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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第四章 怠惰な王冠
43/164

43話 怪物たちの海 1

 新章、開始!!

 なお、この章は番外編としまして、レイを出す予定はありませんので。

 あしからずご了承くださいませ。


 九焔議会最強にして、最も魔王に近い邪神ノクス VS 五騎士最強の天才剣士 暁月剣禅。

 戦線に加わるセリナ、李虎覇。邪神と侍、魔人と魔法使い。

 あらゆる世界の天才たちが、策謀し、共闘し、対立する。

 決戦の荒海へようこそ。

 海風が吹き抜ける中、一行は海賊魔王の遺物を追ってサン・アンジェロス(天使たちの港の意)の港町へと向かっていた。


 太陽は燦々と照りつけ、道中に見える海の青さは、戦場の喧騒からはまるで別世界のように感じられる。

 カトリーナ・オルトマンは、そんな景色を楽しむ余裕もなく、ただ任務のことが頭を占めていた。


 カトリーナは首都の中級官僚であり、周囲からは「将来を期待されるホープ」として見られていることを自覚していた。

 だが、その自覚がかえってプレッシャーを生み、時に彼女自身を重く感じさせていた。


 要領が悪いとまでは思わないものの、他の誰かと比べてしまう瞬間には、どこか自分が後れを取っているような気がしてならない。


 頭が悪いとは思っていないが、彼女の評価はいつも曖昧なものだ。

 そこに疑念がよぎるのは避けられなかった。


 ☆☆☆


 道中、南方の第二都市アステラでの市街戦が一段落したとの報が入り、カトリーナが属する師団にも安堵の空気が流れていた。


 だが、彼女の心の中はまだ落ち着かない。

 同行する騎士たちの声が耳に入ってくる。


「水魔法の天才なんだって! とんでもない天才らしいわ!」

「暴食の槍のマテオ・アルバレズと、竜殺しのレイ・トーレスのパーティにいたらしい」


 そんな言葉が聞こえる度に、カトリーナは小さなため息を漏らす。

 マテオとレイ――今や時の人だ。


 特にレイという魔法使いは、首都大学の准教授から学部長への昇進が内定しているとのことだ。


 カトリーナの胸にあるのは、嫉妬ではなかった。

 ただひたすらな畏敬の念だった。


 レイは故郷を壊滅状態にされ、母親を殺された。

 それでも絶望に沈むことなく、ただちに反撃に移り、犯人を追撃した。


 それだけではない。

 数週間後には竜を討ち、暴食の槍を発見。

 さらにはアステラ市街戦に参戦して、羨望の仮面をもたらしたという。


 自分とさほど年の変わらぬ娘が、そんな偉業を成し遂げている。

 もはや、同じ人間とは思えない。超人だ。


 しかし、当のレイはその事実に頓着する様子もなく、研究室に入り浸っているらしい。

 まるで出世や名声など眼中になく、ただひたすらに魔王の遺物の研究に没頭している。


 それが何よりの証拠だった。

 レイ・トーレスという人は、命を懸けているのだ。

 彼女にとって、研究は仇討ちの延長なのかと、カトリーナは確信した。


 本来なら、母を殺され、地獄のような絶望の底にいるはずの人間。

 それでも彼女は戦うことを選んだ。


 その気高さに、カトリーナは言葉を失い、ただ涙したのである。


 ☆☆☆


 私はどうして、いつも、こうなのか。

 人の評価ばかりを気にして、追い立てられる自分の性格が嫌で仕方がない。


 ふと、同行している魔法使いたちの会話が耳に飛び込んでくる。


「あのいつもボーっとしてた人であってるよな? 実はすごい人だったのか?」

「バカか、お前。大物ってのはな、一見、鈍そうに見えるもんなんだよ。俺は最初からわかってたぜ」


 カトリーナはその会話に軽く苦笑するが、心のどこかで共感する部分がある。

 自分だって、その「大物」の一人になれるはずだと思いたい。


 でも現実は、どうしても追いつけない感覚がある。

 それが何なのかはわからない。

 ただ、自分の中の何かが足りない気がしてならない。


 さらに、もう一つの影が心を曇らせる。

 この師団を率いる「五騎士最強の男」――天才剣士、暁月剣禅(あかつき けんぜん)の存在だ。


 彼は遙か東の国で「侍」と呼ばれる戦士であり、その剣の技は神速で鋭い。

 禁術階層は二十を超えると言われ、勇者のレベルに達しているという。


 ☆☆☆


 カトリーナは、砂浜にたどり着いたとき、目の前に広がる景色に一瞬息を呑んだ。

 広がる海、穏やかに打ち寄せる波。


 最初に発見した時、()()は海岸に打ち上げられた海藻かなにかだと思った。

「なんだ、あれ?」と誰かが呟く。

「え? 人間? おい! 誰か倒れてる!」

 岩山の横でぐったりしている女性の姿――噂の、セリナ・リベーラだった。


「いやあ、寝ちゃってたみたいッス」と欠伸をしながら笑うセリナにカトリーナもつられて笑う。


 カトリーナと師団は、この状況に、ただ戸惑っていた。

 海岸に積み上げられた岩山かと思えるほどの魔物の残骸。


 漁ができなくて困り果てていた猟師が、魔物を退治してくれたセリナに昨日からご馳走しっ放しだったという。

 ぐったりしていたのは、戦って疲弊したのではなく、食べ過ぎて、ひっくり返っていただけだった。


