第1話 婚約破棄
「メルティア王女殿下。大変申し訳ないのですが、あなたとの婚約は破棄させていただきます」
「……」
やったぁああぁぁぁぁあああぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!!!!!
ついに!
ついにこの日、この時が来ました。
待ちに待った瞬間がようやくやってきたのです。
これで私は自分の自由を謳歌できるはず。
そう思うとつい先ほどまでの鬱屈した気分が高らかな鐘の音共に晴れ渡っていくようですわ。
って、いけません。
まだ喜ぶわけにはいきません。
なにせ婚約破棄を突き付けられた直後に踊り出しては、ただのおかしな女です。
それこそ牢に入れられかねません。
落ち着いて!
落ち着くのよメルティア!
ようやく仮面を張り付けて耐えてきた辛く悲しい日々にお別れできるの。
あとちょっとだから頑張って!
今日だって、王城で催された夜会に渋々ながら婚約者であるアッシュ・ノクスベルク公爵と連れたって入場し、方々への挨拶に付き合うこと約1刻……。
ちなみに私は日本からの転生者なのですが、この国の"1刻"は日本で言う"1時間"とほぼ同じだと感じます。
この間……いえ、迎えに来ていただいた時から婚約者様は一度も私と目を合わさないし、容姿も衣装もアクセサリーも褒めないし、なんなら置き去りにして挨拶に行こうとしたことも数回。
さすがの私でも露骨に避けられているとわかるので、何かあると思っていましたが、そうですか。婚約破棄ですか。
父である国王オルカモネスの腹心の部下であるアッシュ様が勝手にそんなことをするはずがないので、既に父も了承済みなのでしょう。
むしろ父の発案と考えた方が良いのかもしれません。
まずいですね。考えるだけでウキウキが止まりません。
なにせ私は"魔物の所業"を行う女などと言われて、絶賛畏れられている最中ですから。
ばかばかしい。
どうして誰にでもできることを……ピアノの音に魔力を乗せただけでそんな風に忌避されるのか、理解に苦しみます。
むしろ演奏に癒しの効果を乗せたことで、爽やかで清々しくも、落ち着く音色が出せるのです。その時の歓待の相手だった樹国の使者様には疲労や心労が一瞬で消え去ったと喜ばれたというのに……。
「メルティアよ。この決定は余の決定だ」
やっぱりお父様が言い出したのね。
これだからプライドだけは高いこどもおじは困ります。
いやでも、今は助かります。
「お前は大切な樹国の使者の前で"魔物の所業"を行った。そんな者を未来ある有能な魔法使いである公爵の伴侶にはできぬし、そもそも王族としても認めがたい。よって、王家からは追放する。これから数日のうちに荷物を整理し、王城から出て行け!」
やったぁああぁぁぁぁあああぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!!!!!
今のは間違いなく追放ですよね!?
これで自由よ!!!
自由なのよ!!!?
なんて嬉しいこと。
なんて素晴らしいこと。
ようやく私は私を生きれるのです。
一人でこの牢獄…・・・ いや、まるで汚物だらけの厠のような場所を飛び出し、ようやく"自分"になれるのです!!!
って、いけません。
またやってしまうところでした。
厳しい表情、厳しい表情、厳しい表情。そう、ちゃんと眉をひそめて、口をきっと切り結んで。そう、やればできるわ、メルティア!
ちょっと涙でも浮かべれば完璧よ!
あと少しの辛抱だから、ちゃんと仕事して私の表情筋!
そうして苦しそうに悶えていたのを失望によるものと勘違いしたお父様とアッシュ様は留飲を下げたのか、取り巻きたちを連れてパーティーの奥に戻って行くようです。
一方の私はようやく得られる自由に心躍らせながらスキップで退室……なんてことはできないのでおずおずと引き下がろうとしたのですが……
「ちょっと待ってください! 婚約破棄なんて酷いです!」
「「!?!?」」
まったくこの場の空気を読んでいない残念イケメンが大きな声を出しました。
回れ右して帰りなさい、このおバカ!
止められたらもう笑いと喜びを隠し切れなくなるじゃないですか! 表情筋が限界なのですよ!?
「お前は確かローディス・ヴィレイアだな。伯爵家の出身で、近衛騎士の。メルティア王女の護衛だったか」
「護衛風情が余に待てと言ったのか? 貴様……不敬にもほどがあるとは思わんか?」
「えっ? いっ、いえ、その……」
自分があげた声にすら驚いていたローディス……ローは、アッシュ様とお父様にすごまれて小さくなってしまいました。
普通こういう場合ってスパダリとか言われるハイスペックイケメンが現れて私のことを守り、生涯の愛を誓い、婚約破棄をした悪徳貴族にざまぁってやつを喰らわせるのではないでしょうか?
なぜローはこのタイミングで自分がそうなろうとしてしまったのかしら。きっと何も考えず、ただ幼馴染の私が可哀そうという理由で立ち上がったのでしょうけど……。
「申し訳ございません、国王陛下。ノクスベルク公爵閣下。愚息には厳しく申し付けますゆえ、若さによる暴走と笑ってくださいますよう……」
「伯爵か。ふむ……まぁよい。そなたに免じて罪には問わぬ」
「ありがとうございます」
ローディスのお父様は国の重鎮です。最近発見された鉱山の利権を王家に一部割譲したことでお父様の覚えも良いから許されたのでしょう。
さっさと終わらせてもらって、私はそろそろ退室させてほしいです。
「ただ、何もしないのは許せぬな。……ローディスと言ったな。メルティアは追放されたとはいえ、王族の娘。捕らえられて利用されるなどあってはならぬこと。ゆえに、貴様はメルティアに一生付き従うことを申し付ける。この命が果たせぬ時は死ね」
「はっ……」
「よいな。ではせっかくのパーティーだ。面倒ごとはここまでとし、楽しもうではないか。は~っはっはっは」
大迷惑よ……。
私は私の自由に生きるのです!
大好きな音楽を追い求めるのです!
しかし王命が下されてしまいました……。
視線を向けると情けない苦笑が目に入る……。
いらないわよ、ローなんて!
失礼しました。言葉遣いが乱れてしまいました。
彼は幼馴染だし、良い人なのは確かですが、強くもなければ演奏もできないのですよ?
撤回してくれないかなと、楽しそうに去っていくお父様を睨みつけても、振り返りもしないから無駄ですね。
それで仕方なく逃げるように大広間を退席したのに、なんでついてくるのよローのアホ~~~~!
まぁいっか。幼馴染つきだけども、きっと盾とかにぎやかしくらいにはなるでしょう。
こうして私は夢を求めて自由な旅に出るのでした。