魔法少女からは逃げられない。何処までも追って来る魔法生物のマスコット【8】
手を振り払って逃げていればこんな事にはならなかった。
しかしそんな事は出来なかった。
魔法少女が可哀そうだから付いてきた?
ハハハそんな事考えてもいない。
ただ単純に俺は逃げ道が解らなかったのだ。
そう「妖魔」と呼ばれている存在は一般人の目には解らない。
彼女はある程度走るとまた立ち止まって俺の見えない何かを、
何度も確認しているみたいだった。
そして、
「だ、ダメだこっちはもう…」
「こっちならまだ大丈夫かも…」
「こっちにも来てる」
「これじゃ、捕まっちゃう…」
漏れ聞こえる言葉が物騒で仕方がない。
だがそれでも俺の手を離さない。
必死に逃げ道を探しているのか何度も何度も立ち止まりながら辺りを見回して、
また走りだすのだ。
「ごめ、んなさい。ごめんなさい!
もう、逃げ道が…ない」
何の変哲もない街の中だった。
だが彼女は怯えそしてその近くにあった建設中のビルの中に走って入っていく。
俺にはさっぱり解らんのだがきっと魔法少女には「見えて」いるんだろう。
俺には見えない何かが。
「け、結界を張ります…
それで、それで、誰かが見つけてくれるまで…
耐えます」
消極的かついま彼女が出来る最大限の対処がこれなのだろう。
ご丁寧に内装工事が終わっていない高層ビルの中で、
俺達は妖魔?と対峙する事になる。
身をひそめる様にしながらビルの一角に陣取って、
彼女はその髪の毛に編み込んでいたリボンを解き力を込める。
その力に反応してリボンはロッドとなった。
それから制服の袖口のカフスリングのアクセサリにも、
力を込めたのか淡く光り輝く始めた。
その光は俺と彼女を取り囲むように円を描き半球体を作り出した。
そしてロッドを強く抱きしめると俺に縋りつくように抱き着いて来る。
「ごめんなさい…ごめんなさい…
謝って済む事じゃない事は解っているの…
でも、でも、もう私は一人じゃいられない。
1人じゃ怖くて戦えない…」
彼女のビクつき様と慌てぶりから察してはいたのだが、
彼女…いや彼女達と言うべきなのだろうか?
恐らく「失敗した」のだ。
戦いに負ける事はなかったけれど仲間が全滅したのだろう。
たぶん「引退」したのだ。
それで新しい補充要員は来ない中で戦い続けた。
身を削り「正義」を守り結果彼女はもう限界を迎えていた。
それがこの前の大けがで使い魔の命を捧げるような身を挺した盾を使って、
ギリギリ妖魔を撃退した。
それが彼女の限界点だった。
それでも魔法少女は辞められない。
辞める訳にはいかない。
自分以外に闘える人はいないから。
それは自分が一番良く解っている事で、
そして解りたくない物でもあった。
どんなに願っても仲間は帰って来ない。
俺の見せられた悪夢の中に多人数で戦闘をしているシーンはなかった。
少なくとも14日間の間で見た悪夢の始まりの時点で彼女に仲間はいなかった。
それでも懸命に戦い続けた事だけは理解してやれる。
「みんな…
みんな私を残して、
引退してしまったの…」
引退の2文字が重くのしかかる。
中学時代は安全に戦う為に4人編成でチームを組んでいるはずなのに。
そもそも実践を安全に経験させるために引率する魔法少女がいたはずだ。
それすらいないのは不思議だった。
魔法少女の人員事情なんて解らないが1人で戦い続けられていたという、
事実から補充は無かったのだろう。
中学に上がってこれから少しずつ戦闘経験を積んで戦い方を覚える時にだた一人、
無策で戦闘に放り出された訳だ。
「正義」の戦い以前に戦い方を知らなさ過ぎた理由はそこにあったのか。
解らないなら解らないなりに考えて必死に勝機をつかみ取ってきた。
そう考えれば彼女はとても優秀な魔法少女だ。
混乱気味の彼女の言動はおそらく話してはいけない事も混じっている。
けれどもう彼女の口をふさぐことは出来ない。
「私が、使えるものは全て使い切ってしまったの…
もう戦う力は…
妖魔を撃退する力は…」
それが彼女が折れた瞬間だったのかもしれない。
もう勝てない。
撃退も出来ない。
勝機は見いだせないと諦めた。
「そんな事ないよ!君はまだ戦える!頑張れ!負けないで!
