50話 怪物たちの海 8
「うみゃ――い! 優しい味ッスねえ」
セリナはふにゃふにゃした顔でお粥をすすりながら、リラックスした様子で趙に話しかけた。
「朝の海鮮お粥、イイ感じ~」と彼女が言うと、趙は満足そうに微笑んだ。
「お気に召したヨウで、なによりデス」
セリナは目をキラキラさせながら、梅鶴に擦り寄っていく。
「ねえねえ、梅さんも食べましょうよ~」
梅鶴は少し戸惑いをみせ首を振って断ろうとしたが、セリナはお構いなしに匙を彼女の口に押し込んだ。
「はい。あ~ん!」
梅鶴は一瞬驚き、言葉も出せないまま匙の中身を飲み込んだ。
巫女さまが慌てた様子で駆け寄り「巫女さま!」と声を上げたが、梅鶴は口を押さえ、ゆっくりと味わうようにお粥を噛みしめた。
「……おいしい……」
梅鶴は予想外の美味しさに驚きの声を漏らした。
「ね~! 食べず嫌いはいけませ~~ん!」
☆☆☆
趙がピアスを軽くノックすると、まるで待っていたかのようにラモン・カサドの声が趙の頭の中に響いた。
「どうなっとるんだ? これは?」
趙は軽く笑みを浮かべ、声を出さずに応じた。
「声を出さなくても聞こえますよ」
ラモンは少し戸惑ったように答える。
「ああ。わかっとる。大丈夫なんだろうな? ここの砦、めちゃくちゃに出来が良いぞ」
趙はあくまで軽快な調子で続けた。
「あはは。そうデスか。めちゃくちゃですか」と笑う。
「大丈夫デス。売り捌いた魔具は、ワタシの国ではとっくに禁具。先祖返りの魔石を加工した逸品ばかり。楽しみデスねえ。頑強な砦なら、逃げることもデキませんねえ」
ラモンの声に緊張が混じる。
「そ……そうなのか」
趙はピアスを弄びながら、さらに不気味な言葉を付け加えた。
「さて、最強剣士さまは、魔力暴走した一般人を斬れますかねえ? うふふ……」
☆☆☆
鷹松左近が砦の入り口をくぐると、砦の壁がまるで彼の巨体に圧されるかのように見える。
堂々とした巨躯、立派な白髭が風に揺れ、彼の姿は威厳に満ちていた。
彼の影が砦の石畳に落ちると、周囲の空気が少し重くなるようだ。
それに対して、目の前に立つビクトル・マッコーガンは、風が吹けば飛ばされそうなほど小柄な老人であった。
虎のような鋭い眼光で左近を睨みあげている。
「おお! 先生!」
左近が満面の笑みで声をかけて歩み寄る。
「なんじゃ? 相変わらずデカいな」とビクトルは面倒臭そうな顔をした。
ビクトルは持っていた刀を、左近の横にいた剣禅に手渡した。
「上限制限はしていないぞ? いいんだな?」
剣禅はその預けていた愛刀を眺め、頷いた。
「ああ。それでいい。どれくらいのものになった?」
ビクトルは鼻を鳴らしながら答える。
「元々が業物だからな。もはや、魔王の遺物に肉薄していると自負しておる」
「雷オヤジに太鼓判押されりゃ安心だ」と剣禅が刀をしっかりと握り直す。
ビクトルはさらに念を押すように付け加えた。
「間違っても、人に渡すなよ? お前さんでなければ、抜いた瞬間に黒焦げだ」
☆☆☆
洞窟の入り口は、荒れ狂う海を背にそびえ立つ崖の裏にひっそりと隠れていた。
岩肌に苔がびっしりと生え、ほとんど目立たない。
探索者ロベルトとセリナは、慎重にその隙間を見つけ出した。
「うん。想定通り。やっぱり、海底ダンジョンの入り口がありましたねえ」
セリナは目を細めて嬉しそうにほくそ笑んだ。
入り口を潜ると、冷たい空気が肌に纏わりつき、鍾乳洞の天井からは静かに水滴が滴り落ちる音が響いている。
壁には、古代の航海士たちが刻んだ記号が薄く光り、彼らが進んだ道のりを示していた。
「ここからが本番か」と、双剣使いディエゴが呟く。
彼は手慣れた動作で双剣を確認し、周囲を見回す。
洞窟の奥に進むと、やがて道は狭まり、地面が消えて水に覆われた空間に辿り着いた。
そこから先は、完全に水没したトンネルだ。
水魔法使いアドリアナが手をかざし、水面を静かに撫でると、微かな波紋が広がり、青い光が水中で揺らめいた。
「水の加護を施しますから、浅めの呼吸ならできますよ。慌てないで下さいね。竹ちゃん」とセリナが笑顔で言う。
「なッ! なんで、ワシを? だ、大丈夫でござる!」
竹熊はチラチラと梅鶴を見ながら焦りつつ胸を張る。
「パーティの前後は私とアドちゃんで護りましょうか? イイッスかね?」
皆が了承すると、セリナはするりと水中へと潜っていく。
次々と冒険者たちは息を吸い込み、深い水中へと潜っていく。
水中トンネルは細く長く、進むに連れて徐々に暗さを増す。
だが、時折現れるエアポケットに顔を出すたびに、冒険者たちは息を整え、周囲を確認しながら次の段階へ進んでいく。
セリナの加護魔法とアドリアナの水魔法のおかげで、誰も息が途切れることなく順調に進んでいった。
トンネルを抜けた先には、光り輝く水晶が無数に並び立つ巨大な洞窟が広がっていた。
その水晶はまるで生きているかのように淡い光を放ち、触れると微かな音が響く。
中には幻影が映し出され、未来の一瞬が垣間見えることもあった。
「触る順番があるんだな、これは」と、ロベルトが冷静に分析する。
