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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第五章 愛欲の針
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80話 いちばん昏い夜 12

「ああ。大権威殿。ひとつ、ご質問が」


 レイは竜騎士団の師団長の一人、カイ・クルマラに呼び止められた。

 男の名は異国風で、聞き馴染みのない響きがある。


 一年前までは北国でソロの冒険者をしていたらしい。

 アステラ市街戦を経て、リカルドの熱烈な勧誘に応じ、新設の軍団長として迎えられたという経歴を持っていた。


 二メートルを超える堂々たる体躯に、牧夫のような穏やかな顔立ちが意外に映える。

 垂れ目とたれ眉がどこか困惑した表情を作り、温和さを装うその姿には、まるで巨大な猛獣が人間に化けたかのような違和感があった。


 最初にカイと対面した瞬間、レイは反射的に臨戦態勢を取っていた。

 自身も巨竜やヴァンパイアと戦い抜いてきた中で、ここまで無意識に身構えた経験はほとんどない。


 だが、この男が放つ雰囲気、その在り方が、レイにはどこか異様に映った。

 姿や形がどうというのではない。


 その存在そのものが放つ圧倒的な異質さが、彼を怪物めいた存在に感じさせた。

 まるで人間社会に足を踏み入れてはならない猛獣のように、底知れぬ恐怖を呼び覚ます。


 敢えていうなら、現在、世界最強剣士とされる暁月剣禅や、最強の魔法使いビクトル・マッコーガンと同質のもの。


 はっきりとは言語化するのは困難だ。

 強いて言えば、彼らの雰囲気は魔王の遺物と対峙した時の緊張感と酷似していた。


 純粋な力量で言えば、ビクトル・マッコーガンも、ゾーエ・バルリオスと大差ないだろう。


 だが、ビクトルには、敵と見なした相手を瞬時に消し去る、まさに「この世から存在を消す」のになんの躊躇もしないだけの胆力がある。

 雷の閃光で影さえも焼き尽くしてしまうその無慈悲な力は、何かを説明するまでもなくレイを戦慄させた。


 暁月剣禅についても同様だった。

 同じ五騎士のリカルド・カザーロンとの力量差が大きいとは思えない。

 だが、もし剣禅に殺気でも向けようものなら、その瞬間にその者の首は地に転がることになる。


 いざとなれば、法や秩序など歯牙にもかけない圧倒的な存在感。

 普段の気さくな口調や口先だけの小言も、レイには彼らが、まともな人間の仕草を真似ているようにしか見えない時があった。


 達人が不意打ちや事故で傷を負うことは珍しくないが、ビクトルや剣禅がそうした凡庸な危機に陥る姿など、到底想像できなかった。


 彼らに近い存在を挙げるなら、それは魔王の遺物だろう。

 野生の魔獣が牙を剥き、剥き出しの殺気を放つような、純粋な殺意と魔性、そして底知れぬ凄みが彼らの内に宿っているのだ。


 勇者とは、人間社会のなかの猛獣なのだ――と、レイは心密かに考えていた。

 魔王階層に最も近い生き物が、常人の思考のなかに収まるはずがない、と。


 勇者階層に入った者は、物語で語られるものとは完全に違った。

 その階層に近いレイだからこそ、彼らの生態は肌感覚で理解しているつもりである。

 レイから見れば、ビクトル・マッコーガンや暁月剣禅は魔王階層に孵化する前の卵である。


 その直感が警鐘を鳴らしていた。

 その男――カイ・クルマラは猛獣であり、卵だと。


 ☆☆☆ 


 四人の師団長の中でもひときわ大柄なカイ・クルマラは、その体格に違わぬ存在感を放っていた。

 カイは冒険者の二つ名で”風雷竜”と呼ばれている。


「――なんでしょうか?」

 振り向いたレイは愛想笑いを浮かべて、カイを見上げた。

 彼の巨体は威圧的であったが、レイが見上げたその目には、素朴な光が宿っている。


「あのう……獲った魔物や魔獣は食べてもよろしいので?」

 大柄な体をもじもじと動かしながら、カイは率直な疑問を投げかけた。


「えっと……食べる?  エリアダンジョン内で――ですか?」

 レイは少し戸惑った様子で答えた。

 ダンジョン内での食事という発想が予想外だったのだ。


「ええ。それとも、キャンプは禁止ですか?」

 カイの問いに、レイは瞬時にどう答えるべきか迷った。

 彼の問いかけは純粋であるがゆえに、かえって常識の枠を超えていた。


「い、いえ。お食事はギルド内でされた方がよろしいかと……食堂も併設されていますのよ?」

 少し戸惑いつつも、レイは丁寧に提案した。


「はははは!  申し訳ない、レイ殿。こやつ、ソロ冒険者の癖がまだ抜けておらぬのです!」

 突然、近くに現れたリカルド・カザーロンが明るく笑いながら、頭を掻きつつカイを弁護した。


「まったく、一軍の将にもなってキャンプがしたいだと?」

 金髪の大柄な女騎士がカイの前へと大股に歩み寄り、腰に手を当て、口を尖らせて嘆いた。


 ”獅子竜アレクサンドラ”。

 彼女もまたカイに劣らず大柄で、その鍛え上げられた筋肉は、分厚い甲冑越しにもはっきりと視認できた。



 第一師団長。

 精鋭一万騎を率いる一騎当千の突撃隊長である。


「と、獲ったら食べる。当たり前のことでしょう」

