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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第五章 愛欲の針
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97話 海獣リゾートへようこそ! 7

 海底神殿エリアに一歩踏み入ると、三人は言葉を失った。

 そこには想像を超える光景が広がっていた。


 天井から漏れ入る光が複雑な角度で反射して、クリスタルのように輝く壁や柱を鮮やかに照らしている。

 光が海中の水面を通り、無数の光の粒が揺れながら神殿内に降り注いでいた。

 その光はまるで神秘的なヴェールのように、古代の神殿を模した石造りのダンジョンに広がっている。


 神殿内の空気はひんやりと冷たく、神秘的な静寂が空間を支配していた。

 柱や壁には、かすかに透けて見える海藻や珊瑚が張り付いており、自然と人工の境界が曖昧に混ざり合っている。

 足元には砂が舞い上がり、わずかな水流がその砂を漂わせては、幻想的な影を作り出していた。


「海賊ゾンビがいたけど、まさか海賊船長がお宝護ってるとかないよな?」

 ルイスがベルナルドに話しかけたその瞬間、場内にアナウンスが響き渡った。


 ――ふっふっふ! よくぞ、ここまで辿り着きましたね! ここでは、海賊船長が護るお宝を見付けて貰います!


 アナウンスの声はセリナ大権威で、悪役を演じるような不敵な調子で喋っている。

 大抵の参加者はアナウンスが予想通りの展開だという表情で、気に留めることなく神殿エリアの奥へと進んで行った。


 参加者たちもここまで来ると、徐々にセリナの性格がわかりかけてきていた。

 セリナが手掛けるエリアはどれも、美しさと危険が紙一重に混ざり合っていた。


 時に息を呑むほど美しく、時に滑稽なほどコミカルな仕掛けが散りばめられており、そのどれもが油断を誘うものだった。


 痛い目にあってきた参加者たちは身をもって理解しているのだ。

 水魔法大権威セリナ・リベーラが笑いながら殴りに来る人物であることを。


 彼女の手によるダンジョンは、命を奪いかねない巧妙な罠が、愛らしさや滑稽さの仮面を被って潜んでいるのだ。

 油断すれば、曲がり角で海賊ゾンビに突然襲われたり、まるで玩具のようにコミカルな動きをする小さな魔物が、いきなり鋭い牙を剥いて襲いかかって来た。


 これらは意図的に裏をかいているわけではなく、単にセリナという人物の本質が現れているだけなのだ。

 彼女のエリアダンジョンには、緩急と予測不能な要素が盛り込まれ、参加者の注意を試し続ける仕掛けが随所に散りばめられていた。


 そのため、ライフセーバー隊は人命救助と治癒魔法の専門チームで構成されているのであろう。


 ☆☆☆


「やあ。ボクは道化の魔工機人チーロ♪ みんなを案内するね♪」


 神殿エリアに現れたのは、色とりどりのピエロの衣装をまとった魔工機人たちである。

 チーロと名乗るその機人は、奇妙にコミカルな動きで踊りながら参加者の前に次々と現れ、手招きしながら笑顔を見せていた。


 しかし、その滑稽さを楽しむ者は誰もいない。

 表情を引き締めた参加者たちは、緊張感を漂わせてしっかりと編成を組み、いつでも応戦できる体勢だ。


 ここまでの道のりで、ほぼ全員がパーティを組んでいた。

 たとえ見知らぬ者同士であっても、背に腹は代えられない。

 生き残りたければ、誰かと即席のパーティを組まざるを得ないのである。


「今までみんなが倒してきたザコ敵は一から十ポイント。弱々だったね♪ でも、ここからは違うよ♪」


 チーロが陽気に説明を続けると、周囲の参加者たちは緊張を一層強めた。


「まず、ボクが百ポイント♪ 中ボス、海賊船長が五百ポイント♪ どこかにいるダンジョンボスが千ポイント♪ ダンジョンボスを倒したら、その時点で訓練エリアが終了するよん♫」


