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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第三章 羨望の仮面
33/164

33話 アステラ市街戦 3

 レイとマテオは、ついに目的地である博物館に辿り着いた。


 アステラの街は、かつての市街戦の傷跡が生々しく残り、至るところに破壊の痕があった。

 しかし、今は不思議なほどに静まり返っており、戦の音はどこにも聞こえない。


「戦闘は終わったのか?」

 レイは、荒廃した街並みを見ながら、冷静に周囲を観察した。


 瓦礫の山や焦げた建物の壁が、戦いの激しさを物語っていたが、兵士たちの姿もなく、空気はどこか不穏な静寂に包まれていた。


 そんな中、通りの角から一人の若い兵士が現れた。

 彼は疲れた顔をしていたが、レイを見つけると急に明るい表情を浮かべ、近づいてきた。


「お嬢さん、一人か? 戦場では気をつけないと……俺が守ってあげるよ」

 軽薄な調子で話しかける彼の目は、レイをじろじろと見つめていた。


 レイはその視線に無反応なまま、静かに兵士を見返したが、何も言わなかった。

 彼女が答える前に、兵士の背後から大きな影が現れた。


 それは、槍を担いだマテオだった。

 大柄で、筋肉質な体に整った顔立ちを持つマテオが、無言で兵士の後ろに立った瞬間、兵士はその存在に気づき、振り返った。


 マテオの存在感と鋭い眼差しが兵士を圧倒し、若い兵士は一瞬にして怯んだ。

「あ、ああ――すまん、なんでもない」

 彼は急いで頭を下げ、そそくさとその場を去っていった。


 マテオは槍を軽く肩に担ぎ直し、レイに向かって苦笑いを浮かべた。

「おう、なにも()()()()か?」


 レイは軽く肩をすくめ、「どうも。ありがとうございます」と淡々と礼を述べた。

「危なかったな」とマテオは肩をすくめ「――あの兵士」と付け加えた。


 ☆☆☆


 歴史ある博物館はかつて、静謐で威厳に満ちた空間だった。


 古代の彫像や絵画が並ぶ展示室は、観光客や学者たちが足を運び、静かに芸術や歴史に心を寄せる場所だった。

 高い天井に反響する足音、数々の遺物が放つ重厚な空気。それらは今、過去の記憶となっていた。


 館内は緊張感に包まれ、薄暗い廊下には兵士たちが肩を寄せ合い、重い空気の中で歩哨に立っていた。

 羨望の仮面は、地下の金庫に厳重に保管されている。


 分厚い鋼鉄の扉が、外部の侵入を拒むように鎮座していた。

 その奥にある魔法防護は何重にも施されており、仮面を守るために設置された自動防御装置が今も静かに作動している。


 一階のホールには臨時の指揮所が設置され、地図や報告書が重ねられていた。

 指揮を執る騎士たちは次々と届く報告に耳を傾け、緊迫した表情を浮かべていた。

 古代の武具や鎧が展示されていた部屋は、今や防御用の武器庫となり、必要に応じて兵士たちがここから装備を調達している。


 窓には頑丈な鉄格子が取り付けられ、外部の攻撃を防ぐ準備は整っている。

 博物館の周囲にはバリケードが築かれ、歩哨が常に見張りをしている。


 外から聞こえてくる風の音に混じって、不気味な足音が近づく気配がする。

 戦いの緊張が高まる中、博物館はかつての静謐な姿を完全に失い、今や最前線の砦と化していた。

 その重苦しい空気の中で、全員が次の攻撃に備えていた。


 ☆☆☆


 レイとマテオは、博物館の三階、執務室へと通された。

 アステラで指揮を執るのは王国騎士最強とされる五騎士の一人、リカルド・カザーロン将軍である。


 執務室に入ると、リカルドは地図の前で腕を組んで顔を上げず「かけてくれ」とだけ言った。


 リカルドは、その堂々とした風貌に加え、気さくで親しみやすい性格が兵士たちの間で評判だ。

 黒髪と精悍な顔立ちに無精髭が加わり、彼の経験豊富な戦士としての風格をさらに引き立てている。


 五十歳を迎えてもその巨体は衰えを知らず、兵士たちに対して威圧感を与えるどころか、冗談を交えて気さくに接し、厳しい戦場でも彼の存在が士気を高める要因となっていた。


 リカルドが顔を上げると破顔してマテオを見た。

「おう! お前、マテオか? 久しぶりだな!」

 マテオは何が何だかわからぬ顔で、目を丸くした。


「ありゃ。覚えてねえか。冒険者やってた頃は、何度もボスケブラボの方に行ったんだがなあ」

 リカルドは頭を掻いて、少し困ったような表情を浮かべた。


「え?! ああ! 竜殺しの兄ちゃん!」

「おお! 思い出したか!」

