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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第五章 愛欲の針
81/164

81話 いちばん昏い夜 13

 スクリーンに映し出された新任の黒魔法大権威の姿に、誰もが息を呑んだ。


「初めてお目に掛かります」

 透き通るような声とともに、レイの可憐な笑顔が大画面に映し出される。

 その姿は、魔法使い特有の神秘的な雰囲気を纏い、同時に高貴さと威厳をも感じさせた。


「黒魔法大権威レイ・トーレスでございます。どうかお見知りおきくださいませ」

 観衆たちの心は、その瞬間にすっかり奪われ、会場の空気が一変する。


 レイの登場は観衆にとって衝撃であった。

 黒魔法大権威として新たな顔を初めて見せたにもかかわらず、慎ましさを湛えた微笑みは見る者に安心感を与えた。


 これまで、大権威の称号といえば、世界最強の雷オヤジ、ビクトル・マッコーガンや、”火喰い鳥”ゾーエ・バルリオスなど、どれも威厳に満ちた面々ばかりのイメージが先行していた。


 さらに、元地魔法大権威で「大親分」と称されるエルマー・ベッシュのような重鎮がおり、若手とされているフォマやガヴィーノでも、中年の域に差し掛かった人物たちで構成されていた。


 しかし、今回、大権威の任命で、これまでのイメージを根底から一新させてしまった。

 花のような美少女が突如としてその地位に就くと紹介されれば、会場が一瞬にして静まり返り、誰もが目を剥き、仰天したのも無理はない。


 ☆☆☆


「中継はどうでしょう? 繋がってますでしょうか?」


「はあい! セリナちゃんで~す!」

 水魔法エリアダンジョンに中継が移ると、スクリーンに映し出されたのは、小麦色の肌が眩しいセリナ・リベーラだった。


 彼女はキャッキャと楽しそうに笑い、水着姿で「ウェ~イ!」とスタッフと共に陽気に騒いでいる。

 まるでリゾート地のバカンス中かと思わせる光景に、観衆たちは困惑を隠せなかった。

 もうなんの放送なのか、わからない。


「はあい! なんかあ、イイ感じでえす!」

 軽やかな声で言い放つセリナ。


「あれは一体なんだ」


 ――そんな囁きが聞こえる中、男子学生たちも違った意味で騒ぎだす。

 けしからん。

 けしからんほどに可愛いと騒ぎだした。


 ☆☆☆


「さて、今回は研究開発には参加できなかった地魔法エリアダンジョンとも繋がったみたいです」


「はいは~い」

 青い髪をした血の気の薄い美少女がスクリーンに映し出された。

 どういう原理なのか、彼女は宙にフワフワと浮いている。

 魔具の力だろうか。

 耳や鼻にピアスが煌めき、顔が近づきすぎたのか、カラカラと音を立てた。


「あ、ゴメンゴメン。近すぎた」

 無表情だった少女が照れくさそうに笑い、カメラから距離を取る。

 その様子がまたしても男子学生たちの心を打ち抜いた。

 まるで魔法にかけられたように、彼らはすでにララを食い入るように観て、悶絶し始めている。


「ええと。新任してきてバタバタしてたんで、協力できずにスイマセンでした。でも、場所と設営くらいはお手伝いできたので……まあ、そんなトコです」

 少女が軽い調子で言い放つと、男子学生たちはさらに興奮を抑えられなくなった。


 彼らの間では、すでに熱烈なファン争いが始まっていた。

 奔放なセリナ派か、ダウナー系のララ派。それとも清純派レイ・トーレスか。

 気が付けば、会場は三派に別れ、まるで彼女たちの応援団が乱立したかのような騒ぎとなっていた。


 ☆☆☆


「火魔法エリアダンジョンはどうでしょうか?」

 スクリーンに映し出されたのは、長い足を組んでソファに座るモニク・バローだった。

 艶やかな巻き髪が肩にかかり、カメラに向けられた自信満々の笑みは彼女の余裕を物語っていた。


「やあ! おまたせ!」

 モニクが軽やかに挨拶すると、女性たちから歓声が上がり、会場は一層の熱気に包まれた。


「もちろん、我々の準備は万全さ!」

 モニクはゆったりと姿勢を正しながら、挑発的に続けた。


「手強い魔物や魔獣も用意したよ。果たしてクリアできるかな?」

 その言葉に、視聴者たちは胸を躍らせ、エリアダンジョンへの期待感がさらに高まっていった。


 ☆☆☆


「では、雷魔法エリアダンジョンの大権威ビクトル・マッコーガン先生。お願いいたします」

 ラルフの声が響くと、ビクトル・マッコーガンの顔が大画面に映し出された。


 無骨な表情がスクリーンを占めると、それまでの熱狂的な雰囲気は一変し、会場は急に静まり返った。

 男子学生が悶絶することも一切ない。


