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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第三章 羨望の仮面
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40話 九焔議会 2

「では、次の議題に参ります」


「大変、遺憾ながら、ガスパールさまが討たれた件について、我々は議論しなければなりません。何者がガスパールさまを討ったのか、その真相、そして対策を決める必要がございます」


 室内に張り詰めた空気が広がり、魔人たちの顔に深い影が落ちた。

 ガスパールの死が九焔議会に何をもたらすのか、全員がその重みを感じていた。


 紫苑・カリーナが美しい笑顔を浮かべながら、皮肉めいた声で口を開いた。

「暴食の槍を獲られたんでしょ?  地上最強生物の竜人とはいっても、それは仕方がないんじゃない?」


 ララが宙に浮かびながら、無表情で冷たい声を放つ。

「暴食の槍を横取りしちゃえばいいじゃん」


 ララ・ナイトメアは会議中、他の参加者が座る席に目もくれず、宙をフワフワと漂っていた。

 彼女の体は軽やかに宙を漂い、ふわりと動くたびに周囲の空気を僅かに揺らしている。


 会話の最中でも、ララはまったく音を立てることなく、静かにその場を漂い続けている姿は不気味ながらも儚く、不可思議な存在感を放っていた。


 しかし、その言葉にイラリオは重々しい口調で反論する。

「魔王の遺物は一旦所有者を決めたら、他者に移すのは極めて難しい。中に封じられている魔王――その魂の欠片との契約だ。ちょっとやそっとの交渉相手じゃない」


 その瞬間、トラグスが疑問を投げかけるように目を細める。

「確かに暴食の槍は恐るべき遺物でしたが、他にも我々の脅威は存在しています」


 トラグスは、巨大な背中を窮屈そうに曲げ、カリカリと爪を噛みながら、椅子に座っていた。

 不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、その巌のような顔がさらに険しく見える。

 重厚な体格は、この部屋には不釣り合いなほど圧倒的で、ただ存在しているだけで空間全体が縮まったように錯覚してしまう。


 マルコムがその問いに静かに応じた。

「確かにその可能性も考慮すべきです。トラグスさまが仰っているのは五騎士のことですね?」


 トラグスが激しく首を横に振った。

「いいえ、いいえ。五騎士ではありません。他に、五騎士と同等の者と私は対峙しました」

 室内の空気がさらに張り詰め、全員が息を飲んだ。


 トラグスが言葉を続けようとした瞬間、サンティナが静かに立ち上がり、議会に響くように冷然と言い放つ。

「私を瀕死にまで追い詰めた娘……フロルベルナ村の悪魔のことではなくて?」


 サンティナが指先でそっと蝋燭に触れ、その炎が軽く揺れると、まるで自らの意志で火を操っているかのように見える。

 サンティナは一瞬だけ微笑み、艶やかな瞳で部屋を見回した。

 彼女の存在が、危険でありながらも抗いがたい誘惑を醸し出していた。


 この恐るべき魔女であるサンティナが、悪魔と呼ぶ娘とは何者か――

 当然ながら、会議室がざわつき始めた。


「どうか、皆さま。ご静粛に」

 マルコムが柔やかだが、威厳ある声量で場を収めた。

 その一言で、場の空気がピリリと引き締まる。


「――それでは、我々の任務遂行を邪魔しているのは……”フロルベルナの悪魔”とでも称しましょうか。彼女が一因であるということでしょうか?」

「ええ、間違いないわ。ガスパールや、博物館での戦いにも、彼女が一枚噛んでいると見て間違いないでしょう」


 サンティナの言葉に、議会の空気はますます張り詰めていく。

 その時、トラグスがわざとらしく溜息をつき、手の甲で目元を拭うようにして泣き真似を始めた。

「私の可愛い眷属たちも、軒並みやられましたよ……」


 その演技があまりにも芝居がかっていて、会員の一部が苦笑いを浮かべた。

 とはいえ、トラグスの言葉には裏付けのある恐怖があった。

 眷属が次々に消されるなど、容易に起こる事態ではない。


「まあ、実際のところ――」と、トラグスは突然泣き真似をやめて、悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

「重要なのは、遺物の捜索。彼女には特別班を仕立てて暗殺を計画してみては?」


「その悪魔だけのために?」

 イラリオが口を開く。


「とはいえ、たった一人でしょう? それなら求心力のある五騎士を討伐した方が、よほど現実的だわ。あなたたちが油断してたからって、九焔議会のリソースを割けって言うの?」

