83話 いちばん昏い夜 15
ラルフがリポートから戻ってきたアナを迎え入れると、放送席の緊張感はさらに高まった。
「さあ、スタートまであとわずかです! ここで特別ゲストのご紹介!」
ラルフが声を弾ませると、観客の期待が一層膨らむ。
解説席には第三師団長ヨーゼフ・ヒルトマンが着席した。
彼は竜騎士団の他の師団長とは異なり、どこか洗練された雰囲気を漂わせている。
王侯貴族との交渉も担当しているため、その立ち居振る舞いには優雅さがあり、まるで貴族のようであった。
「どうぞ、よろしく」と爽やかな笑顔を浮かべ、ヨーゼフは場内を和ませた。
アナがさっそく質問を投げかける。
「今回はどうして参加を見送られたのですか?」
ヨーゼフは少し笑ってから答える。
「簡単な理由です。もし戦闘が激化して、作戦参謀である私の元まで敵が迫ってきたら、それはすでに負けです。前線で訓練することも有意義ではありますが、師団長や他の騎士、冒険者、そして魔法使いたちの能力を観察するほうが、私にとっては価値があると判断しました」
「なるほど。ところで、彼女はいらっしゃいますか?」
「ちょ……アナさん」とラルフが苦笑してごまかした。
「さて、豪華ゲストはもうお一人! 今回の主催者でいらっしゃる、レイ・トーレス大権威!」
レイが爽やかに微笑みながら「ご機嫌よう。みなさん」と挨拶すると、画面越しの観客たちから大歓声が湧き上がる。
その声援が放送席まで響き渡り、興奮が一層高まっていく。
☆☆☆
「さて、みなさん! 黒街エリアダンジョンの概要と敵の紹介です。まず、このエリアではレイ大権威によって強化された強力なヴァンパイア軍団が立ちはだかります!」
黒街ギルドの放送席では、アナとラルフが緊張感と熱気に包まれた会場の様子を実況している。
彼らの背後には巨大なスクリーンがあり、各エリアダンジョンの映像が次々と映し出されていた。
映像が切り替わるたびに、会場の観客たちは歓声を上げ、座席から立ち上がって腕を振り上げる者も多い。
熱気はまるで波のように押し寄せ、観客の熱狂は頂点に達していた。
「皆さん、見てください! あれが噂のヴァンパイア軍団です!」
アナがスクリーンを指さすと、ゾンビやヴァンパイアたちが市街地を徘徊する様子が映し出された。
「まさに不死者との戦い! 観客の皆さんも、このスリルに引き込まれているようです!」
ラルフが続けると、観客席からは拍手と声援が轟く。
放送席の二人は、観客の熱狂的な反応に後押しされるように実況を続けた。
「まずは一体目、ナイトウィング・ビースト!」
「もとは飛行特化の蝙蝠型でしたが、今回は陸上戦も可能となっています。強力な筋肉で陸と空の両方で戦える能力を備えています。翼で空を裂くと同時に、鋭利な爪で近接攻撃を繰り出すことができます。倒すと十ポイントが獲得できます!」
「二体目は、ブラッドハウル・バーサーカー!」
「こちらも従来の狼男から大幅にパワーアップされました。今や身長2メートルを超える大型バーサーカーで、その凶暴性は群を抜いています。戦闘中に受けたダメージに応じて凶暴性が増し、攻撃力と速度が増加する能力が発動すると、どんな防御も突破する恐ろしい攻撃力を持つので油断は禁物です! このバーサーカーも十ポイント!」
「三体目は、オーソドックスな吸血鬼をパワーアップさせています! ダークウィスプ・ヴァンパイア!」
「霧と化して敵の攻撃を回避するだけでなく、瞳術を使って精神を揺さぶり、怪力を発揮して攻撃を仕掛けてきます。どのような方法で襲ってくるか予測が難しく、特に注意が必要です。このヴァンパイアを倒しても十ポイントが手に入ります!」
「その他にも、この市街地には数え切れないほどのゾンビが徘徊しています! 一体倒すごとに一ポイントが加算されますが、油断していると囲まれてしまう危険もあるので気をつけてください!」
「さらに、このエリアには特別な中ボスが存在します! ブギーマン!!」
「ブギーマンは市街地のどこかに潜んでおり、戦闘に巻き込まれた者を恐怖に陥れます。能力は秘密です! 異様な姿をした数体のブギーマンが待ち構えており、これを倒せば百ポイントが獲得できるので、ぜひ挑んでみてください!」
