90話 いちばん昏い夜 22
「強奪戦、決着! これでゴルジェイ・バザロフのポイントがカイ・クルマラに半分、移行されましたア! 一位はカイ――」
その瞬間、ゴルジェイがダメージなど全く意に介さず、無表情で立ち上がった。
立ち上がるやいなや、起き上がろうとしている奈落の巨人へと駆け、電光石火の如く斬りかかる。
――激剣 ツバメ返し。
巨人が起き上がろうとした瞬間、ゴルジェイの長大な雷剣が袈裟斬りの軌道で巨人を襲い、返す刃で首を一気に刎ね飛ばした。
巨体がその場に崩れ落ち、雷の閃光が闇を裂く。
カイは呆然とその光景を見つめるしかなかった。
「た、倒したアア!! エリアボス撃破確認! ただ今をもって、市街地エリア訓練を終了いたします! ポイント千点を加算! 優勝はゴルジェイ・バザロフ!!」
「なぬううううう??!!」
カイは信じられないという表情で絶叫し、頭を抱えた。
☆☆☆
「いやあ、最後は驚きましたねえ」
アナが言う。
「魔工機人には痛みの概念がないですからね。動作に支障がなければ、停止命令が出ない限り動き続けるんです」レイは淡々と答えた。
「こればかりは、実際に戦ってみないと分からない部分がありますね」
その会話にヨーゼフも加わり「ところで、レイ大権威にお聞きしたいことがあるのですが」と口を開いた。
「なんでしょう?」とレイが答えると、ヨーゼフが少し身を乗り出して訊ねた。
「魔工機人や機獣と、昔ながらのゴーレムとは何が違うのでしょうか?」
レイは少し考えてから説明を始めた。
「一番の違いは耐久性でしょうね。魔工機人や機獣は、魔具として扱われますから、比較的繊細な調整が可能ですし、修理も効きます。対して、ゴーレムは使い魔に分類され、用途や作り方が古風で、時代とともに流行り廃りがあります」
「南の方では、労働力としてゴーレムがまだ重宝されているみたいですが」アナも加わる。
レイは頷いて続けた。
「そうですね。元地魔法大権威のエルマー・ベッシュ先生もゴーレム研究の第一人者で、彼の技術は『亜人工務店』などでも利用されています。労働用のゴーレムは耐久性も高く、魔法の知識が乏しくても管理しやすいんですよ」
ヨーゼフは頷きながら「ゴーレムもまだまだ現役ってわけですね」と感心したように笑みを浮かべた。
☆☆☆
「ちくしょう。そうかあ、ゴーレムと同じに見てたわ」
カイは頭を振り、嘆いた。
「古い魔工機獣や、劣化ゴーレムばかり相手にしてたから、あんな状態であれだけ動くとは思わんかったぞ」
「ざんね~ん!」
アレンカが甘えるような声を出し、カイの腕に抱きついてくる。
「痛てえよ!」
カイはアレンカをちらりと見て苦笑する。
「結構、斬られたからな。特殊魔糸で編んだコートでも打撃は通ってる――下がれ」
カイはアレンカをかばうように後ろに下がらせ、平剣と片手剣を構える。
ゴルジェイが無表情でカイに向き直っていた。
「ゴル。停止せえ」
どこからか、低い声が響いた。
ゴルジェイは直立したまま、動きをピタリと停止する。
「――おう、そこのデカい坊主!」
カイがあたりをキョロキョロと見回す。
大声が続いた。
「ビクトル・マッコーガンだ! 貴様ア! 最後以外は良かったぞ! 励めい!」
その一言でブツリと音声が切れ、静寂が戻った。
しばらく呆然としていたカイだが、次の瞬間、両拳を握り締め、天に向かって雄叫びをあげた。
腕にぶら下がっていたアレンカは驚きのあまり尻もちをつく。
カイは気にも留めず、廃墟のエリアダンジョンで声を響かせた。
「どうだ! どうだ! 兄イ!! 俺はとうとう、世界最強の男の眼鏡にかなったぞ!!」
廃墟のエリアダンジョンで、カイは気が済むまで雄叫びをあげる。
夜が明けないはずのダンジョンで、カイの瞳は誰よりも輝いていた。
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その瞳には、計り知れない悪辣な知恵と挑発的な輝きが宿り、彼女からは無言の威圧感が漂っていた。
まるで周囲の空気を支配しているかのような、紫苑・カリーナの不可思議な魅力と緊張感の前では、誰もが彼女の雰囲気に飲み込まれてしまう。
紫苑は華やかな中華風ドレスを身にまとい、椅子に優雅に座り紅茶を嗜んでいた。
深紅の生地が彼女の曲線を引き立て、ドレスのスリットからは白い肌がちらりと覗く。
鋭い目付きは鋭利な刃物のように周囲を刺し、視線を受けた者は思わず息を呑む。
彼女の黒髪は肩に流れ落ち、顔立ちに妖艶な印象を与えていた。
その時、スクリーンの向こうで雄叫びをあげるカイ・クルマラが映し出された。
飛び上がって大喜びするカイを見て、紫苑は盛大に紅茶を吹き出し、激しく咳き込んだ。
「なに? 大丈夫?」
フワフワ浮きながら仕事をしているララ・ナイトメアが声を掛けた。
紫苑は激しく咽せながら、涙目になり、奥歯を噛みしめた。
――なぜ、あの男がそこにいる?
