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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第四章 怠惰な王冠
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56話 怪物たちの海 14

 暁月剣禅配下の忍者――”暁烏(あけがらす)”頭領、烏丸鏡水は、カトリーナを軽々と宙に放り上げた。


 驚く間もなく、彼女は脇に抱えられ、鏡水は壁や天井を縦横無尽に駆け回り始める。

 凄まじい速度にカトリーナの視界は激しく揺れ、目が回って叫び声すら出せない。

 周囲の景色が一瞬で変わるたびに、恐怖が全身を包んでいた。


 鏡水は冷静そのもので、カトリーナを担ぎながら、いつの間にか脇にぴったりと寄り添っている数人の部下に向かって、的確な指示を次々に飛ばしていく。


「下忍は住民のなかに紛れたまま待機。中忍どもは砦外の警戒を怠るな。上様との連絡を密にせよ。上忍は邪神の眷属どもを残らず抹殺せよ」


「御意」と部下たちが即座に返事をし、鏡水の指示を受けて無言で動き出す。


「そちらの方は?」と一人の忍者が訊ねる。


「おう、そうだな」と鏡水はカトリーナを見やって少し笑う。

「目を回しているようだ。誰ぞに介抱させよ。任せたぞ。散れ」と、簡潔に言うと、カトリーナを宙に放り投げて、部下へ渡した。


「きゃあああああ!」とカトリーナの悲鳴が響く。

 忍者は何でもないように受け止めると同時に、素早くカトリーナを抱えて階上へと壁を横向きに駆け上がって行った。


 一方、鏡水は迷いなく更に階下へと駆け降りて行った。

 その姿は、まるで闇に溶け込む影のようだった。


 ☆☆☆


 砦の地下室に飛び込んだ鏡水は、すぐに周囲の様子を探った。

 食料庫として使われているこの部屋には、壁や床から天井に至るまで、奇妙な触手が蠢いている。


 表面はぬめり、無数の吸盤が光を反射して不気味に輝いていた。

 その光景に不安を抱かせるほどの静寂が支配していた。


 鏡水は音も立てずに歩く。

 その動きは、まるで水のように滑らかで、瞬時に空間に溶け込んでいくようであった。

 突然、触手の間から異様な声が響いた。


「ぎ……きさ、貴様は――なにものか……」


 その声は、触手自身が語っているように低く、どこか湿り気を帯びていた。

 明らかに人間の声ではない。


 空気は一層冷たくなり、鏡水の周囲に緊張感が張り詰める。

 しかし、鏡水は冷ややかな笑みを浮かべ、無表情でその声に応じた。


「余は――」


「貴様如きの名などどうでも良いわ」


 吐き捨てるように言い放つと、鏡水は腰に手を伸ばし、直刀を一瞬で抜き放った。

 その鋼の刃は食料庫に潜む異形に対して、鏡水の決意を無言で示していた。


 触手が音もなく再び動き出し、部屋全体が微かに揺れる。

 まるで生き物のように脈動する壁、床、そして天井。


 圧倒的な異様さが漂い、空気が重く、冷たい。

 まるでこの空間自体が異次元に通じているかのようだ。


 その瞬間、天井からも触手が伸び、鏡水に向かって襲いかかる。

 冷静な目でそれらの動きを見極め、鏡水は直刀を一閃させた。

 鋭い銀の閃光が触手を断ち切ると、黒い液体が床に飛び散ったが、触手は再び生え続ける。


「グルルルルオオオオオオオオ!!」

 触手から不気味な声が響く。

 低く、まるで人間の声ではない異様さを帯びたそれに、鏡水は軽く笑みを浮かべた。


「ギギャアアアアアアアアア!!!」

 無数の触手が恐るべき速度で、一斉に鏡水へと伸びてくる。

 鋭く、まるで獲物を捕らえる蛇のように凄まじい速さで蠢く。


「逃がさんぞオオオオオオオ!」

 触手は壁から、天井から、無数に現れ、鏡水を包囲するように襲いかかってきた。


 しかし、鏡水は動じることなく、一瞬の隙間を見つけて滑るように身を翻した。

 触手が空を切り、壁にぶつかる音が響くが、鏡水はすでに闇に溶け込んでいた。


 ――闇遁 黒風潜影(こくふうせんえい)

 暗闇に同化し、触手の視覚から完全に消え去る。


 静寂が訪れる中、微かな風の音さえも消えていった。

 地下室の薄暗さが鏡水に味方し、闇に溶け込んだ鏡水の姿は完全に消えた。


 触手の主は激怒し、雄叫びを上げる。

「貴様ア……何者だアア……?!」


 怒りに満ちた叫び声が地下室に反響する。

 しかし、その問いに答えることなく、鏡水は冷静に印を結び始めた。


 ――木遁 蔦縛封陣(つたばくふうじん)


