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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第五章 愛欲の針
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99話 海獣リゾートへようこそ! 9

 黄色いチーロを退けた後、シルビアを休ませながら、ルイスはその横でクリスタルが嵌め込まれた出窓を興味深げに調べていた。


「なにしてるの?」

 シルビアが顔を上げて訊ねる。


「うん、まあ……ちょっと」

 ルイスは肩をすくめて誤魔化した。

 その目は出窓の隙間に何かが隠れていないか探るように動いている。


 ――あなた、お姉さんを白魔法で癒やして差し上げたら?


 首にかけた六角形の古代コインが、心に直接語りかけてきた。

 虚飾の魔杖は、所有者の好みに応じて形を変える特徴があり、今はこの形に落ち着いている。


「え? 白魔法? 俺、唱えることなんてできないぞ」

 ――義務教育で少しは触れたでしょうに。仕方ありませんね。私の言う通りに復唱しなさい。


 ルイスは少し困惑した表情でシルビアの前に立ち、額に手をかざした。

「なに? なにやってるの?」


 シルビアが不審そうに見つめる中、ルイスはコインの指示に従い、低い声で何事かを唱え始める。


 ――いいですね。脳をもみほぐすイメージを持ちながら続けなさい。

「……なにこれ? 超気持ちいい。あんた、やるじゃん」


 シルビアは目を閉じて、ほっとしたような笑みを浮かべた。

 その手が自然とルイスの手首を掴み、離そうとしない。


「治ったか?」

「もうちょっと……このままで」

 シルビアは満足そうに呟いたが、ルイスの手首は両手で握り締めたままである。


 ルイスの魔眼は再びクリスタルの出窓へ向かう。

 黄色いチーロが飛び出した直後の状況を思い返しながら、考察を巡らせる。


 水魔法大権威セリナ・リベーラが、実用魔法を提唱しているのは周知の事実である。

 つまり、派手な見た目とは裏腹に、決して無駄なことはしない。


 反対に、堅実に見えるレイ・トーレス大権威の方がよほど派手に暴れて、破壊衝動の権化のような性格をしていた。直に接しているので間違いない。


 神殿エリアまで来るのに、無駄なものは一切なく、すぐにでも遊戯施設に改造できるエリアダンジョンが続いていた。

 ルイスは黄色いチーロが出てきた出窓を眺めながら考える。


 二次利用できないものなど、セリナは興味がないのだ。

 あの道化機人でも出力を抑えれば、立派にピエロとして運用可能である。

 レイのように、パパッと造ってぶっ壊すのが前提のエリアダンジョンなど、セリナは性格上、造らない。


 そのことを考えると、ここまで美しく完成させた神殿エリアで、参加者に暴れさせるだろうか?

