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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第四章 怠惰な王冠
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57話 怪物たちの海 15

 沖が巨大な魔物で溢れかえり、荒れ狂う海はまさにこの世の終わりを思わせる光景だった。

 暁月剣禅ですら、その恐ろしさに息を呑む。


「この世の終わりかよ……」


 海は見渡すかぎり巨大な魔物が溢れかえっていた――水竜、大蛸、巨大鮫が無数に現れ、波を裂きながら海岸へと迫り来ている。


 当然ながら、これを率いるは邪神ノクス。

 海の恐怖そのものの存在である。

 数多の触手が空を裂き、唸り声を上げながら海上を埋め尽くしていた。


 その中で、雷神ビクトル・マッコーガン――雷魔法の最高権威である小柄な老人が、戦場の中心に立っていた。

 猛虎のような鋭い目が、光りを帯びて、迫りくる魔物たちを睨めつける。


 ――第十八階層禁術 激剣(げきけん)


 ビクトルは呪文を唱えるや否や、手に現れた雷の剣を猛然と投げつけた。


 雷剣は空を裂き、眷属の一体を貫くと、すさまじい雷撃がその身を貫き、大きな爆発音とともに海上に電光が走った。

 巨大な水竜が雷に包まれ、苦しそうな雄叫びを上げながら海中に沈む。


 しかし、それはほんの序章に過ぎなかった。


 ――第二十階層禁術 悪激(あくげき)


