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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第五章 愛欲の針
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74話 いちばん昏い夜 6

 元黒魔法大権威のガヴィーノ・デル・テスタは、黒魔法研究エリア内にある「エリアダンジョン」の前に立っていた。

 入り口の横には冒険者ギルドも併設され、そこにはかつての仲間たちと同じように、新たな冒険を求める者たちが集っていた。


 かつてガヴィーノは十代から冒険者としてダンジョンを駆け巡り、大勢の仲間を失いながらも魔石を収集し、魔物を討伐し、彼らが集めた宝具を奪取してきた。


 しかし、三十歳になる前に限界を感じ、冒険者の道を退くことに決めた。

 その後、文字すらまともに書けなかった男が猛勉強の末に首都大学へ入学し、冒険者としての実績を武器にして魔法研究者の道へと進んだ。


 黒魔法大権威となってからは、彼は人工的なダンジョン――いわゆる「エリアダンジョン」の発展に全力を尽くしてきた。


 しかし、これは冒険者の間で賛否を呼んだ。

 彼らの多くはエリアダンジョンを「作業員のための施設」と称し「本物の冒険者は行かない」などと批判され”養殖ダンジョン”と揶揄されもした。


 従来のダンジョンは、長い年月をかけて魔石鉱脈の跡地に魔物が集まり、自然に形成されたものだ。

 魔物が蓄えた宝を求めて冒険者たちは命を賭して潜り、そこに挑戦する価値を見出していた。


 ガヴィーノはその批判に対して「安全を重視して何が悪いのか」と反論して譲らなかった。

 かつて大勢の仲間たちを失った悔しさが、人工ダンジョンの研究に没頭した理由でもある。


 むしろ人工的に管理されたダンジョンは、魔物の生態観測や新たな魔法開発のために理想的な環境を提供する場だと考えていた。


 ガヴィーノから見れば、エリアダンジョンは効率的で実用的な施設である。

 作業員で結構ではないかと、ガヴィーノは考えていた。


 今でも、希少な魔石や高レベルの魔物の調達は外注に頼らざるを得ないことは確かだ。

 しかし、それ以外のことは自前のエリアダンジョンで賄えるようになってきているし、冒険者の死亡率も目に見えて減少した。


 以上を踏まえて、なんの文句があるのかと、ガヴィーノは古い冒険者たちに言い放ってきたのである。


「エリアダンジョン」は三つの主要施設で構成されている。

 まず、人工魔石エリアは人為的に生成された魔石が豊富に集まる場所だ。


 次に、管理魔獣エリアは飼育・制御された魔獣が生息し、観察や戦闘訓練に適している。

 そして、疑似ダンジョンエリアは自然のダンジョンを模した環境で、冒険者の訓練や新魔法の実験に用いられる。


 ギルドが何百年もの間、ほとんど姿を変えなかったのは、冒険者が有事の際に兵士としても重宝されてきた歴史があるためだ。


 だが、新しい時代においては、冒険者の役割もまた変化を求められていた。

 エリアダンジョンはそうした変化を象徴する存在であり、ガヴィーノはその可能性を信じて疑わなかった。


 ☆☆☆


「――ところで、ソレはなんだね?」

 ガヴィーノはレイの肩に乗っている真っ白な小魔獣を見下ろし、興味深そうに訊ねた。


 その小さな体には、純白の毛が柔らかく輝いており、首には小さなコインを下げた革紐がちらちらと見えている。


