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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第四章 怠惰な王冠
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59話 怪物たちの海 17

 ――第九階層 お洗濯魔法“超特大洗浄モード丸ごと洗いデラックス”。


 セリナが水面を切り、人魚の姿で優雅に泳ぎながらノクスに近づくと、鮮やかな手つきで頭上から洗浄液と竜巻を放り投げた。


「――な? なんだ……コレは。グオエエエエエエエ!」


 巨大な邪神ノクスが苦しそうにのたうち回り、その巨体がもがくたびに海面が激しく波立つ。


「ああ、やっぱり効きましたねえ!」

 セリナはにっこりと笑うと、誇らしげに胸を張りながら説明する。

「鏡水さんのぬるぬる汚れを分析して、一番効果的な調合洗剤を急遽開発してみましたあ!」


 剣禅もビクトルも目を丸くして、ノクスの暴れる姿を凝視した。

「ビクトルじいちゃん! ちょっと、この海獣、止められますか?」


「どれくらいだ?」

 ビクトルは眉をひそめる。


「二十分?」

 セリナは軽く聞いてみるが、ビクトルは即座に反応する。


「長い!」


「じゃあ十分で!」

 セリナが再度提案する。


「よし!」

 剣禅が苦笑しながらセリナに目を向けた。

「おう、セリナ。今さら何をしようってんだ?」


 セリナは意気揚々と指を振る。

「決まってるでしょ! ちょっと海底神殿まで付き合ってください!」


 剣禅は驚愕の表情でセリナを見つめる。

「は? 今!? 何しに!?」


「だから! 海賊魔王の遺物を取ってくるんですって!」

 セリナは軽快に言い放ち、海の彼方を指差した。


「……付き合わされるのか、これは……」


「ああ! おじいちゃん。ローブありがとうございましたア!」

 セリナがビクトルにローブを返し、にっこりと笑う。


 ビクトルはセリナの調合した洗剤でのたうつ邪神を眺め、苦笑を浮かべた。

「やれやれ……どうしようかのう」と言って、禁呪を唱え始めた。


 ☆☆☆


 神殿に続く聖域のなか、延々と続く回廊に剣禅とセリナは降り立った。


 人魚形態のセリナの全身を、透明な波紋が包み込んでいる。

 優雅に宙を泳ぎ、剣禅を案内するように回廊を進む。


 海上から降り注ぐ光は、波間に揺られながら絶えず降り注ぎ、回廊全体を青白い輝きで満たしている。

 回廊は果てしなく長く、遠くにぼんやりと見える神殿まで、永遠に続くかのように見えた。


 巨大な柱が並び、天へと伸びるかのようなその大きさは、自然の力と神の意志が結集したかのような壮大さを誇っている。

 光に包まれた回廊の先には、神殿の金色の屋根が海面に輝き、海底へと降り立つ者たちを神聖な力で守護しているかのようだ。


 そして、逆方向の先に広がるのは、無数の建物が光の中で浮かび上がる、広大な海底都市だった。

 石造りの街並みは時の流れを感じさせつつも、そこかしこに散りばめられた珊瑚や海中の花々が色鮮やかに咲き誇っていた。


 剣禅は目の前に広がる光景に思わず足を止め、言葉を失っていた。

「これは一体――どれだけの規模の都市があったのか……」


 都市全体が穏やかな波に揺れ、建物の屋根や壁が海面からの光を受けて、まるで呼吸をしているかのように光と影を織りなしていた。


 剣禅とセリナは目の前に広がるこの幻想的な光景に呆然とし、息を呑むほどの美しさと神秘が、彼らの歩みをしばし止めてしまうほどだった。


 聖域に護られた神殿へと続く回廊は、まるで光そのものが編み込まれたかのように輝き、足元には美しい彫刻が施された石畳が延々と続く。

 その長さは果てしなく、神々しい光が回廊全体を包み込み、歩を進める度にその美しさが一層際立っていく。


 回廊の先には、まるで天と地が逆転したように、壮麗な神殿が海底にそびえ立っていた。

 柱はどこまでも高く、複雑に絡み合った装飾が光に照らされ、神殿全体が黄金に輝いている。


 剣禅はその光景に魅了されながらも、海賊魔王の遺物が隠されているという聖域の存在感をひしひしと感じ、次第に緊張が高まっていった。


「一旦、入場できた人間にはパスができるってことか。わしは良かったのか?」

 剣禅が独り言のように呟くと、セリナは笑いながら答えた。


「オマケされたんじゃないスか?」

 まったく論理的ではないセリナの答えに、剣禅は妙に納得してしまって微笑した。


 ☆☆☆


 神殿の入り口付近は、激しい戦闘の場と化していた。