ラルフは観客席に向かって力強く叫ぶ。
「さあ、行きましょう。準備はいいですか? では、皆さんご一緒にカウントダウンを始めましょう!」
アナが元気よく呼びかけた。
☆☆☆
ピアスから聞こえる観客の歓声が耳元で騒がしい。
カイ・クルマラは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに気を取り直す。
スタートしたのを確認できたのだから、それでいい。
「外したらダメなんだろうな……まあ、いいか」
市街地エリアの路地裏から続々と湧き出してくるゾンビの群れを見つけると、カイは低い姿勢から一気に突っ込んでいった。
瞬く間に距離を詰めたその時、前方で何かがキラリと光った。
次の瞬間、五体のゾンビが同時に爆発し、肉片が四方に飛び散る。
「な、なにをしたんですか? 雷魔法? 火魔法?」とアナが驚きの声を上げる。
「投げナイフですね。爆発の規模は大きくないですが、殺傷力としては充分ですわ」と、レイが冷静に分析を加える。
「最低レベルの生活魔法を混ぜてナイフに付与しています。爆裂魔法と言っていましたが」
解説席からヨーゼフ・ヒルトマンが補足するように口を開く。
「爆裂魔法? 興味深いですね。ぜひ教えていただけませんか?」
レイがヨーゼフに質問した。
「わかりました。知っての通り、高レベルの魔法を組み合わせるというのは、ほとんど無理な話です。ですが、彼は生活魔法の初歩的な術を駆使して戦場を生き抜いてきました。生活魔法の一から二程度のレベルのものですよ、子供でも扱える程度の」
ヨーゼフが言葉を続ける。
「傭兵は使えるものなら何でも武器にします。そこらに転がっている石や棒きれ、魔法だろうとね」
☆☆☆
ゾンビの群れの背後から、見慣れない狼男が突進してきた。
ブラッドハウル・バーサーカー。
巨大な体が迫力満点で、進行方向にいるゾンビたちはまるで石ころのように次々と跳ね飛ばされていく。
カイは瞬時に状況を見極め、投げナイフで致命傷を与えるのは困難だと判断した。
腰から歪んだ形状の平べったい大型の鉈のような剣と、使い込まれた片手剣を抜き取って低い姿勢で構える。
バーサーカーは咆哮とともに渾身の力を込めてカイに襲いかかってきた。
その一撃が放たれる瞬間、カイはあえて躱すことなく、平たい鉈のような剣でその攻撃を受け流した。
続けざま、片手剣で喉元を裂き、素早く鎖骨へ突き立ててから心臓を貫く。
一連の動作は、力みを感じさせないほど滑らかで、まるで流れるような技の冴えがあった。
わずか数秒でバーサーカーの巨体は力を失い、その場に崩れ落ちた。
「は……? な、なにが起きたんでしょうか? 速すぎて目で追えません!」
アナが驚愕の声を上げた。
騒がしかった観客が声もあげられず、固唾を呑むのがわかった。
「脱力状態! 緊張感もありません! 淡々と切り刻んでしまいました! カイ師団長の剣技が光っています!」
ラルフが興奮気味に解説すると、息を吹き返したように観客が盛り上がる。
あれを剣技と呼んでいいのか?
レイは驚愕を隠せず、画面に見入っていた。
――戦いというより、単なる解体作業だわ。
人外の戦闘力だ、とレイは感じた。
カイの動きには無駄がなく、まるで剣が生き物のように自在に操られていた。
攻撃を躱すでも防御するでもなく、攻撃をいなして獲物を仕留めた。
その様子は、戦闘というよりは、まるで熟練した職人の手作業を観ているかのようだった。
☆☆☆
カイは、それとなく辺りに気を配る。
魔法使いというのは厄介な存在だ。
いつ爆発するか予測ができない。
チラリと見ただけだが――ゴルジェイ・バザロフとかいったな。
あの男、戦士の身体つきをしていた。
もし上級魔法まで扱えれば、かなり厄介な相手になる。
背後から攻撃されれば危うい。
ピュンと平剣を振るい、十体目のゾンビの首を落とす。
くるりと手首を返して腹を裂くと、臓物がゾンビの足元へ落ちていく。
カイはゆっくりと二刀を構え、更に奥の市街地エリアへと進んで行った。
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