第4話 自由への凶悪な一歩
「メルティアさま~~~~~~!!!!!」
聞こえてきた声に驚きつつ、不意に生じた嫌な感覚に慌てて身をひるがえすと、さっきまで私の体が合った場所を通過していく半透明の刃が見えました。
あっぶない……。
こんなお空の上で誰が? と思いつつ、振り返ると……
グルルルルルルルルルルル……。
おっきなドラゴンさんがつぶらな瞳でこちらを見ながら浮いていました……。
可愛い……。
もし、そのサイズが20分の1だったら……。
「メルティアさま~~~~~~、逃げてくださ~~~~~い!!!!!」
そして、この声はロー?
なぜ?
私は飛んで逃げたはずなのに、なぜ声が聞こえるの?
と、ドラゴンの方を警戒しつつも地面を見ると、なんと爆走するローが見えました。
飛んで逃げる私を追いかけてきたというの?
決して平たんな道のりではなく、むしろ凸凹してるし、大きな岩なんかも点在している平原なのに、そもそもなんでついて来れるの?
そんな現実離れしたローの様子を見たせいで一瞬気を抜いたのがバレたのか、また悪寒が走りました。
王族に生まれた私の感覚は明らかに前世より高く、特に攻撃には敏感です。
慌てて身をひるがえすと、さっきまで私の体があった場所に再び半透明の刃が通過していきました。
いけません。
ドラゴンを前にして注意を解くなど、私はようやく得た自由に浮かれていたのかもしれません。
そう言えばこの平原を超えた先の渓谷はウインドドラゴンの巣があったはずです。
王女とは言えどもお父様や貴族に疎まれていた私にはあまり情報が入って来ませんでしたが、確かローが尊敬する騎士の先輩がドラゴンの警戒で遠征に行ってしまったとぼやいていたのを思い出しました。
その時は自分とは無関係だとただ話を聞き流していましたが、もしかすると数が増えたとか、餌が足りないとかで周囲を警戒せざるを得ない状況なのかもしれませんね。
ふぅ……。
もしかしてこれすらお父様やアッシュ様の思い通りなのかもしれません。
そう考えれば、私を素直に外に出したのも納得です。
ローを同行させたのも計算の上。つまり、伯爵の親戚が魔法学院にいるのがわかっていて、私がそちらに向かうことを予想していた。
カレアス公国に渡るには、平原をつっきって渓谷にある大橋を渡り、森を抜けて行くのが一番の近道です。
だったら、こちらも遠慮することはありませんね。
「メルティア様! なにを!?」
私はアイテムボックスからリュートを取り出してかき鳴らしながら唱えます。
「ウィンドカーテン!」
グルルルルルルルルルルル……。
私が発動した風の防御壁がドラゴンさんの邪魔をします。
バランスを崩したのか、追撃は放たれなくなりました。
こんな風にこちらを殺しに来ているのですから、私は容赦する必要はなくなりました。
これでも、"魔物の所業"と言われるのがわかっていたので控えてきたのですが。
「メルティア様! 1匹だけじゃありません! まだ来ます!!!」
ドラゴンさんの方も単独ではなく複数だったようで、どんどん飛んできますが……
「ウィンドカーテン × 10!!!」
私はそのままリュートを響かせ続けてどんどん展開する魔法を増やしていきます。
「メルティア様……すごい……」
だいたい30個ほど展開したところで、ドラゴンさんの出現が止まりました。
どのドラゴンさんも顔を強張らせ、涎をまき散らしながらこちらに牙をむいていますが、私の魔法を突破できずに空中でじたばたしています。
可愛い♡
私にとってこの世界の……いえ、王城の現実は残酷なものでした。
8歳の頃です。母が亡くなり、私の居場所は王城の中にはなくなりました。
使っていた部屋は、こっちの方が少し明るい気がすると嫌な顔で言い放った妹に取られ、私物も妹に強請られほとんど全て奪われました。
お父様は私に関心を示しません。
というか、お母様にも関心を持っていませんでした。お父様にとっては望まない政略結婚だったためでしょう。
それをいいことに正妃様も、第二妃様もお母様や私につらく当たることが多かったのです。
お母様が心労から体調を崩し、逝ってしまったのにはそういった環境の悪さも原因としてあったのではないかと思います。
そんなお母様に、私は必死に魔法を使いました。使い続けました。
お母様はただ悲しそうに笑うばかりでしたが、私の魔法は病気の進行を遅らせることができていたようでした。
お医者様はいつもぎょっとした顔をしていましたが。
お母様が亡くなる直前。私がいつものようにピアノを弾こうとすると、止められました。
今日はもういいから、と。
そして語られた事実に衝撃を受けました。
『可愛いティア。私はもう長くありません。だから、話しておかないといけないことがあります』
『なんですか、お母様?』
『あなたの魔法。私にとってはとっても綺麗で素晴らしい素敵な音楽だったわ。おかげで思ったより長く生きれました。あなたのおかげよ。でも。でもね。もうその魔法を使うのはやめなさい』
『えっ?』
『ここではね……音楽に合わせて魔法を使うことは嫌われるのよ』
『どうしてですか?』
『ここは魔物が多く生息する国です。自然と犠牲になる者も多い。そしてよく出現する魔物は魔狼やオーク、リザード、そしてドラゴンたちなの。いずれも雄たけびに魔力を乗せ、大地を打ち鳴らす音に魔力を乗せ、空気を震わす音に魔力を乗せる。つまり、音に魔力を乗せることは、この国では魔物の所業とされているの』
まさかそんなことを言われるとは思っていなかった私ですが、お医者様の驚いた顔の理由がわかりました。
この国では音楽が流行らない理由もわかりました。
なぜ王城なのに楽団もないのかということも。
私の夢は唐突に閉ざされ、描いていた未来が崩れ落ちていくのを感じました。
でも、それも今日で終わりです。
なにせ王家から追放されて王族ではなくなったのですから。
私を縛るものはもう何もないのですから。
「メルティア様!」
いけません、ローがいました。
でもまぁいいでしょう。
これを見ればきっと彼はついて来ない。
少し寂しいけど、本当にこれでお別れです。
私が繰り出す魔法を見て、彼も恐怖するでしょう。
魔物と同じことができるというのがどういうことかと思い知るでしょう。
でも、それも含めて私は受け入れます。
そして進むのです。
自由と音楽に向かって!
私は響かせていた音を止めます。
準備が整ったからです。
一応、出てきただけで立ち向かってきていない者達だけは助けてあげますわ。
では……さようならドラゴンさん。あなた方の怒りは霧散します。
「"殲滅の音刃"」