 李は虎人形態に変わり、猛獣のような力強さで冒険者たちに襲いかかっている。


 筋肉が膨張し、鋭い爪を持つ手が振り下ろされるたび、岩を砕くような衝撃が回廊を揺らす。

 その鋭い目は怒りに燃え、あたりを圧倒する威圧感を放っていた。


 双剣使いディエゴは半魚人化しており、しなやかな身体で李の猛攻をかわしながら、鋭い剣を閃かせて反撃していた。

 半透明の鱗が陽の光を反射し、剣を振るうたびに水飛沫が舞う。


 だが李のスピードに対抗するには限界があった。

 彼は呼吸を整えながら、一瞬の隙を狙っていた。


 その背後で探索者ロベルトは「深海の羅針盤」を握りしめ、神殿の扉を解錠しようと奮闘している。


 彼の顔には焦りの色が濃く、複雑な仕組みを前にして何度も試行錯誤を繰り返していたが、扉は固く閉ざされたままだ。

 海底の水圧に耐えられる特殊な結界に阻まれ、解錠作業は容易ではなかった。


 羅針盤の針は不規則に揺れ、海流に翻弄されているようだった。

 ロベルトは歯を食いしばり、あらゆる角度から試してみる。


 時折、爪の鋭さが金属の音を立てて羅針盤に響く。

 背後では戦闘の音が響き、焦りは増すが、答えはまだ出ない。


 一方、水魔法使いアドリアナは半分水鳥化しており、軽やかに空を飛びながら李の攻撃を受け流していた。

 彼女の羽毛は水を纏い、光を浴びて虹色に輝く。

 李の猛攻に対して素早く水の壁を形成し、冒険者たちを守っているが、彼女も限界に近づいている。


 召喚士イサベルは下半身を蛇化しながらも、涙を流しながら次々と小海獣や海虫を召喚し続けていた。

 恐怖に震えながらも、召喚された生物たちは李に向かって勇敢に立ち向かうが、彼の一撃で次々と倒れていく。

 それでもイサベルは決して諦めず、泣きながらも魔法陣を描いては新たな生物を召喚していた。


 梅鶴は両腕を鶴の羽に変え、涼しい顔をしながら補助魔法を発動していた。

 彼女の周囲には神聖なオーラが漂い、仲間たちの能力を引き上げる力が宿っている。

 羽ばたきのたびに清涼感をもたらし、彼女の落ち着いた表情は、戦場の緊張をほんの少し和らげる。


 さらに二人の巫女、蜜羽と揚羽は、半精霊化し、透明な姿で神聖な符術を行使していた。

 彼女たちの姿はまるで水の中に溶け込むようで、見え隠れするかのような透明な存在感だった。

 符が空中に浮かび上がり、次々と神聖な文字が輝きを放って敵を弱体化させる。


 激闘の中、それぞれが自分の役割を果たしながら、死闘を繰り広げていた。

 神殿の入り口は、彼らの闘志と魔法がぶつかり合い、幻想的な光景と化していたが、時間は限られていた。


 乱れる荒い息を吐いて、李は駆けつけた二人を見た。


 落ち着いた紺色の着流しの下には黒袴。腰には打刀と脇差しの二本差し。

 侍が抜き身のまま手にしている長大な刀剣。


 おそらく、雷神ビクトル・マッコーガンが加護を施した刀。

 少なく見積もっても大業物の価値はあるだろう。

 あれが”大典太蒼雷”か。


 その刀身は、青い稲妻が宿っているかのような幻想的な輝きを放っていた。

 大典太蒼雷を前にしてみれば、今まで自分が目の色を変えて商ってきた魔具のなんと矮小なことよ。

 あれほどのものを扱えるだけの器量は自分にはないだろう。


 美しい人魚形態のセリナを従えた五騎士最強の剣士。

 暁月剣禅。


 ――これは勝てぬ。

 佇まいが違う。風格が違う。格が違う。


 李はここで完全な敗北を確信した。

 この侍と戦えば一刀の下、我が命は尽きるであろう。


 ☆☆☆


「あ! なに手間取ってンスか! 早いトコ、皆で寄って集ってボコボコ作戦しないと!」

 セリナの声が響き、彼女の言葉に半魚人化した双剣使いディエゴが応じる。

「言い方ア!」


 神殿のすぐ外では、李虎覇が追い詰められていた。

 虎人の彼であっても、半獣化した上級冒険者たちと、梅鶴と二人の巫女を相手にするのは分が悪いようだった。


「おい。竹熊はどうした?」

 剣禅が問いかけると、梅鶴が指差した先には、白と黒の珍妙な生き物がゴロゴロと寝転んでいる。

「すっかり獣化してしまいまして……」


「パンダという……アレでも熊デスよ……」

 李が荒い息を吐きながら笑った。


「おう、趙さん――いや、セリナから聞いた本名は……李なんとかだっけ? まあ、どっちでもいいか」

「手足ぶった斬れば、色々教えてくれそうだよなあ」


「待ってください! 七大権威として、非人道的なことには反対するッス!」

 セリナが反対すると、剣禅は肩をすくめた。

「あのなあ、セリナ。お前の優しいトコロは好きだが、これはもう戦だぜ?」