「……お。おう」

 不意にビクトルが声を発すると、カメラがさらに彼にズームインしてしまう。


「先生。近いです。離れて」

 スタッフの指示に、ビクトルはやや面倒くさそうに眉をひそめた。


「これくらいか? どうだ?」

 カメラは一瞬引き気味になったものの、ビクトルは再び沈黙した。


「……」

「先生。始まってます!」


 リポーターの声には少し焦りが混じり、画面越しにもその緊迫感が伝わってきた。

「……」


「先生。喋って!」

「……」


「ありがとうございました! 素晴しかったです!」

 ラルフが無理やりに話を締めくくり、画面が切り替わるとともに観客からも微妙な拍手が贈られた。


 ☆☆☆


「では、最後に首都大学本部からゾーエ・バルリオス総長に締めていただきましょう」

 ラルフの声が落ち着いたトーンで響くと、画面にはゾーエ・バルリオスの姿が映し出された。


 ゾーエの姿は凛とした雰囲気をまとい、シンプルながらも洗練された衣装が彼女のスタイリッシュな魅力を引き立てている。


「皆さん。おはよう」

 ゾーエが穏やかでありながら力強い声で挨拶すると、会場は一瞬で静寂に包まれた。


「事故のないように、頑張っていただきたい。また、この場を借りて、我が大学に全面協力いただいた関係者各位に心からお礼を申し上げる」

 締めくくりにゾーエは微笑みながら一言「――では楽しんでくれたまえ!」と付け加えられた。


「ありがとうございました!」

 ラルフの声が再び響き、画面がフェードアウトすると同時に、会場には拍手と歓声が沸き起こった。


 余談になるが、この放送の後、各学部街では当事者たちが全く知らないところで『大権威アイドル論争』が勃発することになる。


 それぞれのエリアダンジョンでのパフォーマンスや個性的な魅力が論争を巻き起こす要因となったのは、もはや誰もが予想できたことだった。


 ☆☆☆


「参加者の紹介です!」

 アナの声が高らかに響き渡る。


「竜騎士団のみなさんは紹介するまでもないでしょう!」

 観衆の歓声がどっと湧き起こり、期待が膨らんでいく。


「伝説のドラゴンスレイヤー、リカルド・カザーロン将軍はもとより、四師団長のうち、三人が参加!」


 スクリーンに映し出された戦士たちの姿に歓声がさらに高まる。

「絶対の攻撃力を誇る特攻隊長”獅子竜”アレクサンドラ・アーチボルド!」


 アナが続ける。

「その勇猛果敢な戦いぶりで数々の戦場を駆け抜けてきました! ちなみに、好みのタイプは守ってあげたくなる可愛い系!」


 観客席から笑い声や歓声が飛び交う中、アレクサンドラは少し照れたように微笑みながらも、堂々とした姿勢を崩さない。

 その鋭い眼差しは、戦場に立つときと変わらぬ気迫を放っていた。


「鬼軍曹との異名もあります。"亜竜公”クリストバル・ヘストン!」

 アナの声に合わせて、クリストバルの映像が映し出される。

 半オーガの巨躯が際立ち、二本の鋭い角と戦場で刻まれた古傷が彼の戦歴を物語っていた。


「この人、話してみると結構やさしいんですよね」

 ラルフがコメントすると、観衆から驚きの声があがる。


「大所帯の師団長ですからねえ」

 アナが補足する。


「面倒見がよくないと務まりません。特に第二師団は五万人を抱える大規模部隊ですし、新人たちにとっても頼れる存在なんですよ」


「最後に、リカルド将軍が自らスカウトしてきた元冒険者! 二つ名は”風雷竜”! カイ・クルマラ!」


 アナが紹介すると、画面にカイの姿が映し出された。

 カイは独特な魔具やバトルアックス、片手剣を吊したベルトを腰に巻き、真緑のロングコートを羽織った。

 カメラが彼を捉えようとした瞬間、カイは横を向き、視線を避けた。


 ロングコートのフードを頭から被って顔を映されないように横を向く。

 チラリとコートの裏地が一瞬映るのをレイは見逃さなかった。


 もの凄い数の投げナイフがコートの裏地に装備されていた。

 カイが、明らかに文明社会とは異なる過酷な世界を生き抜いてきたことが窺えた。


「ここで新情報が入ってきました」

 ラルフが突然口調を改め、声を潜めた。


「カイ師団長は冒険者として活動する傍ら、傭兵としての実績もあるそうです。――え? 本当に? なんですか? これ? 凄くないですか?」

 ラルフの興奮が伝わるように声が上ずった。


 すると、突然スタッフが慌てた様子で合図を送り、ラルフが気まずそうに続けた。

「――あ、オフレコで? はい。すいません」


 少し間を置き「ええと……カイ師団長の個人情報は忘れるように、との竜騎士団広報部からクレームが入りました。申し訳ありません。皆さんは何も聞いていません。何も。忘れて下さい」


