9話 魔女 1
灰色の空の下、焼け跡と化した村の中で、少女は目を覚ました。
全身が痛み、体が重く感じた。
少女はゆっくりと視線を周囲に移し、焦げた木々と崩れた家々を見て、ここがかつて自分が知っていた場所であることを認識した。
周囲には煙が立ち込め、死の匂いが漂っていた。
少女の耳に入ってきたのは、騎士の声だった。
騎士は、村人のほとんどが死んでしまったと語っており、その声には深い悲しみと後悔がこもっていた。
少女はその話をぼんやりと聞き流し、心の中で自分の無力感と絶望を噛みしめた。
村の壊滅的な状況に対する興味は薄れ、ただの空虚な感情だけが残っていた。
騎士が続けて聖剣の話を始めた。
彼の一族が護り続けていた剣が、邪剣かもしれぬという疑念。
消えた剣がこの虐殺を引き起こしたことは想像に難くない。
少女はその話にあまり興味を持たなかった。
少女の心は、焦点を失い、現在の状況に圧倒されていた。
聖剣の話も、どこか遠くの話のように感じられた。
「聖剣……」
少女はぼんやりとその言葉を反芻しながら、再び目を閉じた。
村の焼け跡と、崩れた希望の中で、少女は心の奥深くに閉じ込められた怨念と共に、虚ろな状態に留まっていた。
☆☆☆
少女は、夢の中で過去の自分を見ていた。
暗く冷たい森の中、幼き少女は一人で泣いていた。
細い体が震え、どこか遠くから響く風の音だけが、心の隙間に冷たく染み込んでいく。
周りに見えるのはただの森の景色で、どこへ行けばよいのかも、何をすべきなのかも分からなかった。ただ、涙が頬を伝っていった。
その時、ふとした温かさが、冷たい空気を突き抜けてきた。
優しい声が耳に届き、少女の小さな体を包み込む手のひらがあった。
見知らぬ夫婦が目の前に現れ、無言で少女を抱きしめ、家へと連れて帰ってくれた。
温かい手のひらに包まれ、少女はただその安心感に身を任せた。
恐怖と孤独の中で、初めて感じた「守られている」という感覚。
それは、少女の心に深く刻まれた。
そして、あの日から時が流れ、彼らは少女にとって「両親」と呼ぶべき存在となった。
温かい食事と眠れる場所、愛されているという安心感。
しかし、その両親が与えてくれた温もりの中で、少女はひとつのことを思い出せなかった。
自分の名前。
それだけが、何もかもを消し去った記憶の中で、唯一鮮明に残っていた。
「レイ」という名前だけが、彼女の心の中で繰り返し響く。
過去の記憶は薄れ、あの日、森の中で迷った少女の姿が今の自分に繋がっている。
それでも、「レイ」という名前だけが、彼女を支える唯一のものだった。
☆☆☆
夢から目覚めたレイは、焼け跡で現実に引き戻された。
頭の中には、あの夢がまだ鮮明に残っていたが、目の前にあるのは荒廃した村と失われた命だった。
村が襲撃された直後、レイの無事を確認した父は、深い怒りに燃えていた。
彼は腕利きの猟師として知られ、その怒りが彼の行動を駆り立てた。
仇を討つために、父はすぐに出発する準備を始めた。
「父さん……行かないで……」
禁術を行使し、疲労困憊したレイは泣きながら懇願したが、父の決意は揺らがなかった。
父は村中の猟犬を集め、さらに木こりや生き残った男たちをも動員した。
彼らは皆、家族や仲間を失い、復讐の念に駆られていた。
彼らは武器を手にし、準備を整え、父と共に仇を討つために進んでいった。
「待ってくれ!」
騎士が父を止めようとしたが、その言葉は無駄だった。
父とその仲間たちは、怒りと決意の炎に包まれたまま、止まることなく森の奥深くへと消えていった。
その姿を見送るレイの心には、言いようのない不安と恐怖が渦巻いていた。
そして、少女の中で一つの思いが固まった。
「私も……追いかける」
レイはその決意を胸に秘め、父の後を追う覚悟を固めた。
寝かされていた草むらから起き上がり、レイは装備を確かめた。
――大丈夫。私はまだ戦える。
少女の中でこみ上げてくる怒りが、これからの道を照らし始めていた。
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