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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第三章 羨望の仮面
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35話 アステラ市街戦 5

 荒廃した街は、かつての繁栄の面影を完全に失っていた。


 崩れかけた建物が立ち並び、石畳の通りにはひびが入り、雑草が無造作に生い茂っている。

 家々の窓は打ち砕かれ、風が冷たく吹き抜けるたびに、ガラスの破片がカラカラと音を立てて転がっていく。

 道端には人々の残した生活の痕跡が散乱し、食べかけのパンや古びた衣類が埃にまみれていた。


 通りには、生き物の気配がほとんどない。


 時折、ねずみが石の隙間から顔を出し、静かに這い回る。

 カラスがゴミをついばむ音だけが、静寂の中で響いている。

 彼らは人間の気配に怯えることもなく、廃墟となった街を我が物顔で支配していた。


 突然、古びた教会の尖った屋根の上に、黒い影が現れた。

 大柄なヴァンパイアだった。


 ヴァンパイアは長いコートを風に翻し、暗闇に溶け込むように立っている。

 赤く光る目が、静かに周囲を見下ろしていた。

 鋭い爪をゆっくりと屋根に立てながら、爪が石を引き裂く音が不気味に響く。


 彼の唇が微かに動き、鋭い牙が露わになった。

 夜の闇が彼の姿をぼんやりと浮かび上がらせ、血の匂いが漂うような錯覚を呼び起こす。

 彼は動かず、まるでこの破壊された街そのものが彼の領域であるかのように、悠然と構えていた。


 ☆☆☆


 教会の屋根に立つ大柄なヴァンパイアの周囲に、さらに四つの影が静かに現れた。

 その姿が闇に溶け込むように現れた瞬間、不吉な気配が街全体に漂い始めた。


 まず、ヴァンパイアの背後から、巨大なコウモリの羽を広げた女がゆっくりと舞い降りてきた。


 彼女の羽ばたきはかすかな風を起こし、その翼は闇の中で不自然に蠢いている。

 青白い顔に妖艶な笑みを浮かべ、赤い瞳が鋭く輝いた。

 彼女の姿は美しいが、どこか悍ましさを感じさせ、その笑みには血を求める飢えが隠されていた。


 一方、路地裏の暗がりから、低い唸り声と共に狼男が姿を現した。


 半獣半人の体は筋肉に覆われ、鋭い牙がちらりと見えた。

 体全体が毛深く、手には爪が獣のように伸び、鋭い爪先が石畳を引き裂く音を立てている。

 彼の黄色い目が街の残骸を見渡し、次の獲物を探しているかのようだった。


 さらに、不気味な青白いドレスをまとった幽霊が、通りの端からゆらりと浮かび上がった。


 彼女の体は透明で、風に揺れるようにゆっくりと進んでくる。

 彼女の顔はほとんど感情を持たないが、その眼差しは冷たく、命を吸い取るかのような無表情で、不気味さを増幅させていた。


 最後に、路地の影から現れたのは、巨大な魔杖を手にした老婆だった。


 背中を曲げ、杖を支えにしながら歩くその姿は、一見弱々しく見えるが、彼女の目に宿る悪意と邪気が周囲の空気を不穏に震わせている。

 杖の先端は緑色の光をぼんやりと放ち、呪詛の力を込めた魔法を放つ準備ができているかのようだった。


 それぞれの存在が醸し出す不吉さは、街全体を覆い尽くすかのように広がっていった。

 破滅と死の予感が漂い、まさに闇の勢力が集結しようとしていたかのようだった。


 ☆☆☆


 夜の冷たい風が吹き渡る街に、不吉な風の音が響いていた。

 その音が不気味に街中に広がる中、何か異様な動きがあった。


 壊れた建物の影から、甲冑を身にまとった騎士や、一般人の姿が不気味に現れた。

 それらの姿は生前の面影を残しながらも、まるで屍のように無表情で動いていた。


 甲冑を着た騎士たちは、その重厚な鎧に錆びた跡が目立ち、歯車のようにぎこちない動きを見せる。

 彼らの目は空洞で、どこにも意志を持たない。

 ただ機械的に歩き続けるその姿は、まるで死んだ者たちが不死の命令に従っているかのようだった。


 また、一般人のゾンビたちは、ぼろぼろの衣服を着たまま、皮膚が青白く変色し、目はくぼんでいた。

 彼らもまた、自らの意思はなく、ただ目的もなく歩き続ける。

 時折、呻き声を上げながら、周囲の物にぶつかりながら進む姿が、何とも言えない恐怖を引き起こす。


 これらのゾンビたちは、完全に自らの意思を失っており、ただ闇の力に操られているだけだった。

 その姿が、街に不穏な雰囲気を一層強め、闇の中にさらなる悪夢が迫っていることを示していた。


 ☆☆☆


 レイは作戦会議の中で、戦力の分析をしながら心の中で考えていた。

 兵の士気は高く、練度も申し分ない。


 リカルド将軍も卓越した指揮官であり、戦場での判断力に問題があるとは思えない。

 それにも関わらず、なぜこの街で苦戦を強いられているのか。


 レイはふと、戦局そのものが問題なのではないかと気づいた。

 市街戦という狭い空間での戦いは、まるで狩人が街の害獣や害虫を相手にしているようなものだ。


 ヴァンパイアやその配下の魔物たちは、建物の陰や路地裏に潜み、奇襲を繰り返している。

 正規の軍勢では、そうした不規則な攻撃に対応しきれないのだろう。


「将軍、戦力も士気も十分です。しかし、この街での戦い方には問題があります」

 レイは口調を崩さずに提案した。


「言ってくれ」とリカルドは応じる。


「奴らは街の路地や建物に隠れて、我々の兵を散らしています。まるで害獣や害虫のように潜伏し、隙を狙っているのです。正面から戦うには不向きな相手です」


 レイは路地裏を指して続けた。

「私が魔法で奴らを路地から追い出します。敵を一箇所に集め、貴軍が正面から一気に叩く。そうすれば、この苦戦も解消されるでしょう」


 街の害虫駆除に例えたレイの提案は、理にかなっていた。

 ヴァンパイアたちのような敵を街の狭間で放置しては、永遠に彼らの狩り場となってしまう。

 リカルドもその言葉に深く頷いた。


 ☆☆☆


「さあ。地獄の門を開けましょうか」

 レイは微笑み、禁術呪文を唱え始めた。

 お読みいただきありがとうございました。

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