47話 怪物たちの海 5
宴の余興に、魔具商人の趙がひっそりと現れた。
中華風の長衣に身を包んだ細面の彼は、異国の香りを漂わせながら、見たこともない東洋の珍品や魔具、そして禁具までを次々とテーブルに並べ始める。
その手つきは滑らかで、どこか怪しげな微笑を浮かべていた。
彼の細い目が不気味に細まり、一瞬どこか悪意を感じさせる。
まるで秘宝をばら撒くかのようなその光景に、人々はすぐさま集まってきた。
宴の喧騒は一瞬にして変わり、好奇の視線が趙の珍品に注がれる。
彼が指先で触れるたびに、宝石のように輝く魔具が光を放ち、見物人たちの興味をかき立てた。
彼の姿は、どこか不気味で魅惑的なオーラを放っており、誰もがその怪しい存在感に惹きつけられていた。
見たこともない魔具を次々と並べていく。
奇妙な形をしたものや、光を放つものまで、テーブルの上は異様な雰囲気に包まれていた。
その光景に、セリナは興味津々で目を輝かせている。
「これなんスか? すっごい! 試していいっスか?」
セリナはまるで子供のような好奇心を隠せずに問いかけた。
そんな中、剣禅は静かに「梅鶴を呼べ」と指示を出す。
すると、恐ろしく美しい巫女、梅鶴が静かに現れた。
梅鶴が静かに現れると、その姿はまるで風に揺れる花の枝のように優雅で繊細だった。
彼女は線の細い美しさを持つ女性で、長い黒髪がしなやかに肩を流れている。
彼女の動きは一挙手一投足が舞踊のように滑らかだった。
彼女の袖口からは、まるで生き物のように動く管狐が顔を覗かせる。
巫女に仕えるその小さな精霊たちは、透明な身体で梅鶴を護るように漂っていた。
梅鶴は管狐の一匹を指先一つで操り、並べられた魔具の上に放した。
白い管狐が霊のように宙に舞いながら、趙の魔具の上をくねくねと這っていく。
梅鶴はしばらく魔具を見つめ、冷静にいくつかを指さした。
剣禅は頷くと「それらは下げよ」と即座に趙に命じる。
その命令を聞いた瞬間、趙の細い目が一瞬見開かれて驚きの表情を浮かべたが、瞬く間に笑顔へと戻り「もちろんでございマス」と丁寧に頭を下げる。
趙は、すぐに指摘された魔具を納めると「まだまだゴザイマスので、じっくりご覧くだサイませ」と笑顔で言った。
セリナは、趙の並べた魔具の中から、ひとつのアームレットを手に取った。
金属の光沢が美しく、古代から使われていたような独特の模様が刻まれている。
彼女は上腕に巻きながら、「綺麗ッスねえ」とつぶやき、その輝きに見とれていた。
梅鶴は冷静な表情でその様子を見守り、隣のカトリーナに視線を向ける。
剣禅がふいに、「カトリーナ、好きなものを選べ」と促した。
その言葉に少し戸惑いながらも、カトリーナは魔具の山を見つめ、何を選ぶべきか迷っていた。
すると、剣禅はさらに続けて、「雷オヤジも、選べ」とビクトルに声をかけた。
渋い顔をしていたビクトルは、魔具のテーブルに興味なさそうに近づいたが、ちらりと覗き込むと、一瞬真剣な目をして何かを探し始めた。
どこか不機嫌そうながらも、何か面白いものを見つけたらしく、眉をひそめながらも手を伸ばす。
剣禅はそんな様子を静かに見守りつつ「梅鶴、お前も選べ」と巫女に声を掛けた。
梅鶴は袖で涙を拭うと「なんとお優しいこと…」と静かに微笑む。
その姿はまるで儚い花のようで、周囲の空気が柔らかくなるほどだった。
しかし、その瞬間、セリナが勢いよく「この女垂らし!」と剣禅に向かって叫んだ。
宴の喧騒の中、一瞬の静寂が訪れる。
剣禅は目を見開き、戸惑った表情で「えええ?」と口ごもり、明らかに困惑している。
周りの人々も視線を交わしながら、状況を飲み込もうとするが、誰もが笑いをこらえていた。
「わかった。わかった。お前も選べ。買ってやる」と剣禅が言うとセリナは飛び上がって喜び、周囲の人々は爆笑の渦に包まれる。
「じゃあ! コレ!」
セリナは腕に着けたアームレットが気に入ったようだった。
その間、周りの者たちも次々と魔具を手に取り、楽しげな雰囲気が再び宴を包み込んでいった。
その場の雰囲気は次第に和らぎ、剣禅もどこか嬉しそうに見守っていた。
何だかんだと、皆が楽しんでいるようで、宴の余韻が漂う中、笑い声が小さく広がっていく。
☆☆☆