光る水晶の迷路を慎重に進み、次のステージへと足を踏み入れると、一行の目の前に広がるのは沈んだ船の墓場だった。
海賊船の残骸が無造作に積み重なり、まるで亡霊のように漂っている。
ディエゴは素早く動き、沈没船の残骸を探り当て、貴重な航海日誌や古い武器を見つけ出しては、他のメンバーに手渡す。
「これが海賊たちの遺物か」とロベルトは感慨深げに呟きながら、次々と船を渡っていった。
沈んだ船の残骸が幾重にも積み重なった海賊船の墓場。
朽ちた船体が水中で静かに揺れ、船倉の扉は半ば壊れた状態で開いていた。
趙はその中に潜り込んで、興味深そうに船倉の隅々を弄っていた。
古びた木箱やサビついた鎖を手に取ったり、床に散らばる古代のコインを拾い上げたりしている。
「ほう、これはまた面白い……」と趙が小さな声で呟く。
その背後で、セリナが声を上げる。
「行きますよお、趙さん!」
趙は少し驚いたように振り返り、慌てて収得物を懐に隠しながら船倉を出てきた。
「ああ、スイマセン」と言いながら、手早く水を払ってセリナの方へと歩み寄る。
彼の目はまだ船の遺物に向けられていたが、セリナに急かされると、しぶしぶ未練を断ち切るようにその場を離れた。
「これだけのものが、全部ここに眠っていたとはね……」と呟きながらも、彼はやがて軽い笑みを浮かべて、再びセリナたちの後ろに着いた。
船の墓場を越え、次に待ち受けていたのは強烈な海流が渦巻く「海流の迷宮」だった。
水魔法使いのアドリアナが流れをコントロールし、皆が安全に進めるよう手を貸すが、誤った流れに乗ると元の場所に戻されてしまうという厄介な場所だ。
「よし、こっちね」と召喚士イサベルが小海魔たちの声を聞きながらルートを選び、ついに「結界の門」へと到達した。
門の前には古代の文字が刻まれており、イサベルが慎重にその意味を解読していく。
海賊魔王が隠した遺物を守るために残した最も強力な防御機構であった。
イサベルは遺物を台座に乗せ、静かに祈るような動作で呪文を唱えた。
すると、巨大な門が静かに開き、その向こうには神秘的な光に包まれた海底都市が姿を現した。
「ま。ここまでは想定通りッスね」とセリナが呟いた。
☆☆☆
一行は海底ダンジョンを抜け、目の前に広がった光景に息を呑んだ。
青く澄んだ海の中に、巨大なドーム状の構造物が浮かび上がり、その内側には苔に覆われた古代の都市が静かに佇んでいた。
海底の神秘が目の前に展開し、青い陽光が海面から差し込み、ゆらゆらと揺れる光の波が都市の建物や街路に反射して、青く輝く世界を作り出している。
都市全体は、まるで時間に取り残されたように静寂に包まれていた。
苔に覆われた古代の建築物が並び立ち、その表面は長い年月を経た深緑色に染まっている。
柱や彫刻が褪せた黄金のように淡く輝き、海藻が静かに揺れる様子がまるで生きているかのようだ。
どこまでも広がる都市群は、かつての栄光を感じさせる壮麗さを残しつつも、今は静寂に包まれ、永遠の眠りについている。
石造りの建物が何世紀にも渡って朽ちており、壁や塔には海藻や苔がびっしりと生い茂っていた。
だが、その苔さえも、陽光が当たると宝石のようにキラキラと光り、都市を生きた美術品に変えている。
水流が緩やかに流れ込み、微かに建物を包むように揺れていた。
「すごい……」
誰かが呟くように言葉を漏らした。
目の前に広がるこの広大な海底都市は、地上では決して見ることのできない幻想的な美しさを持っていた。
ドームの内側に無数の尖塔が立ち並び、遺跡の影が青い光の中で揺れる。
長く放置され、荒廃した都市にもかかわらず、その造形美には圧倒されるものがある。
かつてここに生きた者たちの息吹が感じられた。
遠くに見える大通りは、石畳が今も完璧に並び、広場に続いていた。
円形の広場の周囲には神殿らしき建造物が聳えている。
都市全体が海底に沈んだまま、聖なる結界に守られた絶景である。
中心には巨大な噴水があり、その周囲を何体もの彫像が囲んでいる。
彫像は海神を模したものだろうか、長く流れ落ちる髪がまるで生きているかのように青い光を纏っていた。
噴水の水は静かに流れ続け、まるでこの都市がまだ生きているかのようにささやかに音を立てている。
「これが……海賊魔王の隠れ家だったとは」
ディエゴが驚きを隠せない様子で呟いた。
都市の一角には、巨大な石の門がそびえ立っていた。
門の上には無数の古代文字が刻まれており、それが何を意味するのかはわからなかったが、どこか神秘的で畏怖を感じさせるものがあった。
海賊魔王がこの場所に何を残したのか、ただの遺物に過ぎないのか、それとももっと恐ろしいものが眠っているのか。
「気は抜かないでくださいねえ」とセリナがいつもの調子で言うと、パーティは静かに身構え、前へと一歩を踏み出した。
海底都市の奥深く、何かが彼らを待ち受けているかのように、都市全体が不気味な静寂を保っていた。
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