「火魔法が使える人、海岸の遺骸を全部燃やしてほしいんスよ」

 二日酔いに効く回復魔法と、胃腸薬が効いたのか、回復したセリナが寝ぼけたように言う。


 あれを一人で倒してのけたというのか。

 師団の誰もが、驚きで声もかけられない。


 セリナは地元の漁民たちから、すっかり「ギャル神様」として祀られている。

 子供たちが描いた絵を見て「え~~上手う~」と褒めると、老若男女はもちろん、犬や猫までが集まって来た。

 彼女のその無邪気な姿と、圧倒的な力のギャップに、カトリーナはただ呆然とするしかなかった。


 ☆☆☆


 その男は港の波止場で釣り糸を垂らし、のんびりと海を見つめていた。

 彼の着ている物は東洋風で”キモノ”という。この土地では珍しい装いだ。


 彼自身の物静かな佇まいと相まって、どこか飄々としている。

 それにしても、そんなピラピラした装いで戦えるのか?

 着物の袖が潮風に揺れ、その動きに合わせて、暁月剣禅は袖口から腕を戻して胸元を掻いていた。


 筋骨隆々の大男を想像していたカトリーナの期待は、彼を目にした瞬間に裏切られた。

 中肉中背の、どこにでもいそうな男。


 ただ、東洋人という点を除けば、特徴らしい特徴がない。

 彼は、強者特有の威圧感や殺気を一切纏っておらず、ただ穏やかに釣り糸を海に垂らしていた。


 その無防備な姿が、逆に彼の凄みを感じさせる――などということはない。

 カトリーナからみれば、だらしのない男にしか見えなかった。


「おう。後発組が到着したか」

 剣禅が、顔をこちらに向けずに話しかけてきた。


「はい、カトリーナ・オルトマンです。到着の報告に参りました」

 少し緊張した面持ちで返答する。

 礼儀正しく挨拶するものの、彼の気だるげな態度は崩れない。


 蓬髪を後ろでざっくりとまとめただけの乱雑な髪型に、欠伸を隠そうともしない様子。

 最強の天才剣士とは思えないほど、剣禅は飄々としている。


「ご苦労さん――海はええのう、気持ちが良いわい。セリナは大丈夫だったか?」


 剣禅は胸元を軽く掻きながら、ぼんやりと海を眺め続けている。

 どうやら彼は、この港町でセリナともすでに顔見知りのようだ。

 カトリーナは、彼のその気まぐれな様子を見て、内心で不安を覚えた。


 このぼんやりした人が本当に「五騎士最強の天才剣士」なのか。

 彼が近世魔王でさえ発見できなかったという「海賊魔王の遺物」を本当に見つけられるのだろうか。

 頭の片隅に不安が渦巻くが、今はとにかく目の前の仕事に集中するしかない。


「ああ。そうじゃ」

 剣禅は、釣り糸を垂らしたまま、思いついたように口を開く。


「わしは何を斬ったらええんじゃ? わしが着いた時には、セリナが全部やってしもうた後でのう」

 膝を叩いて笑いだす剣禅に、またしてもカトリーナは愛想笑いで応じるしかなかった。


 ☆☆☆


 その夜、海辺の小さな村の広場では、漁民たちが集まって賑やかな宴が開かれていた。

 地元の漁民たちは、新鮮な魚介をふんだんに使った料理を振る舞い、浜辺の焚き火の周りには、笑い声が絶えなかった。


 セリナは漁民たちと一緒になって、大皿に盛られた魚介料理を次々と平らげ、口を開けば誰彼構わず話しかけ、終始楽しげに大はしゃぎしていた。


 彼女の大きな笑い声が夜空に響くたびに、周りの漁民たちも一緒に笑い出す。

 まるで長年の友人のように、彼らと親しくなっている姿は、なんとも自由奔放だった。


 その一方で、剣禅もまた、漁民たちに釣り上げた魚を自慢げに見せていた。

 釣りの成果に大いに満足した彼は、杯を何度も傾け、大酒を呑みながら踊り始める。

 着物の裾を軽く振りながら、ぎこちない動きでありながらも楽しそうにステップを踏む姿に、周りは拍手喝采だ。


「これが天才剣士?」

「五騎士最強って嘘じゃないのか?」


 師団の誰もが疑問に思うが、付き合う他にない。

 今日、着任した烏合の衆が、五騎士に意見など言えるはずもなかった。


 果たして、この頼りない男――暁月剣禅が、この師団を纏められるのか。

 口には出さないが不安に思っているのは、どの顔を見ても同じであった。


 カトリーナは、宴の様子を遠巻きに見つめ、深い憤りを感じていた。

 重要な任務を背負い、国家存亡をかけた状況にあるというのに、何故あの二人は、こんなにも無頓着なのだ。

 我々は即席師団ではあるものの、取るものも取りあえず、国家のためにと駆けつけたというのに!


 セリナの陽気さも、剣禅の飄々とした態度も、まるで緊張感がなく、目の前にある現実から逃げているだけではないのか。


 彼女は堅く唇を結び、心の中で怒りを噛み殺した。

 使命に燃えて出てきた我々を馬鹿にしているとさえ思った。


 漁民たちの笑い声や、楽しげな音楽が周りに溢れる中、カトリーナはただ独り、冷静さを保とうと必死だった。

 このままでは任務に支障が出るかもしれないという不安が、彼女の中で急速に膨れ上がっていくのであった。

 お読みいただきありがとうございました。

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 カクヨムでも書いております。宜しくどうぞ。

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