「私が開発した禁術を使えば絶対、教えてくれるはずッス!」

 セリナが力説すると、剣禅が肩をすくめる。

「絶対ってお前さあ……」


「私が開発した途端、なぜか禁術処分になっちゃった魔法なんス。可哀想な魔法なんス」

「わかった。わかった。そんなに言うなら試してみろ」

「ありがとうございますう!」


 李は嘲笑を浮かべる。

「ははは。十やそこらの禁術レベルなら無駄ですよ。ワタシは――」


 ――第十五階層禁術 お前の水分 全部抜く……


「ちょっと待ったああああああああ!」

 李が目の色を変えて慌てだした。


「え? なんスか?」

「参りマシたああアアアアアア! 何でも聞いてくだサ――――イ!」


 その時、李の口から黒い触手がうねり出した。


 ――やはり、新参者はダメだな


 剣禅が眉をひそめた。

「ノクスか? おい! 聖域じゃなかったのか?」


 ――頼まれていた加勢。確かに届けたぞ。


 ――お前を眷属としてナ……


「予め仕込まれてましたねえ、邪神さん……コレは、ただの大きめの魚介類じゃないのでは?」


 セリナが尾ヒレを空中でパタパタ動かしながら持論を展開する。

 剣禅は「いや、皆、だいぶ前からわかってるぞ」と応じる。


 李虎覇の姿はもはや元の虎人とはかけ離れていた。

 両腕が巨大な黒い触手へと変化し、口からは言葉にならないうめき声が漏れ続ける。

 その眼はかつての知性を失い、完全にノクスに支配されていた。


 剣禅は一歩前に出て、太刀の柄を握りしめた。

「哀れなモンだ……権謀術数に溺れて、遺物を掠め取ろうとしてたんだろうがよ」


 触手と化した李は苦しげに蠢き、体を歪ませていたが、彼の内に残っていた意志はもう消えかかっているようだった。


 ☆☆☆


 ロベルトは「深海の羅針盤」を片手に、神殿の扉の前で焦りの色を隠せない。

 光を放つ回廊が背後に広がるが、目の前の巨大な扉は不気味に静まり返り、圧倒的な存在感で行く手を阻んでいる。


 ロベルトの右半身はリザードマンの形態に変わり、鱗が陽光に反射して艶やかな光を放っていた。

 しかし、その力強さとは裏腹に、彼の心は焦りと混乱で揺れていた。


「どうやって……くそっ、何が足りないんだ……!」

 ロベルトは苦々しい声でつぶやきながら、深海の羅針盤を回し続けている。


 羅針盤の針はまるで生き物のように振動し、正しい方角を指し示すかのように微かに動くが、扉はびくともしない。

 彼の瞳には苛立ちが浮かび、何度も何度も試行錯誤を繰り返す。


 羅針盤は深海の魔法で造られたもので、古代の技術を持つ神殿に反応するはずだというセリナの推測は外れているのか。


 ダメだ。とてもわからない。


 その仕組みは複雑怪奇で、まるで謎解きのようにロベルトを追い詰めていた。

 リザードマンの爪が扉にかけられ、感覚を研ぎ澄ませようとするが、何も感じ取れない。

「ちくしょう……ここまで来て……」


 汗がロベルトの額を伝い落ちる。

 リザードマン化した半身の鱗はしっとりと湿り気を帯び、呼吸も浅くなる。

 深海の羅針盤の中心には、不規則な模様が現れては消え、まるで焦りを反映しているかのようだ。


 ふと、ロベルトのなかで、リザードマンの直感が何かに反応した。

 羅針盤の針が微かに震え、ほんの一瞬、扉に向かって直線を描いた。


 左目を閉じて、リザードマンの右目で凝視する。

 ロベルトは息を呑み、その一瞬の動きを見逃さないよう再び羅針盤を操作した。

 すると、扉全体にうっすらと光が広がり、古代の符号が浮かび上がってくる。


 海魔の目を通してしかわからぬ符号。

 セリナはどこまでわかっていて、ロベルトに解錠を任せたのか。

 こんな解錠方法など、どれだけ考えを及ばせたところで思い至るわけがない。


 あるいは、まったくの直感であったのか。

 しかし、今はそんなことは些細なことだ。


「これか……これか! これだ!!」

 ロベルトの瞳に閃きが宿る。


 羅針盤の針を扉の模様とシンクロさせ、慎重に合わせると、微かに重々しい音が響いた。

 そして、ついに扉がゆっくりと開き始めた。


「よし……! よおし!! やった!! やったぞ!!」

 六百年。

 ついに海賊魔王の遺物の封印が解かれた瞬間であった。

 お読みいただきありがとうございました。

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 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

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