 ビクトルは次なる禁術を唱え、両手を空へかざすと、範囲結界内に雷が連続して落ち始めた。


 ノクスの眷属たちは苦悶の叫び声を上げながら、次々とその場で崩れ落ちる。

 触手が断ち切られ、呪いの魔法も雷撃に飲み込まれ、塵と化していく。


 海の巨大な魔物たちは、いまだ雷を振り払おうと雄叫びを上げ、暴れ狂う。

 大蛸は触手を無数に伸ばし、ビクトルへ向かって襲いかかるが、ビクトルはそれを見据えたまま呪文を続けた。


 ――第二十三階層禁術 死の王。


 広範囲にわたる雷の攻撃が、一瞬で空を覆い尽くす。


 ビクトルが手を振り下ろすと、雷が次々と海に落ち、嵐のような音とともに魔物たちを叩き潰していった。

 眷属たちの巨体が次々と雷に焼き尽くされ、その苦しむ叫び声は凄まじいものだった。


 海は黒い煙で満ち、魔物たちが最後の抵抗を見せる中、ビクトルは微塵の動揺も見せず、冷ややかに手をかざした。


 ――第二十五階層禁術 冥界召喚。


 ビクトルが呪文を唱えると、周囲の視界全てが大範囲の雷撃に包まれた。


 海の巨大な魔物たちは、まるでその一撃に押しつぶされるように消し飛び、浜辺に打ち上げられるのは焼け焦げた遺骸だけである。


「デタラメ過ぎるわ!  あのジジイ!」

 剣禅は雷に照らされた戦場を見ながら、半ば呆然と口にした。


 雷神ビクトルの力は圧倒的で、あらゆる魔物の攻撃――触手も呪いも、おぞましい魔法も、すべてが雷に叩き落とされ、絶命していった。


 ☆☆☆


 浜辺へ駆けてくる鏡水。

 その鋭い眼差しは、先ほどまでの激戦を物語っていた。

 周囲に雷鳴が響き渡るなか、鏡水は戦場の中心にいた剣禅に近づくと、深く頭を下げて報告する。


「砦に潜入していた邪神めの分身体、仕留めましてございます」

 鏡水の言葉に、剣禅はゆっくりと頷く。


「うむ。大義であった。しかし、お主それは……」

 剣禅が鏡水の姿を見つめる。


 鏡水の衣服には、戦いの跡がありありと残されていた。

 仕方がないとはいえ、分身体の体液がかかって、強烈な匂いが立ちこめている。


「貴奴めの体液がかかり申した。如何ともしがたく……」

 鏡水は少し困惑気味に、汚れた服を見つめた。


 その時、セリナが軽快な足取りで近づいてきた。

「ああ、ちょっとそこに立っててください」


 鏡水は少し戸惑いつつも、セリナの指示に従って立ち上がる。

 セリナは手を掲げ、軽やかに呪文を唱え始める。

 ――第六階層 お洗濯魔法“洗浄モード最強”。


 次の瞬間、鏡水の身体に洗浄液と水流が勢いよく吹き付けられた。

 ゴウゴウと水流が流れ、鏡水の周囲には泡が立ち上がり、激しい水圧が身体全体を包み込んでいく。

 しかし、その激しさの中にも、妙な心地よさがあり、体の隅々まで浄化されていく感覚に、鏡水は驚きを隠せなかった。


 鏡水は目を閉じ、全身に走る滑らかな感覚を感じながら、戦いの緊張感が徐々に溶けていくのを実感していた。

 邪神の体液や戦いで付いた汚れが洗い流されるたびに、心まで軽くなっていくようだ。


「むむう……」

 鏡水は、これまでの激しい戦場では想像もできなかったこの瞬間を、静かに味わっていた。


 やがて、洗浄が終わると、泡がゆっくりと消えていき、水流も静まった。

 そこに立っていたのは、清潔な香りを纏ったきれいな鏡水が立っていた。


 衣服は完璧に洗い上げられ、鏡水の周囲には良い香りが漂っている。


「私の研究のメインテーマは生活魔法全般ッスから」

 セリナは誇らしげに微笑んだ。

 鏡水はその瞬間、深く感動していた。


「これは――感謝の言葉もござらん」

 彼は深く頭を下げ、セリナに感謝の意を伝える。


「後で砦の掃除をお願いしたい」

 鏡水の言葉に、セリナは軽く頷いて返した。

「いいッスよ」

 セリナの返事に、鏡水はさらに深く礼をする。

(かたじけな)い。本当に助かり申す」


 ☆☆☆


 剣禅は海を背にし、真剣な面持ちで鏡水に訊ねる。

「よし。邪神めの分析を報告せよ」

 鏡水は一礼し、端的に報告を始めた。


「は。邪神めはクラーケンの更に亜種にございましょう。単なるクラーケンではなく、あらゆる魔物を喰らった、いわゆる複合魔獣――キメラかと」


 その言葉を受けて、セリナが思わず口を挟む。

「クラーケン種なら邪神と呼ばれてもおかしくないッスね。しかも、キメラか……これは、マジで厄介な魔物ですよお……」

 珍しくセリナの笑みが消えて、困った顔で頭を掻いている。


 剣禅はしばらく黙考した後、ふと海の方に視線を向けた。

「なるほどな。だから雷オヤジが飛ばしまくっているわけだ」


 三人は無言で沖合を見つめる。

 そこでは雷神ビクトルと邪神ノクスの戦いが繰り広げられ、激戦はまだ始まったばかりだった。


 それでも、雷鳴と共に轟く雷魔法の力によって、沖の無数の眷属たちは灰となり、次々と海に沈んでいく。

 のたうち回る海の魔獣たちの阿鼻叫喚は、雷の閃光によって掻き消されて絶命あるのみであった。


 ――第二十九階層禁術 天雷輪廻破滅。


 ビクトル・マッコーガンの呪文詠唱の声はもはや、聞こえなかった。

 雷神と化した七大権威の呪文詠唱は、恐怖と共に周囲に電波していく。


 空に裂け目が走り、そこから生まれるのは、まるで神の裁きを下すかのような巨大な雷の輪。

 輪の中心からは恐ろしい雷光が漏れ、まばゆい閃光が海上を照らし出す。


 直径数百メートルに及ぶその雷の輪は、ゆっくりと回転を始めたかと思うと、凄まじい轟音とともに加速し、海上を無慈悲に薙ぎ払っていく。


「ノクスうううううう……もういっそ……!」

 ビクトルは少ない髪を振り乱し、狂気にも似た咆吼をあげた。


 輪の内側で連鎖的に爆発が繰り返され、無限に続くかのように雷が連続して炸裂した。

 その光景は天と地の境を溶かし、空中に生まれた輪がまるで竜巻のようにその力を強め、海面に無数の雷撃を叩きつけていく。


 雷は一度触れたものすべてを焼き払い、黒い灰へと変えていった。

 次第に輪の回転速度が増し、雷の連鎖爆発はその速度に比例して広がりを見せる。


 海は轟音を上げ、裂け目が生じ、周囲数キロにわたる範囲が完全に雷の力で焼き尽くされるかのようだった。

 まるで終末が訪れたかのごとく、崩壊のエネルギーが四方へと広がっていく。


 空間そのものが歪み、空気は焼け焦げる匂いを漂わせ、雷の光に反射した灰が宙に舞う。

 雷の輪の中で爆発が連鎖するたびに、周囲の景色は次々と消えていく。

 あらゆるものが灰に帰し、雷の轟きと共に世界の終わりが近づいてくるようであった。


「――すべてを灰燼に帰してくれるわ!!!!」

 その目は完全に雷の力に取り憑かれ、圧倒的な破壊を喜ぶかのように燃え上がっていた。


「おい! あのジジイ、誰か止めろお!!」

 剣禅はビクトルの暴走を見て叫んだ。

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