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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第四章 怠惰な王冠
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55話 怪物たちの海 13

「ででえええん!  潮騒(しおさい)の剣~!」


 セリナが満面の笑みで独特な波打つ刃を持つ長大な剣を高く掲げた。

 剣の刃は海の波のようにうねり、光を反射してまるで水面が揺れているかのように美しく輝いている。


「ちょっと寄り道してコレ獲ってきましたあ!」と自慢げに言うセリナ。

「これ、海賊魔王のものだと思うんスよね~。ちょっと、剣さん振ってみてもらえませんか?」


 剣禅が目を細めながら、潮騒の剣を見る。

「どれ、貸してみろ」と手に取る。


「おお、この重量感。こりゃ海賊魔王の剣に間違いねえな」と嬉しそうに言った。

 その瞬間、剣の重さに馴染むように腕に力を込めた。


「離れてろ」と言うが早いか、剣禅は一歩踏み込みながら潮騒の剣を横凪に振り抜いた。

 刃が空気を裂くと、すさまじい突風が巻き起こり、周囲の砂を吹き飛ばしていく。

 その風は瞬く間に海へと駆け抜け、沖合の海面が一気に盛り上がって巨大な津波が押し寄せた。


 遠くで、まるで大地そのものが響くような衝撃音が鳴り響き、沖に潜んでいた巨大な生物にその波の力が直撃した。

 そして、海の向こうからは再び、怒りとも驚きともつかない、凄まじい雄叫びが轟く。

 音の余韻が浜辺に残るなか、剣禅はにやりと笑みを浮かべた。


「この魔力の抜け感。伝導具合。言うことねえな。最高だあ」と呟き、剣の柄を軽く手元で回しながら海を見つめた。


「す……す、凄すぎます! こ、これが五騎士最強の剣ですかあ!!」

 セリナは興奮を抑えきれない様子で、目を輝かせながら剣禅を見つめた。


 剣禅は潮騒の剣を見下ろし、軽く頷く。

「これは使える」と静かに言った。

「もらっていいのか?」と訊くと、セリナは満面の笑みで「ええ、どうぞ」と答えた。


 その言葉を聞いた剣禅は、少し考えるように一瞬の間を置いてから声を張り上げた。

「では、一番矢の武勲を称えて、潮騒の剣を鷹松左近への褒美とする!」


 左近は驚きと感動を隠せないまま、片膝をつき、頭を垂れて剣を受け取った。

「ははあ!」と感謝の声をあげると、潮騒の剣を両手でしっかりと握りしめた。


「戦況を判断して、大いに振るえ」と剣禅が厳かに命じる。


「御意!」と左近は短く答え、その手に握った剣を見つめた。

 風を切るような音が静かに響き渡る中、潮騒の剣が歴戦の勇士の手に渡ったことで、戦の気運が一層高まるのを誰もが感じ取っていた。


 ☆☆☆


 カトリーナ・オルトマンは砦の中を息を切らしながら駆け抜け、焦燥感にかられてラモン・カサドを探していた。


 海獣の主が迫っているというこの状況で、どこに行ったのか一向に分からない。

 ラモンの行き先を訊ねた兵士の言葉が耳に残る――「地下に向かった」。


 重く湿った空気が漂う頑丈な石造りの階段を急いで降りると、暗がりの先にラモンの背中が見えた。

 その瞬間、カトリーナの胸に怒りがこみ上げてきた。


「ちょっと!」と叫びながら彼の肩を掴むと、ラモンはゆっくりと振り向いた。


 その姿にカトリーナの心臓が凍りつく。


 ラモンの口からは紫色に光る不気味な触手が何本もねじれながら垂れ下がり、異様なほど長くうねっていた。

 ラモンは白目を剥いて、明らかに意識は虚ろであった。


 唇の周りには泡がこぼれ落ち、肉体は不自然に痙攣(けいれん)している。

 触手が吐息とともに(うごめ)き、その異様な音が狭い地下室にこだましていた。


「あ、ああ……!」

 カトリーナは悲鳴を上げようとするが、声さえ出ない。


 全身が凍りつき、足元が崩れ落ちるような感覚に囚われ、逃げ出すことすらできないほどの恐怖がカトリーナを圧倒していた。


「どいづも……ごいつも……」


 ラモン・カサドの口から、泡を吹きながら不気味な声が漏れた。

 その声は、彼のものとは到底思えないほど異様で、低く濁った音が地下室に響き渡る。


「みな……みなごろしにしてや、や、やる。やる。やる――」

 ラモンは異形の存在へと変貌しつつあるようだった。


