87話 いちばん昏い夜 19
「黒魔法エリアダンジョン、市街地エリア! 参加者の三分の一はすでに棄権、もしくは失格処分となっています!」
ラルフが状況をアナウンスすると、アナが続ける。
「現在、この広大な市街地エリアに残っている参加者は六百名弱! 次の高難度エリアに進めるのは上位二十名のみ! 各エリアでの倍率も同程度です! さらに、ここでの成績は冒険者や騎士のクラス評価、学生の単位にも反映されます! ここで頑張れば一気に挽回のビッグチャンス!」
「さて、ただ今の順位を発表いたします!」
「第一位、雷魔法研究員のゴルジェイ・バザロフ! ブギーマン二体、さらに吸血魔獣を多数仕留め、総得点三百六十点!」
「そして第二位は――おっと、これは意外! 竜騎士団近衛師団三番隊、隊長のキケ・ミラモンテス! 二百点! リカルド将軍の側近だけあって、手堅く高得点を稼いでいます!」
「目立った戦闘の様子は見られませんが?」
アナの解説にラルフが質問した。
「キケ隊長はあえて大物を狙わず、複数の簡易パーティを渡り歩きながら宝箱を探索。他の参加者からも強奪戦で手堅くポイントを奪取しているようです」
「過去のアステラ市街戦でも、彼の巧妙な立ち回りが光りましたから」
レイがアナウンスに付け加えた。
「簡易パーティを組んで戦果を上げつつ、必要に応じて離脱、さらに情報を売ることで上位パーティにも食い込み、巧みにポイントを稼いでいるようです!」
「ただし、多人数のパーティは失格の可能性も――あっと! ただ今、レイ大権威から五名以上のパーティに即刻解散命令が出されました!」
アナが警告をアナウンスする。
「ソロで戦っている参加者も多いですから、不利になりますもんね」
ラルフが補足する。
「しかし、その分、パーティではポイントが分割されますから、あまり稼げないというマイナス面もあります」
「まだまだ序盤戦ですが、既にボス級の魔物も出現しています! 他の参加者の方々も頑張ってほしいですね!」
☆☆☆
カイは、周囲を覆い尽くすように広がる赤い髪を踏みしめ、慎重に歩を進める。
あの邪霊の結界か。
一歩でもテリトリーに入れば、絡みつく髪の毛に吊り上げられ、毒爪で仕留める算段だろう。
左手の平剣で髪の毛を切り払いながら、徐々に嘆きの魔女の懐に潜り込む。
平剣には、時間をかけて上級聖剣並みの加護を施している。
魔女が毒爪で振り払った瞬間を見逃さず、カイは平剣で指を切り落とした。
至近距離から魔女のもの凄い叫び声が発せられる。
常人ならば、一瞬で錯乱しただろう。
だが、カイは平気な顔でベルトからバトルアックスを引き抜いた。
斧の背刃で魔女の顎を勢いよくかち上げる。
チラと見たが魔女の目は魔眼であった。
あれを直視するのは避けねばならぬ。
魔女の顎がガクンと落ちて、体がぐらつく。
カイは隙を逃さず、さらにバトルアックスを魔女の顔面に叩きつけた。
――爆裂魔法レベル三。
火と雷の魔力を瞬時に組み合わせ、爆発を起こすべく引火させた。
バチリと音が弾け、周囲に火と雷の閃光が炸裂する。
次は予想通りだった。
追い詰められた魔女は、毒爪を突き刺そうとしてきた。
想定内の攻撃など、カイにとっては何の問題もない。
カイは刺突を平剣で受け流し、バトルアックスで邪霊のコメカミに狙いすました一撃を叩き込む。
だがいつの間にか絡みついてきている髪の毛に、徐々に動きが制限されていた。
「これは厄介だな」
カイの頭には、一旦魔女から距離を取る考えが浮かび始めた。
その時――廃墟から飛び出してくる複数の影が視界に入る。
「地魔法研究員のアレンカ・ヤルミル! ブギーマンが呼び寄せたダークウィスプ・ヴァンパイアと、ブラッドハウル・バーサーカーに追われています!」
アナのアナウンスがエリア全体に響き渡った。
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」
アレンカは愉快そうに顔を歪ませ、狂気じみた笑い声を上げながら宙返りで三体の攻撃をひらりとかわす。
彼女の背中からは大きな蝙蝠のような翼が生えてきて、地面を滑るように舞い上がっていく。
――第十階層禁術 石壁召喚。
アレンカが低く叫ぶと、その場の大地が揺れ、呪文に応じて地面から鋭利な石壁がいくつも突き出した。
石壁はまるで生きているかのように、不気味な形状で屹立し、石のエッジからは邪気が染み出すように淡い煙が漂っている。
三体の魔物が突進してきた瞬間、石壁がすさまじい力で伸び上がり、進路を遮るように立ちはだかった。
石壁に衝突した衝撃でダークウィスプとバーサーカーの動きが止まり、石壁にぶつかった部分が砕けたように割れ目が広がり、尖った岩の破片が四方に飛び散る。
