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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第三章 羨望の仮面
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41話 九焔議会 3

 会議が終わった後、室内は静けさに包まれていた。

 他の会員たちが帰った後で、穏健派の面々が集まっている。


 室内の調度品は一流のもので、華やかで洗練された空間が広がっていた。

 これらは全て、ヴィクターとトラグス、紫苑の趣味であり、イラリオやノクス、ガスパールが所属していた過激派とは対照的に、文化、芸術、学問を重んじる穏健派の姿勢が見て取れる。

 政治権力や経済の掌握を目指す現実的な路線が色濃く反映されているのである。


 ヴィクターはリラックスした姿勢で椅子に座り、手に持ったブランデーグラスを傾けている。

 隣に座るトラグスもまた、会議中の仏頂面とは違って、ゆったりとした表情で酒を愉しんでいた。

 二人の周囲には、豪華な絨毯や美しい絵画が並び、上質な調度品が静かにその存在感を示していた。


 ヴィクターがトラグスに対して、少し呆れた様子で言う。

「君が不覚を取るとはな。リカルド将軍は名将だが、市街戦では実力を発揮できないと踏んで根回ししたつもりだが……」


 トラグスがそれに対して、冷静に答える。

「まあ、そうですね。不確定要素が多すぎました。戦局も想定外の展開でしたし。全ての変数を把握しきれなかった私の責任です」


 その時、紫苑・カリーナが怒りに満ちた表情で部屋に入って来た。

 表情には不満が隠せず、まるで全てが期待外れだったかのような憤りが漂っている。


 彼女の目はヴィクターとトラグスに向けられ、言葉を投げかける。

「話が違うじゃないの!」


 ヴィクターは穏やかな笑みを浮かべながらも、どこか興味深そうに紫苑を見つめた。

「紫苑。全てが思い通りに行くわけじゃない。それに、私たちはまだ多くの選択肢を持っている。そうだろう?」


 トラグスも同様に、肩を竦めながら一言。

「紫苑さん。冷静に考えれば、まだ事態は予測の範囲内です。すべてが計画通りに進むわけではありませんよ」


 紫苑が給仕をしているマルコムに適当なものを、と頼むと倒れ込むように椅子へ座った。

「説明してくれる?! どうして李が中立派だなんて話になっているの?!」


 ヴィクターが微笑みながら応じる。

「簡単さ。彼が中立であることが私たちにとっても重要な意味を持つからだよ。彼の立場は、議会内での力関係に影響を与えるのに最適だと僕は考えるね」


 トラグスが杯を傾けながら、話題を切り替えた。

「今は、派閥の数を増やすフェーズではないでしょう。ガスパールがいなくなって、過激派はイラリオとノクスの二名だけになりました」


「これからは、議長のマルコムはともかく、中立派のサンティナとララに恩を売って、()()()()()に誘導するだけでいいのです」


 マルコムがサングリアを持って現れた。

 彼の動きは完璧で、一つの無駄もない。


 冷たいグラスに、美しく盛られた果物たっぷりのフレーバードワインを、慎重に紫苑の前に差し出した。

 紫苑は一瞬だけ瞳を細め、その背後に漂う優雅さを楽しむかのように、グラスをゆっくりと持ち上げる。


「ああ。もちろん、君を軽んじているわけではないよ!」

 トラグスは大声で笑い、マルコムは「恐れ入ります」と言って下がった。


 ようやく落ち着いたのか、紫苑は優雅に座り直すと、長い睫毛を伏せて扇で口元を隠しながら、思案した。

「そうね、ララが砂漠の遺物を捜索している今、彼女に援助を申し出るのが賢明かもしれない。裏ギルドの協力があれば、遺物獲得の確率も高まるわ」


 ヴィクターが同意の意を示すように頷く。

「裏ギルドの力を借りることで、砂漠の魔王の遺物の獲得はほぼ間違いない。トラグス、君の言う通り、サンティナとララに恩を売りつつ、我々の立場を強化するのが賢明だろう」


 トラグスが微笑みながら、グラスを掲げる。

「ガスパールがいなくなってくれたのは、正直良かったと思っています。彼のように人の話を聞かない輩には、いくら甘言を弄しても意味がありません」


 マルコムにおかわりを頼むと、トラグスは続けた。

「第一、我々、穏健派は王国の遺産はなるべく壊さずに権力だけをいただきたい立場です。なにもかも破壊して、また一から新世界を創るとかアホなことを夢想している過激派とは相容れることは金輪際ないですね」


「そんなことを言いながら、イラリオに助けられたのは、どこのどなた?」

 紫苑が美味しそうにサングリアを飲みながら言うと、トラグスはバツの悪そうな顔をして唇を曲げる。


「確かに、それは私にも反省の余地があるでしょう……が、だからと言って、ノクスのいる過激派と迎合できますか? 他の会員ならともかく、あの化け物が魔王になったらと思うと――皆さんは、あの邪神に永遠の忠誠を誓えるんですか?」


 ヴィクターが「そこは、まあ契約だし」と笑って「でも生理的には嫌悪感はある」と付け加えた。


 紫苑が鋭い眼差しで続ける。

「それでも今、一番魔王に近い力を持っているのは、あの化け物だわ。近世の魔王ですら発見できなかった海賊魔王の遺物を発見できるとすれば、深海の邪神たるノクスしかいないのも事実でしょ?」