 せっかく造った神殿エリアを壊したくはないだろう。

 つまり、他に暴れても構わないようなエリアを用意しているはずだ。


「おい。いいのか? 皆、先に進んでいるが……」

「いいの。いいの。魔眼がここだって言ってるし。なんかあるんだよ。ここ」


「なんで進むのが正解だって決めつけるんだ? 俺なら皆が見落とす場所に仕掛けを置くぜ」

「それは確かに心理の裏を突いている気がするな」


「へへへ! そうだろう?」

「ちょっとちょっと。残ってるの私たちだけになってんだけど?」


 シルビアの手を引き離し、ルイスはチーロの部品を手に取って、出窓の隙間に差し入れた。

 ガチリとなにかがルイスの手にしていたチーロの破片に当たって回った。

 クリスタルの出窓がバチンと音を発てて外れる。


「隠し扉か!」

 ベルナルドが目を剥いた。


「きゃあ! すごーい!」


 シルビアが歓声を上げ、思わずルイスに抱きついた。

 しかしその肩でくつろいでいた雷獣ダニエルが鋭い牙を剥き、シャーッと威嚇する。


「ぎゃあ! なによ、この生き物!」


 出現した隠し通路を見つめながら、ベルナルドが眉をひそめる。

「これ、クリアさせる気あるのか?  魔眼がなかったら絶対無理だろ」


「まあまあ。見つけたんだから良いじゃない」

 シルビアが軽快に歩き出した。


「姉貴は本当に逞しいね」

「だよな……なんかもう単純明快というか」

 シルビアの現金さに、ルイスとベルナルドは肩を竦めた。


「ちょっと! なにしてんの! 二人とも! お尻焼くわよ!」

 シルビアが振り返りながら、激しい身振りで手招きした。


 ☆☆☆


 隠し扉を通ると、石造りの螺旋階段が続いている。

 湿気を含んだ空気が漂い、壁を伝う水滴が静寂の中でわずかな音を立てている。

 階段を下りていくと、徐々に冷たい潮の香りが強くなる。


 やがて階段の終点に到達すると、目の前に広がるのは壮大な水道橋であった。

 それは、クリスタルのように光る青い石材でできており、海面上に浮かぶように架けられている。


 水道橋は細長く、手すりがついているものの、渡るには勇気が必要な高さである。

 下を見下ろせば、波が岩肌に砕け散る音が遠くから響いてくる。


「おい、これは……落ちたらただじゃ済まないぞ」

 ベルナルドが警戒の色を浮かべた声で言う。


「まあ、試練だろうな。こういうの好きなんだろ。セリナ大権威は」

 ルイスが自嘲気味に肩を揺らすと、ダニエルが怖がって、首元に纏わり付いてきた。


 シルビアが目を細めて周囲を見渡す。

「この道、本当に正解なの? なんか嫌な予感がするわ……」


「魔眼はこの先だって言ってる。信用しろよ」

 ルイスが首にかけたコインを撫でるように触れると、それがわずかに青白く輝いた。


 三人は慎重に水道橋を渡り始める。

 途中、風が強くなり、足元を掬われそうになるたびに緊張が走った。


 橋の中ほどまで来た時だった。

 突然、どこか遠くから地鳴りのような音が聞こえ始める。


「なんだ、この音……?」

 ベルナルドが立ち止まり、振り返る。


 すると、視界の端で水面が不自然に盛り上がるのが見えた。

 水が渦を巻き、巨大な泡が弾けると――そこから海賊船が姿を現した。


 錆びついた鉄と朽ちた木材でできた船体には無数の鎖が巻き付いており、ところどころクリスタルのような輝きを放つ部分がある。


 帆は破れ、黒い魔法の煙が漏れ出している。

 甲板には骸骨のような乗組員たちがうごめいていた。


「な?! 正解だったろ?」

 ルイスが歓喜しながら叫ぶ。


 海賊船は水道橋を目がけてゆっくりと近づいて来た。

「これ、どうするの? 逃げ場がないじゃない!」

 シルビアが叫び声を上げる。


 水道橋の終点に目を向けると、そこには小さな門が見える。

 だが、それにたどり着くにはこのまま進むしかない。


「仕方ない……突破するぞ! 行け!」

 ベルナルドが叫び、三人は決意を固めて水道橋を走り抜けようとする――その背後で、海賊船から放たれた鎖が音を立てて迫ってくる。


 しかし、その途中でルイスが突然立ち止まり、振り返った。


「おい! 何してる!?」

 ベルナルドが叫ぶが、ルイスは無視して水道橋の側面を見つめる。


「ここ、絶対何か仕掛けがあるぞ……」

 海賊船から放たれる鎖が音を立てて迫る中、ルイスは指を鳴らして思い出したかのように言った。


