88話 いちばん昏い夜 20
カイは片手剣の刃先にレベル一の雷魔法を纏わせた。
刃が青白く輝き、静かな電流が走る。
ブギーマンの腹部に鋭く切り込み、喉元に叩きつけると、その瞬間、肉体が内部から破裂するように散った。
大きな魔力を使う必要はない――最小の魔力で最大の効果を引き出すことが肝心だ。
ブギーマンが地面に倒れ込み、完全に活動を停止したのを確認する。
続いて、実体化し動きを止めた吸血鬼ダークウィスプの背後に回り込む。
回収したバトルアックスにも同じくレベル一の雷魔法を纏わせ、石化した吸血鬼の首元を狙って一気に叩きつける。
ガラスが砕けるような音が響き渡り、霧の吸血鬼は無惨に崩れ落ちた。
「石化能力に蝙蝠の翼……あのピアス姉さん、ガーゴイルか」
アレンカの周囲では、霧の吸血鬼を捉えていた赤く光るタトゥーが黒色に戻り、アレンカは満足げに一息ついた。
「ふい~! 魔力の補充完了!」
アレンカが満足げに深呼吸する。
「便利だな」
カイが感心して見せると、アレンカはにやりと笑って返した。
「お兄さんも試してみる?」
「それ、魔力の補充に使えるのか?」
「うん。ある程度の大きさが必要になるけどねえ」
「ふうん……検討しとく。ところでアンタ、さっき魔眼でやられてただろ?」
「アレンカ・ヤルミル。即死の瞳術? それなら私の邪眼で中和した」
「カイ・クルマラ。同系統の魔法使いなら中和が可能ってやつか。最近、そんな話を聞いた覚えがあるな」
互いに自己紹介して、歩きながら装備を確認していく。
「なになに? 魔法論文なんて読んでるの? 興味ある?」
「自慢じゃないが、俺の国は魔法後進国だからな。禁術階層レベルの魔法なんて一生見ることもないような小さな国だ。こっちに出てきて、毎日、勉強するのに必死だぜ」
「えええ……超カワイイ」
「話聞いてたか? どこにカワイイ要素があった?」
「だってえ。いい歳したおっさんが必死で勉強してるの、カワイイじゃん」
カイは眉をひそめ、口元を歪ませながら頭をひねった。
「若い娘の言うことはさっぱりわかんねえな」
「ねえねえ、お兄さん。彼女は――」
「――おっと、来たぜ。姉さん」
カイは左手にバトルアックスを握り、右手には投げナイフを数本構えた。
「良いトコロで、このババア……」
アレンカから笑顔が消え、激昂した邪眼が魔女を睨みつけた。
地面に石化した髪をブチブチと千切りながら、嘆きの魔女が這いずって近づいて来ている。
アレンカは怒りに満ちた表情で巨大な翼を広げ、補充した魔力を石礫に変換していく。
その視線が赤く燃えるように輝き、彼女は叫んだ。
「ああ! クソ! 私の恋バナ返せっての!」
アレンカの瞳が真紅に染まる。
「今から石化させる! カイ・クルマラ! タイミングを逃さないでよ!」
「おう! やっちまえ、姉さん!」
カイは即座に投げナイフにレベル一の火魔法と雷魔法を重ね、炎と雷を纏わせた。
それにより、ナイフが突き刺さった瞬間に火花を散らし、誘発的な爆発を起こす準備が整った。
――第十二階層禁術 石礫翼。
アレンカが力強く翼を振り、無数の鋭利な石礫が弾丸のように撃ち出される。
空中を渦巻くように飛び交った石礫が、凄まじい速度で魔女に向かって降り注いだ。
命中箇所から灰色の染みが広がり、魔女の肌と衣服がたちまち硬直していく。
石礫が当たるたびに石化が加速し、魔女は次第に動きを封じられていった。
その時を見計らって、カイが魔力を込めた投げナイフを魔女の中心に投げ込んだ。
ナイフが石化した表面に突き刺さった瞬間、火と雷が同時に炸裂し、魔女の身体が激しく爆発する。
カイはその勢いを逃さず、左手に持ったバトルアックスを振り上げると、魔女の石化した頭部に全力で叩きつけた。
魔女の断末魔。凄まじい絶叫が響いた。
魔女は粉々になり、残った破片もばらばらに飛び散っていく。
アレンカはゆっくりと翼を閉じ、息を整えた。
魔力の余韻が漂うなか、カイはアレンカに振り向いて、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
☆☆☆
騎士と冒険者たちは、即席で組まれたパーティを解散するように四散し、逃げ惑っていた。
まるで建物が存在しないかのごとく、巨大な騎士と電撃を纏った戦士が繰り広げる戦闘は凄まじく、周囲の建物は瓦礫と化していく。
巻き添えを恐れ、参加者たちは悲鳴をあげながら戦場から距離を取るしかなかった。
青白い息を吐きながら、未練を抱える幽霊騎士が巨大な片手剣を振り下ろす。
