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安寧求むる君たちへ  作者: 形而上ロマンティスト
第一章:旅立ち

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イグニション

 それは、この計画における一番の正念場となるはずだった。

 緊張する内心をできるだけ取り繕い、真剣な眼差しで覚悟に富んだ、まさに相手を喰らう勢いで挑んだ…はずだったのだが…


「条件って言うから何かと思ったけどなんだ、制御船で行くってだけか?そんなの俺元々そうするつもりだったんだが…ってか、お前らまさか個人船だけで逃げるつもりだったんか!?おいおいおい…俺の教育間違ってたんかなぁ〜…」


 もう弱音を吐かないと決意を決めた日の翌日。予定通り俺とサハ、アシュ、リタが訓練後グラウンドに残り、昨晩決めた条件を先生に提示した。俺らにとって、これが一番の賭けだった。もし先生が条件を飲んでくれなければ、昨晩の盛り上がりもぬか喜びと化す。なんとしてでも先生を説得せねばと意気込んでいた。


 しかし、その緊張感とは裏腹に、先生は信じられないほどフランクに俺たちの条件を飲んだ。と言うより、俺たちの条件は条件足りえなかったのだ。

 宇宙探検家として何度も長期遠征を体験してきた先生にとって、遠征用船を使わないで遠征をするという選択肢は端から存在していなかった。

 先生は俺たちが如何に宇宙を舐めているかを痛感したようで、遠征用宇宙船の重大さと代用の無さをみっちり2時間に渡って熱弁したのだった。



 そんな肩透かしを食らった今日の山場はなんともやるせない気分のまま終わりを迎えた。

 だがしかし、少なくとも目下における最大のギャンブルは無事通過することができたのだ。それは素直に喜ばしい僥倖。

 更に、その場の流れでシャンティをリーダーだと伝え、しかもたとえ先生であろうとシャンティの言うことがチームの意見になると言うことも追加で提示した。それは少し誇大表現でもあったが、先生は渋ることなく賛同した。

 とどのつまり、今日の交渉は大成功だったのだ。




 あれから三週間が経過した。使わないと決めたニル、リタ、ルシャの宇宙船に備蓄した物資を制御船に移し替える必要があったため当初の予定よりは少し長引いたが、それを除けば計画通りの進捗だ。


 故に、ついに訪れてしまった。全ての準備が完了し、いつでも脱出できるという、そんな日が。


「みんな、よく頑張ってくれた。今日で物資の調達も、その搬入も全部終わった。」


「いいぃやったぜえぇぇ!!ついにこの日が来ちまったんだな…!!」


「案外あっという間だったわよね〜」


「まだ安心するには早すぎるぞ、オメェら。一番の難関、ここからの脱出そのものがまだ残ってるじゃねぇか。」


「でも僕たちたった3ヶ月ちょっとでここまで準備したんだよ?!もっと喜ぼうよ、お兄ちゃん!」


 心なしかみんなの声が明るい。

 皆が各々、ここまで辿り着けたことに達成感を抱いていたのだ。


「そうですね。正直、ここまでスムーズに計画が進行するとは思っていませんでした。それもこれも、リーダーのシャンティさんが首尾よく司令してくれたおかげですね!」


「やめてくれよ、ニル。俺はただみんなが集めてくれた情報を元にパズルのピースを当てはめてっただけにすぎない。そのピース自体であるお前たちの尽力がなけりゃ俺はなんもできてねぇんだ。」


「そうだぞ、ニル!これはこの中の誰か一人の成果じゃない、俺たち()()()の成果なんだ!この計画の言い出しっぺとして俺、みんなで前を向いて明日を生きれる今が、死ぬほど嬉しいんだ!!」


 サハの目が少し潤んでいる気がする。

 それも無理もない。あいつは俺たちに共有するまで、たった一人で地獄を抱え込んでいたのだ。その絶望や恐怖が、今や明日を目指す希望への架け橋となっている。感慨深くなるのも頷けることだ。


