78話 いちばん昏い夜 10
「あなた、今のままじゃ一生、父親に追いつけないわよ」
レイの冷たく突き放すような声に、ルイスの眉がピクリと動いた。
「なんだと?」
ルイスは胸の奥で怒りが燃え上がるのを感じた。
だが、レイは彼の反応を予想していたかのように、さらに挑発的な言葉を続ける。
「父親の真似をしてドラゴンバスターを担いでみても、劣化コピーにしかならないわ。実戦のなかで自分だけのスタイルを見つけなさい」
彼女の言葉はまるで鋭い刃のように、ルイスの心の奥深くに突き刺さった。
「リカルド将軍とはアステラで共闘したけど、彼は人の形をした巨竜よ。肉体強化型の将軍と、瞳術型のあなたの戦い方が同じなわけがないでしょうが」
レイはあえて将軍の例を持ち出し、ルイスが目指すべき道が全く異なることを示した。
その言葉は、彼がこれまで必死に追いかけてきた父親の背中を、遥か遠くに感じさせるものだった。
「後日、連絡します。それまでにブサイクな装備と、考え方を改めていらっしゃい。わからないことがあれば、虚飾の魔杖に訊きなさいね」
レイの口調には容赦がなかった。
その眼差しは、まるでルイスの内面まで見透かしているかのようだった。
「今のままが良いなら、もう来なくていいわ。はい。さようなら」
まるで用済みの物を放り投げるような態度で、レイは立ち去る準備をした。
「お返事は?」
レイの声に促されて、ルイスは言葉を詰まらせたまま一瞬立ち尽くした。
「……おう」
気まずさを紛らわせるような返事が、レイの冷たい視線に跳ね返される。
「なんですって? お返事は?」
レイはぎろりと睨んで、もう一度ルイスに問いかけた。
「……はい」
ルイスは悔しさを飲み込み、拳を握り締めて返事をした。
☆☆☆
「褒めたり貶したり、よくわからん指導だね」
ガヴィーノはレイの教育法に首を傾げ、苦笑を浮かべた。
「先生はどう思われました?」
レイが問いかけると、ガヴィーノは少し考えてから答えた。
「……やる気の問題だな。才能があっても心が折れる人間はいくらでもいる。まあ、自分の進む道を見つけるのは、誰だって暗い道を辿るようなもんだよ」
彼の言葉には、経験を重ねてきた者の重みが感じられた。
どんなに優れた才能があろうとも、それを生かせるかどうかは最終的には本人次第。
レイの試練は、その覚悟を引き出すためのものであることをガヴィーノは理解していた。
「そこら辺は、虚飾の魔杖のなかの田舎貴族が指導してくれるでしょ。装飾の仕事に関わっていた人みたいだから、あの不格好なドラゴンバスターもどうにかしてくれるといいんですが」
レイは軽い調子で言い放つ。
「私には、絵に描いたような悪ガキが来て面白かったよ。近頃の子供は賢くなりすぎて物足りなかったんだ」
ガヴィーノは嬉しそうに目を細めた。
昔ながらの粗削りで無鉄砲な若者には、どこか懐かしさがあり、その純粋な愚直さを楽しんでいた。
「ま、あの子が虚飾の魔杖をケンカに使うようなら、ブチのめして取り返すだけです」
レイの口調は冗談めかしているが、そこには確固たる自信があった。
彼女はルイスがどのような道を歩むのか、好奇心と期待を込めて見守るつもりでいるのだ。
「リカルド・カザーロンの息子ならなんとかするだろう」
ガヴィーノは最後にそう付け加えた。
偉大なるリカルド将軍の血を引くルイスならば、どんな困難にも立ち向かうだろうという信頼がそこにあった。
☆☆☆
「もういいかな?」
モニク・バローが穏やかに微笑んで声をかけた。
「お騒がせしました」
レイは軽く頭を下げ、少しばかり恐縮した様子を見せた。
「いやいや。将来の五騎士か、それとも偉大なる大権威かの最初の一歩に立ち会えて光栄だよ」
モニクはいかにも楽しげに応じた。
「君たちが少年の相手をしている間に、我々も魔界と繋がってしまった深層エリアの活用法について話し合っていたんだ」