「見ろ、この橋の柱だ。あのクリスタルと同じ材質だぞ!」

「だからどうしたのよ!?」

 シルビアが苛立った声を上げる。


「つまり、この橋そのものがあいつらに対抗する手段だってことだ!」

 ルイスが手に持った黄色いチーロの破片を掲げると、それが微かに反応して光を放ち始める。


「やっぱり! こいつは鍵だ!」

 その瞬間、海賊船の砲門が赤く光り、魔法の砲弾が発射された。


「伏せろ!」

 ベルナルドが叫び、三人が咄嗟に身を伏せると、砲弾は水道橋の端をかすめ、石材を砕きながら爆発した。


「早くしなさいよ! こっちは余裕ないんだから!」

 シルビアが叫ぶ中、ルイスは橋の側面に刻まれた古い文様にチーロの破片を当てた。

 すると、文様が淡い青白い光を帯び、橋全体が振動を始める。


「来た! これでどうだ!」

 その言葉と同時に、橋の下部から無数のクリスタル状の突起が伸び、水面を目指して鋭く突き刺さるように広がった。


「な、なんだこれ……!」


 ベルナルドが目を見張る中、海賊船の船体に突起が突き刺さり、クリスタルから雷のようなエネルギーが放たれた。

 船体を覆う鎖がバチバチと音を立てて弾け、骸骨の乗組員たちが次々と崩れ落ちていく。


「やっぱり……橋自体が防衛機構だ!」

 ルイスが満足げに叫ぶと、シルビアが息を呑んだ。


「すごいじゃない、ルイス! だけど、早くここから離れないと……!」

「急げ! 次は僕たちが落ちるぞ!」


 ベルナルドの声に背中を押され、三人は水道橋の終点に向かって全力で駆け出した。

 崩れる音と振動が背後から迫る中、ようやく小さな門にたどり着く。


 門を抜けた瞬間、背後で海賊船が崩壊し、水中に沈んでいく音が響き渡った。


「ふう……なんとか逃げ切ったな」

 ベルナルドが額の汗を拭いながら息を整える。


 シルビアがルイスの腕を叩きながら言った。

「あんた、なかなかやるじゃない! でも次はもっと早く気づいてよね!」

「へへ、まあな。けど、ここで終わりじゃないだろうぜ」


 ☆☆☆


 巨大な門を押し開けた瞬間、冷たい海風が吹き抜け、三人の肌を濡らした。

 霧に包まれた先には、静かな水面が広がっているように見えた。

 暗い海の色をした水面に、黒ずんだ船が一隻浮かび上がる。


「沈んだんじゃないの?」

 シルビアが呆然と呟く。


 その船は、朽ちた木材でできたように見えるが、不気味に輝く青白い光で縁取られていた。

 巨大な帆は、風を受けていないにもかかわらず揺らぎ、船体から立ち上る冷たい霧が船の輪郭をぼんやりと包み込んでいる。


 甲板には無数の海賊ゾンビたちがずらりと並び、それぞれの目が淡い緑色に光り、不気味な存在感を放っていた。


 そして、その中央には一際目を引く人物――海賊船長が、ゆっくりと立ち上がった。

 海賊船長は高帽子を取って、三人に向かってヒラヒラと振っている。


「海賊船自体に、自己修復機能を装備してるってわけね……」

 ルイスが引きつった笑顔で言った。

 感心と同時に「ここまでやるか」という怒りを込めて。


 その言葉に反応したかのように、海賊ゾンビたちが揃って不気味な笑い声を上げた。

 ガクガクと動く彼らの仕草はまるで壊れた人形のようだが、その狂気じみた迫力に圧倒される。


 甲板の船長が広げた手をゆっくりと振り下ろすと、船体が微かに震え、霧が裂けるように動き始めた。


 ベルナルドが険しい顔をして、短く指示を出す。

「乗り込むしかないな」


「さすがセリナ大権威……本当に全部、演出ってわけかよ」

 ルイスが毒づく。


「演出でもなんでもいいわ!」

 シルビアが鋭く言い放つ。


「行くわよ!」


 ルイスが肩のダニエルを撫でながら笑みを浮かべる。

「おう、姉貴! あいつらの尻でも焼いてやれ!」


 三人は互いに頷き合うと、一斉に海賊船に向かって跳躍した。


 霧を切り裂きながら船体に向かう彼らを、船長が静かに見つめている。

 その瞳の奥に、青白い輝きを湛えて。

 お読みいただきありがとうございました。

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 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

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