95話 海獣リゾートへようこそ! 5
「ウェ~イ」と軽いノリで、ルイスはシルビアの顔に雷獣ダニエルを近づける。
「ぎゃあ!」と叫んでシルビアは仰け反り、激怒した。
「お前、最低だな!」
憤慨してルイスを罵るシルビアに、ベルナルドがやれやれと割って入る。
「ルイス、やめなさい」と一言、ベルナルドがたしなめた。
「マジで許さねえ」とシルビアは口汚く弟を罵り、ついには彼の尻を蹴り飛ばした。
ルイスも負けじと「なんだよ、ブス!」と反撃を開始する。
これにシルビアは「はアア?! ちょっと、お兄ちゃん! こいつ、ブスって言ったア!」とさらに興奮して叫んだ。
ベルナルドは二人をなんとか引き離しながら「ブスじゃないよ。お姉ちゃん、カワイイでしょ」と穏やかに場を収めようとする。
ベルナルドはルイスに向き直り「冒険者になるなら、ちゃんと父上と母上に話せよ」と真剣に諭したが、ルイスは少し拗ねたように「えええ」と口を尖らせる。
「大権威さまから魔獣まで預かっているんだ。お前には見込みがあるかもしれないぞ。きっとある」
ベルナルドはルイスを励ましながら、肩をポンと叩く。
ルイスも「まあ、言うだけな」と一応納得した様子で頷いた。
シルビアは「ないわよ、こんな不良に」と冷たく言い放つと、ルイスの肩を拳を固めて思い切り殴った。
「お前が口出すんじゃねえよ。ボケナスが」とルイスが、シルビアのポニーテールを引っ張る。
「ぎゃあ! 最悪! 私、なにもしてないのに!」と叫び、すかさずルイスに跳び蹴りを繰り出した。
「足が出てるでしょ。足が」
ベルナルドが二人を引き離しながら、大きく溜め息をついた。
☆☆☆
白砂のビーチで、紫苑・カリーナがエゲツないハイレグ水着で日光浴を満喫していると、マルコム・エイデンが、日差しをものともせず涼しげな顔でトロピカルカクテルを持ってやって来た。
それは、まるで舞台上のワンシーンのように洗練されていた。
金髪をきっちりとオールバックに整え、端正なタキシードには一糸の乱れも見られない。
マルコムの動きは滑らかで、完璧なバランスを保っている。
手にしたカクテルグラスには氷が浮かび、グアバやマンゴーが織りなす色鮮やかなグラデーションが夕陽のように映えている。
甘い香りと、わずかな酸味が鼻をくすぐり、飲む前から南国のリラックスムードを高める逸品が日の光を受けてかすかな輝きを放っていた。
マルコムは静かに紫苑の横に立ち、カクテルを差し出しながら軽く会釈をする。
「紫苑さま。お飲み物をどうぞ」
「気を遣わせて悪いわね」と紫苑が言うと、マルコムは笑顔で「いえいえ、どさくさ紛れにご一緒できて助かりました」と軽く返す。
「しかし、のんびりしすぎでは?」とマルコムが促すと、カリーナはグラスを口に運び「う~ん。コレ飲んだら行くわ」と至福の表情を浮かべる。
カクテルの冷たさと南国フルーツの爽やかな甘みが口の中に広がり、ほんのり効いたラムの香りが後味を引き締め、ビーチの日差しと調和して一層美味しく感じられた。
☆☆☆
突如として、海の奥底から何かがうごめき、荒々しく波を切り裂く音が響く。
巨大な鮫の海獣が水面から鋭い背びれを突き出し、獲物を捕らえるかのように一直線に向かって来た。
鋭い牙が並ぶその顎は人間の頭が簡単に収まりそうなほどの大きさで、海水に混ざる泡とともに暗い瞳が獲物を捉え、躊躇なく突進する。
圧倒的なスピードで迫り、鮫の海獣の影が紫苑のすぐ目の前にまで到達しようとしていた。
――夜喰らいの指輪。
紫苑が中指に嵌められた大きな黒いダイヤモンドを優雅に掲げた。
その瞬間、紫苑の中指に嵌められた黒い指輪が鈍く輝き、闇の裂け目が広がる。
そこから現れたのは、鮫の巨大さを遥かに凌駕する、黒毛に覆われた魔獣の顔だった。
その表情は異形そのものであり、瞳には人智を超えた飢えと狂気が宿っている。
獲物を見つけたその瞬間、魔獣は闇の中で牙を剥き出しにし、耳障りな、狂気に満ちた笑い声を放つ。
「ゲハハハハハハハハハハ!!」
恐ろしい咆哮と共に、黒く邪悪な顎が鮫を丸ごと捕らえ、鋭い牙で鮫の上半身を一瞬で咬み千切る。
海水に混ざった内臓が散らばり、血飛沫がまるで赤い霧のようにビーチまで飛び散っていく。
鮫の無惨な肉片は波とともに漂い、辺りは一瞬で暗い血の色に染まった。
その惨劇の中、紫苑はどこ吹く風とばかりに悠然とカクテルを味わい、何事もなかったかのようにその余韻を楽しんでいた。
☆☆☆
洞窟の奥から、険しい雰囲気の男たちが次々と姿を現した。
彼らの肌は、厳ついタトゥーで覆われている。
目つきも荒々しく、一見して堅気の人間とは明らかに異なる存在感が漂っていた。
「お嬢! 海賊ゾンビの群れは片付きました」と男達の一人が報告する。
紫苑は悠然と肩をすくめ、涼しげに笑う。
「海獣さえ出なければ完璧ね」
その言葉に、マルコムは即座に応える。
「いえいえ。海獣含めて完璧なのでございます」
紫苑はマルコムの頭を下げる様子に応じて、軽く肩をすくめた。
「ああ。そう。じゃあ行こうかしら」
「それでは、私はこれで」と、マルコムは礼儀正しく笑顔で返す。
「このエリアに用事はないの?」
紫苑の疑問に、マルコムは微笑を浮かべて振り返る。
「ええ。他のエリアダンジョンで果たすべき仕事がございまして。皆様のご健闘をお祈り申し上げます」と柔らかく返答した。
裏家業で生きてきた人間の勘なのか、マルコムの穏やかな笑顔に隠れた微かな狂気を察知して、男達は無言のまま道を空け、思わず一礼していた。
「ねえ、他エリアダンジョンで何をするのか伺っても?」と、興味を示す紫苑の問いに、マルコムは「もちろんでございます」と、淡々と返す。
「いつも通りのお仕事でございますよ。暗殺です」
さらりと言い放つマルコムの言葉に、男たちは圧倒的な殺気を感じ、全身が硬直した。
冷や汗が全身を覆う。
彼らは言葉も出ないまま、息を殺してその場に立ち尽くす。
早く去ってくれと、誰もが願いながら。
一方で、紫苑は穏やかな微笑みを浮かべながらマルコムに手を振り「頑張って~」と軽やかに送り出したのである。
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