第6話 メルティアの夢
音が止んだ空に、静寂が訪れました。
ドラゴンたちは魔法の粒子となって消え去り、空はどこまでも澄み渡っています。
この魔法は細かい震動によって対象を物質的に分解してしまうという凶悪なものです。
それがただのリュートから放たれた音楽によって構築できるのですから、魔物とか悪魔の所業と言われてもおかしくないレベルではあります。
私はリュートの弦を指で軽く弾きながら、ふうっと一息吐きます。
唯一王城から持って出ることができたお母様の形見なので、大切にしないといけないなと思います。
「……さて、完了ですね。大人しくしていた子たちはちゃんと生きてるし、完璧です」
怖がらせてしまったのは申し訳ないですが、仕方のないことでもあります。
そうしないとウィンドドラゴンたちは諦めてくれないでしょうから。
そもそも大人しく理性的でプライドの高い彼らがなぜ怒り狂ったような状態で群れて出てきたのかはあえて問いませんが、もう邪魔をされることはないでしょう。
それに、今の光景を見れば、ローはきっと引き返すでしょう。
まさしく"魔物の所業"と呼ばれてもおかしくないことをしたのですから。
あえて……ですが。
やはり少し寂しくはあります。
幼い頃から一緒でしたから。
でも、彼は……
「メルティア様ああああぁぁぁぁ!!!! かっこよかったです! 凄かったです! 可愛かったです! 最高です!!!」
「はぁ?」
ふと見れば目と口をこれでもかと言わんばかりに見開いたローが私に向かって興奮して叫んでいます。
思わず、頭を抱えたくなりました。
「……あなた、さっきの私の魔法を見て、反応がそれなのはおかしくないかしら?」
「そんなことよりメルティア様! あの演奏! あの魔法! もうほんと可愛くて、凄くて、神々しくて、感動で心が爆発するかと……」
「ねぇ……一旦黙って?」
きょとんとするローに、私は一歩だけ距離を取って立ち止まる。
逆に怖いのよ、それは?
なんでしょうか?
私は何かの宗教の教祖か何かなのでしょうか?
まぁ……いいです。
ローの中で私がどうなっていても……エッチなのは嫌ですが、そうじゃないならどうでもいいです。
改めて背中に背負ったリュートを見つめ、ぽん、と軽く叩く。
昔から癖になっているこれは、何かを決めるための私のルーチン。
「私は決めたのです。あなたが持ってきてくれた紹介状を伝手にカレアス公国の魔法学院に行って、音楽と魔法の融合を研究します」
「おぉ……それはなんかこう……めちゃくちゃ凄そうな響きですね!」
「凄そう、じゃなくて本当に凄いのよ! さっきの魔法を見たでしょう? 音に乗せて魔力を使えば、通常では実現不可能な魔法が使えるの。こう、なんというか、書いただけでは平面な魔法陣が、なんか立体的な感じでばーっとなって、がーって感じで魔力を増幅させて、ばーって出るのよ。って、なんですか?」
なんでそんなにきょとんとしたアホ顔をしているのですか?
殴りますよ?
「すみません、ちょっとなにを仰ってるのか理解できず……」
ドゴッ!!!?
「……いたいっ!?」
「とにかく。なぜか音楽を忌避しているこの世界の魔法体系に一石を投じる可能性すらある、素晴らしい技術なのです。音楽は!」
少しだけジンジンする拳を反対の手でさすりながらも、自らが発した言葉に胸が高鳴ります。
そう、これは私にとって“自由に生きる”ための最初の一歩。誰に理解されなくてもいい。でも私は、必ず実現させるのです。
「わかったら帰ってください。今のあなたじゃ足手まといになるから」
頭を抑えて転がるローにびしっと言い放った私。
しかしローは満面の笑みを浮かべたまま上半身だけ起こし、なぜか両手を広げました。
すみません。頭がおかしくなったのでしょうか? 優しく言ったつもりだったのですが……ごめんなさい。
「なんて素敵な夢なんですかメルティア様! そんな素晴らしいことを目指すなら、なおさら僕がついていかなくてはなりません!」
「……私の話を聞いてましたか? あなた、碌に魔法も使えないじゃないですか」
「もちろん聞いてました! 研究なら、僕も手伝います! 魔法は確かにあんまり得意じゃないですが、でも、昔、魔法を使ったらメルティア様は微笑んでくれたじゃないですか! それに体力には自信がありますし! あとは……楽器を作るなら材料を取ってくるとか、あとはあとは、雑音担当なら任せてください!」
「たしかにやかましいけど……雑音って、自分で言っちゃうのですね……」
ほんとにもう、呆れ返るしかないわ。
そもそも私が怖くないのかしら?
なんなら、あなたが寝ている耳元でさっきの魔法を使ったら、脳だけ震動で壊すこともできるのですよ?
でも……まあ、いいでしょう。少しくらいついて来ても。あとで振り切る方法はいくらでもあるわけですし。
「わかったわ。でも邪魔したら置いてくからね?」
「はいっ! 全力でついて行きます!!」
そんなことを満面の笑顔で宣言するなんて、馬鹿ですね。
そう思いながらも、なんだか背中が少しだけ軽くなった気がしました。