私の思い通りにできなかった唯一の男。
私が婿にと見込み、縁談を持ちかけたというのに、あっさり断って姿を消した男。
世に名だたる称号、世界最凶の暗殺者”ロキ”の名にさえ一瞥もせず、苦笑いを残して去った男。
裏社会で最も恐れられる傭兵カイ・クルマラ。
――その男が、竜騎士団の新しい師団長?
騎士と傭兵では、存在意義がまるで違う。
裏ギルド総支配人への婿入りを断り、理想主義の象徴たる騎士になるだと?
馬鹿げている。
紫苑は無意識に爪を噛んだ。
どうしても納得がいかない。
あの男は、どんな危険な状況でも即座に対応し、あらゆる手段を尽くして任務を全うする猟犬だ。
私に仕えてこそ、その才能を存分に発揮できる人間兵器ではないか。それを……。
どれほどの財を積み、ありとあらゆる贅沢を与えると言っても、カイは私に一顧だにしなかった。
それが今、ビクトル・マッコーガンがひと撫でしただけであの喜びよう――まるで仔犬だ。
紫苑はスクリーン越しにカイのはしゃぐ姿を見て、苛立ちを抑えきれず、椅子から勢いよく立ち上がった。
カイの雄叫びが耳障りでならぬ。
絶世の美女たる私より、雷クソジジイに尻尾を振るとはどういう了見なのか。
地魔法学部の研究員に、忙しそうに指示を出しているララへ目を向ける。
「ララ。今から訓練エリアに入れるかしら?」
紫苑の声には明らかに怒気が込められていた。
ララは宙に停止して振り返り、わずかに眉をひそめた。
「うん? そりゃ入れるけど、今から入っても不利だよ?」
肩を竦めて答えるが、紫苑は鼻で嗤った。
「私を誰だと思っているの? 私よ?」
「う……うん。そうだね。わかった。どこがいいの? ボクのエリアダンジョンだと――」と言いかけたが、紫苑は即座に制するように首を横に振る。
「冗談でしょ。沼地エリアなんてゴメンだわ!」と、不満げに言い放った。
ララは呆れた表情でため息をつく。
「……あのねえ、こっちは親切で言ってるんだけどお?」
しかし、紫苑は微塵も聞く気がない様子だ。
「そうね! あそこがいいわ! あの高級リゾートみたいなエリアダンジョン。あそこを手配してちょうだい!」
「水魔法エリアダンジョン? 舐めてたら痛い目に遭うよお?」
ララは紫苑をじろりと見ながら、一応忠告を挟む。
「何度も言わせないで!」
紫苑は冷たい視線でララを睨んだ。
「はいは~い、しょうがないにゃあ」
ララは頭を振って、諦めたように手配を進める。
紫苑の気迫に若干の呆れを感じつつも、こういう頼みを断れない自分にもララは呆れるのであった。
☆☆☆
「改めてご紹介しましょう! 市街地エリア”いちばん昏い夜”を駆け抜けた勇者たちに拍手を!」
参加者たちが黒街ギルドに戻ると、大歓声で出迎えられた。
参加者たちはギルドに戻るや、まだ午前中の日差しを受けて、その眩しさに思わず目を閉じる。
歓声の熱気が肌に触れ、眩しさが瞼越しにも焼き付くようで、彼らはしばらく顔をしかめながら、目が慣れるのを待っていた。
夜間の市街地エリアから戻って来た彼らは、みな眩しさに少し顔をしかめながら入ってきている。
しかし、カイとアレンカだけは例外で、日差しに何度か瞬きをしただけで、昼の光にすぐ順応してしまった。
「ねえ、マジで今度デートしようよ」とアレンカは、カイの腕をしつこく引っ張っている。
「面倒くせえなあ」
カイは腕をアレンカに引かせたまま、いつものぼんやりとした顔つきでダラダラ歩く。
ほんの二時間弱で訓練を終了した黒街エリアダンジョンでは、早々に昼休みに入り、参加者と観衆でごった返していた。
そのなかを、カイが歩いていると、観衆や参加者たちから次々に声をかけられる。
カイは曖昧な笑顔でごまかし歩き、その間も、アレンカは腕にぶら下がり続けていた。
「お兄さん。女の子からデートに誘われてんのに拒否るのって、なくない?」
