79話 いちばん昏い夜 11
「ご機嫌よう皆さん。新任の黒魔法大権威、レイ・トーレスでございます」
ギルドの広間に響いたのは、澄んだ声。
低くないが落ち着きのあるその声が、聴衆の耳を捉えた。
現れたのは、一見すると少女にも見える小柄な姿。
周囲の騎士たちや冒険者たちは、予想していた”黒魔法大権威”の威圧感や圧倒的な風格を持つ女傑とはかけ離れたその外見に、一瞬、言葉を失った。
鋭い眼差しで見つめる者、半信半疑のまま様子を伺う者、戸惑いを隠せない者、広間全体がざわめきに包まれる。
レイは微笑を浮かべながら、冷静に一歩前に出て、再び声を上げた。
「さきほどお配りした魔具を身につけてください。これは我々が開発した非常用の連絡魔具です」
言葉に合わせ、騎士や冒険者たちが手元の魔具に視線を落とす。
それは黒い金属でできた小さなネックレスやピアスで、光沢を放ちながら不思議な魔力を感じさせる。
「参加者全員に向けた情報や連絡は、この魔具を通して聞こえるようになっておりますので、なくさないように気をつけて下さい。なお、棄権する場合は魔具に向けて話しかけるか、魔力をこめれば、救助チームが向かう手筈になっております」
説明を終えたレイは、笑顔で会場を見渡した。
彼女の落ち着いた態度が、広間の緊張感を少しずつ変えていった。
☆☆☆
「今回、黒街エリアダンジョン内と各学部のエリアダンジョンに、五つの通常訓練エリアを設置しました。また、七つの高難度エリアは現在、ドワーフ工務店さまが施工管理を担当し、制作中です」
「首都大学本部をはじめ、火、水、雷、黒魔法学部の協力を得たほか、元地魔法研究室、亜人商会、ドワーフ連合、竜騎士団の皆さまにも多大なご支援をいただき、厚く御礼申し上げます」
会場には期待と緊張が混ざり合い、ざわめきが広がった。
今にも冒険が始まろうとする瞬間の空気に、参加者たちの意欲が高まっていく。
「各エリアには魔物や魔獣が配置され、レベルに応じたポイントを割り振っています。なお、参加者同士で戦ってポイントを奪い合うことも可能です」
レイが説明すると参加者の一人が声をあげる。
「参加者同士で戦っても反則じゃないのか? ケガをさせても?」
「当然です。これは訓練ですから。どこに裏切り者がいるか、どこで不意打ちされるのか。誰にも、わからないでしょう?」
これは実際に戦場を経験したレイだから言えることであった。
そうでなければ、なんの説得力もない。
「なお、ポイントに応じて金銭や豪華賞品、果ては所属団体と各魔法学部との優先交渉権など現金以上の価値をお約束します。ぜひ張り切って獲得してください」
その瞬間、騎士や冒険者たちの間に活気が広がり、会場は熱気を帯び始めた。
「まず、通常訓練エリアとして、市街地、高山、川や海、沼地、そして密林の五エリアを用意しております」
レイが説明すると、騎士や冒険者たちの目が真剣に光る。
「さらに高難度エリアは現在工事中で、火山、深海、洞窟、砂漠、要塞、迷宮を予定しております。そして今回――」
レイが広間を見渡して一際声を張った。
「今回は特別に、私が手掛けた月も星の光さえ届かない闇夜を再現した高難度エリアを、通常訓練エリアで高得点をマークした方限定で開放いたします!」
聴衆から「おお」と驚嘆の声があがった。
「本日はリカルド将軍にお声掛けいただき、一流の騎士、冒険者、そして各学部から推薦された学生や研究者の皆さまにご参加いただけることを大変嬉しく思います。なにぶん、仮設の状態ではありますが、どうか忌憚のないご意見をお聞かせください」
レイが頭を下げて、リカルド将軍を壇上に呼ぶと、わっと大きな拍手が鳴った。
リカルドが力強い足取りで壇上に上がると、会場は自然と静まり返る。
鍛え上げた大柄な体格と鋭い眼差しが、長年の戦場を駆け抜けてきた男の風格を感じさせた。
「おはよう。諸君。こちらのレイ・トーレス大権威は、私が率いる近衛師団と共にアステラ市街戦を戦い抜いた戦友である」
リカルドの言葉には重みがあり、参加者たちの間に緊張が走った。
「彼女に力添えを願いたい。皆、よろしく頼むぞ!」
リカルドがそう声を張り上げると、会場にいた騎士や冒険者たちが一斉にうなずき、ざわめきが再び起こった。
人心掌握にかけてリカルド・カザーロンは達人の域にある。
リカルドは、さらに声を大にして言い放つ。
「――そして、当然だが私も参加する! 勝つのは私だ! 大いに暴れてやるぞ!!」
その一言で会場が一気に沸き立ち、冒険者たちは歓声を上げ、騎士たちも剣を軽く掲げて応える。
リカルドの闘志が、周囲の士気を瞬く間に高めていった。
☆☆☆
「お待ちなさい」
レイの声が鋭く響く。
熟練の参加者たちのなかで緊張しているのか、右往左往しているルイスが足を止めた。
「私も鬼じゃないわ」
レイは冷静な表情でルイスを見つめた。
「魔眼持ちとはいえ、瞳術に目覚めたばかりのあなたを、熟練した冒険者や騎士たちと同じ条件で放り出すわけにはいかないでしょう」
「俺は大丈夫だ!」
ルイスはきっぱりと言い返したが、その声にはどう聞いても焦りが滲んでいる。
「ふふ。そう言うと思ったわ」
レイは薄く笑みを浮かべ、肩の上に乗っている白い小さな魔獣に目をやった。