アレンカはその様子を愉快そうに見下ろしながら、翼を広げて空を舞い、再び笑い声を上げた。
「あれ? もうボス敵? ちょっと、ちょっと、古の魔女? イケてんじゃん!!」
嘆きの女巨人が上空のアレンカに気がつくと、猛毒のような呪詛をぶつけてきた。
呪文が放たれるたびに、地面が歪み、赤黒い瘴気がまわりを取り囲んでいく。
カイは舌打ちして平剣を横凪に叩きつけたが、魔女の肌は物理攻撃を跳ね返すように頑丈で、まるで石の壁を叩くような感覚が返ってくる。
足下に絡みつく呪われた赤い髪を捌きながら、カイは一旦距離を取る。
横目に空を滑空してくるアレンカが視界に入った。
彼女の背後には霧に変じる吸血鬼ダークウィスプ、そしてバーサーカーの巨影がついてきている。
「霧の吸血鬼か」
カイは眉をひそめる。
霧と化して攻撃や移動をかわす相手は、物理攻撃が通りにくい。
どれだけ切りつけても霧に変じてすり抜けられてしまう厄介な敵だ。
「幽霊みたいなのは苦手なんだよ」
口を尖らせながら、カイは空にいるアレンカに声を張り上げた。
「おい! 他のはいいけど、霧の吸血鬼はアンタがなんとかしろ!」
アレンカはくすくすと笑いながら、気の抜けた声で応じた。
「はあい。わかりましたあ」
☆☆☆
石壁を破壊したブギーマンが、異常なまでの殺意を体中から放出してカイに向かって来た。
「じゃあ、お兄さん。ブギーお願い♪」
アレンカが楽しげに声をかけると、カイは思わず舌打ちした。
「なんでだよ」
仕方なくブギーマンに向き直ると、カイはバトルアックスを狼男に勢いよく投げつけた。
アックスが音を立てて頭蓋を真っ二つに割ると、狼男は地面に仰向けに崩れ落ちる。
カイはその隙を見逃さずブギーマンに向かって疾走した。
ブギーマンを遠目で見たが、長期戦にもつれ込むほど不利になる。
学習能力が非常に高い。
もし長引けば、ブギーマンはこちらの動きを学習して的確に対応してくる。
今のブギーマンはアレンカに対応して変形したのだろう。
現在、ブギーマンの形状は腕力変重型とみた。
よし。
俺には戦いやすい――カイは平剣を構えて、右手で片手剣をベルトから抜いた。
「ピアスの姉さん! 後ろの魔女も頼んだ!」
カイが叫ぶと、アレンカは不敵な笑みを浮かべながら応えた。
「へえへえ。わかりましたあ」
アレンカは魔女の前に軽やかに降り立ち、短い詠唱を始める。
――第十階層禁術 ガーゴイルの石肌。
瞬時にアレンカの肌が岩のように硬質化し、魔女が振りかざした毒爪を鋭い音で弾く。
アレンカは挑発的に笑みを浮かべて、魔女に向き直る。
「魔女の魔眼と、私の邪眼……どっちがイカしてるか勝負しよっか?」
アレンカの邪眼が不気味に輝く。
――第十三階層禁術 蝕む瞳。
魔力が凝縮した視線が魔女に向かい、遅効性の腐食効果がじわじわと体力を削り取っていく。
「まずはゆっくり削って、次は即効性でイクね?」
アレンカはすかさず灰色の冷たい息吹を吐き出す。
――第十三階層禁術 石化の息吹。
広がる息吹が魔女の髪の結界にかかると、髪の毛が瞬く間に石化していく。
次の瞬間、魔女の両眼が冷酷に光り放った。
アレンカの目に恐怖と興奮が一瞬浮かぶ。
顎が跳ね上がり、アレンカは吹き飛ばされた。
「即死の魔眼キタ――!!」
嘆きの魔女が放った必殺の即死瞳術がまともにアレンカを襲う。
「グアアクァアアア!」
宙を舞いながらも、アレンカは甲高い笑い声を上げる。
血液中を魔女のドス黒い呪いが駆け巡っていく。
「アハハハ! 死ぬ! 死ぬ! これ、ヤベえわ!!」
☆☆☆
「頭でも打ったのか?」
カイが呆れると、ブギーマンは形状を変え始め、両手が鞭のように細長くなっていく。
どうやらスピード勝負を仕掛けてくる気らしい。
アホに構っている暇はない。
カイは目の前の相手に集中することにした。
「おい! 真面目にやれ!」
上空を飛んでいるアレンカにカイが活を入れると、彼女は嬉しそうに肩をすくめた。
「お兄さん、怒っちゃ――ううん、怒った顔もイイかも♪」
「本気でやれ!」
「はあい」
アレンカは不敵に笑いながら呪文詠唱する。
――第十五禁術階層 黒き大蛇の触手。
彼女の体に刻まれた無数のタトゥーがうねるように掌に集まり、黒々とした瘴気を帯びていく。
「じゃあ、霧の吸血鬼やっときまあす」
空から降り注ぐアレンカの呪術が地面に突き刺さる。
黒い触手がぞわぞわと生えて周囲を探り始めた。
「――捕らえた」
触手が霧状の吸血鬼に絡みつくと、その黒い表面が赤く変色し始める。
「魔力を吸ってるから、実体化したらお兄さんトドメよろ♪」
「結局、俺かよ……」
カイは溜め息をつくと、ブギーマンの腹を片手剣で一閃した。
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