 リカルドが手を叩いて喜ぶ。


「は? ちょっと待って。竜殺し? 将軍て、ドラゴンスレイヤーなんですか?」

 マテオの隣りで成り行きを見守っていたレイが声をあげた。


「ああ。そうだ。剣もあるぞ。これだ――」

 リカルドの背後には、巨大な大剣ドラゴンバスターが立て掛けられていた。


 その剣は、何頭もの大竜を屠ったことで伝説となったドラゴンスレイヤーの象徴であり、誰もが一目で畏敬の念を抱く。

 刃には無数の戦いの痕跡が刻まれており、それを持つリカルドの存在感は、一歩前に出るだけで周囲の空気を変えてしまうほどだ。


 すると、いつも取り乱すことのないレイが、頭を抱えて悶絶し始めた。

「えええええ。ドラゴンスレイヤー、出てくるの遅くないですか??」


「いや、そんなコトを言われても……」と流石のリカルドも苦笑している。


「ああああ! 言われてみれば、そうだよ! 専門家がこんなトコロで! こんなトコロでえええ!」

 レイにつられたのか、マテオも叫びだす。


「私たち何度も死にかけたのにいい! 出てくるの、遅いい! なんで今更、ドラゴンスレイヤーが出てくるんですかあ!?」

 数々の危機を思い出して、レイは頭を抱えだした。


「竜人も竜もいたのにいいいいい! 死んじゃうトコロだったんだぞおおおお!」

「いやあああ! ドラゴンスレイヤーが、スレイヤーしてないい!」

 段々とリカルドの笑顔も消えてきた。


「仕方ないだろ! 竜が出るなんて予想できないんだから!」

「兄ちゃんがいたら全然楽だったのにいいいい!!」

 更にごねるマテオとレイ。


「お前ら、うるせえ!」

 ついに、リカルドの堪忍袋の緒が切れた。


 ☆☆☆


 初対面でリカルドに怒られたレイとマテオは、出されたお茶を飲んで落ち着いていた。


「取り乱してすいません。竜と戦ったばかりだったもので」

 レイは謝罪すると、マテオも頭を下げる。


「構わん。気にするな。初めて竜と戦えば、皆そうなる」

 リカルドは「がはは」と笑った。


「――ところで兄ちゃん……じゃねえや、将軍。戦況を知りたいんだが」

「芳しくないな」

 リカルド将軍は笑顔を消して、渋い顔で地図を指しながら、低く響く声で語り始めた。


「奴らはまず聖職者を狙う。教会は壊滅状態だ。癒し手や司祭を守りきれなければ、我々の士気は崩壊する。今は博物館を死守するのが精一杯だな」


「そうすると、やはり敵は――」

「ヴァンパイアだ」

 リカルドは唇を噛んで言った。


 ☆☆☆


「あの……質問が」

 レイがリカルドに訊く。

「なんだ?」


「王国五騎士というのは全員が将軍並のレベルなんですか?」

「天才が一人いるが、他はまあ、似たり寄ったりかな」

 リカルドが茶を啜り、少し考えて答えた。


「どうした? そんなに強いのか? あのおっさん」

 マテオがヒソヒソとレイに訊いてきた。


「強いどころか超が付く人外ですよ。こっそり階層レベル計ってみたら十八って出ました」

「巨竜が二十くらいだっけ?」


「私の竜化や、先輩が暴食の槍を扱えて、十五か十六くらいですから。戦闘時には一つか二つ上がりますからね。平時から巨竜と同レベルって――完全に異常者です」


「おい。誰が異常者だ。聞こえてるぞ」

 リカルドが鋭い視線を投げかける。


 レイが視線を移すと、リカルドの傍に立てかけられた大剣――ドラゴンバスターが目に入った。 

「すごい武器……だけど、市街戦には向いてないような気がしますね」

 レイは思わず声に出してしまった。


 リカルドは目を細めて、少し笑みを浮かべた。

「その通りだ。狭い路地では使いづらい」とリカルドは、あっさり認めた。


 名を馳せたドラゴンスレイヤーが、ヴァンパイアごときに後れを取るなんて――悔しいだろうな、とレイは心の中でそう思った。

 かつて、巨大な竜をも屠った男が、今は不死者の軍団に追い詰められ、聖職者を守るのが精一杯という現実。


「伺いたいのですが――」レイは口を閉ざし、言葉を選んだ。

「どんな敵でも、あの剣で斬れるんですよね?」


 リカルドは微かに笑いながら、ドラゴンバスターの柄を軽く叩いた。


「敵がヴァンパイアだろうが、竜だろうが、俺にとっては同じさ。ただ、勝つにはちょっと工夫が要るだけだ」

 レイは頷き「そうですか」と言って含み笑いした。


 それを横で見ていたマテオは、またエグい策でも思いついたんだろうなと感づいて、すこし首を窄めた。

 お読みいただきありがとうございました。

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