 一部の参加者たちは顔を見合わせ、パーティを組む利点と取り分の少なさについて小声で相談し始めた。

 パーティで得たポイントは人数で分け合うため、大きな報酬を得るには単独行動が有利だが、あまりに危険でもある。


「ボクと戦いたい人は、ちょっと待ってね♬ 他にポイントを稼ぎたい人はダンジョンに仕掛けられた罠を掻い潜って、ポイントをゲットしようぜ♪ 違うエリアダンジョンに繋がる所もあるかもね♪」


 チーロはいたずらっぽくウインクし、指先でダンジョンの奥を指し示した。

 神殿内にはまだ見ぬ罠と敵が潜んでいる。


「よお。どうする? あのピエロが言うように、ダンジョン探索した方が良いかもしれないぜ?」

 ルイスがそう切り出すと、ベルナルドは意外そうに笑みを浮かべた。


「らしくないな。お前は戦いたがると思っていたが」

 ルイスは肩をすくめ、少し居心地悪そうに視線を逸らした。


 するとシルビアが興味深そうに訊ねる。

「あんたの魔眼でダンジョンの罠がわかるわけ?」

 シルビアの質問に、ルイスは少し困ったように頭をかいた。


「魔眼が発動したら、瞬間的に色んな角度から迷宮や罠が見えるんだよ。どういう理屈なのか、自分でもイマイチわかんねえんだけどさ」


「なるほどな……冒険者には持ってこいの能力だ」

 ベルナルドは感心したように頷く。

 魔眼の力は、冒険でこそ役立つ稀有な才能だと改めて感じているようだった。


「決を採ろう。戦うべきか、探索か」

 ベルナルドは二人を見つめ、毅然とした口調で言った。


「僕は戦うべきだと思う。探索は倒してからでもできるだろう」

 ベルナルドの提案に、ルイスは少し顔をしかめて答える。


「俺は探索したいな。ケガしてもつまらんし」

「私は――戦ってみたい」


 シルビアは自信に満ちた表情で答えた。

 ベルナルドは二人の答えを確認し、小さく頷いて「決まったな」と言った。


 ☆☆☆


「残っている人は探索は後回しってことだね? でもでも、ボクに勝てるかなあ?」

 チーロがケタケタと笑いながら、目の前の参加者たちを挑発してきた。


「さあ。戦ろうか♫」

 その瞬間、チーロの声色が冷たく鋭く変わる。

 魔工機人に”殺気”があるかどうかは定かでないが、今のチーロからは明らかに敵意が漂っていた。


 チーロは体内に仕込まれた機構を起動させると、手足が不気味な音を立てながら伸び始めた。


 ぐんぐんと伸びる四肢は、まるで意思を持っているかのようにあたりを巻き込む勢いで動き、高度も一瞬で人の頭上を越えた。

 小柄なピエロが飛ぶように舞い上がる様子は、異様で不気味な光景だ。


 さらに、チーロと同じ姿をした他の道化機人たちも次々と同じ動きを始める。

 彼らは神殿エリア全体に配置され、それぞれのパーティに同じ挑発を繰り返しながら、音を立てて空中へと伸び上がると、不自然な笑い声を響かせた。


 神殿エリアには、何体もの道化機人が浮かび上がり、奇怪な笑い声が四方から降り注ぐ。

 それは、ただの装置とは思えない生々しさと不気味さをもって参加者たちにプレッシャーを与えていた。


「ボクは強々♪」

「ボクも強々♪」


「ボクだって強々♬」

「ボクたちは強々♬」


 何体ものチーロが同時に口々に騒ぎ始め、その奇妙な連呼が広がっていく。


「ボクだって言ってんだろ!!」


 ベルナルドの目の前に立つチーロが、唐突に怒鳴り声を上げると、見開いた口が大きく開き、次の瞬間には激しい炎が噴き出した。


 ベルナルドとルイスは反射的に地面へ飛び込むように転がり、迫りくる炎をなんとか躱す。

 体勢を立て直したルイスが他のチーロたちを鋭く観察すると、敵の特徴が浮かび上がった。


「青色のチーロは水魔法……黄色は雷だ。どうやら、見た目で属性がわかるらしいな」


 ルイスの言葉にシルビアも警戒を強める。

 チーロたちは次々に色分けされた異なる魔法を準備している様子で、それぞれが攻撃態勢を整えていた。


