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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第四章 怠惰な王冠
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53話 怪物たちの海 11

 セリナは眉をひそめ、考え込むように少し間を置いた。

「う~ん……どうも、ここら辺の人たちは役人から冒険者まで、贈収賄や横領の罪悪感がないんですよねえ」


 セリナの声には皮肉が込められており、趙や冒険者たちを冷ややかに見つめた。

 そのなかでも、趙は気楽な表情を崩さない。


 セリナは問い詰めながら冒険者たちの表情をじっと見据えた。

「お侍さんはこういう時、どうするんですか?」


 竹熊は眉をひそめて問いに答える。

「貴様ら、本当に背信したんだな?」


「ええ。そうですよ」とセリナがさらりと答えた。


 竹熊は鋭く返す。

「では切腹だ」


「セップク?」

 冒険者たちは一瞬理解が追いつかない様子だ。


「自ら腹を切って、首を落とされる」

 竹熊が冷たく言い放つ。


 冒険者たちは息を飲み、後ずさりする。

 セリナもまさかそこまでやるとは思わず、一瞬言葉に詰まった。

 冒険者たちの恐怖がその場に漂う中、竹熊はさらに一歩踏み込む。


「よし。介錯は引き受けた。お前ら。今すぐ、腹を掻っ捌け」

 その言葉に、冒険者たちは完全に怯え、場の緊張は頂点に達する。


「ちょ……ちょっと待って、待ってください!」

 セリナが急いで声を張り上げ、冒険者たちの方を向き直す。


「みなさん。そこまでしろとは言いません。自首してくれれば、今回の働きも私から進言しますので、悪いようにはしません」


 セリナの声は柔らかく、しかし真剣だ。

「裏ギルドに墜ちるとか、そんなこと考えないでください。今が最後のチャンスです。どうか、考え直してもらえませんか?」


 彼女の真摯な言葉が、冒険者たちの心にじわりと響く。


 そのやり取りが続く中、趙はまるで気にも留めていない様子で、黙々と騎士人形から黒潮の鎧を剥ぎ取っていた。

 そして、ちゃっかりそれを着込み、全身を黒い鎧で包み込む。


「お前、もう隠す気なんてないだろう!」とロベルトが鋭く言い放ち、手槍を構えた。


 趙は肩をすくめ、ふわりとした表情を浮かべながら「う~ん……これ以上の交渉は不可能でしょ?」と呟いた。


「なんだかんだでセリナさんはヤリ手だし、お侍さんに話は通じないし、巫女さんたちには嫌われてるし、あなたたち冒険者の役目はもう終わりマシたし」


「おい!」

 ディエゴが激昂し、双剣を振り下ろして斬りつけるが、趙は軽く身を翻して避ける。


「やだなあ、乱暴は嫌いだって言ったじゃないデスかあ」と、趙は笑みを浮かべたまま、軽い調子で言葉を返す。

「もう時間もナイですし、耳が痛いんデスよねえ。さっさと海賊魔王の遺物を獲って来いって」


 趙は無邪気な笑みを浮かべながら、耳につけたピアスを軽く叩いた。


 セリナは微笑みながら、穏やかな口調で問いかけた。

「へえ。誰かと遣り取りしてたのは黙認してましたけど、誰です?  あなたの上司?  それとも組織の仲間?  教えてくださいよお」


 その声の調子は一見落ち着いているが、瞳の奥に宿る鋭い光と、抑えられた怒りが微かに見え隠れする。


 趙は一瞬、その微笑みに目を奪われるが、すぐに余裕のある表情を戻し、肩をすくめる。

「あはは、そんなに詮索されると困っちゃうナア。魔具商人は、いろんな取引先と繋がってるものデスから」


 セリナの微笑みは崩れないが、その場にいる者たちは皆、彼女の内なる怒りが増していることを感じ取っていた。


 趙は一瞬、微笑みを浮かべながら、セリナの視線を受け止めた。

「しかし、ここまでお世話になったセリナさんには、特別に教えて差し上げましょうかね」


 趙の手が顔に触れた瞬間、異様な音が響き渡る――バリバリッと皮が裂けるような音だ。

 顔の皮が剥がれ落ちると、下から現れたのは、虎の鋭い目と牙を持つ、獰猛な表情を浮かべた虎人の顔だった。


「趙という魔具商人は表向きの顔です。本来の名は――」

 虎の口が開き、趙の声がさらに低く、冷たく響く。

「虎人の李虎覇と申しマス」


 その場が一瞬にして緊張に包まれた。

 セリナをはじめ、仲間たちは予期せぬ展開に目を見張る。

 趙――いや、李虎覇の獰猛な顔が、これまでの余裕の微笑みとは一転して、力と威圧感を放っていた。


「さて、そろそろ本気を出す時デスかねえ」と李は静かに言い放ち、鋭い虎の爪が光を反射するように輝いた。


 ☆☆☆


 李は鋭い虎の目をちらりと後ろに向け、ニヤリと笑みを浮かべたかと思うと、くるりと反転し、神殿の方へと一気に駆けだした。

 そのスピードは虎人ならではの俊敏さを持ち、周囲の者たちが反応する間もなく距離を広げていく。


「待て!」

 セリナが叫んだが、李はその声を無視して加速する。


「あいつ、戦う気なんてないぞ!」

 ディエゴがすかさず双剣を抜き構える。


「盗んで逃げる気だわ!」

 アドリアナは怒りに満ちた声で吠えた。


「クソ、クソ! クソがああ! あの野郎!!」