「そ、それで、わ、私たち、き、今日ここを出るんですか…?」


「いや、明日にしよう。今日はもう遅いし、そもそも先生に本当の計画を伝えなきゃいけない。かと言って、積んだ食糧にだって賞味期限があるからなるべく早く行動したい、つまりは明日だ。俺たちは明日、ここドーラムを飛び立つ。」


 彼らの、最後のミーティングが始まった。


「さあ、最後の勝負所だ。気合い入れてくぞ。

 まず、俺、サハ、アシュ、アティーテは明日、宇宙船を操縦するパイロットだ。そしてニルはサハ、リタはアシュ、ルシャはアティーテの船に乗ってもらう。」


「先生とはどこで合流するのでしょうか?」


「俺たちの船は初速が早く加速もスマートだ。それに比べて遠征用船はその堆積の分発進に時間がかかる。だから、俺は出発前、みんなで先生と合流し、みんなで同時に離陸するのでいいと思っている。」


「ああ。もし先生が妨害工作を企てていたとしても、俺たちの方が先に発進し、そのまま振り切るれるって話だったよな。」


「その通りだアシュ。宇宙高度まで達し宇宙エレベーターまで入れれば次のフェーズだ。俺たちは先生の操縦する制御船の到着をそこで待つ。先生が来たらそのままドッキング作業に移ろう。」


「多分、これが一番の鬼門だな。制御船ってゆーでっかい土台にドッキングすんのは、俺たち個人船同士での並行接続より圧倒的に楽とはいえ、決して簡単なもんじゃねぇ。シミュレーションテストは何度もしたけど、本番は一発勝負だ。」


「そう。だが逆に言うと、それを乗り越えられれば後はほぼ終わったと言っても過言じゃない。宇宙エレベーターは俺らを自動で加速器まで送ってくれるし、加速機にさえ入っちまえばもう追っ手もかからない。そのまま超光速でルシャの調べた、惑星イルシャーに向かって一直線だ。」


「出発は何時予定なのよ?」


「明日の深夜、12時ちょうどだ。C、D組のキッズには申し訳ねぇが、流石に真昼間や週末にやるのはリスクが高すぎる。」


「他に質問はねぇか?無かったら今日はこれくらいでさっさと終わろう。明日はきっと長い一日になる。今日は早く寝た方がいい。」


「そ、そうですね…!あ、明日は丸一日活動しなきゃだし…」


「そうだな…よし。

 改めて、この三ヶ月間、俺についてきてくれて本当にありがとう。

 明日、俺たちはここを立つ。

 俺たちだけの安寧の地を、絶対に見つけに行くぞ…!!」


「「おーーー!!」」


 それぞれが期待と不安と興奮を胸にし、その日の夜はゆっくりと過ぎ去った。



 出発当日。その日の授業は誰の耳にも届いていなかった。それはもう集中しても意味のないことであったからだろうか。はたまた、午後のために少しでも余力を残しておきたかったからだろうか。


 授業態度と打って変わって、その日の訓練はいつにも増してキレが良かった。特にパイロットとなる四人はたった数時間後に面するであろうドッキング作業の慣らしとして、丁寧に機体操作を行った。


 訓練終わり、シャンティのみがその場に残り、先生の元へと歩みを進める。


「先生、予定変更です。今日、物資の搬入が終わりました。よって、今日の黎明時にここを出ようと思います。」


「え?今晩…!?…ったく、この一ヶ月弱で君たちの信頼勝ち取ったかな〜とか思ってたんだけどなぁ〜」


「『宇宙に行きたいなら疑い続けることを覚えろ』と仰ったのは先生ですよね?俺たちは加速機に無事入れるまで、先生のことを心から信用することはできませんから。」


「いいねぇ〜、やる気があって。ちなみに今、加速機って言ったかい?一応言っておくけど、俺たちの使う制御船、超光速ブースターがあるから加速機使わなくても大丈夫だよ〜?」


「俺たちは使い慣れた個人船でここを出ます。先生は一人で、制御船を使って俺たちの後を追ってきてください。無事宇宙高度まで出られたことが確認できれば、その時、宇宙エレベーター内でドッキングをします。」