モニクは訓練エリアの地図を指し示した。
「騎士団と共有するという案が浮上している」
「どういうことでしょうか?」
レイが眉をひそめると、モニクがゆっくりと説明を続けた。
「リカルド将軍から首都大学に、エリアダンジョンを使って騎士団の訓練ができないかと相談があったんだ。従来の訓練だけでは、アステラ市街戦のような過酷な状況には対応しきれない現状が続いているからね」
リカルド将軍と共闘し、彼らが戦場で苦戦する姿を知っているだけに、レイはその要望が真摯なものであることを理解できた。
「エリアごとに特徴を持たせるのはどうでしょう?」
レイは地図を見ながら提案を始めた。
「市街地を模した訓練場はもとより、密林、砂漠あらゆる戦場を再現したエリア――それぞれ異なる環境で訓練を行えば、実戦さながらの対応力を鍛えられるはずです」
「それなら、魔界浸食エリアを大改装して、うちの学生たちも参加させるのはどうかな? 相当ハードな訓練エリアになると思うけど」
モニクがさらに提案を重ねた。
「それは面白そうですね。私が管理している魔物や魔獣も解放して、天然ダンジョン以上の高難易度を再現するのはどうですか?」
レイが応じると、彼女の目が輝きを増した。
「いいね、いいね! 騎士も魔法使いも学生も、全員ボコボコにしてやろうじゃないか! ヒュー!!」
モニクも笑いながら答え、二人は物騒な計画を楽し気に話し合いながら次々と案を出していった。
「ウーゴ、大丈夫かな?」
ガヴィーノがウーゴの方を見やりながら問いかけると、ウーゴはただ困ったように首を振るばかりだった。
☆☆☆
半月あまりという恐るべき早さで、黒街エリアダンジョン内に設けられた通常訓練エリアは仮設し終えることができた。
各魔法学部のエリアダンジョンを繋げた魔界浸食地帯は、上級訓練エリアとして目下のところ工事中である。
今日は、黒街エリアダンジョンの訓練エリアに、冒険者たちに潜ってもらって意見交換する運びとなっていた。
黒街ギルドは早朝から異様な熱気が漂っていた。
室内にはリカルド将軍配下の四師団の師団長や幹部たち、ギルド所属の高レベルパーティ、歴戦の猛者たちが集まっている。
闘志をたぎらせる者や、鋭い眼差しで周囲を見回す者、仲間同士で軽く拳を合わせて士気を高め合う者が見られた。
集った面々の多くは実戦経験豊富で、強大な敵に対峙することへの恐れを微塵も見せていない。
だが、それだけではない。
ダンジョンへの緊張感と期待が混ざり合い、ざわめきとなって場の空気を震わせていた。
超高難易度の入学試験を出題した新黒魔法大権威レイ・トーレスの噂は、騎士や冒険者たちにも広く流れていた。
彼女が手掛けたエリアダンジョンが、どれほど過酷なものなのかという好奇心が、彼らの興奮を引き立てていたのである。
難易度が高い試験に震え上がる学生とは正反対に、闘志を燃え上がらせる騎士や冒険者たちの反応はレイとしても興味深いものであった。
剣の柄を握りしめる者、魔法の準備を進める者、その誰もが自身の実力を試し、そして証明しようとする気迫に満ちている。
ひときわ堂々とした風格を漂わせながらリカルド・カザーロンが、レイと近衛隊長キケが話しているところへ声をかけた。
レイとキケは市街戦以来の顔見知りである。
「ご無沙汰しております。将軍」
レイが軽く頭を下げ、リカルドを出迎える。
「一緒に仕事をするのはアステラ以来か。今日はよろしく頼む」
リカルドは手を差し伸べ、レイとしっかり握手を交わす。
「錚々たる面々を集めてくださって」
レイが周囲を見渡しながら言うと、リカルドが微笑んで頷く。
「キケ隊長とも話していたのですが、こちらの面々でアステラを市街戦ではなく、包囲戦にしていればすぐに終わっていたのに――と」