「よし! 僕らの赤色チーロはラッキーだぞ!」

 ベルナルドはシルビアを守りつつ、冷静な笑みを浮かべて言った。


「火魔法の専門家がいるんだからな!」

 兄の言葉に応えるように、シルビアが気迫を込めて呪文を唱える。


 ――第九階層 上級炎防御陣。


 彼女の前方に火の球が連なり、まるで炎の盾のように回転を始める。

 それは熱を帯び、空間を揺らすような圧倒的な防御壁となり、チーロの炎に立ちはだかった。


 シルビアの魔法は見事なものだった。

 同じ階層レベルの魔法でも、術者の腕によって威力はまるで異なる。


 上級者が使えば生活魔法ですら禁術級の威力を発揮することもある。

 彼女の防御陣は、熟練の腕を物語る美しい炎の舞いであった。


 チーロが吐き出した炎が、シルビアの防御陣に吸い込まれ、倍化して弾き返される。

 周辺に火花が飛散し、弾け飛んでくる。

 ルイスは驚きながらも素早く避け、ベルナルドは一歩下がって巧みに躱す。


 シルビアの魔法をまともに浴びたチーロは、何もできないままガラスが砕けるように粉々に崩れて消えた。


 高ポイントを得られるチーロは小海獣や海賊ゾンビとは格が違うはずだが、簡単に倒せたのは、シルビアの魔法との相性が決め手となったに違いない。


 ルイスは感心しながらも、少し穿った見方をしていた。

 ルイスが、大権威で連想したのは、悪魔の化身のようなレイ・トーレスであった。


 このエリアダンジョンを制作した水魔法大権威セリナ・リベーラも、底意地の悪い罠を張っているに違いないと疑っていたのだ。

 だがベルナルドとシルビアは、どうやら、セリナの性格を見抜いていたのかもしれない。


 ☆☆☆


 近くで雷鳴が轟き、空気がひどく張り詰めた。

 その雷鳴に反応して、ベルナルドが顔をしかめ、急いで叫ぶ。


「マズい!  あのチーロは黄色だ。雷魔法を使う! 水辺で雷を食らうのは命取りだ。逃げるぞ!」

「待ってくれ!」と、ルイスがベルナルドを呼び止める。


「俺なら、一番ヤバいところにお宝を隠す!」

「あの黄色いチーロの向こうに、何か隠されてるってのか?」


「ああ!」

 ルイスの言葉に、ベルナルドは驚愕しながらも足を止めた。


 神殿エリアは一見して美しいが、その景色は延々と続き、どこをどう進むのか難解である。

 まるで同じ風景が繰り返される迷宮のようで、次に進むべき道を選ぶには鋭い判断力が要求されるだろう。


 ルイスの両目が青白く輝き、魔性の力を誇示していた。

「魔眼で、なにか見えたんだな?」とベルナルドが訊ねる。

「ああ、確かに何かがある!」とルイスは力強く答えた。


「この目で、第十階層禁術の迷宮もクリアしたんだ。信じてくれ、兄貴!」

 その言葉に、ベルナルドは迷わず頷いた。


「よし!  わかった!  だが、気を付けろ! 距離は取って行け!」


 シルビアがその後ろから警告するように叫ぶ。

「雷魔法は本当に危険なんだから、焦らないでよ!」


 ☆☆☆


 近くで雷鳴が轟く中、黄色いチーロに向かい構えるパーティがいた。

 彼らは厳つい外見で、身にまとう装備は水をはじく工夫が施されているようである。


 突然、シルビアが声をあげた。

「あ! お尻のお姉さん!」


「え? お尻?」

 ベルナルドが怪訝そうに返したとき、声の指す方向からひとりの女性が振り向いた。


 その女性――紫苑・カリーナがこちらを振り向いた瞬間、目を奪われるその美貌に、ベルナルドは思わず息を呑んでいた。

 お読みいただきありがとうございました。

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 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

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