第3話 飛翔
□とある衛兵
「まったく、メルティアは王家から追放されて平民になったというのに、なんという不遜な態度なのでしょうか? 驚きを通り越して呆れるわね」
目の前でぷりぷりと怒る女の子……いや、王女様。
俺にはそんな可哀想な姉を追いかけてきてあざ笑う性格の悪さにこそ呆れるがな……。
あと、俺は見送ったメルティア様の様子を報告に行かないといけないのでさっさとどこかに行ってほしい。
それから、どうか俺にとばっちりが回ってきませんように……。
心の底からそう願ったのに叶わなかった……。
「あなた、衛兵なのになぜメルティアを捕らえなかったの?」
「すみません、公爵閣下に呼ばれておりますゆえ……失礼いたします」
「あらそうなの? なら私も行きますわ。なにせ新たに婚約者となるのですから関係を深めませんと……お~っほっほっほ」
姉と婚約破棄してすぐに妹と婚約するなど、せわしない公爵閣下だ。
「なるほど。特に変な様子もなく出ていったのであれば余計なことをする必要はないですな」
「お言葉ですがアッシュ様。メルティアのあの態度は不敬罪に値します! 見逃せば悪しき前例になりますわ!」
俺はもう退室していいだろうか。妹殿下に『不敬罪とか前例とか難ちい言葉をちっててえらいでちゅねー』とでも言えばいいだろうか?
「手を出す必要はありません」
「アッシュ様? 私……許せませんの……どこぞでのうのうとメルティアが暮らしているかと思うと……」
何が許せないだ……と思う俺はおかしいのだろうか?
ただ、公爵閣下が可哀想なメルティア様をこれ以上苦しめるつもりがないことに安堵しつつ……
「道中にはドラゴンたちがいくつもの巣を作っています。メルティアは知らないでしょうが、騎士団も警戒のために遠征しています……」
「まぁ……それではか弱い女なんてただの餌ですわね♪ でも、メルティアは渓谷に向かうでしょうか?」
「向かいますよ。そのために伯爵の息子を付け、伯爵が親戚を頼るのを見逃したのですから……」
「なるほど。素晴らしいですわ、アッシュ様!」
「騎士団の連中が誤ってトカゲどもを刺激しないといいのですが……」
前言撤回……最低だ。恐らく王家追放で本当に歩いて外に出したのはこのため。つまり、最初から生きて国外に出す気などなかったんだろう……。
ただ、それがわかっても悲しいことに俺には何もできない。
ただこちらを見つめる公爵閣下の視線に頭を下げてこの場を辞去することしか……。
□メルティア
「では、ごきげんよう」
「ちょっと、メルティア様ああぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」
私はポケットに入れていたスマホのアラームを切り、ローがくれた手紙を受け取って、浮かび上がります。
こんなこともあろうかと、アラームの音楽には魔力をまとわせています。今の効果は飛翔魔法です。
多少足に速度上昇の魔法をかけたくらいでは若くして近衛騎士となったローには敵わないのです。おバカで気弱ですが体力だけはあるので。
それに……ふふふ。
あっ、ごめんなさい。
ローの魔法はちょっと変なのです。何がというと、音がね……。ふふふ。
だから離れないと。
飛んでしまえばこっちのものです。この平原の先は渓谷になっていて、その先は森ですから。
王家から追放された私をどんな勢力が追ってくるかわからない現状では、のんきに街道を歩いていくわけにはいかないので、当然の自衛ですわ。むしろ馬鹿正直に歩いていくと思われていたなら、少しショックですわ。
振り返ると少しづつ小さくなっていくローが何か大声をあげていますが、ごめんなさいね。
私は私だけの自由を生きると決めたの。
前世は日本人だったとはいえ、病弱で入院し続けました。
そんな私は大好きな音楽も聴いていることしかできなかったのです。
だから、生まれ変わった時は感動しました。
世界が音に溢れていたことに。森からは生命の息吹の爽やかな音、空からは光り輝く陽の暖かい音、地面からは魂を揺さぶる重厚な音が聞こえました。
後になって気付いたのですが、私は魔力を音として認識しているようでした。
それに気付いてから、私にとってこの世界がまさに天国のように感じたのです。
なにせ歌を歌うだけで難しいとされる魔法が使えたのですから。
逆に、魔法を使えば大好きな音楽が聞こえるのですから。
あれは確か5歳の時。病床に伏せたお母様がくれたリュートを見て私は泣きました。
リュートがあるのなら、ギターもある。もしくは作れると。
ピアノもシンバルもドラムもバイオリンもありました。
最高でした♪
その時、私は心に決めたのです。
既に王族に生まれたことは理解していましたし、その中でも立場があまり良くないことには気づいていました。
病弱で短命だったとはいえ、日本人として生きた時間は私に自分の境遇を理解させるには十分なものでした。
いつかきっとこんな辛気臭い場所を出て、一人で自由に音楽を奏でながら旅をするのが私の夢になりました。
「~~~さま~~~~~」
ん?
いけない。つい物思いに浸ってしまいました。
一人で自由に飛んでいるとあまりの気持ちよさによくこの状況に陥ってしまうのです。
「メルティアさま~~~~~~!!!!!」
聞こえてきた声に驚きつつ、不意に生じた嫌な感覚に慌てて身をひるがえすと、さっきまで私の体が合った場所を通過していく半透明の刃が見えました。




