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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第四章 怠惰な王冠
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62話 真層時代 3

 これは、いかん。イカだけに。いや、クラーケンか。

 ゲソ――ではなく触手を見てると、炙ったゲソに醤油垂らしたやつが頭に浮かんでくる。

 寝起きに、美女に海産物にと、刺激物が多すぎやしないか。けしからん。


 ああ。くそ。和朝食が食べたい。

 味噌汁とご飯と焼き魚と――白菜の浅漬けがあれば最高!

 身体はもうないのに!


 しかし、なんだな。

  魔王という天敵がいないと、こんなことになるのか。

 クラーケンは言うまでもなく海での最強捕食者だけれど、どんだけ魔物を取り込んでいるんだ。こいつは。


 それにしても、すごい爺ちゃんがいたもんだ。

 寸前まで相打ち覚悟でやり合っていただろ。

 ここまでの勇士は、滅多にいるもんじゃない。


 暁月さんは回復専門じゃないから、大まかな治療しかできないが……


 ――第七階層聖魔法 健康診断 要検査項目 該当者バージョン 回復モード。


 疲労骨折が数カ所に、高血圧。薄毛は治らないけど、腰と膝の関節痛も治しておくか。

 肩凝りに、慢性疲労。ストレスが堪って、イライラすることも多い感じ。

 そら、禿げるわ。


 魔力が枯渇しそうだから、海中のマナを循環させて、精神安定魔法もプラス。

 あと、ちょっと呑みすぎだな。歓送迎会でもあったのか?


 肝臓も回復させて……と、こんなもんかな。

 よし。かなりイイ感じ。


「おい。雷オヤジ。まだ、具合悪いトコロあるかってよ」

「なにを――もう私の命は……ありゃ??」

 ビクトルは立ち上がって肩を回す。

「肩も腰も痛くない。胃腸もすっきりしとる。なんじゃ? これ?」


 ついでに暁月さんの体も診ておくか。


 うわ!! これ酷いな!

 ――呑みすぎですよ! 暁月さん!


「え? す、すまん」

 ――休肝日! 休肝日を設けて下さい!


「わ――わかった」


 ☆☆☆


 このお爺ちゃんの戦術は悪くない。というより、これより他に取れる方策などないだろう。

 範囲結界で囲い込んでの、最大火力で集中砲火。

 僕もこれでいこうか。


「我が名は、ラザロ・リヴァイアサン。海賊魔王。権能は"豪運"」


 ラザロの声が響くと同時に、空間に亀裂が走るかのように、その周囲の現実が歪んでいく。

 ノクスの凄まじい攻撃がラザロに向かって放たれる。


 黒い影の如き攻撃が空間を引き裂き、あらゆるものを飲み込もうと迫ってくる。

 だが、ラザロは一歩も退かない。

 冷ややかな瞳を半ば閉じ、腕を悠然と広げた。


 ――真層(しんそう)第一階梯(かいてい) 無限境界。


 真層第一階梯は禁術四十階層に相当する。

 この世界の秩序と魔法の概念を大きく外れた、超越者による本気の破壊と再生の世界創造である。


 一瞬の静寂が訪れる。


 次の瞬間、ラザロの周囲に無限の可能性が広がるかのように、空間がゆっくりと螺旋を描き始めた。

 時間と空間が捩じれ、結界内の事象そのものが溶け出す。


 ノクスの攻撃は直線の軌跡を失い、怨念と超重量、闇魔力の融合したエネルギーは空間の裂け目に飲み込まれ、無に帰す。


 その瞬間、全ての法則が崩壊した。

 重力は消失し、光も音も無限に広がる歪んだ空間に飲み込まれる。

 ノクスの凶悪な攻撃、あらゆる防御――それらは全て無意味となった。


「……この結界世界は僕の意図に従うものとする」


 ラザロが静かに宣言すると、その手のひらに小さな光の粒が集まり始めた。

 光の粒は次第に広がり、やがて巨大な球体へと変わる。

 それは、現実そのものを支配する力の象徴――無限の可能性が結集されたものだった。


「これが、無限の選択肢の中から、僕が選んだ結末だ」


 ラザロの意図した通りに、結界内の世界が再構築されていく。

 ノクスの体はまるで無数の糸で引き裂かれるように崩れ始めた。


 物理法則が歪み、ノクスの再生力ですら無力になる。

 クラーケンの巨大な触手が悲鳴のように波間に揺れるが、それもやがて消えていく。


 ラザロは悠然と空間を支配し続ける。

 全ては、豪運の権能によって、彼の意志通りに運命が動くのだ。


 ノクスが凄まじい雄叫びと共に、海を引き裂くように再び浮上してくる。

 触手が空を切り裂き、怒涛の波が聖域の周囲を打ちつける。

 闇が濃密に集まり、邪悪な気配が辺りを支配する。


 ☆☆☆


 驚いた。

 再生能力が物理限界も、魔法生物限界をも超えているぞ。

 魔力でも物理でも、結界世界で豪運をもってしても再生するのか。


 頂点捕食者が、ここまで強くなるとか冗談だろ。

 凄まじい野望が成せる業なのか――


 こいつを、ここで仕留めないと人類自体が滅びる危険性がある。

 上陸を許して、そこで適応でもされれば魔王がいない世界で、対処できる術はない。


 ヤバい。ヤバい。これはマズい。

 人類が詰む。


 まあ、化け物レベルでいえば、僕の方が遙かに――

 あーあ。

 犠牲にしてきたものを思いだすとシンドイなあ。


 ☆☆☆


「――覚えた。真層第一階梯……これか。ついに、至った。我、勝てり」


 ビクトルと剣禅の顔が真っ白になった。

「なんだと??」


 ――覚えた? って、なに? は? え? どういうこと??

