82話 いちばん昏い夜 14
「各エリアダンジョン内のワープポイントからは、ランダムで他のフィールドへ飛ばされる仕様となっております。飛ばされて、幸か不幸か決めるのは自分だけ!」
ラルフがアナウンスする。
「参加者同士の妨害、個人間の戦闘において悪質なものは、減点対象になっておりますので、参加者はご注意ください」と警告も付け加えられる。
「戦闘自体は反則にはならないの?」と、アナがラルフに質問した。
「訓練の要素もありますから、対人戦闘も含まれています。ヒートアップしすぎると止められるようですが、そこは運営次第というところでしょうか」と、ラルフが冷静に答えた。
「では、優勝者には豪華賞品。ポイントで賞金、魔具など獲得しちゃってください!」
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「さあ! 参加者たちが、黒街ギルドから各希望エリアダンジョンへワープしていきます!」
アナが興奮気味に紹介する。
「なお、訓練の名目上、自身の出身学部や得意魔法エリアからのスタートは禁止されていますので、運営委員会が決めたエリアからのスタートとなります!」とラルフが続ける。
参加者たちは、それぞれ不安と期待を胸に抱きながら、指定されたエリアへのワープポイントへと向かっていく。
どのエリアでどんな試練が待ち受けているのか、未知の冒険が始まることに心が高鳴る。
周囲を見渡すと、仲間同士で励まし合ったり、緊張を和らげるために笑い合う姿も見受けられる。
これからの展開を予感させる緊張感が会場を包み込み、各自の心に新たな挑戦が刻まれていくのだった。
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「火魔法エリアダンジョンは密林エリアを再現しています! 特有の生態系から毒のある魔獣や、巨獣など一瞬も油断できないエリアとなっております!」
「さあ! 参加者が集まって参りました!」と続けると、屈強な冒険者や騎士たちが、次々にワープしてきた。
会場の空気が一気に高揚し、参加者たちの期待感が膨らんでいく。
火魔法エリアダンジョンの密林エリアは、生命が燃え盛るかのように生い茂るジャングルだった。
濃密な湿気と熱気が身体にまとわりつき、木々の間から差し込む太陽の光は葉や蔦に遮られてわずかに揺れている。
異様に高い木々の幹は苔や蔓に覆われ、枝から垂れる藤や蔦が進路を遮る。
湿った空気と高温で息が苦しくなり、硫黄の匂いが漂うこの密林は、ただの自然の森ではなく異質な魔法の空間を思わせた。
密林の奥では、突如として大地が震えるような音が響くことがあり、その原因となる巨獣や魔獣の存在が、ここでの冒険をさらに過酷なものにしている。
どこかで鳥のような叫び声がこだまし、木陰からの視線を感じるが、それが魔獣のものなのか、何か別の存在によるものなのかは定かではない。
その中で、"亜竜公”クリストバル・ヘストンの姿が際立つ。
青い肌に二本の角を持ち、彼の存在感は周囲の冒険者たちを圧倒していた。
遠巻きに見ている冒険者たちが、怯えた表情でクリストバルを観察している中、ひょこひょこと顔を出したのは亜人商会のオスカー・ヒューグラーだった。
「おう! クリストバルの旦那!」とオスカーが明るく声をかけた。
「なんだ、お前もここか?」とクリストバルが気さくに応じる。
「暑いと髪型が崩れて困るわ」とオスカーは言いながら、大きく盛られた髪に櫛を通す。
「髪ばかりイジりおって……」
クリストバルが呆れたように言うと、二人の会話には自然と笑いが交じり、周囲の緊張が和らいでいく。
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「こちら地魔法エリアダンジョンの前から中継しています! 沼地エリアはリザードマンやゴブリンなど人型の魔物、大型魔獣の宝庫です!」
地魔法エリアダンジョンの沼地エリアは、一歩足を踏み入れた瞬間から湿り気が全身にまとわりついてくる。
