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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第四章 怠惰な王冠
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52話 怪物たちの海 10

 三つ首の巨大な魔工機獣、ケルベロス・マキナは、まさに神話の番犬を模倣して人工的に作り上げられた恐るべき守護者である。

 その体は金属と魔具の融合で成り立ち、漆黒の装甲が光を吸い込むように鈍く輝いている。


 三つの頭はそれぞれ異なる形状をしており、一つは龍の頭蓋を模した鋭利な歯を持つ、もう一つは獅子を思わせる猛々しい顔、最後の一つは完全に機械的な構造で、目からは不気味な赤い光が絶えず放たれている。


 その背中に鎮座するのは、黒衣の鎧をまとった上半身のみの人型騎士。


 その鎧は深海の闇を宿すかのように暗く、しかし海の流れと同じく滑らかな動きを見せる。

 鎧の表面には海賊魔王の紋章が刻まれており、所々に薄く青白い魔力の光が走っている。


 人工骨格で造られた騎士が滅びの歌をうたうと、ケルベロス・マキナは起動した。

 鎧を纏った騎士はケルベロス・マキナの主として、魔工機獣を自在に操り、まるで一心同体のように連携して動く。


「あの鎧……」

 ロベルトが目を見開いて呟く。

「間違いない、黒潮の鎧だ」


 セリナが訊ねる。

「なんですか? それ」


「水中戦に特化した特別な鎧さ」ロベルトは険しい表情で続ける。

「この鎧を纏っている者は、溺れることなく、水中でも自由に動き回ることができたみたいだ。大昔、海賊魔王が開発した鎧だよ。海戦に必須の装備だったらしい」


 セリナが唇を歪めてニヤリと笑う。

「じゃあ、魔王の遺物奪取のヒント、わかるじゃないッスかあ」

 ロベルトは渋い顔で彼女を見る。


「力尽くで奪えってことッスねえ!」

 セリナの挑発的な笑みが、暗く広がる海底の神殿にギラリと映える。


 イサベルが呪文を唱えると、空気が微かに震え、海底の暗闇から無数の海の魔虫が召喚される。

 その魔虫たちは透き通った身体を持ち、ぬめりと光る触手をうねらせながら、ケルベロス・マキナの足元へと殺到した。

 瞬く間に、魔工機獣の巨体に絡みつき、その動きを徐々に鈍らせていく。


 続いて、アドリアナが両手を広げると、水魔力が周囲の海水から渦巻くように集まり始め、彼女の前で形を成す。

 彼女はその魔力を練り、鋭く尖らせて一気に放った。

 水の刃は、音を立てながら宙を突き進み、ケルベロス・マキナの一つの頭部に突き刺さる。


「いくぞ!」

 ディエゴが飛び出していく。


 双剣を握りしめたディエゴがケルベロスに接近しようとする瞬間、竹熊がその先を読み取ったように動いた。

 巨体から放たれる力強い一振りで、金棒が地面を薙ぎ払うように振り下ろされ、ケルベロス・マキナの前足を一瞬浮かせ、ディエゴの進路を開いた。


 しかし、次の瞬間、ケルベロス・マキナの三つの口から猛烈な業火が放たれ、周囲を焼き尽くす勢いで炎が舞い上がる。

 その凄まじい熱が空間を歪め、一行に海底の冷たさすら忘れさせた。


 さらに、背中に鎮座する黒潮の騎士人形が動き出す。

 騎士人形は長大な鞭を両手に持ち、ケルベロスの動きを補完するように、恐るべき速さでその鞭を振り回し始めた。

 鋭い音を立てながら、黒潮騎士の鞭が空間を裂くように舞い、パーティを威圧する。


 ディエゴとロベルトが双剣と手槍を構え、鞭に飛び込むように突っ込んでいくが、鞭の動きは予想以上に速く、追撃が迫る。


 騎士人形が無言のまま、ケルベロス・マキナの背中を無造作に叩く。