気持ちで負けたら、勝てるものも勝てなくなっちゃうよ!」
魔法生物のマスコットが必死に魔法少女を励ますために言葉を掛ける。
そこには必死さが感じられて、
俺は何とも言えない気持ちになった。
本当に、この状況でも魔法生物のマスコットは意味のない事しか口にしない。
勝機になる様な事は一言も言わない。
「ごめんね…ごめんね…」
「大丈夫!大丈夫だよ!きっと誰かが…」
そう。
絶体絶命で悲壮感あふれるシーンなのだが未だ俺には現実感が無かった。
だって俺には未だ何も見えていない。
彼女が怯えている存在が何処にいるのかすら俺には解らない。
見えないモノを怖がり様もないのだがそれでも抱きついて来る、
彼女を跳ねのける事は出来なかった。
だがそれでも次の瞬間妖魔は見えないが…
その存在がいる事だけは理解させられた。
―ズガン―
鳴り響く轟音と共に魔法少女が張った結界に何か大きなものが、
当たった事だけは理解出来た。
そしてそれを弾き飛ばした音だけが聞こえる。
それは俺達を妖魔が見つけた証であった。
泣き顔で恐怖に打ちひしがれる魔法少女だったがそれでも、
俺から離れようとはしなかった。
彼女の張った結界から…
バシバシと嫌な音がする。
―ギン!ギン!―
と今度は金属の固い物が…結界に突き刺される様な音が鳴り響く。
確かにそこには何かがいる。
それは俺でも理解できる。
けれどやはり何も見えないのだ。
そうしているうちに張っていた結界の強度が落ちてきたのが…
メキメキと音を立てて小さな壁をこじ開けようと何かをこじっている音がして来る。
確実にその先には二人そろって「死ぬ」未来が見えていた。
なんというか死ぬんだろうなと思ってもその要因が見えないから、
実感がはっきりとわかないのだ。
死にたくはないと考えていても結界?をぶち破って、
侵入してこようとしている物も見えないので…
なんで俺死ぬの?みたいな自分がやられるイメージが浮かばない。
例えるなら歩行者信号が青の時普通に横断していたら信号待ちしていた、
危険物運搬車が大爆発を起こして吹き飛ばされるみたいな。
いやいやどうしてそうなるのみたいな気分だった。
怖がってもう駄目だという魔法少女の弱音もまあ仕方がない。
あの悪夢で見た妖魔は確かに怖かった。
が、実際に追い詰められても俺にはその妖魔の存在が見えないからビビりようがなかった。
でもまぁここまで来たらしょうがないか。
一緒に死ぬのは嫌だが助かり方も思い浮かばない。
魔法少女を見捨てて逃げたとしてもその先に待っているのはたぶんそこにいるであろう、
妖魔に殺されるだけ。
魔法少女に戦う気持ちが無いのならもう俺がどうあがいたって無駄なのだ。
ごめんなさい。ごめんなさいと謝り続ける彼女を見ながら…
短い人生だったなと思って俺は最後の時を待つことにする。
それでもまぁ最後だ。
「良いよ。良いよ。
よく頑張った。
君はエライ。
君が諦めるなら誰がやっても同じだよ。
大丈夫。
最後まで一緒にいてやるよ」
「あ、ああぁっぁぁ」
諦めた俺と魔法少女は最後の時を待つことにするつもりだった。
腕を後ろに回してしっかりと抱きしめてやる。
「だめ、っです。それは、だめ。
私が、巻き込んだんです。
だから、せめて、アナタだけでも…」
そう言いながら彼女は俺の手を振りほどく。
震える体を起こして目に涙を貯めながら…
振り返って逆転劇を越そうと、
ロッドに髪の毛を巻き付け始めた。
けれどその行動を起こすのは少しばかり遅かった。