 軽く咳払いして「怖いですね。生放送」と締めくくった。


 ☆☆☆


「気を取り直して、近衛騎士団から三番隊、隊長キケ・ミラモンテスを紹介します!」

 ラルフが元気よく宣言すると、画面には一見普通の中年男性が映し出された。

 しかし、彼の目は鋭く、精鋭揃いの近衛隊を巧みに補助する頼もしさが漂っていた。


「続いて、リカルド将軍のご長男、ベルナルド・カザーロン! ただ今、近衛騎士団第五番隊長を務めております!」

 ベルナルドが画面に映ると、彼の堂々とした姿に観衆は拍手した。

 育ちの良さが顔に出ており、絵に描いたような好青年である。


「近衛騎士団はもとより、他の師団からも数々の騎士の皆さんが参加されています。ご紹介できないのは残念ですが、冒険者の皆さんも多数のご参加、ありがとうございます!」

 アナが言い終えると、場内は拍手と歓声で満ち溢れた。

 観衆の期待感が高まり、これからの冒険がどのようなものになるのか、期待に胸を膨らませていた。


 ☆☆☆


「また、各魔法学部から最注目の学生代表、研究者の参加者をご紹介いたします!」

 ラルフの声が響くと、場内の期待感がさらに高まった。


「まずは、火魔法学部一回生のシルビア・カザーロン! リカルド将軍のご長女です! いやあ、美人!」

 その瞬間、ポニーテールを揺らしながら背の高い美少女が画面に映し出されると、男子学生たちの歓声が再び上がった。

 シルビアは爽やかな笑顔で振り向いたが、照れくさかったのか、すぐに背中を向けてしまう。


 その仕草が可愛らしく、観衆の心をさらに掴んだ。

 周囲の男子たちは「うわ、可愛い!」と興奮し、女子たちも思わず頬を染めていた。


 シルビアの存在が、火魔法学部の名をさらに高めているようだった。

 彼女の今後の活躍に期待が高まる中、場内は一層賑やかになった。


「次にご紹介するのは、地魔法研究員のアレンカ・ヤルミル! 怖いですが、可愛いです!」

 ラルフの声が響くと、全身タトゥーとピアスだらけの少女が映し出される。

 彼女は舌を出しながら中指を立て、顔を斜めに歪めている。


 後ろからフワフワとララが現れ「お行儀良くね~」と言って通り過ぎた。

 ララの温和な声に、場内の雰囲気が和らぐ。


 アレンカはそのままキュートな笑顔に切り替え、周囲を和ませる。

 そのギャップに、観衆は思わずクスリと笑ってしまう。


「続いて、水魔法学科三回生のレオポルド・ブルーノをご紹介します! 水魔法学部一の、お調子者で知られています!」

 アナが発表すると、画面には水着姿の筋骨隆々な大男が映し出され、彼は見事なマッチョポーズを決める。


 場内には仲間たちから声援が飛び交い、観客たちのテンションがさらに上がっていく。

 近くを通りかかったセリナの胸が揺れると、男子学生たちも我を忘れて黄色い声を上げた。


「ただし、このノリはセリナ大権威の水魔法学科だけなので、受験生の皆はご注意を! 他学部で”ウェ~イ”してたら初日で締められます!」


 ラルフが注意を促すと、場内は一瞬静まり返る。

 新入生たちもこの一言に緊張した面持ちを見せた。


「さあ! 次は、雷魔法研究員のゴルジェイ・バザロフをご紹介します! 怖い! 普通に怖いです!」

 アナが声を上げると、無表情の大男がスクリーンに映し出された。

 その姿は圧倒的な恐怖感を醸し出しており、彼の体格は師団長クラスの肉体を誇示していた。


 会場の空気が一瞬にして緊張に包まれる。

 ゴルジェイはぎろりと周囲を睨みつけると、まるで誰も近づくなと言わんばかりにそっぽを向いてしまった。

 一言も喋らず、その存在感だけで場を支配していた。


 ゴルジェイを観たレイは、顎に手をあてて「雷オヤジも厄介なのを送ってきたわね」と呟いた。

 彼女の声には、どこか楽しげな含みがあった。


「亜人商会からは社会人ですね。オスカー・ヒューグラー!」

 ラルフが紹介すると、独特の髪型をした長身痩身の男が映し出された。

 革ジャンを着た彼は、どこか恥ずかしそうに頭を掻きながら、何度か作り笑顔を見せる。


 その姿に聴衆の一部からは「兄貴い!」という声援が飛び、会場が少し和やかな雰囲気に包まれた。

 オスカーはその反応に驚いた様子を見せるが、次第に表情がほころんでいく。

「どうも。よろしゅうに」と彼は控えめに挨拶した。


「後は――レイ・トーレス大権威からの推薦枠……ええと、大丈夫ですか?」

 ラルフが少し戸惑いながら続ける。


「驚きました! またも、リカルド将軍のご子息が挑戦いたします!」と盛り上がりを見せると「ルイス・カザーロン!」と名前が呼ばれた。


 映し出されたのは、若々しい少年の姿。

 しかし、ルイスは「おい。よせ」と言って逃げてしまった。


 聴衆の反応は初々しく、彼の様子に笑い声が起こった。

 ルイスの恥じらいや緊張感が、観客の心を掴んでいたのだ。

 お読みいただきありがとうございました。

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