 怠惰な王冠のなかのラザロも叫んだ。


「聞いたままよ! こいつは、待っていた! 魔王の遺物が禁術階層の更に深奥の魔法を行使するのを!」


「待て! それじゃあ、こいつはもう――」

 剣禅がビクトルに訊く。


 ビクトルは流れ出る汗を拭いもせずに言った。

「……魔王階層」


 ――はあ?! ちょ……ちょっと待って!! そんな馬鹿な!!

 ラザロが絶叫した。


 ノクスが真層に至った瞬間、世界が不吉に震えた。

 邪神の姿を覆う闇は急激に膨張し、その中で凄まじい魔力が渦巻いていた。


 まるで生き物のように脈打つ黒い霧が周囲を這い、空間を歪ませていく。

 気配が変わった。

 禍々しい邪気が辺りを支配し、その場にいるすべてのものに絶望的な予感を与える。


 ノクスの顔に、不気味な笑みが広がった。

 邪神の目は狂気と欲望に満ちており、邪悪な嗤いがその唇から漏れ出す。

 静かな空気を切り裂くように、邪神の嗤いは次第に大きく、歪んでいく。


「ぐははははははははははははははははははははははははははは!!!!」


 まるで世界そのものが悲鳴を上げているかのように、大地が震え、空気が歪み、次第に全てが暗黒に染まっていく。


 ノクスの目がぎらぎらと狂気に輝き、その手から放たれた魔力が渦を巻くように膨張する。

 暗黒の霧が空間を包み、足元から広がっていくその異質な気配に、剣禅とビクトル、海賊魔王の魂は戦慄を覚えた。


 その笑い声は、まるで呪詛そのものであった。

 海上中に響き渡り、周囲の空気を凍らせる。


 ノクスの口元がさらに大きく裂け、その目は輝きながらも底知れぬ闇を映し出していた。

 邪神の力が真層に至ったことを、そしてその絶対的な支配を誇示するかのように、全身から悪意が溢れ出す。


「見ろ……これが、至高の力だ。真層に至り、余が全てを手にした今、貴様らは何もできぬ……!」


 ノクスの言葉には、圧倒的な自信と狂気が宿っていた。

 その声は重く、響くたびに大気が震え、海が波打つ。


 ノクスの周囲には次々と暗黒の裂け目が生じ、世界そのものを侵食していった。

 現実が崩れ、虚無が広がっていく様は、終焉を象徴するかのようだった。


「全てが、余の前に屈服する……!」


 ノクスの嗤いは、やがて凄まじい雄叫びへと変わる。

「哀れなり! 世界!! これよりは、我が眷属が全世界を支配する!」


 膨れ上がる力に酔いしれた邪神は、全触手を天に掲げ、絶対的な勝利を確信したかのようにその姿を誇示した。

「滅びよ。人類」


 ――真層第一階梯 奈落の劫滅(ごうめつ)


 ビクトルと剣禅の周囲に不気味な気配が満ち、世界そのものが溶け崩れていく。

 黒い渦が空間を引き裂き、全てを呑み込もうとする。

 周囲の空間は既にノクスの力に支配され、そこにいるだけで肉体が引き裂かれるような痛みが二人の体を襲う。


「こ、これは……!」


 ビクトルが苦悶の声を漏らした。

 身体はすでに闇に侵食され、動けば、体が削ぎ取られていくかのようだ。


 肌が焼けるような感覚が広がり、まともに息をすることさえ困難なほど、異様な圧力が加わっていた。剣禅もまた、冷たい汗を感じながら、体を支えるのがやっとだった。


 その時、闇は一気にその勢いを増し、周囲の全てを飲み込む渦へと変わった。

 世界そのものが、終わりへと向かって収束しているかのような感覚に二人は支配された。

 無限に繰り返される破滅の予兆が、押し寄せる。


 剣禅がなにかを叫ぶが、その声も渦の中に飲み込まれ、かき消されてしまう。

 彼らの足元から這い上がるようにして、黒い闇の触手が巻き付き始め、まるで無限に続く地獄へと引きずり込むかのごとく、二人を捕らえていく。

 闇の中では時間の感覚も失われ、無限の破滅が続くかのような錯覚が広がった。


「ここまで戦った褒美だ。無限の死を――我が体内にて味わうがいい……永遠に」


 息が詰まるような重圧が二人を押し潰し、どれだけ藻掻いても闇の力はさらに強くなるばかりだった。

 その暗黒の中で、彼らの視界は次第に曖昧になり、肉体の感覚すら奪われていく。

 目の前で崩れ落ちる現実、そして迫り来るのは――無限の絶望であった。

 お読みいただきありがとうございました。

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 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

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