第2話 旅立ち
「ご苦労様でした。ここまでで結構ですわ。ごきげんよう」
スタスタスタスタスタスタスタスタ。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ姫様~」
「『姫様~』ではありません。私はすでに王族としての身分は剥奪されているのですから、呼び方には気をつけてください、ロー……いえ、ローディス・ヴィレイア様!」
「うぅ……まさか婚約破棄だけではなく、王族からも追放だなんて、おいたわしや、メルティア様」
「はいはい、わかりました。ご愁傷さま。そしてごきげんよう。衛兵さん、門を開けてください。今までお世話になりました」
「はい」
ギィィィィイイイィィ~~~~。
スタスタスタスタスタスタスタスタ。
古い大きな扉がゆっくりと開いていく音はいつ聞いても耳心地がいい。何百年も王城を守って来た凄みと暖かさがまじりあっている。
といった風に、気分に浸らせてほしいのですが、ローの声音は耳心地は良いものの気弱で私の意に沿わないのですから、聞く必要はありません。
さっさと行きましょう。何か間違ってお父様が王家からの追放を撤回するとか言い出したら困るのですから。
音楽のない王城なんて、調味料がかかっていない目玉焼きみたいなものでしょう?
見た目はきれいだけど味わいはない。食欲どころか頑張る気力までなくなってしまいます。
こんな場所からは去るに限ります。せっかく得たチャンスを逃したくないのです。
「メルティア様、待ってくださいよ~~~~」
もう、ついてこないでください。
あなたうるさいのよ。これからいよいよ私の物語が始まるという感動的な旅立ちが台無しじゃないですか!
どうせなら歌でも歌いなさい。そうすればこの場にいることくらいは許してあげますから。
でも、何を言っても彼に響かないのはこの15年の間に理解しているので無視して歩いていきます。
悔しいことに小柄な私は歩く速度ではローには叶わないので、王城が見えなくなった辺りで魔法でさようならすることは確定です。
「メルティア? あぁ、メルティアじゃない。まだいたの? あっはっは。追放される気分はどう? 笑える。お高く止まって『音楽は高尚なものです』とか意気込んでいたのに残念ね。それが原因で追放なんて。ぷ~くすくす」
あぁ、ローがうるさいせいで愚妹の声が聞こえてきたじゃないですか。
いつものことながらアルミ缶を並べてボーリングの玉で倒したような声にうんざりします。
まったく……私の旅立ちに雑音ばっかり混ぜないでください!
これも無視に限りますね。
昔から正妃様の娘であることをいいことに、私やお母様に嫌がらせばかりしてきた愚妹の顔など見たくないのです。
それに、あら気づきましたわ、みたいな雰囲気を出していますが、性格の悪いその笑みを見る限りわかっていて今出てきたのでしょう?
「あらあら。せっかく見送ってさしあげますのに、挨拶もなし……あぁそうでしたね。もう平民になってしまったので、許可がないのに喋るわけにはいかなかったわね。ごめんなさいね。でも、声を出す許可は与えませんわ。ほ~っほっほっほ。って、待ちなさいよ! 王女である私を無視するなんて不敬よ!」
衛兵さんすら目を背けているので問題ないでしょう。無視一択です。振り向いても絵の具をぶちまけたようなど派手なドレス姿が見えるだけで目が腐ります。
「ちょっと! 待ちなさいと言っているのに。もう怒ったわ! どうせあなたはあの平原を超えることもできないでしょうけど、お父様に言いつけて不敬罪で……って、ちょっと待ちなさいよぉぉぉおおぉぉおおおおお!!!!!!」
「よろしかったのですか?」
スタスタスタスタスタスタスタスタ。
雑音がまだついてきますね……。
「メルティア様~僕まで無視しないでくださいよ~!」
最初からあなたしか無視していないですよ。
愚妹?
いましたっけ?
ちゃんと衛兵さんには言葉をかけていたでしょう?
聞いていなかったのですか?
「メルティア様はきっと"音楽"を追い求める……」
「どうしてそれを?」
「やはりそうですね」
「そうですが、あなたには関係ないでしょう?」
「えぇ!? 国王陛下からメルティア様に一生付き従うように申し付かったのですが……」
ローのくせに生意気よ。私にカマをかけるなんて……いえ、私は平民。彼は腐っていますけど貴族の息子。
くっ、面倒な。
あの場であなたが変なことを言わなければ私が追放されるだけで済んだのですが。
「本当に余計で無駄でバカで邪魔なことをしましたね」
「えっと、そこまで言われるとさすがに傷つくというか……」
自分の思考に耽っていたのに急に声をかけられたので驚いて視線をあげると、どんよりとした表情のロー。
えぇと、すみません。もしかして心の声が口から出ていたのでしょうか?
もちろん聞かれても本心ですから問題ありませんが。
問題はむしろ……
「傷つきなさいよ。傷つかないからいつも反省もせず、毎回毎回何かあったら首を突っ込むのでしょう? それとも私が傷つけてあげましょうか?」
「いや、ごめんなさい、それはご勘弁を……ほら、これです! 姫様。これを見てください! 僕はこれを持ってきたのです。だから役立たずというわけではなく」
急に開き直ったのかきりっとした表情に戻ったローが一通の手紙を差し出してくる。
それを見て私は目を疑いました。
「なんですか? えっ……カレアス公国の魔法学院への紹介状? どうして?」
「姫様のお供をすることになり、父が急遽準備してくれたのです。魔法学院には父の従兄弟がいるようでして」
「まぁ!」
ローがこんなに素晴らしいものを持ってきたことに少し驚きましたが、伯爵が準備したということであれば信用できます。素晴らしいです。ありがとうございます、おじさま!
「なんてありがたいことなのでしょう。魔法と音楽の研究のため、一度は行ってみたかった場所ですわ!」
「よかったです。役に立てて……って、何か聞こえますね……なんですか?」
急に私の腰のあたりから少しくぐもった音楽が鳴り響く。
「ありがとうロー。ではこれはありがたくいただきますわ」
「へっ?」
「では、ごきげんよう」
私はポケットに入れていたスマホのアラームを切り、ローがくれた手紙を受け取って、浮かび上がる。
「ちょっと、メルティア様ああぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」