「なくねえよ。まあ、行けたら行くわ」
「それ、絶対行かないヤツじゃん!」
「ああ。行くよ、行く……また今度な」
アレンカとしばらく軽い言い合いの末、上司に報告があると言い残して彼女は去っていった。
カイは特に別れを惜しむ素振りもなく、足早に医務室へと向かって行った。
☆☆☆
カイが医務室を出ると、解説をしていたラルフが腹を揺らしながら駆け寄って来た。
興奮した様子で声をかけてくる。
「やあ! カイ・クルマラさん! 凄かったですね!」
「……あ、ああ。いや、どうも」
カイは、どこかで聞いた声だと一瞬考えたが、言葉を濁しながら応じた。
「これ、ポイントと次の高難度訓練エリアのチケットが入っている魔具です。どうしても直接お渡ししたくて」
ラルフが差し出したのは細いブレスレットだった。
艶のある黒色で、真ん中に銀色の窪みがあしらわれている。
ラルフは改めてカイを見上げた。
デカい。
鍛え上げられた分厚い肉体も相まって、巨人のように見えた。
黒いブレスレットを受け取ったカイは目を丸くしている。
「ポイントが入ってるってコレに?」とカイが質問する。
「ええ。魔法で決済できるんですよ。一緒にランチでもどうですか?」
「へえ。コレでねえ」
カイはブレスレットを見つめながら、驚きと共に気に入った様子を見せた。
「かっこいいなあ」
「あ。嬉しい。黒街オリジナル・ブレスレットです。現金も入れられて普段使いもできるんですよ」
「へえ。そりゃイイね」
二人は笑いながら、ギルドの食堂へと向かって行った。
カイはギルド内の食堂で「田舎風日替わりランチ」を注文した。
説明では『老人、病人、病み上がり、都会の食に違和感を覚えるアナタにお勧め』となんだかトゲのある謳い文句が綴ってある。
要するに田舎者は、こういう飯でも食わせときゃいいんだろ、という意図が丸わかりである。
まあ、イイか。
確かに都会の味付けは濃すぎると思っていた。
故郷では仕事の合間に、獲ってきた獲物や山菜にちょっと塩でも振って、焼くか煮るかしてただけだ。
何年もそんな生活をしているうちに、お行儀良くテーブルで食事する習慣など忘れていた。
「上品なこった」
貰ったブレスレットを専用魔具の上でかざすとポロロンという電子音と共に会計が終了した。
「え? 金は?」
「ポイントで払いました。入金もできますよ」
「これは良い物、貰ったゾ!」
カイは上機嫌でブレスレットを何度も撫でた。
☆☆☆
「ブギーマンの担当だったんですがね」
「うん」
「戦ってみて、弱点はありましたか?」
「かなり手強かったなあ。弱点ねえ……強いて言うなら――」
「言うなら?」
「攻撃形態は変わるのに、防御形態が変わらないのはなんで? って思ったよ」
「ああ! なるほど! 防御形態を変化させ続ければ、カイさんを倒すのも夢ではないと!」
「え? いや、なんで俺を倒すのが夢になってるの?」
カイが問い返すが、ラルフは気に留める様子もなく、昼食をガツガツと平らげて席を立つ。
「こうしちゃいられない! 早速、アップデート作業開始だ!!」
「あ、ああ……頑張れ」
ラルフは出ていく間際に振り返り、悪戯っぽく笑って言う。
「そうそう! 次の高難度訓練エリアは厳しいですよお! 楽しみにしててください」
「へ、へえ。そうなの。たのしみ~」
感情を一切乗せない声でカイは応じる。
「いちばん昏い夜より、昏い夜をプレゼントするぜ! ヘイ!」
ラルフは両手でカイを指差し、ウインクをきらめかせ、駆け足で食堂から出て行った。
「あ! 解説の人だ!」
カイはようやくラルフのことを思い出し、胸のつかえが下りたのか、鼻歌混じりにランチを頬張り始めた。
お読みいただきありがとうございました。
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