61話 真層時代 2
「世界の命運が掛かっている時に、惚れた腫れたで、所有者選んでんじゃねえ」
目覚めて早々、お侍さんがブチ切れている。
アレ?
魔王の遺物って、所有者を選べるシステムじゃなかったっけ?
まさか、王冠の所有者選びでここまでブチ切れるとは思わなかった。
言い返せる雰囲気じゃない。
仕方なく「すいません」と僕は口にした。
お侍さんは苛立ちを堪えながら、三人の巫女を呼んだ。
真ん中の最も高位であろう巫女は涼しげな顔で、二人の巫女とともに神々しい気配を纏い近づいてくる。
僕はその姿に息を飲んだ。
いや、この人も相当キレイだぞ?
どうなってるんだ、今の世界。
美人ばっかりじゃないか。
「海賊魔王さまのご専門は、水魔法ですか?」と、隣にいた巫女妖精が問いかけてくる。
――使えないことはないですが、専門は聖魔法です。
念波は通じるようだ。
「へえ、聖魔法……今は白魔法って呼ばれていますよ」
――では、他の魔法も色で分けられているんですか?
「闇魔法は黒魔法と呼ばれています。白と黒、二つですね」
黒魔法か……僕の時代でいうとあの魔王の……。
もしかしたら、僕らの時代以降、闇魔法を体系化したのは後の魔王かもしれない。
――獣化状態を治せば良いんですね?
「できますか?」
――ところで、その魔具、違法じゃないんですか?
「違法ですよ。あのインチキ商人が持ち込んで、そこの人魚が弄った結果がこれです」
巫女は虎人形態の男を憎々しげに指差した。倒れている姿が痛々しい。
――人魚さんが……なるほど。じゃあ、少し魔力回路を借りますよ。
お侍さんが、梅鶴さんの頭に、ひょいと僕――こと怠惰な王冠(ひどい名前だ)を載せた。
梅鶴さんの魔力を感じる。
これは――精霊の加護を得ている?
――ひょっとして、この人は、月読みの巫女? まさか本物か?
月読みの巫女とは、生まれながらに精霊の加護を受けた聖女だ。
「――ああ……ええと……みんな、ぼくのこえが、きこえますか?」
お侍さんを見ると頷いている。
「あ゙あ゙あ゙あ゙……よし。シンクロ率は悪くない――ちょっと、梅鶴さんの体をお借りしています」
「さすが、精霊に愛されている巫女だけあるなあ」
魔力回路がハンパじゃなくスムーズだ。
なんて快適な体なんだろうか。
「とりあえず、獣化を解きましょうか……いや、ちょっと待ってください」
僕は急いでパンダの側に駆けていくと、腹を何回か撫でた。
うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。
モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモ……
よし! モフモフ成分、充電完了!
「聖魔法――久しぶりだけど大丈夫かな? まあ、聖域だし、月読みの巫女だし。やってみようか……」
――第九階層 聖癒還元。
淡い光が獣化した冒険者たちを包み込み、その呪われた肉体と魂に刻まれた呪いをゆっくりと解きほぐしていく。
ステータスを正常化し、異常状態や変異を解除する高位魔法。
淡い光が獣化された冒険者たちに向かって流れ、彼らの肉体や魂に刻まれた獣化の呪いを解きほぐしていく。
光が彼らを浄化し、元の姿へと戻る瞬間、表情が明らかに柔らかくなっていった。
聖魔法の素晴らしいところは、状態異常を正常に戻すだけでなく、心も癒やしてくれる点だ。
怒りや悲しみに囚われている心も、この聖なる癒やしの光によって解きほぐされていく。
穢れが浄化された後は元の状態に戻ると同時に、彼らの表情も軽く穏やかになる。
何度もこの魔法で人々を救ってきたが、いつもこの瞬間がとても嬉しい。
☆☆☆
「――ってコトで、今度は上でしょ? この大きさだと……クラーケンかな?」
僕が言い終わるや否や、頭上から低く響く轟音が耳に届く。
巨大な生き物が水中で暴れる音が、聖域の壁を通して反響していた。