 壁や床から無数の蔦が生え出し、室内を囲み込むようにして蠢く。


 ――風遁 竜巻牢獄(たつまきろうごく)


 鏡水の手から発せられた風が、一瞬で触手を包み込み、室内に強烈な竜巻を発生させた。

 触手は風に巻かれ、動きを封じられる。

 闇の中で、鏡水の目が冷たく光った。


「化け物が、我が名を知る必要などない」

 言葉と同時に、風がさらに強まり、触手は次々と切り裂かれ始めた。


 鏡水は影から再び姿を現し、手をかざす。

 次の瞬間、空間に微細な風が走る。


 ――風遁 影風流刃(えいふうりゅうじん)


 無数の音のない風の刃が、影の中から突如として現れ、触手を切り刻んでいく。

 冷たい風が地下室を満たし、触手はなす術もなく削られていった。


 そして、鏡水は最後の仕上げを告げた。


 ――終遁 嵐影牢(らんえいろう)


 竜巻、蔦、風の刃が一斉に動き、触手を捕らえては切り裂く。

 絶え間なく襲いかかる術により、触手は動きを封じられ、体は無数の傷で覆われていく。


 竜巻と影の刃が一斉に激しく動き出し、触手は完全に捕らえられ、逃げ場を失った。

 風が鋭く音を立て、触手を細かく切り刻んでいく。

 触手の主は絶望の声を上げたが、全てが無に帰す。


 鏡水は冷ややかに歩み寄り、剣を抜いた。

「ただ死ね」

 その言葉と共に、鏡水の一閃が放たれる。


 触手が激しく暴れる中、その本体が地下室の奥から姿を現した。

 巨大で異形の存在――体は粘液にまみれ、無数の触手が体の各所から伸びている。


 目のない顔に、蛸のような口が不気味に開かれていた。

 その口からは、黒くて粘つく液体が滴り落ち、床を焼くような音を立てる。


「ググウウウウウルルルル……余をここまで追い詰めるとは……」

 触手の主は声を低く響かせ、さらに触手を伸ばして鏡水を捕らえようとする。

 凶暴な触手は壁を裂きながら鏡水に向かっていくが、鏡水は冷静にそれを見据え、静かに呪を唱えた。


 ――火遁 狐火嵐(こびらん)


 鏡水の手から放たれた小さな炎の玉が空中に浮かび上がり、一瞬のうちに触手へと向かっていく。

 炎の玉は敵を追尾し、まるで狐火のようにくるくると回りながら、周囲の触手を次々と焼き払った。


 燃え上がる炎に包まれた触手は、焼け焦げる音を立てながら一瞬で黒煙に変わり、その場から消えていく。


「ガギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 悲鳴とも言えぬ不気味な叫びが地下室に響き渡った。

 触手の主は激痛に苦しみながらも、残された数本の触手で鏡水に襲いかかろうとする。


 しかし、鏡水はすでに動いていた。

 炎に揺れる中を疾風のごとく駆け抜け、まっすぐに触手の主の本体へと接近する。


 鏡水の腰の直刀が一閃し、まっすぐ本体の胸元へ突き刺さった。

 刃は正確に心臓を貫き、瞬間、触手の主の体が痙攣するように震えた。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 本体の蛸のような口が大きく開き、絶叫が漏れ出す。

 その口から黒い液体が勢いよく吹き出し、床に飛び散る。


 液体は酸のように周囲を焼きながら広がっていくが、鏡水は一歩も動じず、冷静な瞳で絶命する姿を見つめていた。


 触手の本体は数度痙攣した後、巨大な体を崩すようにして地面に倒れ込む。

 黒い液体がさらに広がり、地下室は静寂に包まれた。


 鏡水は剣を振り払って血と黒い液体を落とし、冷ややかな声で一言呟いた。

「仕留めた――這入れ」


 触手の本体が崩れ去った地下室。

 鏡水は焦げた触手の残骸と黒い液体が広がる光景を見渡し、冷静に状況を把握していた。


 その時、駆けつけてきた上忍が鏡水に近づき頭を下げた。

「お見事でございます」


 鏡水は深く息を吸い込み、無駄のない動作で指示を出す。

「糧食が心配だ。この場から出たらすぐに、下忍全員を集めて食料の確認作業を行わせろ」


 上忍は頷き、次の指示を待っている。

「それから、触手の駆除と掃除だ。後で補修するから、壁に穴を開けても構わん」


「御意。すぐに手配を」

 上忍は急いで部下を呼び寄せるために走り去った。


 地下室の静寂が突然、外からの凄まじい雷の音に破られた。

 その音はまるで怒りの咆哮のように響き渡り、地下室の壁を揺らす。

 鏡水はその音に反応し、顔を上げた。


「始まったか……」


 雷鳴が轟くなか、鏡水は急いで外へと向かう。

 邪神が襲来したことは明らかであった。

 お読みいただきありがとうございました。

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 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

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