それに対し、ゴルジェイ・バザロフは半身で剣を躱し、すかさず電撃を纏った拳を振り抜いた。
その一撃が幽霊騎士に直撃し、電撃は周囲に弾け飛び、戦場の魔物も参加者も関係なく感電し次々に倒れていく。
ゴルジェイは無表情で、さらに拳を叩きつけた。
幽霊騎士の骸骨の顔から煙が立ち上り、金属の鎧が焼ける音が響く。
だが、幽霊騎士は構わず盾に向かって呪法を唱え、眷属の亡者たちを召喚した。
亡者たちの狂気じみた叫び声が戦場に響き渡った。
常人なら数秒で精神が蝕まれる絶叫に、ゴルジェイは眉一つ動かさず、幽霊騎士のさらに死角に潜り込んだ。
電撃を纏う拳が幽霊騎士の顎を跳ね上げ、首を叩き折った。
幽霊騎士が消滅し、残った亡者どもが地面で泣き叫ぶなか、ゴルジェイは足下へ向かって再び電撃を放つ。
雷光が地面を這い、亡者たちの上を灼熱の閃光が迸ると、叫び声は途絶えていった。
戦場に静寂が戻りつつある中、ゴルジェイはゆっくりと周囲を見渡した。
☆☆☆
「つ、強すぎます! ゴルジェイ・バザロフ! 禁術階層レベル十九、未練の幽霊騎士をなんと単独で撃破!」
アナウンサーのアナが興奮を抑えきれずに叫んだ。
観客席からも歓声とざわめきが上がるなか、次の展開に注目が集まっていた。
「ああっと、カイ・クルマラとアレンカ・ヤルミルがやってきました! 先ほど、嘆きの女巨人を見事に倒した即席パーティです!」
アナの声に呼応するように、カイとアレンカが戦場の瓦礫を踏みしめて進み出る。
「さあ、どうする? ゴルジェイと合流して更なるエリアボスを倒すのか? それとも、ここで熾烈なポイント強奪戦が始まってしまうのかァ!?」
アナの実況が戦場に響き渡ると、観衆の期待も一気に膨れ上がった。
ゴルジェイは冷ややかな目で二人を見つめた。
カイが口元に微笑を浮かべた。
「ありゃりゃ? もう一人のイカレ兄さん!」
アレンカが口にすると、カイは首を傾げた。
「もう一人?」
アレンカが再び口を開こうとした瞬間――
「待て」
カイがアレンカを止めた。
鋭い目でゴルジェイを見据えながら言う。
「どうやら仲良くしてくれるつもりはなさそうだ」
ゴルジェイはすでに放電を始めていた。
空気が静電気で張り詰め、圧倒的な雷魔法の気配が漂う。
カイは平剣とバトルアックスを構え、ゴルジェイに向かってゆっくりと間合いを詰めていく。
「やっぱり、開発してるんじゃないかと思っていたよ――圧倒的な雷魔法と、身体能力……体は提携しているサムライの誰かを参考にしたのか?」
カイが独り言のように漏らすと、アレンカが驚いた顔で二人を見比べる。
「なんの話?」
「そこの魔具の話さ」
「その時代に最高とか最強とか言われた魔法使いは大抵、こいつみたいなのを遺すもんだ」
アレンカは目を見開いて、カイとゴルジェイの顔を交互に見た。
「大魔法使いの遺物――魔工機械。塔やダンジョンやらで山ほど見たぜ。個人的には、もっとガチャガチャしてる方が好みなんだが。会いたかったよ。雷神モデルの魔工機人さん」
「魔工機人?? は? このお兄さん、造りものなの?」
「そこら辺はアンタの方が本職だろう。魔工機獣とか、機人とか――俺ア、学がねえからよお……要するに、エラいさんの研究成果をぶち込んだ玩具だなあ」
カイは僅かに口元を歪ませた。
ピリと静電気。
カイが踏み込む。
ゴルジェイの出足を抑えるように、カイが膝を蹴る。
普通の人間なら膝が逆方向に折れて行動不能になるが、ゴルジェイは平然として、ビクともしない。
「雷魔法は一度、発動しだしたら手に負えん。狙うのは、発動直後。とんでもない破壊力を生むために、どうしたって溜めができる」
感情がないことで、激昂しやすいビクトル・マッコーガンの弱点を見事にカバーしている。
冷静沈着な、雷オヤジといった感じか。
「うひい。こりゃ、堪らんなあ。まさに最新魔法技術の粋。動く魔具だ。涎が出るぜえ」
だがそのとき、アレンカが叫んだ。
「ちょっとアンタら! 後ろ!!」
背後から、廃屋を破壊しながら突進してくる巨大な影が見えた。
体中に巻き付いた鎖を引きずりながら突進してくる奈落の巨人が、周囲の建物も魔物も、何もかもを巻き込みながら雄叫びをあげている。
ラルフが叫ぶ。
「こんな展開は予想できませんでした! 強奪戦とボス戦が、まさかの同時進行です!」
お読みいただきありがとうございました。
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