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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第五章 愛欲の針
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98話 海獣リゾートへようこそ! 8

「手を貸してくださるの? 頼もしいわ」


 紫苑が柔らかい微笑みで訊ねると、ベルナルドは不意を突かれたように「え、ええ。もちろんです」とぎこちない笑みを返した。


 その様子を横目で見ていたルイスの心には、釈然としないものがあった。

 ルイスは、あえて最も荒れた学校に喧嘩を売るために転校するような筋金入りだ。


 紫苑に付き従う、見るからに柄の悪い連中の素行を見れば、この女が堅気の人間ではないことは一目瞭然である。


 ベルナルドの育ちの良さが仇になったとしか思えない。

 こんな女に見惚れるとは、ルイスにしてみれば考えられないような愚行であった。


 女の趣味が悪いなど、自ら毒を煽るのとなんら変わらぬ愚行でしかない。

 弟としてなんとかせねば、とルイスは思った。


 ルイスは内心で、兄の理想主義が善悪の境界を鈍らせているように感じていた。

 自分はとっくにそれを見極める目を持っているが、ベルナルドは違う。


 どんなに礼儀正しくても、紫苑のような相手に無防備でいるのは愚かでしかない――そう確信していた。


 悪そうなヤツは素行も悪い。

 アホな格好しているヤツは、アホなのである。


 信頼できるかどうかは、バックボーンを確認してからの話だ。

 関わっていい相手とそうでない相手は、表情や態度、どんな小さな仕草からでも分かる。

 ダメだと感じたら関わらない――それが、この世の掟だとルイスは確信している。


「参ったな。これは――」

 一目惚れしたとか言い出すなよ、とルイスはベルナルドを見て思った。


 利害の一致がなければ、関わり合いたくない人間たちだ。

 絶対に極悪人だぞ。こいつら。


 まあ、ベルナルドが誘惑されるようなら、姉貴に頼んで尻でも焼いてもらおう。

 ルイスは本気で考えていた。


 ☆☆☆


「兄貴。その女はやめとけ」

 ルイスがベルナルドの背中をつつき、小声で真剣に言った。


「お前、なにを言って……」

「冷静になって、周りを見てみろ。ヤバい筋だ」

 その言葉にベルナルドは少し眉をひそめたが、ルイスの目が真剣なのを見て、静かに頷いた。


「……わかった。正直、ちょっと気を取られてた。すまん」

「ちょっと。尻出し女がヤバいなら、あんたの肩に乗ってるソレはどうなのよ?」


 横から口を挟んだシルビアが、もっともな指摘をする。

 ルイスは舌打ちし、姉を睨んだ。


「コイツは別だろ。時々、おっさんになるだけだし。なあ?」

 ルイスの肩の上の、小さな雷獣ダニエルの鼻先を触ると「キュイ」と鳴いた。


「そんな魔獣、聞いたことないわよ。ほんと、あんたは昔から可愛い魔獣とかすぐ拾ってくるんだから……」

「とにかく、姉貴。兄貴があの女に入れ込むようなら、尻でも焼いてくれ」


「……わかったわよ。お兄ちゃんのお尻を焼けばいいのね?」

「もういい。尻から離れろ。集中だ」


 ベルナルドが苦い顔で二人を制し、前方の敵に視線を向けた。

 三人の表情が引き締まり、場の空気もピリつき始める。

 雷鳴の余韻が神殿エリアの空気を震わせる中、一行の意識は再び目の前の敵へと集中していった。


 ☆☆☆


 黄色いチーロが放電を始めた。

 周囲の空気が帯電し、髪の毛が逆立つような感覚がルイスたちを襲う。

 頭上で雷鳴が響き渡り、神殿全体がまるで戦場と化したかのようだ。


 動けばやられる。

 じりじりとした緊張感の中、ルイスは雷のような直感でダニエルを鷲づかみにすると、一気にチーロへ向かって放り投げた。


「行け!  ダニエル!」

「ちょっと、なにしてるのよ!?」

 シルビアが叫ぶが、ルイスは振り返りもせず笑った。


「まあ、見とけって」


 その瞬間、空気が裂けるような轟音とともに、チーロから放たれた雷とダニエルが纏う雷がぶつかり合った。

 目の前が白く光り、視界が一瞬奪われる。

 バチバチと高音を伴う火花が飛び散り、辺りはまるで稲妻が乱舞する嵐の中心にいるようだった。


「雷が……消えた?」

 シルビアが目を凝らすと、チーロの雷の勢いが失われ、空中で消滅していくのが見えた。


「そうだ、ダニエルは雷獣だろ」

 ルイスが眩しさに目を細めながら言った。


「雷属性同士で相殺したんだ!」

 ベルナルドが叫ぶ。


「今だ!  攻撃するぞ!」

 電撃の残響がまだ空気中に漂う中、三人は一斉にチーロへと攻め込んでいった。


 ☆☆☆


 紫苑が軽やかに足を蹴り上げるようにして跳躍した。

 その姿は見る間に上昇し、数メートル上空で黄色いチーロと同じ高度に達していた。


 空中で優雅に体勢を整えると、髪を束ねていた簪をすっと抜き取る。

 瞬間、紫苑の気配が一変し、鋭利な刃のような殺気が漂った。


 その時だった。

「シルビア!?」


 突然、シルビアが膝から崩れ落ちた。

 ベルナルドとルイスが驚愕の声を上げ、駆け寄って彼女を支える。


「どうしたんだ!?  なにがあった?」

「……あの人――」

 シルビアは震える声で呟きながら、紫苑を見つめた。


 紫苑はまるで舞うように空中で簪を振り、再び、なにかの魔力光が炸裂した。

 黄色いチーロは一瞬の抵抗もできずに粉砕され、バラバラの残骸が神殿の床へと落ちていく。

 解けた長髪が、散りゆく雷の火花と相まって眩い光の残像を描き出していた。


「あらあら。お嬢さん、大丈夫?」


 紫苑は微笑みを浮かべながら地面に降り立つと、足早にシルビアの元へ近づいてきた。

 その笑顔は人懐こく見えるが、どこか不気味な余韻があった。


「ええ、大丈夫です。ご心配ありがとうございます」


 シルビアは無理に笑顔を作り、礼儀正しく答えた。

 だが、その声には微かな震えが混じっている。


「そう?  無理は禁物よ。お先に行かせてもらうわね」

 紫苑は軽やかに微笑むと、付き従う男たちとともに神殿エリアの奥へと消えて行った。


 静寂が戻った後、シルビアは肩で荒い息をつきながら立ち上がる。


「ルイス……あんたの言った通りだわ」

「な?  だからヤバい女だって言っただろ――」


「違う」

 シルビアはルイスの言葉を遮った。

 その目は恐怖で見開かれ、口元を押さえる手が震えている。


「なんだよ。何が違うんだ?」

「人間じゃないのよ……あの人」


 震える声でそう呟いたシルビアは、全身で恐怖を噛み殺しているように見えた。

 お読みいただきありがとうございました。

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