 その瞬間、機械音が神殿内に轟き渡り、ケルベロス・マキナの一つの頭部がカチリと音を立てて崩れ落ちた。

 驚愕する一行の前で、壊れた竜の頭に代わり、胴体内部から新たな狼の頭がゆっくりとせり上がってくる。


「嘘だろ?!」

 ディエゴが双剣を構えたまま、目を見開いて呟く。


 狼の頭は鋭い牙をむき出しにし、その目には赤い光が宿っている。

 次の瞬間、恐るべき速度でその口から巨大な火炎球が放たれ、一行に向かって猛然と飛び込んできた。


「アドリアナ!」

 セリナが叫ぶ。


 アドリアナはすかさず反応し、両手を広げて水の魔力を操り、空中に大きな水の盾を形成する。

 火炎球は水の盾に直撃し、激しい蒸気を立ち上らせながらその勢いを減らしていく。


 だが、火炎球の威力は凄まじく、アドリアナは必死にその力を維持している。

 蒸気があたりを包み込み、視界がぼやける中でも、アドリアナは全力で火炎球を食い止め続けた。


 竹熊がまたしてもケルベロス・マキナの獅子の首を打ち砕いた。

 しかし、瞬く間に新たな狼の頭が胴体から現れる。ロベルトが鋭く舌打ちした。


「次々に出てくる!」

 イサベルが叫んだ。


「距離を計って、攻撃命令してるのは、騎士人形ですねえ」

 セリナは一旦、距離を取って叫ぶ。

「みなさーん!  騎士人形を狙ってくださーい! 動物さんの頭を相手にしててもキリがないッス!」


 ディエゴが剣を握りしめた。

「よし。命令機関を潰すわけだな――!」


 イサベルが少し動揺しながら訊ねた。

「でも、どうするの? 魔工機獣の火で近づけないわ!」


 その瞬間、物陰から趙の声だけが響く。

「それはワタシの仕事ですねえ」


 趙は姿を隠したまま、状況を眺めている。

 イサベルがその方向を睨みつけたが、趙は戦おうなどとは思ってもいない様子である。


 趙が柱の陰からひょっこりと顔を出し、手に持っている何かをセリナに向けて差し出した。

「セリナさん、こんなモノを発見しましたよ。どうデスかね?」


 セリナが訝しげに趙を見つめる。

「何です? それ?」


 趙はにやりと笑う。

「おそらく霧の笛かと。海賊魔王が追手を撒くために、よく使っていたモノでしょう。これを吹けば濃い霧が発生して、敵の目を惑わせる――と推察している次第デス」


 セリナは笛を受け取り、じっと見つめた。

「へえ、そんな代物が……いいッスねえ。ちょっと試してみましょうか」


 彼女は笛を口元に運び、思い切り吹き鳴らした。

 笛の音が低く響き渡ると、あたりの空気が瞬く間に変わり始める。


 濃い霧が足元から湧き上がり、徐々に視界を覆っていった。

 霧はあまりにも濃く、ケルベロス・マキナの三つの口から出そうとしていた炎さえ封じ込めるほどだった。


「おおっと! これなら、炎も出せませんね!」

 セリナが跳び上がって喜ぶ。


 趙が満足そうに柱の陰から微笑んでいる。

「さすが水魔法の権威、完璧デスね」


 セリナの叫びが響き渡った。

「全力で騎士人形を攻撃してくださいッス!!」


 趙以外のパーティメンバーは、その合図で一斉に動き出した。

 双剣使いのディエゴは鋭い刃を手に、ケルベロス・マキナの背中にいる騎士人形へと素早く接近。


 疾風のような速度で双剣を振るい、何度も剣を叩き込んだ。

 鋼と鋼がぶつかる音が空気を切り裂き、彼の剣技が騎士の鎧に深い傷を与えた。


 水魔法使いアドリアナは霧の中、流れる水のように魔力を集め、鋭い水の矢を次々と放つ。

 水の槍が空を裂き、騎士人形の腕や足を狙って次々に突き刺さった。


 召喚士のイサベルは、再び魔虫を召喚し、騎士人形の足元に大量の虫が這い回り、その動きを封じようとしていた。魔虫は甲高い音を立て、騎士の鎧を咬み砕くかのように絡みつく。


