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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第五章 愛欲の針
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93話 海獣リゾートへようこそ! 3

「ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」


 狂ったような笑い声を上げながら、ルイスは洞窟内を駆け抜けて行く。

 目に映る敵すべては、ただの標的にすぎない。


 片手盾を構え、海賊ゾンビが振り下ろした剣を弾き返す。


 反撃の度に斬撃と共に薄く張った魔力を飛ばし、その刃の残響が闇を裂いてゾンビの背後に立つ半魚人へと到達した。

 半魚人の目が一瞬、驚愕に見開かれる――その瞬間を見逃さず、ルイスはさらなる狂気を胸に、半魚人の半歩先にすでに踏み込んでいた。


「ヘアッ!!」


 閃光のように鋭い一閃で胴体を凪ぐ。

 ルイスの短剣は肉を裂き、骨を砕き、血しぶきが鮮やかな弧を描いて洞窟の壁に叩きつけられる。


 血の匂いに満ちた空間で、ルイスの目は輝き、口元には狂気の笑みが浮かぶ。

 通常ならすぐさま恐怖を感じるだろう光景も、ルイスの意識の中ではただの「障害」に過ぎなかった。


 ルイスの動きはさらに加速する。

 半魚人の崩れ落ちる体を越え、眼前に迫る海賊ゾンビを一瞬で捉え、その首を断ち斬った。


 絶え間なく迫る敵に喜々として立ち向かいながら、ルイスは荒れ狂う嵐のように前へと進んでいった。


 ☆☆☆


 ベルナルドは、洞窟に充満する血臭と恐怖に飲み込まれそうになる自分を必死に押さえつけながら、狂乱の弟を見据えた。


 目の前には涎を垂らし、錯乱した目でベルナルドを睨むルイス――その目には理性の光など欠片もない。


「シルビア! 前に出るなよ!」


 ベルナルドは声を絞り出し、後方にいる妹に言い放つ。

「うん!」


 ルイスの視線がようやく兄に気づき、まるで邪魔な獲物でも見るかのように不満げに振り向いた。

 唇から涎を垂らし、身構えたその姿はもはや人間というより、獲物を前にした飢えた獣そのものだ。

 狂気に染まったその顔が、自分の肉親であることを忘れさせるほどの異様さを放っている。


「ルイス!!」

「はあん?」

 低く、爬虫類のような声で応えるルイスが、無意識に武器を構え、わずかに身をかがめた。


 ベルナルドは震える自分の身体を意識しながら、ロングソードを構えた。

 半身に構え、足をがっしりと地に着ける。


 この異常な事態にどう立ち向かうべきか迷う余裕もない。

 目の前のルイスに集中するしかなかった。

 ベルナルドは、背後でシルビアが応戦しているのを信じるしかない。


「頼むぞ。シルビア」

 小さく呟き、覚悟を固めた。


 ベルナルドは焦りとともに、目の前でじわじわと詰め寄る弟の姿に見入った。

 ルイスは片手盾を前に突き出し、身体を小さく構えたまま、まるで獣のように無表情でじりじりと間合いを詰めてくる。


 周囲に散らばる海獣や魔物の屍、惨劇を生み出したのが目の前の弟であることを考えると、内心、恐怖が胸を締めつけた。

 もしこれ以上、ルイスを挑発して調子に乗らせてしまえば、狂気に陥ったその剣撃を自分に向けて放つだろう。当然、自分の後ろにいるシルビアにもだ。


 考えたくないが、そうなれば弟を斬るしかない。

 できるのか。

 いや、それにしても、この剣圧は異常だ。


 呪われているとして、外部からの魔法ではあるまい。

 ここは大権威が管理する訓練エリアだ。


 魔物や反国家組織からの妨害工作など、まず考えられない。

 ということは、ルイスが持ってきた魔具か、海獣に取り憑かれているか。どちらかだ。


 異常を捜せ。


 首元に見える皮紐のネックレスや耳のピアス、さらに短剣はもう一振り腰に下げている――どれが呪具なのか。

 手当たり次第に叩き落とすことも考えたが、無闇に動くと逆に致命的な隙を晒す危険がある。


 じっと息を詰め、焦りを抑え込むベルナルドに対し、ルイスは盾で顔を隠したまま低く笑みを浮かべているかのようだった。

 その表情に、景色がぐにゃりと歪む錯覚を覚え、血の気が引く。


「――盾か!」