 その声はもはや人間のものではなく、獣の唸り声のような恐ろしい声が響き、磯臭さが階下に充満してきた。

 口元から垂れる触手がぞっとするほど蠢き、泡がますます吹き出していた。


 カトリーナは全身が恐怖に包まれ、膝が震え、ついに腰を抜かしてしまった。

 後退することしかできず、這いつくばって冷たい石の床を手で押さえながら必死に逃れようとする。


 抑えようとしても涙が出てきた。

 呼吸が荒い。思考できない。声が出せない。


 足に力が入らず、逃げられない。

 カトリーナの全身が生命の危機を告げていたが、冷たい汗が背中を流れ落ちるばかりだった。


 その時、階段の上から上司のルイス・ロペスの声が聞こえてきた。

「ちょっとお――大丈夫ですかあ? あれえ? カトリーナさん?」


 上司の呑気な声は、今はまるで悪夢の中の幻聴のようにしか思えない。

 カトリーナは必死に声を振り絞り、今にもラモンが襲いかかるという恐怖を伝えようとした。


「逃げて!!」

 カトリーナは精一杯の大声で叫んだ。


 ☆☆☆


「あなたねえ……こういう時は自分の安全確保が第一なんですよお」

 ルイス・ロペスは、いつも通り、のんびりした調子でゆっくりと階段を降りて来た。


「ダメ! 来ないでください!」

 カトリーナは涙ながらに懇願し、震える手で必死にルイスを止めようとする。

 しかし、その言葉にまったく動じる様子もなく、ルイスは階段をさらに降りて来る。


「いやいや。馬鹿なことを言っちゃいけません」

 ルイスは軽く笑って、カトリーナに優しげな視線を向けた。

「あなたのような清廉潔白な人はね。私が護りますから」


「今からあなたが見るのは極秘事項なんでね。くれぐれも他言無用でお願いしますよ」

 ルイスは落ち着いた口調で、ゆっくりとラモンの変わり果てた姿を一瞥する。

「これは浸食が進んでますねえ。どれだけ私腹を肥やしてきたのやら」と溜め息をついた。


 ――雷遁(らいとん) 瞬影閃(しゅんえいせん)


 次の瞬間、ルイスの姿が階上から消え、次にカトリーナが気づいたのは、階下のラモンの周りに雷が迸り、触手が瞬時に切り裂かれていく光景だった。

 何が起こったのか理解できないまま、カトリーナは目を見張った。


 思考が追いつかない。

 目の前にいたはずのラモンが、黒焦げになって、階段の途中で痙攣しながら気を失っていた。

 恐るおそる視線を動かすと、階下に人影が浮かび上がってきた。


 カトリーナの心臓が一気に跳ね上がる。

 階段の下に立っていたのは、一人の男だった。


 黒い装束で全身を隠すように覆っていた。

 その姿はまるで闇そのものであった。


 鋭い眼差しだけが、まるで獲物を見定めているように光っている。

 男の周りには、雷の余韻がまだ空気を震わせていた。


「――誰?」

 カトリーナは震える声で呟いた。


 恐怖が全身を支配しているにもかかわらず、なぜか男から視線を離せない。

 そんな彼女の耳に、低く冷たい声が響く。


「忍びや隠密と言っても――わからんだろう」


 黒装束の男が静かに呟いた。

 声は低く落ち着いていたが、その言葉には力が籠っていた。


 カトリーナは怯え、後退ろうとするが、身体がいうことをきかない。

 そのとき、男の声が不意に変わった。

 聞き覚えのある、ルイス・ロペスの声だ。


「私ですよ。カトリーナ。大丈夫。こちらへ来てください。ゆっくりでいいですからね」


 男が手を差し出した。

 カトリーナは、男に恐怖しながらも手を伸ばす。


 冷たい感触に一瞬怯んだが、カトリーナは男に強い力でぐいと引き寄せられた。

 黒装束の上からでも、男の鋼のような肉体と人知を越える力が伝わってくる。


 次の瞬間、階下と階上から、触手に蝕まれた人々が殺到し始めた。

 歯を食いしばり、心臓が凍るような恐怖に襲われながらも、カトリーナは状況を把握した。


 男を見上げると、片手でカトリーナを抱きかかえながらも、まるで動じていない。

 鋭い目が、闇のなかでギラリと光りを放ち、男の肉体が獲物を狩るために引き絞られていくのがわかった。


 触手に囲まれた状況の中で、ただ一人、男は圧倒的な力を誇示しようとしていた。

 お読みいただきありがとうございました。

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