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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第三章 羨望の仮面
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39話 九焔議会 1

 ラモン・カサドは、出過ぎた腹を揺らしながら、地下への階段を一歩一歩降りていた。


 冷や汗が背中を伝い、心臓が爆発しそうなほどに鼓動を強め、恐怖が全身を支配している。

 しかし、ラモンの足は止まらない。


 海獣の呪いが、彼の意思を超えて身体を動かしていたのである。

 階段はどこまでも続き、地下世界の深部へと導いていく。


 やがて、一つの扉が現れた。


 そこを抜けると、陰鬱な外観とは裏腹に、やけに豪華な内装の一室が広がっていた。

 壁には豪華な装飾が施され、家具も高級感に満ちている。


 その光景に、ラモンは一瞬、安堵の表情を見せた。

「高級秘密クラブか?」と自分に言い聞かせるように、必死に納得しようとしていた。


 その部屋の中心には、数人の姿が見える。


 妖艶な美女が薄い笑みを浮かべ、優雅な身のこなしの紳士と穏やかに談笑し、その横では豪華な衣装を身にまとった東洋風の美人が、楽しげに細面の東洋人とお喋りに興じている。

 細面の東洋人が穏やかな表情で少し頭を下げて挨拶してくれると、ラモンは気が緩んで溜め息をついた。


 いつの間に後ろへ来ていたのか、執事が「上着をお預かり致します」と声を掛けてきた。

 ラモンは思わず声をあげそうになったが、無作法な真似はしたくないとの矜持もある。

 黙って「ああ。どうも」と上着を執事に預けた。


 執事の完璧に整った外見に、一瞬、彼が人間かどうかも疑わしく思うほどだったが、その振る舞いには何の違和感もない。優雅な仕草に、ラモンの緊張が解けてくる。


「これは本当に高級クラブなのではないか?」とラモンは思えてきた。

 客層を見ても明らかに上流階級が集っている。


 なんだ。

 緊張して損をしたな、とラモンはいつもの尊大な気分になってきた。


 地方の上級役人として、貴族とも付き合いがある私が、たかだが海獣の呪いなどで、なにを怯えることがある。

 どうせ、大したことはない。


 首都大学のなんとかいう魔法使いが、近頃、大きな竜を倒したらしいではないか。

 ツテを頼って、その魔法使いに解呪させれば良い。


 金や地位を用意してやれば、しがない大学教員など、すぐに尻尾を振るようになるだろう。

 なんだ。

 私の人生は今まで通りに、順風満帆ではないか!


 ラモンは執事に「一杯やりたい」と言うと「もうすぐ会議が始まりますので、ご辛抱を」と諫められた。

 生意気な!

 けしからん奴だ!