地面は黒くぬめり、踏むたびに水と泥が混ざった不快な音を立てて足が沈む。
足元には雑草や水生植物が絡みつき、進むたびに抵抗を感じる。
淡い霧が立ちこめ、視界を奪うように広がっており、木々は曲がりくねって異形の姿を晒している。
巨大なキノコや毒々しい色の草が至る所に生えており、何かに触れるだけで危険な毒に侵されそうな緊張感が漂っていた。
時折、水面に泡が立つ場所があり、そこからリザードマンやゴブリンのような人型の魔物が姿を現す。
遠くからは獣のうなり声が響き渡り、沼の中から不気味な影がゆらりと浮かび上がることもある。
湿った風に混じる腐臭が、訪れた者にこのエリアの過酷さを思い知らせるのだった。
その後、画面に映し出されたのは水魔法学科三回生のレオポルド・ブルーノ。
なんと、彼は水着姿のまま登場していた。
「世の中、舐めてます!」
リポーターが言うと、レオポルドは自信満々に自慢の筋肉を誇示し始めた。
周囲の視線が彼に集まり、ざわめきが広がる中、”獅子竜”アレクサンドラ・アーチボルドがのしのしと歩いてくる。
圧倒的な存在感で、彼女の背丈はレオポルドの倍ほど、筋肉は三倍とも言える大迫力だ。
レオポルドはアレクサンドラを見上げ、小さく「……どうも」と挨拶する。
アレクサンドラはレオポルドを見下ろし「鍛え方が足りんぞ」と言ってニヤリと笑った。
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「水魔法エリアダンジョンは、もちろん海や川の河口付近を再現した水辺のエリアです! 邪神との戦いを経て、セリナ大権威が手掛けた海底ダンジョンも併設されているので楽しんでくださ~い!」
その瞬間、火魔法学部一回生のシルビア・カザーロンがエリアダンジョンに降り立った。
目の前には、海岸の入り江から河口まで見事に再現された美しい景色が広がっていた。
水魔法エリアダンジョンでは、海岸の入り江から河口にかけて見事に再現された風景が広がっている。
青く澄んだ海が白い砂浜に打ち寄せ、潮の香りが漂ってくる。
海岸には大小の岩が点在し、波がぶつかるたびに白い飛沫があがる。
河口に近づくと、川幅が広がり、流れが急激に変わる。
岸辺には緑豊かなマングローブが茂り、その根が水面に張り巡らされている。
水中には時折、大型の魚や魔獣の影が動き、エリア全体が生きた生態系として息づいている様子が伝わってくる。
「綺麗……」とシルビアは思わず呟いた。
次の瞬間、近衛騎士団第五番隊長のベルナルド・カザーロンもエリアダンジョンに出てきた。
「遊びじゃないぞ」と、ベルナルドは厳しい口調で言う。
「お兄ちゃん?!」
シルビアは驚いた声を上げ、目を大きく開く。
「一緒に行かないからね!」とシルビアは続けた。
「当たり前だろ。お前こそ、僕と一緒がいいって後になって泣きついても知らないからな」
ベルナルドは笑みを浮かべて言い返した。
「そんなこと言わないもん! お兄ちゃんが泣きついてきてもダメなんだからね!」
シルビアは頬を膨らませて反論する。
「はいはい」とベルナルドは、少し困ったように肩をすくめた。
兄妹のやりとりには、周囲の冒険者たちも思わず笑みを浮かべていた。
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「雷魔法エリアダンジョンです! ここは高山地域が再現され、天候は常に変化しています! また空気も薄いので激しい動きは制限され、魔物や魔獣よりもエリア自体に苦戦を強いられることになりそうです!」
雷魔法エリアダンジョンの高山地域では、すさまじい風が常に吹き荒れている。
冷たい突風が岩肌を削るように吹きつけ、あたりには轟々と風がうなる音が響いている。
空は常に厚い雲に覆われ、暗雲が流れる中で稲妻が閃く。
雷鳴がとどろき、地面に雷撃が降り注ぐ様は、自然の猛威そのものだ。
険しい山肌は、鋭い崖や岩場で覆われ、踏み外せば谷底へ真っ逆さま。
