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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第五章 愛欲の針
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75話 いちばん昏い夜 7

 ああ。退屈だ。


 ルイス・カザーロンは、父リカルド将軍の末息子で、十四歳にして黒街の冒険者ギルドに日参していた。

 細身で小柄な体に、自分の体よりも大きな古いドラゴンバスターを背負って歩く姿は滑稽で、ギルドに集まる冒険者たちからの好奇と、からかいの的になっていた。


 これまで親の許可が下りることはなかったが、今月になってようやく「研究エリアのダンジョンなら安全だろう」との理由で冒険の許しを得たのだ。


 どうやら、政治的なあれやこれやで、ルイスに構っている暇もなくなっているらしい。

 もう好きにさせておけ、ということだ。


 ルイスの鼻っ柱は強い。強すぎた。

 体中には数え切れぬほどの傷があり、毎日のように喧嘩に明け暮れては体力と腕力を鍛え続けていた。

 ルイスに比べて、兄と姉は精神的にも穏やかで、名門カザーロン家の人間として恥ずかしくない気品を持ち合わせていた。


 ルイスは親が用意した有名進学校には早々に見切りをつけ、勝手に黒街の一番柄の悪い学校へ転入してしまった。


 偉大なる父リカルド・カザーロンは勝手に転校手続きをしたことを攻めることはしなかった。

 よくよく考えてみれば、親の許可なしに、子供だけの判断で転校などできるわけがない。

 父は自身の気性の荒さを引き継いでいるのが、末の子だとこの頃には気がついていたのだろう。


 そこでは喧嘩が日常茶飯事で、ルイスはそんな荒んだ日々の中で己の限界を試すことを楽しんでいた。

 だが、それでも満たされなかった。すぐに飽きてしまった。


 父や兄からは「まだ身体ができていない」と言われてはいても、受け継いだ膂力と戦いの勘、なによりルイスの心が強靱すぎた。

 蹴ろうが殴ろうが、嬉々として向かってくる相手に、喧嘩相手はすぐにいなくなった。

 リカルド・カザーロンから受け継いだ心身は、常人相手には強すぎたのだ。


 黒街の不良たちが彼の足元で伸びているのを眺めながらも、ルイスは足りないと感じていた。


 俺はおかしい。

 まるで野獣じゃないか。

 そういう逡巡は常にある。


 わかってはいるのだが、どうにもならぬ。

 もっと血湧き肉躍る場所へ──平原や密林、ダンジョンの奥深くにこそ自分が求めるものがあると信じていた。


 ☆☆☆


 親父はいいよなあ。

 俺の歳にはもういっぱしの冒険者だったって話だ。

 毎日のように命をかけて戦い、竜とまで喧嘩してたっていうんだから、涎が出るほど羨ましい。


 別に良いトコの坊ちゃんに生まれたことに文句はねえ。

 恵まれてるってこともわかってる。

 飯に困ることもねえし、金だってたっぷりある。


 そんなこと、ガキの頃からずっと耳にタコができるほど言われてきたんだ。

 でもダメなんだよ。


 どれだけ恵まれていても、この家は俺にとっちゃ檻だ。

 豪華な見た目をした監獄に過ぎない。


 五騎士に名を連ねるほど人望厚い将軍さまの子息には許されざる気性だ。

 わかってる。

 そんなことは、わかっているよ。


 でも、退屈でたまらないんだ。

 毎日がぬるくて死にそうだ。

 こんなのは死んでいるのと同じだ。


 血潮が熱く滾っておさまらない。

 どうすればこの熱を鎮められるのか考えても考えても、答えは出ない。


 強い奴と戦いてえ。

 どんな奴でもいい、俺の全力をぶつけられる相手が欲しい。


 血が滾るような戦いがしたいんだ。

 親父みたいに、竜と喧嘩したらどんな感じなんだろうな。


 骨が軋んで、皮膚が裂けて、それでもなお立ち向かう感覚。

 俺も味わってみたいのに、どうして親父は良くて俺はダメなんだ?


 ずるいだろう。それが名門のご子息の宿命だっていうのか?

 俺には、檻のなかの人生しかないのか?


 そんなものに縛られて生きるしかないのか?

 他に道はないのか?


「俺には何がある?」

 ルイスはいつも自問していた。


 剣では兄貴に敵わず、魔法では姉貴に及ばない。

 だが、もし何でもありなら?


 使えるものは何でも使って構わないなら、どうだ?