 ベルナルドは、ルイスの動きに合わせて体重を乗せ、全力で片手盾にロングソードを叩きつけた。

 しかし、ルイスもそれに負けじと重く盾を押し返してくる。

 弟の力は信じられないほどの重さだった。


 すると、どこから出てきたのか、ルイスの胸元から小さな雷獣がぴょこんと顔を覗かせた。

 ギラリと光るその目が、ベルナルドに新たな敵意を浴びせているかのようだ。


「なんだ!? まだ、なにかあるのか?!」


 小さな雷獣の登場に、ベルナルドは驚きと苛立ちを隠せない。

「クソ! お前な! なんでもかんでも、連れて来るんじゃないよ!」


 その時、背後からシルビアの鋭い声が響いた。

「ルイス! あんた、いい加減にしなさいよ!!」


 シルビアの叱咤が洞窟内に反響し、一瞬だけルイスの動きが止まる。

 しかし、その瞳にはまだ狂気が揺らめいていた。


 ☆☆☆


 ルイスが盾を構え、狂気に染まった瞳でじりじりと兄に迫る中、ルイスの首元に下げられたネックレス型の虚飾の魔杖――ホセが小声でルイスに語りかけた。


 ――う~ん。間違えましたかね? おーい、ルイスや~い。ちょっと、お待ちなさいって。


 ホセの警告が届かぬかのように、ルイスは返事もせず、涎を垂らしたまま口元を歪めて笑うのみだ。


 その時、ホセは異変に気づいた。

 ルイスの片手盾の裏側に、小型のウミウシ型の海獣が張り付いているのを見つけたのだ。


 ――あっ! 盾の裏になんか付いてますよ! これ、ルイス! 不衛生です! さっさとお取りなさい!


 だが、ルイスからの反応はない。

 ルイスの耳には兄ベルナルドの鋭い叱咤が届いているものの、それに応える気配もなく、盾を握る力が一層強まっているばかりだ。


 ホセはため息をついて、しばらく黙ることにした。


 ☆☆☆


 シルビアは鋭い念話を受け取ると、すぐさまベルナルドに向けて叫んだ。


「お兄ちゃん! 盾の裏になにかいるみたい!」


「盾の裏?」

 ベルナルドは唇を噛みしめた。とはいえ、相手はルイスだ。


 真正面から戦うしか方法はないように思える。

 だが、このままではじりじりと追い詰められるばかりだ。

 ベルナルドは一瞬、何か策を見出そうと考えを巡らせた。


「胸元に小魔獣がいたぞ! 何か使えないか?」

 ベルナルドがシルビアに問いかける。


「どんなヤツ?!」

 返したシルビアに、ベルナルドは叫んだ。


「直接見ろ!」

 シルビアは覚悟を決め、前に出た。


 両手に微かに火の力が宿り、防御を強化するための火魔法の膜がその身体を包み込む。

 ベルナルドが緊張の視線でルイスを抑え続ける間、シルビアは盾の裏に張り付いた海獣へと視線を向けた。

 ルイスの盾の裏に張り付いた不気味なウミウシ型の海獣へと視線を鋭く向ける。


「いた! 盾の裏に、小型のウミウシ!」

 シルビアが叫ぶ。


「どうすればいい?! 盾をこじ開ける手立てが――」

「私がやるわ!」

 シルビアは言うと、火魔法で直接ルイスの盾の裏を狙おうとした。


 ルイスが狂気の笑みを浮かべ、勢いよく盾を振りかざしベルナルドに斬りかかった。

 その瞬間、シルビアは魔力を集中し、火の矢を放った。

 ルイスは獣じみた反応速度で火の矢を弾き飛ばす。


「お兄ちゃん、下がって! もう、一か八かよ!」


 ベルナルドが瞬時に後ろへ跳ぶと、シルビアは思い切り聖水の小瓶をルイスに投げつけた。

 聖水の瓶がルイスの頭で砕け、透明な液体が頭から滴り落ちる。


 聖水を浴びた瞬間、ルイスは一瞬だけ怯むような表情を浮かべるが、すぐに懐から雷獣が飛び出した。


「ギャアアアッ!」


 雷獣が叫び声を上げ、全身から稲妻のような電撃を放射する。

 その電撃はルイスの盾裏に潜むウミウシに直撃し、一瞬で炭化して黒い煙を上げ剥がれ落ちた。


 ルイスの体も雷撃の余波を受けたのか、急に表情が虚ろになり、ついにその場に崩れるように倒れてしまった。


 辺りには白い煙が漂い、その中から浮かび上がってきたのは、蹲る裸の中年男性だった。


「今度はなんだ?」

「もう嫌ア……」


 ベルナルドとシルビアはその光景に唖然とし、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。

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