 支配人に、奴をクビにすべきだ抗議しようと、ラモンは決めた。


 ☆☆☆


 ラモンがふて腐れて、数秒後、その安堵は一瞬にして打ち砕かれた。


 背後から、重い足音が響き、ラモンの背中に冷たい影が覆いかぶさる。

 ラモンが振り返ると、そこには漆黒の鎧に身を包んだ黒騎士、イラリオが現れた。


 その無言の圧力は、他の者たちに一瞬の沈黙を強いるほどの威容を放っている。

 彼の背丈は人を圧倒するほど高く、漆黒の鎧がその巨躯を覆い尽くしていた。


 鎧の表面には無数の戦いを経験した痕跡が刻まれており、その鈍く光る金属は、戦場で何度も血に染まってきたことを物語っていた。

 その無表情の鉄仮面が、彼を威圧し、ラモンの胸に再び恐怖が沸き上がってくる。


 さらに、なんの気配もなく宙をフワフワと漂って部屋へ入ってきた少女は、顔色が青白く、生気を失ったような姿をしていた。


 青白い顔色は蝋のように無機質で、どこか現実離れした雰囲気を醸し出している。

 薄い青い髪が静かに揺れ、目はどこを見ているのか定かではなく、誰とも視線を交わさない。

 彼女の表情には感情らしいものがほとんどなく、何を考えているのかは一切読めない。


 異様な光景に、ラモンは一歩後ずさりする。


 次に影の中から現れたのは、見たこともないほど巨大な男だった。


 筋肉の塊のような体躯に、圧倒的な存在感。

 トラグス・アイアンブラッド――疑う余地など全くない化け物である。


「ヴァ……ヴァンパイア……」

 ラモンの肝を潰すには十分だった。

 彼の赤い瞳がラモンを一瞥すると、恐怖は完全に彼の理性を奪い去った。


 この場所は普通の高級クラブではない。

 ラモンは、自分が恐るべき魔人の集いに引きずり込まれたことを理解し、震えながら息を呑むしかなかった。


 ☆☆☆


「ご多忙のなか、九焔議会(きゅうえんぎかい)へようこそお越しくださいました」


 執事の声は、部屋全体に穏やかに響き渡りながらも、その響きにはどこか機械的で冷ややかな余韻が残る。

 彼は完璧な微笑を浮かべ、ラモンを見つめていた。


「司会進行は、私、マルコム・エイデンが務めさせていただきます。本日は皆さまの貴重なお時間を頂戴いたしまして、感謝申し上げます」


 マルコムは、まるで人ではないような威容を持って会議の場に立っていた。

 彼の外見は完璧すぎるほど整っており、顔立ちはあまりに端正で、むしろ不自然に感じるほどだ。


 金髪は一糸乱れず整えられ、どの瞬間を切り取っても完璧な姿がそこにあった。

 動きもまた完璧で、無駄な所作は一切なく、まるで計算されたように滑らかであった。


 ラモンは目の前の異質な光景に押されるように、ぎこちなく頭を下げた。

 あの忌々しい海獣――ノクスの意志に逆らえず、この場に引き出されたラモンは、自らの運命を呪う思いで体を固めていた。


「ラモンさまは、ノクスさまの名代ということでよろしいですね?」


 マルコムが丁寧に確認を取ると、ラモンは汗をぬぐいながら、かすれた声で「は、はい」と答えた。

 彼が発した言葉は、すぐに議員たちの冷ややかな視線に絡み取られ、ますます身がすくむ思いだった。


「さて、本日の議題ですが――ガスパールさまの空いた席に座る、新たな会員さまの入会審議を行わせていただきます」


 マルコムは一歩前に進み、目の前の全員を見渡した。

 その動作は流れるようで、無駄な動きが一切なかった。

 彼の完璧さは、ますますラモンを不安にさせた。


「ヴィクター・オルドさまよりご推薦をいただきました。李 虎覇(り こは)さまでございます」


 部屋の片隅に立っていた細面の東洋人が静かに微笑んで仰々しく頭を下げる。

 その姿に、部屋の空気が少し変わった。


 李は一見して目立たない、しかしどこか洗練された風貌をしている。

 細面で端正な顔立ちは柔和な印象を与えるが、その眼光には鋭い知性と計算された冷静さが宿っている。

 彼の服装は、中華風の絹の長袍を基調とし、深い藍色に金糸で施された刺繍が高貴さを感じさせた。


 肩から腰にかけては、巧妙に織り込まれた虎の模様が流れるように描かれており、見る者に強い印象を与えるが、その派手さは決して目立ちすぎないよう計算されている。

 襟元には銀の装飾が施され、袖口からは同じく銀糸の刺繍がわずかに見える。


「紳士淑女のみなさま、ハジメマシテ。ご紹介に預かりマシた、李虎覇でございマス。しがない行商人ではございマスが、魔具や禁具のご用命がございマシたら、どうぞお声がけください」