 ☆☆☆


 その時、ドアがゆっくりと開くと、李が静かに入室してきた。

 彼の中華系の顔立ちが、優雅でありながらもどこか冷ややかな印象を与えている。

 彼は穏やかな口調で言った。


「失礼しマシた。お話の途中でしたか?」


 ヴィクターが軽く微笑んで応じる。

「いいや。ちょうど良いタイミングだったよ。今、我々は次の戦略を練っていたトコロでね。君も参加していくといい。ほら、ご婦人が退屈している。さあ、彼女の横に掛けて」


 李は頷きながら、紫苑の横に腰掛けた。

「失礼致しマス。私に何かお手伝いできることがあれば、遠慮なく仰ってくだサイ」


 紫苑が鋭く李を見て言う。

「今後の方針について、なにか意見があるようだけど?」


 李は穏やかな笑みを浮かべながら、冷静に話しだした。

「――残りの遺物は二つです。今は三つの派閥にそれぞれ一つずつ分け合っている状態です。そこでご提案なのですが……先ほどから話題に出ていたノクス氏に恩を売ってみてはどうでしょうか」


 トラグスが驚きの表情を浮かべ、酒を零して叫ぶ。

「冗談じゃない! あんな悍ましい化け物に恩を売るなんて、考えただけでも身の毛がよだつ!」


 李は落ち着いて説明を続けた。

「ええ。そうでしょうとも。しかし、賢明な皆サンならご理解していただけると思いますが、ノクス氏の力を借りることは、新たな展開には、もはや避けて通れない選択です。もちろん、リスクが伴うのも事実でしょうネ」


 紫苑が冷静に口を挟んだ。

「お待ちなさい。リスクもそうだけど、ノクスが本当に信頼できるのかどうかも不明だわ。なにより海賊魔王の遺物が本当に見付かると思う?」


 ヴィクターが応じて答える。

「思うかどうかというより、可能性としては高いと思う。むしろ、深海の邪神とされるノクスが見付けられない遺物なら、これから先、誰も見付けられないものとして無視してもいいだろう」


 トラグスが酒を拭き取りながら言った。

「まあ、確かにノクスの力を借りることには懐疑的ですが……もし、見付かった場合、あの化け物が魔王階級に至る可能性は確実では? どうです? マルコム?」


 カウンターでグラスを拭いていたマルコムが「ええ。その可能性は高いです」と笑顔で答えた。


「ど、どうするんですか!! あの化け物が魔王?! 我々はその下僕となって永遠に仕えると?」

 トラグスが立ち上がり、頭を抱えた。


「ええ。我々の契約は絶対でございますから、否応なく、そういうことになります」

 マルコムは爽やかな笑顔で言う。


「代わりのお飲み物は何になさいますか?」

 それから、なんでもないように注文を訊いたのである。


 ☆☆☆


 李が提案を続ける。

「マルコムサン。お伺いしても良いでしょうか?」


「何なりと」

「ガスパール氏とは面識はありませんが、過激派ということで大体の想像はつきマス。彼が暴食の槍を手にしていたと仮定すれば、魔王階級になっていたのでしょうか?」


 マルコムがトラグスにウイスキーを給仕しながら「その可能性は高いです」と応じた。


「そうなれば、ガスパールは地上の王だ。史上八番目の魔王だよ。彼が魔王になっていれば、今ごろ我々は原始人と同じ生活をしながら、下僕生活だ。こんな酒なんかありゃしないぜ」

 ヴィクターがグラスを持ち上げて笑った。


 李は冷静に続ける。

「それでしたら、遺物を見つける前に、ノクス氏に恩を売るのが賢明です。彼が他の派閥に対抗するために力を貸すように仕向けることができれば、今後の局面が有利に進む可能性がありマス」


 紫苑が考え込むように言う。

「そうは言っても、ノクスのような――どんな生き物なのかもよくわからない存在を、どうやって掌握すれば? 恩を売ったとしても、その後の制御が難しすぎるでしょう?」


 ヴィクターが助言を加えた。

「う~ん……確かに、ノクスとの取引にはリスクはあるが――過激派に対抗するためには、他の選択肢が限られていることも事実だ。ノクスの力を利用するためには、彼をどう取り込むかが鍵になる。竜人ガスパールより、邪神ノクスの方が魔王に近いと僕は思うね」


 トラグスが深刻な面持ちで口を開く。

「危険ですが、やるしかないようですね。嗚呼……あんな化け物の下僕に――嫌だ。嫌だ」


 李が手を叩いた。

「そこで! 私がノクス氏に商談を持ちかけるというのは如何でしょうカ? うまく取り入ってみせマスよ」


 紫苑が少し興味を持った様子で言う。

「悪くないアイデアだけど――あなたの商人としての手腕を活かせる場面かもしれないわ」


 ヴィクターが頷きながら言う。

「うん。君の提案は賢明だ。商談の名目でノクスと接触し、信頼を得ることで、過激派の力を抑えられるかもしれない」


 トラグスが頭を掻き毟りながら叫ぶ。

「奴を魔王にしてはいけません! 絶対に嫌です!」


「心配ご無用。商談を通じてノクス氏と協力関係を築くつもりです。万が一のことがあれば、別の手段で対処しマスから」


 ヴィクターが最後に言う。

「それでは、李くんがノクスに商談を持ちかける方向で進めよう。その間、私たちも他の準備を整え、どんな事態にも対応できるようにしておくことだ。李くん。我々に、なにか協力できることがあれば言ってきたまえ」


 この決定によって、李はノクスとの接触を図り、九焰議会の目的達成に向けた新たな戦略が始まることになったのである。

 お読みいただきありがとうございました。

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