう言ってパーパは身を捩ってみせた。
「はは、よかったじゃん〜ルシャ。パーパ君に気に入ってもらえたんじゃない〜?」
「え…そ、そうなのかな…?」
俺らはやっと必要な用具を船内の倉庫に用意してあったキャンプ用ボックスの中から分担して取り出し、みんなでできる限りの物資を手に持った。
ちなみに、物資の運搬をパーパも手伝ってもらったところ、とんでもない事実が発覚した。
パーパは両足両腕の4本だけじゃなく、5本の葉先全てに腕のような蔓触手を持っていたんだ。よって、足2本腕5本の計7本の蔦をそれぞれ自律して変幻自在に動かせると言うことだ。
その見た目はますます気持ち悪さを底上げするが、運びたい物資が多い今、運ぶ手は何本あっても嬉しい限りだった。
パーパは人間で言うところの3、4歳ほどの知能レベルかと思われる。
言語を発し、意思疎通ができる時点で上出来なのだが、ところどころ脈絡のない発言や用法を誤った単語を発するのだ。
本人曰く、ご飯はアスヤーと一緒に同じものを食べてるって言っていたが、一応アスヤーに聞いて確認をとった方がいいだろう。なんせ、こんなちっこい口であの馬鹿でかい卵を食べられるとは思わないからな。
そうして俺たちはパーパの話を聞きながら、無事アスヤーの拠点にキャンプ用品を持って帰還した。
〜イルシャー豆知識その1〜
惑星イルシャーは超光速移動でドーラムから一ヶ月ほどかかる、ドーラムより一回り小さい天体だぞ!
周囲の大気は常に霧がかっており、その濃淡によって緑色に反射するのが特徴だ!
惑星の大半は草木に覆われた大自然で宇宙から見ても緑色に光っており、あまりの木々の多さに、場所によっては地表まで太陽光が届いていない状況も見られるぞ!
ちなみに、惑星を照らす強力な恒星を便宜上「太陽」と呼ぶ事にしているけど、この星にある太陽はドーラムを照らすものとは別物だぞ!シャンティ達は別宇宙にたどり着いたんだ!