「おぉ、驚いた。聞いてた話と全く違う。いいね〜、俺は君たちの計画の半分も知らされてなかったんだね〜?そうか〜君たちは個人船を使うのか〜。うんうん、確かにそれはいいアイデアだ。たとえ俺が君たちを裏切り、制御船を使えなくなったとしても計画が頓挫しないようにするための策だね?あぁ、そうかそうか、その場合に必要なのか、加速機が。うんうん、よく考えたね〜。」


「今夜11時半、俺たちはここに集まります。先生もそれまでには準備を終わらせておいてください。」


「随分と急なのはあえてだね?後数時間ちょっとで何か策を練ることは難しい。いい計画じゃないか、シャンティ。先生は見直したよ。」


「それでは、数時間後、またここで会いましょう。」



 シャンティは足早にその場を離れた。

 やっぱり、先生と一対一には苦手意識がある。

 どんだけ理不尽な計画をどんだけ理不尽に突きつけようと、瞬時にその意味を理解して賞賛まで送ってくるその圧倒的な余裕の奥行きが、いまだに自分たちは先生の手のひらの上で踊らされているだけなんじゃないかと不安を駆り立てる。


「(ええい、こんなこと考えてても仕方ねぇじゃねぇか!俺たちはやれることをやった。対策できることは全てやったんだ。あとはこの数時間後、全てが成功するか失敗するかはその瞬間にかかっている。今はそっちに集中しよう。大丈夫だ。先生一人の手で止まるような俺たちじゃあねぇ。)」


 落ち着こうにもざわつく心を必死に匿いながら寮へ戻る。

 今日が最後になるその扉を開けると



「「シャンティ、お疲れ様〜!!!」」


「うわっっ!!びっくりした〜、なんだよこれ…!?」


「今日でこの寮ともお別れでしょ〜?だから最後にみんなでパーティーしたいねってなったのよ〜」


「僕とアティーテさんでご飯も沢山作ったんだよ!早くこっち来てきてよ!!」


「さあさあシャンティさん、荷物を置いて、楽にしてください!」


「シャンティ!これは晩餐会だ!俺たちの安全旅を願って乾杯しようぜ!!」


 驚くことに、そこにはアシュの姿まである。

 まぁ、リタの作ったご馳走を食べれるならいない訳ないか。


 いつものラウンジには気持ちばかりの装飾がなされており、明るく心地の良い空間にお肉の焼けたいい匂いが漂う。

 ほんの数時間後に迫る運命の時を前にこんな気の抜けたこと、少しちぐはぐ感が否めない。

 でも、このそわついた心のまま残り時間を静かに過ごすより、こうやってはっちゃけた方がむしろ健康的なのかもしれない。

 きっと、一度ここを出ちまったらこんなに美味しそうなものに舌鼓を打つことも少なくなるだろうしな。

 今晩はみんなのおもてなしに乗っかって、楽しく過ごすか…!


 その食事はドーラムにおける最後の晩餐。

 楽しく愉快な会である一方で、少しだけ哀愁を感じた。



 楽しい時間は早く過ぎ去り、あっという間に出発の時刻となった。

 皆が皆、最後の最後に持っていくものをそれぞれバッグにつめ、そのあとみんなで寮内を掃除した。

 みんながリュックを背負い、シャンティを玄関で待っている。


「なんだか…少し寂しく感じますね…。」


「ああ。俺たちはもう二度と、この部屋にも、この場所にも、この星にも帰らねぇ。最後の見納めだ。」


「と…特別長くいたわけじゃないのに…な、なんだかすごく喪失感みたいなものを感じます…」


「少なくとも俺たちはこの地に育ててもらったんだ。感謝だな。」


 そう言ってシャンティはラウンジの電気を消し、そのまま扉をそっと閉めた。

 鍵を郵便受けの中に放り込み、皆一人一人に目を合わせる。

 皆の決意を感受した後、全員でグラウンドへと歩き出した。



 暗い夜道はいつもの景色とは異なって見える。

 車の気配もなく、ただ心地よい微風に木々が靡く音をただじっと聴いていた。


 不思議と、その場の誰も音を発さなかった。

 多分、みんなまさに実感しているんだと思う。もう二度と味わえない、この風景を。

 大人にとってはほんの一瞬だなんて言われてしまうかもしれないここで過ごした数年間。その中で生まれたありとあらゆる些細な記憶が呼び起こされ、ほのかな哀愁と寂寞を植え付ける。