空気も薄く、呼吸が苦しい中での移動は容易ではない。
さらに、山間には風を切って飛ぶ猛禽類や、電気を帯びた獣が潜んでいるため、一瞬の油断も許されない。
スクリーンには、リカルド・カザーロン将軍が高山にマントを翻して向かっている後ろ姿が映し出された。
威厳に満ちた背中に、会場は否が応でも盛り上がる。
「これは格好良いです! もっと将軍を映して!!」
ラルフが声を枯らして現地のリポーターに指示を出した。
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「さあ! 中継を戻しまして、黒街エリアダンジョンはかねてより、リカルド将軍からの要望もあり、市街地エリアを再現いたしました!」
ラルフが笑顔で紹介する。
黒街エリアダンジョンの市街地は、戦火の跡が生々しく残る廃墟のような街並みが広がっている。
崩れた建物やひび割れた舗装路、燃え尽きた家屋が無秩序に積み重なり、街全体に暗い雰囲気が漂う。
薄暗い路地には霧がかかり、視界を遮る中で奇妙な呻き声や不気味な足音が響いていた。
ヴァンパイア軍団やゾンビといった不死者の群れが街中を徘徊し、襲撃を仕掛けてくる。
群れをなして押し寄せる敵に囲まれれば、一瞬で戦局が不利になるため、立ち回りが非常に重要となってくる。
戦いは容赦なく激化し、個々の戦闘力が勝敗を左右する。
強力な魔法や戦術を駆使して不死者を倒していく必要があり、熟練者でなければこの苛烈な戦場を勝ち抜くのは困難だ。
「レイ大権威の育てた地獄の魔獣、ヴァンパイア軍団との戦いを再現した不死者の再現! 非常に楽しみです!」
アナが熱く語った。
近衛師団三番隊の隊長キケ・ミラモンテスは、目の前に広がる市街地エリアダンジョンを見て呆気にとられていた。
廃墟となった建物、崩壊した道路、漂う煙と霧、どれもが現実の戦場さながらに再現されている。
噂によれば、他のエリアでは太陽や海の動きまでも精巧に模倣しているという。
これほどの技術力とスケール、さらには莫大な資金力にキケは圧倒されるばかりであった。
――いかがかしら? キケ隊長。
不意に、事前に渡されていたネックレスからレイの声が聞こえ、キケは「わ!」と驚きながらも応答する。
「驚きましたな。まさに市街戦地そのままではないですか」
レイは共にアステラ市街戦を戦ったキケから感想を聞き、満足そうに微笑んだ。
彼女にとって、リアリティのあるフィールドこそが参加者たちの真の力を引き出す鍵となるのだと確信していた。
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市街地エリアに立ったカイ・クルマラは、周辺を見回しながら目を剥いて驚いていた。
こんなものを再現できるのかと、驚嘆するほかない。
「へえ。デカいねえ。お兄さんもここなんだ?」
全身タトゥーとピアスだらけの女が近付いてきた。
地魔法研究員のアレンカ・ヤルミル。
ジロジロとカイの顔を覗き込みながら、嬉しそうに笑っている。
「あっちにもヤバそうなのいるしラッキー♪ 戦ってもいいんでしょ? アガるわ。いやあ、楽しみ楽しみ♪」
カイがちらりと崩れかけた建物に目をやる。
雷魔法研究員のゴルジェイ・バザロフが目も合わせずに建物の中へ消えていくのが見えた。
カイは一瞬その背中に視線を送り、何かを感じ取っていた。
アレンカが離れるのを無言のまま見送ると、カイは小さく「都会は苦手だ」と呟いた。
カイは市街地エリアの空気を肺の中に満たしていく。
これは、戦地の空気に馴染み、自身の本能を呼び覚ます儀式のようなものだ。
顔を上げたカイは、すでに狼の眼光になっていた。
お読みいただきありがとうございました。
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カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。