―バリン―
という定番のバリアー的何かか壊れる音がした後、
ズバっと大きな刃物が振り下ろされる音がする。
それはざっくりと彼女の背中を抉りボレロを引き裂いて、
その下のベストまで貫通していた。
同時にガリガリという刃物が金属とこすれる音がして彼女のするコルセットにも、
深い切り傷を付ける。
けれどもブラウスを引き裂くまではいかなかった。
とても衣類から出る音じゃない鉄の擦れる音を聞きながら、
本当に魔法少女達が着ている制服は戦闘用なのだと再認識させられた。
それに比べて俺の着ている制服の防御力はどれだけ低い事かと思いつつ。
妖魔が仕掛けてきたその大きなモーションの攻撃のタイミングを見計らって、
魔法少女は振り向き髪の毛を絡ませた、
自身が持つ最後の攻撃を妖魔に放ったのだった。
すさまじい反動が着て魔法少女は俺の方に倒れ込んでくる。
彼女の視線はその攻撃を放った方に向いているがその瞳に希望が宿る事はなかった。
「ダメ…でした。
けれど、ダメージを与えたと思います。
僅かですが、時間は稼げると、思います…
逃げて、下さい」
初歩的な問題なのだが…
俺には敵の姿は見えないのだ。
だからダメージを与えたとか時間を稼いだとか言われて、
逃げても敵が何処にいるのか解らない以上逃げ切る事は不可能なのだが…
魔法少女はそれ以上意識を保っている事は不可能だったのか、
そのまま気絶してしまった。
俺は無言で魔法少女を抱きかかえると…
ともかく走ってその場を離れた。
結局どの程度時間を稼いでくれたのか解らないが考える時間は作ってくれた。
その事に感謝する。
そして俺は戦闘で生き埋めにならない様に、
生存性が高そうな上の階に向かって走る事にした。
生き残る為にはどうすれば良いのか?
夏が近づき夜でも十分な温かさがあったが…
上の階に行けば行くほど風が強く吹き付けて寒く感じる。
出来る事は少なく選択肢もほとんどない。
1人でも逃げきれず2人でも無理。
なにより敵が見えない事が致命傷だった。
俺は上階へと進みつつ…
もうギャンブルしか残ってないじゃん。
結果がどうなるにせよ、
もうやるしかない。
気絶している魔法少女には悪いが…
俺はそのビルの廊下の端に身を寄せると彼女の魔法生物に問う事にする。
「なぁ。俺は魔法少女になれるのか?」
「…ああ。なれる。」
明らかに魔法少女が起きていた時とはマスコットの反応は違った。
そしてその言葉を待っていたかのように魔法生物は話を続ける。
「君は何故か知らないが…適性を持っている」
戦えるとかは二の次でともかく妖魔が見える様になれば逃げることは出来る。
逃げて生き延びる為にやれることはやる。
「それは、今出来るのか?」
「君が望んでくれるなら」
もう後戻りはできない。
生き残れる最善の選択をするだけだ。
「わかった。望んでやるよ」
次の瞬間俺と魔法生物のマスコットの視線が合う。
その瞳の中に複雑怪奇な模様が浮かび出すと、
俺の体は物凄い温かさを覚える事になった。
何かに作り替えられるかの様な感覚が続き、
文字通り体が変化を始める。
痛みも何もない。
けれど自分別の何かに変わっていく事だけは理解でいた。
手足は細くなり髪の毛は異常に伸びて腰は括れ顔も変わっていく。
魔法少女に相応しい体に作り替えられると言えばいいだろうか、
これは新しく生まれ変わるのと同じかもしれない。
もちろん男としての象徴は消え去りそこには可愛らしい、