「ああ、()ですか」

 レイは微笑みながら小魔獣の頭を軽く撫でた。

「ちょっとした偶然で東方の禁具が手に入ったものですからね。改造を施して、彼に試して貰っています」

 小魔獣は欠伸をして、小さなコインを揺らしていた。


 ガヴィーノはその説明を聞き、もう一度小魔獣に目をやった。

「ふうん。可愛いものだね。白い雷獣なんて見るのは初めてだ」


「ダニエルくんです」

「ダニエルくん?」

 ガヴィーノの眉がわずかに動く。


「まさかな……」

 小魔獣――ダニエルはレイの肩で耳をピクリと動かし、首を傾げてガヴィーノを見つめていた。


 ☆☆☆


 ギルドに足を踏み入れると、そこにいる冒険者たちがざわめき始めた。

 視線が一斉に集まり、低い声で囁き合う音が聞こえる。


「おい、見ろよ……あれ、黒街魔王――ガヴィーノ・デル・テスタじゃねえか」

「まさか、冒険者に復帰する気か?」


 ガヴィーノが視線を無視してギルドの受付へと進むと、隣で耳をそばだてていたレイが訊ねた。

「黒街魔王? それってなんですか? 先生の異名ですか?」


 ガヴィーノは軽く肩をすくめて笑った。

「まあ、ニックネームみたいなもんさ。二つ名ってのは便利なんだよ。覚えやすいし、依頼を受けるときにも名前がある方が仕事が取りやすい」


「へえ、でも自分で名乗ったりするんですか?」


「そんな格好悪いことはしないよ。自然に定着するんだ。名付けるのが上手い奴がいて、噂話なんかでいつの間にか広まるんだよ。私の場合は、黒魔法大権威になってからも冒険者を続けていたから、そう呼ばれるようになったんだ」


 レイは感心したように頷いた。

「なるほど、冒険者の世界にも独自のルールがあるんですね」


「そういうことだ」とガヴィーノは受付に登録書を差し出した。

「名が売れるってのは、そう悪いことじゃないさ」


 ☆☆☆


「黒街魔王、何しに来やがったんだ? ありゃ、娘か?」

 ギルドの奥から野太い声が響いた。

 ガヴィーノとレイに注がれる冒険者たちの視線には、好奇心と警戒心が入り混じっている。


 ガヴィーノは肩を竦めて苦笑した。

「久しぶりに来たが、この辺りも随分と変わったな。私の時代だと、こういう研究エリアの人工ダンジョンなんて、養殖ダンジョンと呼ばれて馬鹿にされたものだが」


 ガヴィーノはギルド内を見渡し、許可は取っているのだろうが、外部からの冒険者たちが大勢流れてきていることのを確認し、時代の変化を実感していた。


 レイが苦笑しながら相槌を打った。

「天然ダンジョンなんて、そもそも危険すぎますよ。私も何回か潜ったことがありますけど、崩落して危うく死にかけたこともありますし。あんなもの、運が悪ければ簡単に命を落とします」


「冒険者の意識も変わってきたというわけか」とガヴィーノは頷いた。

「近頃はエリアダンジョンでの就職を目指す若者も増えている。時代の流れだな」


「実際、合理的ですよね。魔物の捕獲や魔石の採取を外注すれば高くつきますけど、専用のダンジョンで取得したものにはほとんどコストがかからない。もちろん、管理や運営、専属冒険者の人件費はかかりますけど、それでも外注に比べればタダみたいなもんです」


「そうだな。今では、外部のダンジョンはランク別で管理されている。レイが暴食の槍を見つけたダンジョンなんかは、かなり高いランクに設定されているだろう。地元の最上位冒険者たちが同行したのなら、間違いなくSランクだ」