潮風が穏やかに吹く中、ビクトル・マッコーガンは宴の騒がしさから一歩離れ、静かに考え込んでいた。
彼の視線は、遠くの明かりに吸い寄せられ、波間の幻想的な光景が心に浮かんでくる。
「随分熱心に見ていたな」と、剣禅が近くにやってきた。
彼の声は、柔らかさと力強さが同居している。
「なぜあんな怪しげな魔具商人を? 呪具や禁具も混じっていただろうが」と、ビクトルが眉をひそめて剣禅に訊ねた。
剣禅は軽く肩をすくめ「梅鶴が見付けてくれたから問題ないよ」と、気にする様子もない。
「ふん、そいつは助かったな」とビクトルは呆れたように言いながら、ちらりと剣禅を見やる。
「珍しく呑んでるな。呑みすぎるなよ、爺さん」
その言葉に、ビクトルは軽く笑いながらグラスを揺らし「お前に言われたくないわ」と苦笑した。
剣禅は微笑みを浮かべたが、ビクトルの次の言葉に、その表情はすぐに消えた。
「話に聞いただけだが、魔王の遺物に東洋の簪があるというので気になっての……」
「――東国の魔王……出所不明の遺物だな?」
剣禅は思わず身を乗り出した。
「まあ、簪というくらいしかわからんでな。それは黄金の簪らしい」とビクトルは言った。
「……ところで、なんでこんなトコロにまで来たのか、いい加減教えてくれないか?」
剣禅はビクトルに穏やかな口調で訊ねる。
「昔、不覚を取った魔物がいてな。海の魔物だ。私の雷魔法が負けるとは思いもしなかった。半世紀も前の話だ」とビクトルは苦しそうに言った。
「わからんな。七大魔法の中でも最高出力。一撃必殺の雷魔法で仕留められない海の魔物なんているのかね? ――水竜の類いか?」剣禅はグラスを傾けつつ訊ねた。
「そんな生易しいもんじゃない。アレは海の魔物そのもの、魔の海の化身だ」とビクトルは笑って答える。
「若い頃は自分を無敵かなにかだと思っていたよ。今のお前と同じように」
「……ふん。おい、爺さんよ。なに普通の年寄りみたいなこと言ってやがる」
剣禅の目は冷静さを失わず、ビクトルをじっと見据えた。
ビクトルはその瞬間、ぎろりと剣禅を睨みあげた。
歳を重ねた老人とは思えぬ鋭い眼光が、一瞬で周囲の空気を変えてしまう。
「老いても半世紀前にゃあ最強の魔法使いだろうがよ」と剣禅は続け、少しも怯むことなく言葉を重ねた。
「現役最強のわしに、なんぞ言いたいことがあって出張ってきたんじゃないのかい?」
剣禅はぐいとビクトルに顔を寄せて、眼光をぶつけた。
互いの眉根を寄せて、睨み合う。
その挑発に、ビクトルの眉が一瞬動いた。
今にも殴り合いでも始めそうな剣呑な空気が漂う。
近くに誰かがいれば慌てて引き離しに来ただろう。
波の音が静かに聴こえ、宴の席から賑やかな歓声が沸いている。
「あんたのことだ」剣禅はさらに食い下がる。
「半世紀の間、ノクス攻略案の十や二十は考えていたんだろう? かつて、最強と呼ばれた男であれば、負けたまま死ぬなんざ耐え難い屈辱だ――違うかい?」
剣禅は至近距離からビクトルを睨みながら、グラスを呑み干した。
ビクトルは、黙ったまま、虎のような鋭い眼光を剣禅に向けていた。
小柄な老人には、圧倒的な存在感が漂っている。
彼が羽織る緩いローブが潮風に揺れ、まるで彼の周りだけが異質な空間であるかのような雰囲気を醸し出していた。
残り少ない髪の毛が時折、パリパリと静電気を帯び、ビクトルの有り余る雷力を象徴していた。
「――その策、まるごと寄こせ。わしがノクスを斬ってやる」
剣禅が大きく歯を見せて笑った。
その言葉に、ビクトルは一瞬沈黙した。
しかし次の瞬間、大きな声で笑いだす。
高らかな笑いが響き渡り、周囲の宴の音をかき消していく。
「この馬鹿者が! そこまで自惚れがすぎると愉快じゃわ!」
ビクトルは肩を震わせながら笑い続けた。
剣禅の無謀なまでの自信に、若かりし頃の自分を重ねているのだろうか。
それとも、単にこの若造の自信過剰ぶりが滑稽だったのかもしれない。
「かかか……お前のその自信、嫌いじゃないぞ」
ビクトルはようやく笑いを収め、剣禅を見下ろした。
その目には、老練の魔法使いが秘める何か深い決意が宿っていた。
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