少女に相応しい躯体が出来上がっていく。
内臓までもが入れ替わり脳がそれに機敏に反応していく。
体の変化に対応しようと目まぐるしい反応を見せていた。
自分の体が変わっていくのに気持ちはついて行かない。
けれど自身に与えられた体は魔法少女の体でありその瞳には明らかに、
魔法少女しか見えないものが見え始める。
一気に着ていた制服はぶかぶかになり身長も縮んた。
だが変化の終了と共に脳は俺の意識は体の変化を無理矢理納得して受け入れる。
「ここに契約はなされた、新しい魔法少女の誕生に祝福を!」
マスコットの言葉に魔法少女としての生を実感する前に俺の視界が劇的に変化した。
それは魔法少女しか見られない世界。
魔法少女が戦っている妖魔が見える世界だった。
「ごめんね借りるよ」
彼女の髪に巻き付けてあったもう一本のリボンを手に取るとそのリボンは変化する。
彼女の握っていた魔法のロッドとなったのだ。
それを片手に持ち…
切り裂かれてボロボロになっていたボレロを彼女から脱がした。
それを片腕に巻き付ける。
簡易的なロッドと盾。
これでどこまでできるのか解らないけれど戦えるフィールドに立った事になる。
質量保存の法則でも働いたのか、
俺の小さくなった体の大半が髪の毛に変換されたみたいだったので、
その髪の毛をロッドにこれでもかという位巻き付ける。
後は燃えろと考えれば…
無駄に長かった髪の毛は燃えてロッドに魔力が吸収されたみたいだった。
燃料はくべた。
これ以上今出来る事はない。
魔法生物は静かに質問してくる。
「戦うのか?」
「それ以外の方法はないだろ。
お前のお陰て予習だけは出来ている」
「勇ましい事だ」
「それ以外の選択肢はないだろう?」
「…そうだな」
ここに来て逃げるという選択は俺にはなかった。
もう戦って妖魔を「撃退」ではなくて「撃滅」しなければ俺に未来はない。
あの妖魔とやらがどれだけの物なのかは解らない。
が、それ以上に壁に寄りかからせた魔法少女は切り札を切ってしまっている。
今、俺が「撃滅」出来なければ明日はない。
再戦もあり得る状態なら此方の負けなのだ。
「体が軽い。(そりゃ女になって体重は思い切り落ちたし)
こんな気分で戦うのなんて初めて。(今日が初めてだから当たり前だ)
もう、何も怖くない…
訳ねーだろ!」
よし。これで魔法少女の死亡フラグは折れたはずだ。
大丈夫だ問題ない。
一番いい装備を用意してもらう時間はない!
こうして俺は駆け出していく。
今を生き抜くために。
もう怖いとか死ぬとか痛いとか苦しいとか全て置き去りにして。
たぶん脳内アドレナリンどばどばで気分はハイテンションになっている。
だが、もうそれでいい。
俺は妖魔をぶち殺す。
でないと俺に明日は来ない!
魔法少女の象徴ともいえるコスチュームは、
サイズの合っていない男子用の制服で、
武器となるのは魔法少女が持っていたロッドのみ。
そして盾として使えるのは魔法少女が着ていた、
引き裂かれたボレロを腕に巻き付けた物。
ここに世界一魔法少女に相応しくない恰好をした、
美少女の魔法少女が爆誕したのである!
だが彼を笑う事が出来るもはいない。
彼は本気でこれから初めての命のやりとりをするのである。
ついに、ついに!主人公は魔法少女に変身してしまった。
もう戻れない。
彼はその事に気付いていようがいまいが、関係ない。
明日を迎える為には、妖魔を倒せなければならないのだ!
さあ頑張れ主人公。
楽しい魔法少女生活が待っているぞ!