 俺は不意に空を見上げた。

 満点の星空がそこには広がっていた。

 決して山奥のような人工灯皆無の街道ではないのだが、それでも無数の星がはっきりと輝いて見える。

 真っ黒な暗黒で見ているだけで吸い込まれてしまいそうなその宇宙に、それは美しく煌めいた。


 きっと、この旅はうまくいく。

 俺はそう思った。




 薄暗いグラウンドには、すでに一つの人影があった。

 それは司令塔の前でこちらを見ている。

 

「おいおいおい、なんか数、聞いてた話と違くねぇか〜?」


「俺たちが仲間の一人たりとも置いていくわけないじゃないですか。」


「ああ…まぁ、そうだわな。」


 してやられたという感じで頭を掻きむしりながら先生は答えた。


「最後に、これからの流れをちゃんとお話しします。まず、ドッキングの最大数的に俺たちは計四つの個人船で出発します。操縦者は俺、サハ、アシュ、アティーテで、他の三人はそれぞれ違う操縦者のもとに付きます。ここを発ち宇宙高度に出た後、先生の宇宙船とエレベーター内で合流、以下は昼に説明した通りです。」


「なるほどね〜。承知いたしました、俺らのリーダーさん〜」


 こんな状況でも揶揄ってくる先生は余程の策士か度を超えた阿呆かのいずれかに違いない。

 お願いだからただのアホであってくれと願うばかりだ。


 みんな、予定通り自分の持ち場についた。

 それぞれの宇宙船が先生の動かす制御船を通して互いに通信交流ができる。モニター越しに、操縦者の顔が見えるんだ。

 だからこそ、その時はすぐに分かった。


 先生含め、全員の準備が整った。

 キーを差し、動力源を起動し、目的地とスピードを設定。搭乗者は全員スペーススーツを着用し、安全確認をしっかり行う。

 あとはブースターを作動させるだけで、俺たちの機体は空の彼方へと飛び立ち、二度とこの星には帰って来ない。

 遂に、ここまで来てしまったのだ。


「みんな、準備はいいか。」


「もちろんだ!!」「もちろんよ!」「おう。」「いいですとも。」


 興奮と期待で声が震える。


「カウントダウンを始める。

 3…2…1…


 発進!!!」



 機体がけたたましく鳴り響く。

 訓練で毎日嫌と言うほど聞き慣れたはずのその轟音は今日はいつにも増して特別だ。

 ギュイーンとエネルギーの蓄積を示唆する音がしたその次の瞬間、俺たちの宇宙船は水平のまま宙に浮き、ハンドル操作の後そのまま上空へと爆速で打ち上がった。




「むにゃむにゃ、なに、なんか揺れてる…」


「じ…地震…?」


「むにゃむにゃ…なんだよ…うるさいよ…」


 深夜に鳴り響く突然の鳴動。

 エーカンテ内に住んでいる子供たちがその音や振動に気づき、夢とうつつを行き来した。


 そんな子供たちを優しく見守りながら、泰然たる雰囲気を纏った人影が窓の外を見つめる。


「険しい道のりになるぞ、ローヴァ君よ…。

 息災でな…。」


 宇宙に光る無数の星々。

 そこに加わるいくらかの光を見つめ、朗らかな表情を浮かべた老翁がポツリと呟いた。


〜ドーラム豆知識その9〜

 先生の操縦する制御船はまるでUFOみたいなドーム状の形をしているぞ!

 シャンティたちの使っている個人船とは違ってそのまま鉛直に発射するから操作は簡単だけど、その分必要なエネルギーと燃料が尋常ではないため、個人船の10倍はうるさいぞ!

 エーカンテに住むC、Dの子達が可哀想だ!

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