レイが言うと、キケがすかさず反応した。
「い、いえ。決してそのような――レイ殿も人が悪い!」
リカルドは軽く笑い声を上げ、肩を竦めた。
「いやいや、そういうわけにはいかん。包囲戦にすれば確かに終結は早いが、それだと街の復興に何年もかかるだろうし、最悪の場合、街に人が住めなくなることだってあり得ただろう」
レイはうなずきながら言葉を返す。
「そうですね。博物館周辺以外はほとんど無傷でしたし、難民になっていた市民も今では平穏な暮らしに戻っています――キケ隊長。ダメですよ」
「ええええ??」
キケは自身のハゲ頭を叩いて、三人は笑い合った。
☆☆☆
師団長たちが近づいてくると、圧倒的な威圧感が辺りに漂った。
第一師団から第四師団の師団長たちは、リカルドと同じく冒険者やドラゴンスレイヤーとしての経歴を持つ者たちであり、その体格は素晴らしく鍛え上げられていた。
全員が強靭な筋肉を誇り、戦士としての重厚感を漂わせている。
その中に、レイがいるとまるで幼児が紛れ込んだように見え、周囲の雰囲気が一層際立った。
「お、おう! 来たぜ!」
その時、足早に歩み寄ってくる少年がいた。
ルイスは足早に歩み寄りながらも、好奇心に満ちた眼差しを周囲に向けていた。
彼の短い茶髪は少しばかり乱れていて、顔にはまだ少年のあどけなさが残っている。
しかし、戦場に立つ者特有の鋭い視線が、年齢以上の経験を窺わせた。
ルイスの腰には短剣が二本差してあり、動きやすい皮鎧は彼の身にぴったりとフィットしている。
さらに、肩や膝には軽い金属のプロテクターが装着され、武器を持たない時でも戦う準備が整っているようだ。
背中には小型の弓が斜めに背負われており、矢筒が揺れ動く様子が目に留まる。
「うん? ルイス? こんな所でなにをしている?」
リカルドが息子の姿を見つけて問いかけると、ルイスは少し焦った様子で答える。
「親父! いや、なに、し、仕事さ」
「仕事だと? 学校はどうした?」
「それは――」
その時、レイが二人の間に入ってきた。
「まあまあ、将軍。ご子息が瞳術を使われることはご存じでしたか?」
「瞳術? そんな高等技術をルイスが?」
「事実です。私が考案した黒魔法学部の最終試験をご子息は独力でクリアしました」
「なんだって? ルイスが?」
「はい。ですから、彼がどこまで出来るか試させて欲しいんです」
リカルドは心配そうな顔をしながら、ルイスに向けて言った。
「……レイ殿がそうまで仰るなら構わんが――ルイス」
「うん。なに?」
「なにじゃない。エリアダンジョンとはいえ、子供の遊び場じゃないのはわかっているな?」
「ああ」
「いいか。無理なら、すぐに棄権するんだ。退却する判断も立派な戦略のひとつだということは覚えておけ」
「わ、わかってるよ」
ルイスの瞳には決意が宿っており、少しずつ自信をつけているようだった。
その場の雰囲気は緊張感と期待に包まれ、彼の成長を見守る者たちの視線が集まっていた。
師団長たちは顔を見合わせ、苦笑しているようである。
そんな二人のやり取りを見守りつつ、レイが微笑み、瞳を鋭く光らせた。
「リカルド将軍はああ仰っているけど、棄権なんか許さないから。死んでもクリアなさい」と紅い瞳がルイスを捉えた。
ルイスはレイの言葉を受け、引き締まった表情で「望むところだ」と答えた。
その瞳には闘志が宿り、まるでレイの挑発を弾き返すような気概が見える。
少年は冒険者の目をしていた――レイは少し微笑み、思い切り肩を叩く。
ルイスは「なんだよ」と言いつつ、照れくさそうに顔をしかめた。
お読みいただきありがとうございました。
ブクマ、いいねボタン、評価、感想など、お気軽に。
カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。