 その時、梅鶴が静かに祈りを捧げ始めた。

 その姿は神聖な光を纏っているようだった。

 彼女の唇から、精霊を呼ぶ古代の言葉が流れ出し、周囲の空気が次第に変わり始める。


「精霊魔法?」

 セリナが驚いた声を上げる。

「こっちの世界じゃ超高等魔法ッスよ……」


 彼女の言葉を証明するかのように、霧がさらに濃くなり、視界をほとんど遮るほどの白い靄が広がっていった。

 その中で、パーティ全員に小さな光が宿り始めた。

 それは精霊の加護であり、一人一人の体に力を与えるものだった。


「蜜羽。揚羽」

 梅鶴が二人の巫女に静かに声をかけると、彼女たちの袖から無数の護符がふわりと空中に舞い上がった。

 護符は霧の中を風に乗り、ケルベロス・マキナの巨大な体全体に貼り付いていく。

 護符が次々と重なり、まるで鎖で縛られたように魔工機獣の動きが鈍くなっていった。


「今」

 梅鶴が片手を挙げ、鋭く命じた。

 その瞬間、セリナと仲間たちは一斉に飛び出していった。


 セリナは一面に立ち込めている霧の水気を集めていく。

 両手を挙げ、指先に魔力を集中させる。


 鋭い氷の刃が霧の中に無数に生まれ、彼女が声をかけると同時に”氷刃の嵐(フローズンストーム)”が炸裂した。

 騎士人形が振るう長大な鞭は、セリナの操る氷刃により瞬く間に切り刻まれていく。


 次に、セリナは両手を挟むように前に出すと、低く響く声で呟いた。

 ”深海(ディープシー)圧縮(コンプレッション)”。

 霧に覆われた空間が一瞬で沈黙し、騎士人形の胴体が凄まじい圧力で歪み、鈍い音を立ててひしゃげていく。


 その瞬間を逃さず、ディエゴとロベルトが動き出す。

 双剣使いディエゴの一閃が騎士人形の頭を切り裂き、探索者ロベルトが手槍で素早く追撃をかけた。


 騎士人形の動きが鈍くなったその時、竹熊が金棒を振り下ろし、決定的な一撃を加える。

 騎士人形は音もなく崩れ落ち、霧の中で完全に沈黙した。


 ☆☆☆


「いやあ、お見事お見事。さすが一流どころのパーティなだけアリますねえ」

 趙が満足げに拍手をしながら、霧の中から悠々と姿を現す。


 イサベルが皮肉を込めて問いかけた。

「あなた、今さら出てきて何を言うの?」


「まあまあ」と趙は手を振りながら、崩れた騎士人形を指差す。

「ソレじゃあ、黒潮の鎧を回収しちゃいましょう」


「ちょっと待ってください」

 セリナが声を張り、趙をじっと見つめた。

「いいんですかね? 冒険者のみなさん。この人、ひとりで遺物を獲ってトンズラかます気ですけど」


 パーティ全員が動きを止め、趙に視線を集中させる。

 竹熊が驚いて眉をひそめた。

「なに? どういうことだ?」


 セリナは肩をすくめて言う。

「決まってるじゃないですか。裏切りですよ」


 趙は悪びれる様子もなくニヤリと笑ったが、その瞬間、ロベルトが大声を上げた。

「誰だ?! 裏切ったのは!」


 セリナは軽く笑いながら趙を見つめ続ける。

「いやあ、冒険者のみなさんが趙さんに買収されてたってわけです。最初からね」


 竹熊が一瞬表情を強ばらせる。

「は? なに? 全員?」


「馬鹿なことを言うな!」

 ロベルトが声を荒げた。


 セリナは冷静に趙を指差しながら、言葉を続けた。

「う~~ん。この人が、あなたたちを買収してたってこと、隠してても無駄ですよ? ここで私たち皆、海の藻屑にするつもりみたいですから。ね? 趙さん」


 その言葉が響いた瞬間、場の空気が一変した。


 ディエゴは顔をこわばらせ、一歩後ずさる。

「何を言ってるんだ、セリナ? そんなこと……」

 ディエゴの声は震えていて、焦りが隠せない。手の中で双剣がわずかに揺れる。


「はは、セリナ! 冗談だろ? 一緒にダンジョン探索しただろうが」

 ロベルトは笑ってみせるが、笑顔はどこか硬い。

 目は泳ぎ、焦りを隠しきれない様子で趙をちらりと見やる。


「そうなんですよねえ。ロベルトさんは違うかなあ、と思ってたりもしたんですが……残念ですう」

 セリナは少し悲しそうに肩をすくめた。


 アドリアナは怒りを爆発させた。

「ちょっと、裏切ったって――証拠でもあるわけ?」

「あるに決まってるじゃないですかあ」とセリナはヘラヘラ笑って応じる。


 一方、イサベルは顔が蒼白になり、息を飲んでいた。

 驚愕と恐怖が入り混じった視線をセリナと趙に向ける。

 彼女の手が無意識に何かを掴もうとするように震え始めた。


 趙は、そんな一同の反応を見て、にやりと笑った。

「あはは、皆さん、隠し事は苦手みたいですねえ? まあ、みなさん、今から死ぬワケですが」


 ディエゴは目を見開いた。

「おい、趙! なんのつもりだ! 話が違う!!」


「うふふ。買収されといて、それはちょっとおかしいでしょ?」

 趙は笑顔で黒潮の鎧を剥ぎ取っていく。

 お読みいただきありがとうございました。

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 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

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