神殿が微かに揺れ、海の気配が頭上からずしりと感じられる。
邪悪な気配が漂っていた。
海の波動がクラーケンの巨大さを知らせてくる。
「ああ、わかるのか?」
暁月剣禅が横目で僕を見ながら尋ねた。
お侍さん――は、暁月剣禅と名乗った。
日本人なんだろうか。
いや、異世界だからな。
おそらく違う形での日本人ということなんだろう。
「まあ、これでも元魔王ですからね」と、僕は少し苦笑しながら答えた。
しかし、沈んでいるとはいえ、聖域の上の海でクラーケンなんかに好き勝手に暴れられてると思うと、苛立ちがこみ上げてくる。
僕が支配していた時代なら、こんなことは絶対に許さない。
聖域自体には手出しできないだろうが、それでも元支配海域で暴れられていると思うと、腹が立って仕方がなくなってきた。
「聖域の上で暴れられてるなんて、正直ムカつきますね」
「今度はわしの頭に乗るか?」
暁月剣禅が軽く肩をすくめて言う。
「ええ、お願いできますか?」と僕は返事をしつつ、頭上の気配に意識を集中する。
クラーケンの邪悪なオーラが一層強く感じられた。
誰かがクラーケンと戦っているが、長くは持つまい。
相当な手練れだが、疲労がたまっている。
「頼みたいのは寧ろ、わしの方よ。しかし、そのナリで行くのか?」
剣禅が梅鶴さんの頭上の僕を見上げながら少し笑う。
「形なんて、わけないことですからね。好みの形に変わりますよ」と僕は胸を張る。
「よし! 行こうや!」
僕は剣禅の頭に載せられると、瞬く間に形状を変えていった。
儀式用の王冠型から、龍の角を模した形へと姿を変え、剣禅の頭にしっかりと装着していく。
左右に伸びた二本の角が、力強く天を突き上げるように曲線を描き、神秘的な光を放つ。
兜型にしようかと思ったが、海上の戦いでは軽い方がいいだろう。
「龍の角か……これは、見事」
剣禅が頭を軽く動かしても、王冠はまるで彼の一部であるかのようにしっかりとフィットしている。
「侍は格好良くなきゃダメでしょうよ」と僕は言った。
☆☆☆
――第二十四階層禁術 雷霆封界陣。
ビクトルが叫び、辺りに雷の結界が展開される。
無数の雷光が空間を縫うように走り、逃げ場をなくしたノクスを包囲する。
――第二十六階層禁術 鳴神絶空砲。
ビクトルの咆哮とともに、大気が震え、雷の砲撃がノクスへと突き刺さる。
その巨大な触手が裂け、肉体の大半が光に飲み込まれて消し飛んだ。
海面が沸騰するように激しく泡立ち、周囲を巻き込む衝撃波が押し寄せる。
「――終わりか?」
ノクスの声が海底から響いた。
水中に漂っていた肉片が、すぐに再生し始める。
溶けた肉が渦を巻きながら集まり、再び巨大な姿が形成されていく。
その様子を見ながら、ビクトルは息を荒くして、海面に膝をついた。
「おのれ……おのれ、おのれ!」
牙をむくように呪詛を吐き、全身を振るわせる。
「こうなれば、刺し違えてでも……!」
しかし、その時。
「待たせたな」
剣禅の冷静な声が、戦場の緊張を一瞬で塗り替えた。
龍の角を模した王冠をかぶり、剣禅が前に進み出る。
「手に入れたぜ。怠惰な王冠!」
剣禅の瞳が鋭く輝く。
剣禅が太刀を構えた瞬間、稲妻のような輝きが一閃し、空間が震えた。
☆☆☆
「遅いぞ! 剣禅!!」
海上に出たみたいだな。
やっぱり仮契約だと、シンクロが時々切れるんだな。
――と呑気に考えていたら、頭から電流を迸らせた、鬼のような形相のお爺ちゃんが怒鳴りつけてきた。
これはイケない。
人魚を指名して、パンダをモフってましたなんて言ったら、死ぬほど怒られること間違いなしだ。
まあ、ちょっとだけ本気を出してみようか。
それにしても……海面をのた打つクラーケンの触手を見て、僕は思った。
「あ。イカ墨パスタ食いてえ」と。
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