 紫苑が文句を言った。


「ケチですねえ。裏ギルドの総支配人さまともあろう御方が……」

「なんですって? そんなに暗殺がしたのなら、あなたの眷属でも仕向けらどうなの??」


「あ! ゴメンなさい! もういないんだっけ? さっき、泣いてたもんねええ!!」

 扇で顔を隠して、紫苑はケタケタと嗤った。


「どうか、ご静粛に」

 マルコムが笑顔で紫苑を窘めた。

「あら、失礼」


 一瞬の沈黙が議会に流れた後、ララが無機質な声で言った。

「ねえ。その悪魔とかいうのも共闘すれば対処可能でしょ。ボクもサンティナがやられた現場に行ったけど、所詮は個人の力。五騎士のように一軍の将というわけじゃない」


 突然、饒舌に話し始めたララに、縮こまって座っていたラモンは顔を上げた。


「待て。それでも、遺物の捜索には障害になるだろう。トラグスが言うように、フロルベルナの悪魔を始末する方が優先というのも頷けるぞ」

 イラリオが言うと、トラグスが手を叩いて喜ぶ。


「う~ん……僕は見付かってない遺物より、ララちゃんが提案したように、向こうの遺物を獲っちゃう方が効率は良いと思うんだよねえ。なんとかの悪魔って――皆、ビビり過ぎだよ。女の子でしょ?」

 柔らかな笑みを浮かべながらヴィクターが口を開く。


「それに、海賊魔王の遺物とか、海の邪神のノクスくんでも見付けられないんだったらさあ――はっきり言って、お手上げじゃない? それこそリソースの無駄じゃないの」


「余は邪神ではない!」

 ラモンが白目を剥いて、地の底から響くような声で叫ぶ。


「あはは。聞いてたんだ?」

 ヴィクターはヘラヘラ笑って応じる。


「――だからこそ、槍でも仮面でも横取りすればいい。遺物の所有者が誰かなんて関係ない。厄介な遺物が手に入るなら、それで十分。誰かが使えなくても封じればいい。要するに、その脅威がボクたちに向かって来なければ良い。魔王の遺物を揃えるなら、それが最適解でしょ? どう思う? マルコム」

 ララがテーブルの周りを一回りして、マルコムに言う。


 ララの冷淡な提案に、他の者は鋭い眼差しを向け、特に反論はしなかった。


「そうですね」

 マルコムが空気を一層引き締めるように、落ち着いた声で続けた。


「まず、魔王の遺物収集の進捗を改めて確認いたしましょうか」


「サンティナさまからは、”強欲のレイピア”が手に入ったと報告を受けております。イラリオさまからは、”傲慢な斧”を獲得したとのこと。紫苑さまが”愛欲の針”を手中に収めたということに間違いはございませんでしょうか?」


 サンティナ、イラリオ、紫苑がそれぞれ頷きながら、他の会員も彼らの成果に目を向けている。


「王国側では、すでに”暴食の槍”と”羨望の仮面”の二点が確認されています」


「これにより、残る遺物は二点のみ。具体的には、海賊魔王の遺物と砂漠の魔王の遺物です。この二点の奪取に向けて、全力を尽くしましょう」

 マルコムが冷静に結論を述べると、会議室に緊張感が漂う。


「――さて。王国側に渡った遺物については検討の余地があると存じます」


「ララさまが仰るように奪って封印すれば、我々に害はないものの、それは大いなる力を諦めるのと同意。九焔議会の存在意義がなくなります」

「――それは、まあ、確かに」ララは渋々ながら頷いた。


「私からご提案ですが、王国側で遺物の所有者となった方を我々、九焔議会へ寝返らせれば如何でございましょう?」


「なんだと??」

 イラリオが立ち上がる。


「いけませんよ! 相手は悪魔です!」

 トラグスが叫んだ。


「どうか、ご静粛に。これまでの議論を結論付けただけでございます。それに――」


「悪魔と契約を結ぶのは、我々が最も得意とするところではございませんか?」

 冷酷な笑顔でマルコムがそう言うと、誰も口を挟めなくなった。


 マルコムは、一瞬たりとも緊張を見せず、最後に会議を完全に掌握してしまったのである。


 議題が進行するたびに、マルコムの冷静な声が場を仕切り、結局、その声には誰も逆らうことができなかった。


 静かながらも話の肝を掴むのが非常に上手い。

 瞬時に周囲を黙らせる力を持っている。


 どこか生き物ではないような冷徹な完璧さが、マルコムの存在感を際立たせていた。

 会議において誰もが自らの立場を守ろうとする中で、マルコムだけは一切の感情を見せず、絶対的な中立の立場を保ちつつ、完全に会議を掌握している。


 その威容は、まさに”議長”としての絶対的な存在であり、彼がいる限り、この場が混乱に陥ることは決してないだろう。


「それでは、これにて今回の会議を締めさせていただきたく存じます」

 マルコム・エイデンは厳かに閉会を宣言した。

 お読みいただきありがとうございました。

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