 兄貴を倒せるかもしれない。

 姉貴を出し抜けるかもしれない。


 放課後の黒街の裏通り、ルイスは大勢の不良たちが倒れている間を歩いていた。

 荒れ果てた舗装、割れた街灯、薄暗い路地裏、足音だけが響いている。


 ところどころに転がる無様な姿。

 殴り合いの末に意識を失った男たちが、道端に倒れていた。

 その横をすり抜けるように進みながら鼻で嗤う。


「そんなもんかよ」と。

 無言の挑発を込めて踏みつけるような足取りで歩き続けた。


 それでも足りない。まるで足りない。

 胸の中に渦巻くこの衝動は、こんな街角の喧嘩じゃ到底収まらない。

 竜殺しの血が収まらない。


 自分は気性が荒い。わかってる。

 血の気が多くてどうにもならず、暴れたい衝動を抑えられない。

 どうなってんだ、と思わずにはいられない。


 なんで俺はこうなんだ。

 血が熱い。

 燃えそうなんだ。


 じっとしていられない。

 熱くて、燃えそうで、狂いそうになる。

 何かにぶつけなければ、すぐにでもおかしくなりそうなんだよ。


 血湧き肉躍る平原へ。密林へ。ダンジョンへ。

 目を閉じて浮かぶのは、広大な冒険の舞台。

 そこで命を懸けて戦うイメージだけが、焦燥を和らげる薬となっていた。


「俺は冒険者になりたいんだ」


 その一心で、彼は再び冒険者ギルドへの足を速めた。

 自分の中に燃え上がるこの炎を、どうにかして燃え尽きるまでぶつける場所が欲しかった。


 ☆☆☆


 放課後、ルイスは校舎の隅に置かれたロッカーを開け、ドラゴンバスターを引っ張り出した。

 いつものように肩に背負い、黒街の冒険者ギルドがあるエリアダンジョンへと向かう。


 しかし、今日はなにかが違った。

 街中に広がるざわめきが耳に届き、通りを行き交う人々の視線がいつもより緊張感を帯びているのを感じた。


 黒街にかつての支配者、黒街魔王ガヴィーノ・デル・テスタが戻ってきているらしい。

 ルイスはその名前を聞いた瞬間、胸が高鳴るのを抑えられなかった。


 かつてこの街を牛耳っていたという伝説的な存在。

 どんな奴なんだろう。見てみたい。

 その圧倒的な力を、この目で確かめてみたい。


 ギルドの入り口が近づくと、周囲はさらに混雑してきた。

 見物人や冒険者たちがひしめき合い、狭い通りを埋め尽くしている。

 ルイスは苛立ちを感じながら、その群衆をかき分けて進んでいく。


「おい。そこ、退けよ」

 苛立ち混じりの声を上げると、道を塞いでいた冒険者が振り返ったが、ルイスの鋭い目つきに圧されてすぐに退いた。


 ルイスは人混みをかき分け、ようやく魔王ガヴィーノの姿を捉えた。

 彼は細身で長身、筋肉の膨らみはほとんど見当たらない。

 つまり、筋力に頼らない戦い方だと見てとれる。


「魔法剣士か」

 それを察すると、ルイスの戦意はさらに高まった。


「ああ。戦いてえ」

 自然と口から漏れる言葉。

 戦いの相手としてこれ以上の興奮を感じさせる存在はなかなかいない。


「おい。見ろ。ギルド長まで出てきたぞ」

 誰かの声が群衆に響き、ルイスの視線が動いた。


 ギルド長のウーゴが姿を現している。

 元A級冒険者として名高いウーゴは、相変わらずの巨体だった。

 まるで壁のような威圧感を放って立つその姿に、ルイスはまた心が躍った。


「ああ。いいなあ。ウーゴとも戦いてえ」

 次々と現れる強者たちに、彼の血はさらに熱く滾る。


「これはどうも。新旧の大権威先生方がおそろいとは、珍しいことですな」

 ウーゴの挨拶に、ルイスは目を見開いた。


 新旧の大権威?

 ガヴィーノの隣に立っている少女の存在にようやく気づいたのだ。

 黒髪を長く垂らしたその少女は、華奢で見た目には頼りなさそうな体つきをしている。


「あんなのが大権威?」

 ルイスは信じられなかった。


 目の前にいるその少女が、ウーゴの言う「大権威」だというのか。

 自分が憧れる戦いの舞台に立つ者とは到底思えない姿に、落胆の色が滲む。


()()はいいや」

 そう呟いて、少しばかりの失望感がルイスの胸を冷ました。


 ☆☆☆


「応接室へどうぞ」

 ギルド長が先導するように案内する。


 二人は古い木造の階段をゆっくりと上っていく。

 階段の板は長年の使用で磨り減り、少しばかり軋む音を立てた。


 ざわめきは、どこか張り詰めた空気を帯びていて、ルイスは鼓動が早まるのを感じていた。

 まるで目の前に巨大な壁があるようだった。


 彼らの後ろに続くことは許されぬ。

 緊張感が募る。


 ――構うものか。今しかない。

 そう思ったルイスは、ドラゴンバスターを握り締めた。


 巨大な剣の重みがその細い身体にずしりと伝わり、全身に緊張と興奮が駆け巡る。

 今なら、何かを変えられるかもしれない。

 自分の運命を、檻から抜け出すその瞬間を、掴むことができるかもしれない。


 ルイスはざわつく冒険者たちの間をかき分けて進んだ。

 無数の視線が自分に向けられ、冷ややかだったり好奇の目だったりするが、構わない。


 どうとでも言え。

 なんとでも見ろ。


 ギルド長とガヴィーノたちの後を追って、ルイスは、木造の階段へと駆けて行く。

 その足音は軽やかだが、まるで自身の衝動に追われるような勢いだった。

 心臓が破裂しそうなほど早鐘を打っていた。

 お読みいただきありがとうございました。

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