 ロベルトが手槍を構え、今にも追いかけようとするが、その姿勢には焦りが見えた。


 李の姿は徐々に神殿の影に消えかかっていた。

 逃走は計画的であり、黒潮の鎧を奪った今、もうこの場での争いに興味はないようだった。


 ☆☆☆


「いや! 大丈夫です!」

 セリナが手を振り上げ、皆を制止した。

 冒険者たちも走るのを止め、セリナの指示に従う。


 一方で、李虎覇は神殿の扉にすばやく手を掛けたが、まったく動かないことに気づいた。

「開かない……」

 李の表情が険しくなる。


「仕方アリませんねえ」

 李は軽くため息をつくと、一歩大股に前進し、重々しい足音を響かせながら扉に向かって歩み寄った。


「冥闇崩拳――鉄山靠(てつざんこう)!」

 李は半身を凄まじい勢いで、神殿の扉に叩きつけた。


 その瞬間、強烈な衝撃音が響き渡り、神殿全体が上下に揺れた。

 しかし、李が全力を持って叩きつけた扉は、微動だにしなかった。


 衝撃で神殿が揺れたにもかかわらず、扉はまるで石壁のように頑丈だった。

 李は一瞬、拳を見つめ、眉間にしわを寄せた。


「焦っちゃいましたねえ」

 セリナが肩をすくめて笑いながら言う。

 彼女は周囲を見渡し、冷静に状況を分析しているようだった。


「海賊魔王というから、髭もじゃの豪快オヤジを想像してたんですけどね」

 セリナの声には、わずかな皮肉が混じっていた。


「実際には、海底都市もこの神殿も、繊細で壮麗。超一流のセンスです。実在の海賊魔王は、神経質な方だったんじゃないですかねえ――泥棒対策も万全みたいですし」


 李は返事をせず、扉をもう一度見つめた。


 セリナは肩を震わせて大爆笑しながら言った。

「私たちがその扉を開けるまで待てば良かったんですけどね。でも、その鎧を着てたら、怪しさ爆発ですもんねえ!」


 その言葉に、李の表情が一瞬で険しくなった。

「何がオカシイ!!」

 李は拳を振り上げ、扉に叩きつける。


 神殿内に李の怒声が響いた。

「海賊魔王とイイ、あなたとイイ……私より、頭のキレすぎる人間は大嫌いデスよ!!」


 李は次の瞬間、何かを呟き始めた。

 言葉は重く、どこか不吉な響きを持っていた。


 セリナは笑みを引っ込め、真顔になった。

「――なんですか? 聞いたことのない系統の魔法詠唱ですねえ」


 その瞬間、後方で梅鶴が緊張した声で「呪術!」と叫んだ。


 ☆☆☆


 李は不気味な笑みを浮かべ、大きな舌を出して嘲笑った。

「残念デシたあ。ワタシの売り捌いた魔具が、一斉に発動しますよ」と言うと、周囲に冷たい風が漂い始め、徐々に場の空気が変わり始めた。


「魔力を持つ者は多かれ少なかれ、亜人や獣人の血を引いています」と李は続けて説明する。


「先祖返りが起こりますよ。さあ、あなたたちも、理性や法にしばられぬ野生へと還ろうではアリませんか」


 虎の顔をした李がその言葉を発すると、彼の周囲からじわじわと異様な魔力が広がり始めた。

 李の瞳には狂気と勝利の色が見え、さらに不吉な雰囲気が漂っていく。


「残念でしたあ!」

 セリナが李の真似をして、舌を出して笑った。


「は?」

 李は目を見開き、疑念の色を浮かべた。


「あはは~! 魔法学会の最高権威が二人もいて、禁具に気がつかないなんてあるわけないじゃないッスかあ!」


 セリナは無邪気な声で続ける。

「ビクトルお爺ちゃんなんて、魔具の最高権威でもあるんですよお」


 李は言葉を失い、セリナの笑みが恐ろしいものに見え始める。

「市販された魔具は調整済みですう! ……私たちの魔具以外はね」


「……え? 待て! 以外ってなんだ?」

 ディエゴが焦りを隠せず、大声で訊き返した。


「ここにいる全員の魔具出力、最大値まで弄りましたア! えへへッ!」

 セリナが頭を傾げ、愛らしく舌を出した。


 その瞬間、異変が起こり始める。

 双剣使いのディエゴは半漁人化し、鱗が全身に生え始める。


 アドリアナの全身が逆立って、羽毛で覆われだした。

 探索者ロベルトの皮膚にも銀色の鱗が現れ、召喚士イサベルからは尾が出てきた。


 梅鶴の片手は白い鶴の羽根に変わり、竹熊の体からは黒い体毛が全身を覆いだす。

 従者の姉妹巫女の背中からは透明な羽根が生えだしている。


「皆さ~~ん! 頑張ってくださ~~い!」

 セリナが楽しげに呼びかけた。

「ちゃんと魔力操作しないと正気を失いますよお!」


 竹熊は自分の体に起きている変化を見て震えた。

「なにを――なにを言ってるんだ! お前は?!」


「制御できたら、皆さんは無敵で~~す!!」

 セリナは楽しげに声を張り上げた。

「李さんの言う通り、野生に還りましょう!」


 李は完全に混乱し、怒りを抑えられず拳を扉に叩きつけた。

「常軌を逸している! アンタ――正気じゃナイよ!!」


 セリナは涼しい顔で「よく言われます」と微笑んだ。

 お読みいただきありがとうございました。

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 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

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