 カイが口籠もりながらも、アレクサンドラに反論していると、細い眼鏡を神経質そうに指で上げながら、参謀兼後方支援隊の”智竜ヨーゼフ”が来た。


「なにを言っているのだ。この野人め」

 軽やかな声でカイをたしなめたのは、整った顔立ちに神経質そうな雰囲気を漂わせた長身の男だった。


 彼のいでたちは、騎士団の粗野な印象とは大きく異なっていた。

 身に纏う服装は鮮やかで、刺繍が施された高級な素材が品格を際立たせており、貴族のような優雅さがあった。


 腰に下げたレイピアは繊細な装飾が施され、煌びやかに輝いている。

 まるで宝飾品のようなその剣は、実戦で使われるよりも儀礼的な意味を持つようにレイには見えた。


 ヨーゼフは戦場の指揮よりも、部隊の編成や予算の調整、糧食の確保、戦略の策定といった管理が主な業務である。

 部隊の遠距離攻撃や魔法支援、衛生管理など幅広く担当している。

 王宮騎士団と勢力を二分する大所帯では、彼のような男の存在は欠かせない。


 第三師団長として非戦闘員を含めた四万騎近い部隊を率いており、彼の指揮する第三師団は遠距離攻撃や魔法支援、衛生兵として活動し、遊撃隊として機能する。

 鋭い眼差しと引き締まった唇からは、繊細な感覚と鋭敏な思考が滲み出ているようだった。


「あ。大権威殿。私は参加しませんので」

「わかりました」

 レイは笑顔は頷いた。


「はあ? なんだ、ヨーゼフ。ここまで来て参加せんのか?」

 低い声で問いかけたのは、竜騎士団副長であり、軍師を務める"亜竜公クリストバル"だった。

 彼は亜人の出身で、オーガの大男だ。


 巌のように厳つい顔には、鋭く湾曲した二本の角が生えており、見る者を威圧する。

 その薄青色の肌は幾多の戦場を潜り抜けた証である古傷で覆われ、鍛え抜かれた体躯は戦士の誇りを象徴していた。

 まるで屹立する巨岩のような存在感があり、彼が立つだけで周囲の空気が変わるように感じられる。


 新人たちがまず配属される第二師団の師団長でもあり、その規模は五万人に達する。

 しかし、実戦に投入できる兵力の正確な数は不明である。

 クリストバルは、その大所帯を率いて敵の攻撃を正面から受け止める本隊を指揮する古強者であった。


 ここで特に武力に優れている者は、第一師団や近衛師団に配属されることが多い。

 文官や魔法使い、僧侶などの支援職は、通常は第三師団へと振り分けられる。

 だが、アステラ市街戦の後にリカルド・カザーロンが立ち上げた第四師団は、そのいずれとも異なる非常に特殊な編成をとっていた。


 第四師団は、第二師団や第三師団から少数の兵を編入していたが、その数は最低限度にとどまる。

 第一師団からの編入者は皆無であり、戦力の多くは他師団からの出向者や、リカルド自身がスカウトした冒険者たちで占められていた。


 そのため、実際の兵力はわずか二千人ほど。

 規模としては旅団止まりであり、師団の名を冠するにはあまりにも少なかった。


 それでもリカルドは、第四師団を編成することにこだわった。

 上官への信頼が絶対条件である軍組織において、無理に人員を編入するのではなく、自然に集まる者たちを待ったのである。

 これはリカルドが自らのカリスマ性を理解し、それを意図的に利用した戦略でもあった。


 リカルド・カザーロンは、世間からの男の中の男としての認識と、多くの騎士や冒険者が憧れを抱く強烈なカリスマを持つ。

 しかし、その一方で彼の人気があまりにも高いために、嫉妬や不満を抱く者も少なくなかった。


 特に第一師団や近衛師団の古参騎士たちにとっては、第四師団の存在そのものが面白くない。

 結果として、第四師団は他師団の出向者たちによって、辛うじて維持されているに過ぎなかった。


 いずれ正式な師団としての編成を目指していたものの、現状では軍団としての機能を果たすには程遠い状態だった。

 しかし、それでもリカルドはそのままにしておいた。

 焦りが毒であることを知っていたからである。


 ☆☆☆


 その時、なにやらドタバタと取材スタッフがギルド内に押し寄せてきた。

 ひとりの太った男が、脂肪をブルブル震わせながらレイの元に駆け寄って来る。


「おお! 大権威! ちょっといいですかあ!!」


 レイは、急に押し寄せてきた取材陣に少し驚いてカイに言う。


「まあ大変。もう、こんな時間だわ。カイさん、私の父も狩人でしたから、お気持ちはわかります。しかし、今回は仮設ですので。長期滞在型の高難度訓練エリアが完成しましたら、そちらでお楽しみになってください。ね?」


「……そうですか。それは楽しみだ」

 レイがそう答えると、カイは納得したのかしていないのか、相変わらず困ったような笑顔で応じた。


 取材スタッフの騒ぎは続いていたが、レイの心は徐々に高揚していく。

 いよいよ、エリアダンジョンの開放の時が迫っていた。

 お読みいただきありがとうございました。

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 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

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