「それでは、海賊魔王のダンジョンなんかはどのくらいのランクになるんですか?」

「攻略不可能とされているから、ランク付け自体がされていないと思う」


「ランク付けがない? じゃあ、セリナって実はすごい冒険者だったりするんですか?」

「いや、実際すごいだろ。大権威が自らダンジョンに潜るなんて、そうそうあることじゃない。私自身は元々冒険者だったからこそ続けられたことだが」


 レイは興味深そうに訊ねた。

「ところで、エリアダンジョンで働く冒険者って外部では何と呼ばれているんですか?」

 ガヴィーノはからかうような笑みを浮かべた。


「養殖冒険者」

 レイが驚いた表情を見せる。


「やだ。先生、嘘ばっかり!」

「あははは。本当だぞ」

 ガヴィーノとレイは声を上げて笑いだした。


 その姿を見ていた周囲の冒険者たちは、本当に娘かもしれないと、再びざわめき始めた。


 ☆☆☆


「大権威が冒険者登録すると、いきなりSランクからなんですね。私、B級しか持っていなかったのに良かったのかしら?」

 レイが驚いたように言った。


 ガヴィーノは肩を竦めた。

「ただ、ランクアップの楽しみはないがね。まあ、君のような研究者にとって、冒険者としてのスリルや達成感はさほど重要ではないだろうから問題なかろう」


「確かに、趣味でダンジョン探索を楽しむわけではありませんからね」

 レイは苦笑した。

「でも、最上位ランクなら外部でも内部でも、どこでも自由に潜れるのは魅力です」


 ガヴィーノは頷き、続けた。

「そうだな。Sランクの資格があれば、ほとんど全てのダンジョンへのアクセスが許可される。通常の冒険者が何年もかけて目指す領域に、一瞬で手が届くというわけだ」


 冒険者ギルドの受付に立つと、背後の扉が開き、ギルド長が現れた。

 歴戦の猛者らしく、顔には無数の古傷が刻まれている大男だ。

 彼は二人を見てニヤリと笑い、少しばかりの敬意を込めた口調で言った。


「これはどうも。新旧の大権威先生方がおそろいとは、珍しいことですな」


 その一言に、周囲の冒険者たちがざわつき始めた。

 ギルド内の空気が一瞬で変わり、視線が二人に集中する。

 だが、ガヴィーノとレイはその反応を気にも留めず、静かに階段を上がり始めた。


「応接室へどうぞ」

 ギルド長が先導するように案内する。


 二人は古い木造の階段をゆっくりと上り、ざわつく冒険者たちの声が徐々に遠ざかっていく。

 その足取りは、まるでその騒ぎすら計算済みであったかのように落ち着いていた。


 ☆☆☆


 応接室の扉が閉まり、ギルド長は大きな溜息をついて重苦しい空気を破った。

 その顔には焦りと困惑が浮かんでいた。


「ガヴィーノ。問題が起きた。エリアダンジョンが異世界へ繋がったかもしれん」


 その言葉にガヴィーノの目が見開かれた。

 彼の表情からは驚きと好奇心が交錯しているのが見て取れる。


 かつて冒険者として数多くの危険を乗り越えてきた彼にとっても、ダンジョンが異世界に通じるなどという事態は常識外の出来事だった。

 周囲の関係者たちも同様に騒然とし、顔を見合わせて困惑を隠せない。


「異世界への通路だと?」

 ガヴィーノは眉を寄せ、真剣な眼差しでギルド長に問いかけた。

「ウーゴ。確かなのか? ただの魔力磁場の乱れではなくて?」


「それが事実なんだ」

 ギルド長ウーゴは苦渋の表情で頷いた。


「向こう側に探索隊を送り込んだのだが、見たこともない生態系が広がっていてな。どうやら一時的な異常ではなく、恒久的な通路が開いてしまったかもしれん」


 周囲に緊張が走る中、一人だけ異様な雰囲気を放っている者がいた。

 レイだった。


 彼女の目は興奮に輝き、口元には抑えきれない笑みが浮かんでいる。

 その様子はまるで新しい冒険が始まるのを待ちわびる子供のようだった。


「すぐに行きましょう」

 レイが突然声を上げた。


「エリアダンジョンが異世界へ通じるなんて、聞いたことないです。もう行くしかありませんね。今すぐに!」


 その無邪気な喜びと高揚感に満ちた声が、応接室の重苦しい空気を一瞬にして変えた。

 困惑と恐れで固まっていた関係者たちは、一斉にレイに視線を向けるが、彼女の瞳の奥に宿る輝きは揺るぎない。


「この事態を好機と捉えるか、災厄と捉えるかで、これからの対応が決まるな」

 ガヴィーノが口元に手を当てて考え込みながら、レイの反応に苦笑を浮かべた。

「ウーゴ。これが次世代の魔法使いというやつだ」


 レイの瞳は、今まさに始まろうとしている未知のフィールドワークに向けて、輝きを増していた。

「もちろん、吉報です。これで、今まで机上の空論だとされていた”ゲート理論”を実証できるのですから!」


「なるほど。大権威になる人間というのが、どういうものか思い出したよ」

 そう言ってウーゴは笑った。

 お読みいただきありがとうございました。

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