 彼の声は穏やかでありながら、その言葉には含みがあり、まるで聞く者に巧妙に仕掛けられた罠のような印象を与えていた。


 マルコムは優雅に手を広げ、李に軽く頷いた。


「李さま。ありがとうございました」

 マルコムの声には、冷たい礼儀正しさが滲んでいる。


「それでは、会員の皆さまにご意見を伺いたいと存じます。新たな会員として、李さまがふさわしいかどうか、どのようにお考えでしょうか?」


 議会のメンバーたちは、一斉に李へと視線を向けた。

 東洋風の美人が興味深そうに眉をひそめ、ヴィクターが優雅に頷く。

 サンティナの目には冷ややかな評価が込められており、トラグスは巌のような表情を崩さない。


「ご意見がある方は、どうぞお聞かせください」

 マルコムは、議会の雰囲気を引き締めるように言葉を続けた。

紫苑(しおん)さま、如何でございましょう?」


 さきほどまで李と親しげに喋っていた東洋風の美人――紫苑・カリーナは、ゆったりと扇で口元を隠し、長いまつげの奥から李に鋭い視線を送る。


 艶やかな黒髪が肩に流れ、長い睫毛がゆっくりと瞬きを繰り返すたびに、美しい影を作りだした。

 彼女の瞳は穏やかに見えるが、その奥には計算された冷徹な光がちらりと覗く。

 緩やかに組まれた足元には、細かい刺繍が施されたドレスが優雅に揺れ、彼女の美しさを一層引き立てている。


「どんなものでもご用意くださるの? それは素晴らしいわね。ぜひともその商才を拝見したいわ」

 彼女の声は蕩けるように甘いが、裏に隠された挑発的な意図が明確だった。


 李は、紫苑の言葉に微笑みを浮かべ、落ち着いた口調で応えた。

「これはこれは、裏ギルド総支配人サマが私めにご注文を――とは光栄の極み。とはいえ、貴女が欲しがるモノなど、私にご用命いただくまでもないかと存じますが……」


 紫苑は冷笑を浮かべながら、口元にグラスを運んだ。

 彼女の目がさらに鋭くなる。

「決まっているじゃない。欲しいのは――魔王の遺物」


 その一言で、室内に一瞬、緊張感が走った。

 魔王の遺物――その名を出した途端、議会の会員たちが李に対する関心をさらに強めた。


 李は、一瞬表情を引き締めたが、すぐにいつもの冷静さを取り戻し、肩をすくめた。

「魔王の遺物ですか。それは実に希少で価値アル品ですが……」


 李は軽く笑みを浮かべ、言葉を続ける。

「ですが、どんな品でもお求めいただけるよう、全力で取り組むことはお約束致しマスヨ」


 紫苑は満足そうに笑みを浮かべ「楽しみにしているわ」と言った。


 マルコムは一歩前に出て、部屋の中央でゆったりとした動作で手を広げながら、丁寧かつ威厳のある口調で話し始めた。


「皆さま、九焔議会の目的はたったひとつ。それは、魔王階層に到達した方に、他の会員さまが永遠の忠誠を誓うこと」


 その言葉に、部屋の中にいた魔人たちがそれぞれ異なる反応を見せたが、誰も口を挟むことなく耳を傾けていた。

 マルコムの声は、どこか冷たく響きながらも、議会の重さを如実に伝えていた。


「そのためには、魔王の遺物を手に入れることが最適解。これこそが、過去の偉大なる魔王さまに連なり、その力を受け継ぐための唯一の道。魔王階層に到達した者が、我々”九焔議会”真の主となるのです」


「我々、九焔議会は、その道を開くため、あらゆる手段を惜しまずに進む所存でございます」

 マルコムは、再び厳かに一礼して締めくくった。


 ☆☆☆


 ラモンは恐怖と緊張の中、ふと手を上げ、おずおずと口を開いた。


「――李さんでしたっけ? あの……虫下しはありますか?」


 一瞬、部屋の空気が凍りついたかのように静まり返る。

 次の瞬間、ラモンの脳髄に鋭い電撃が走り、全身が硬直した。

 彼の額に冷たい汗が滲み、視界が歪んでいく。


 ――貴様、余を寄生虫だと申したか?


 厳しい声が頭の中で響き渡り、ラモンの心臓が凍りついたかのようだった。


「や、やっぱり……なんでもありません……」

 ラモンは小さな声で震えながら答え、即座に手を下ろした。


 部屋の中にいた魔人たちが彼をじっと見つめる中、ラモンは深い後悔の念に駆られ、もう二度と愚かな質問をしないと心に誓った。


 ☆☆☆


 マルコムは、静かに李に目を向けた。


「李さま、最後に何かございますか?」


 李は一礼し、穏やかな声で答える。


「私は()()()()()()にも属さないつもりです。中立の立場を貫きマスので、その点をご考慮いただければ幸いです」


 マルコムは無表情に頷き、軽く手を振ると静かに言った。


「承知いたしました。それでは、決議に移りたいと思います」


 室内の緊張感が一層高まり、魔人たちの視線が一斉に李に注がれる中、九焔議会の運命を左右する決定が下されようとしていた。


「李虎覇さまの九焔議会への加入に賛成の方は挙手願います」


 紫苑、ヴィクター、トラグスがすぐに挙手する。

 それから、サンティナが続いた。

 過半数である。


 どうせ、可決されるのであれば勝ち馬に乗らない手はない。

 ラモンも急いで手を伸ばす。


 ――勝手をするな!!

 脳髄に電撃が奔り、ラモンは椅子から転げ落ちた。


 ☆☆☆


 マルコムが鋭い目つきで議員たちを見渡しながら、重々しく言葉を発した。


「皆さま。ありがとうございました。過半数の賛成により、李虎覇さまの九焔議会への正式な加入が可決されました。李さま、これより正式な会員としてお迎えいたします」


 李は静かに微笑み、恭しく頭を下げた。

 お読みいただきありがとうございました。

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