彼女は優雅な仕草でその魔獣を持ち上げ、ルイスの肩にそっと載せた。
「わっ! なんだよ、いきなり!」
ルイスが驚いて身を竦める。
「怖がりだけど、頼りになるわ」
レイの声はどこか親しげで、それでいて厳粛だった。
「あなたも聞いたことくらいはあるでしょう。彼はビクトル・マッコーガンから預かったものよ」
地上最強の魔法使いと名高い”雷神”ビクトル・マッコーガン。
その名を冒険者を志す少年が知らないはずがなかった。
彼の眷獣だというなら、どんな魔具や宝具よりもルイスにとっては価値があるものだ。
「あ、預かる! 預かる!」
ルイスは即座に手を挙げ、魔獣をまるで宝物でも扱うかのように大事そうに撫でた。
「ダニエルくんよ。仲良くしなさいね」
レイは軽く微笑む。
「ああ。もちろんだ。任せてくれ!」
ルイスの目は輝き、肩の上のダニエルと心を通わせるように手を伸ばした。
「お酒なんて飲ませちゃダメよ?」
レイがからかうように付け加えると、ルイスは慌てて声を張り上げた。
「当たり前だろ! そんな馬鹿いねえよ!」
ダニエルが笑う二人を見上げて「キュイ」と鳴いた。
☆☆☆
一部地域を除く特設会場には大型スクリーンが設置され、詰めかけた聴衆たちは興奮を抑えきれない様子だった。
バーや各魔法街、王国中の契約所にも小型や中型のモニターが次々と配置され、誰もがこの一大イベントに視線を向けていた。
そして、いよいよスクリーンに二人のレポーターの姿が映し出されると、各会場は歓声とともに大騒ぎとなった。
「さあ! 始まりました! 黒街電影部!」
最初に声を上げたのは、饒舌な太めの男。
笑顔で手を振り、スクリーン越しに観客にアピールする。
「これは白街以外の全学部、要望のあった施設、公共施設に向けた試験放送です」
隣で細身の女性が続き、落ち着いた声で説明を始めた。
簡単な自己紹介が終わると、二人は早速、この日の番組内容について語り出した。
スクリーンの向こうでは熱気とエネルギーが徐々に高まっていく。
「ええ? アナさん。どうして白街では放送しないの?」
ぽっちゃり黒魔法使いのラルフが片眉を上げながら、疑問を投げかける。
「それはね、いちいちうるさいからで~す!」
雷魔法使いアナが即答した。彼女は楽しげに笑いながら続ける。
「アレはダメ、コレもダメって放送したら文句言われるに決まっているので、電影開発の当初から話も振ってませ~ん!」
場内がクスクスと笑いに包まれる中、ラルフが勢いよく声を張り上げた。
「大型スクリーンと電影機材は、我が黒魔法研究開発チームと、雷魔法開発チームが共同で開発したんだ! だからエラい方々、どうぞよろしく!!」
彼は大きく腕を広げ、まるで壇上の聴衆全員に挨拶するかのように誇らしげに叫んだ。
アナが微笑を浮かべて相槌を打つ。
「……まあ、でも仲良しですけどね! 白魔法学部のお綺麗な方々とは――仲良しです!」
「あれあれ? 今、無理矢理感がありましたけど? アナさん?」
ラルフが鋭く突っ込むと、アナは顔をしかめた。
「いいえ、そんなことはありませ~ん!」
アナはすぐに反論する。
「私は昔から白街のクソ……いや、方々が大好きで~す!」
その言葉に観客からは再び笑いが起こり、軽快なやりとりにますます盛り上がりを見せた。
☆☆☆
「まあ! そんな大人の事情はさておき、いよいよ始まりました、黒街エリアダンジョン生放送!」
アナが声高らかに宣言した。観客は歓声を上げ、期待感が会場を包み込む。
ラルフがすかさず続ける。
「選りすぐりの冒険者、騎士、学生、研究者たちが大集結! さあ、誰が最高点を叩き出すのか?! 楽しみですねえ!」
彼の声は興奮を隠せない様子だった。
「なお、賭けたい方は亜人商会系のお店窓口へ急いでくださいね! 締め切り間近ですよ。急げ急げ!」
「ええ。それなんですけど」
アナが賭けの話題に切り替える。
「やっぱり一番人気は、五騎士の中でも名高いリカルド・カザーロン将軍と四師団長ということになっていますね」
「いやいや、アナさん。私は大穴狙いですよ」とラルフがにやりと笑う。
「各学部から推薦枠で参加している学生や研究者たちにも注目です。体力面では騎士や冒険者には及ばなくても、魔法の技術なら引けを取らないでしょうからね。彼らに期待してます!」
アナが乗り気で相槌を打つ。
「おお? 勝ったら祝杯行きますか? 行っちゃいますか?」
「もちろん行きましょう!」
ラルフが大きく頷く。
「ちなみに、アナさんは誰に賭けましたか?」
「……そりゃあ、リカルド将軍に決まってるでしょ」
アナは少しうつむいて返答した。
「チキンですね! アナさん、チキンです!」
ラルフが笑いながら突っ込む。
「でも、アナさんが勝ったらチキン驕ってもらいますよ!」
「い、いいですよ! 驕りますよ!」
アナが言い返す。
「でもね、リカルド将軍が本命なのは当然でしょう? 伝説のドラゴンスレイヤーなんだから!」
その言葉に会場はさらに沸き立ち、彼らのやりとりが観客をさらに熱狂させていった。
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