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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第三章 羨望の仮面
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32話 アステラ市街戦 2

 戦場が近くなってきた。


 レイとマテオは、アステラへの道中にある小さな町、リューベックに立ち寄ることにした。

 学問都市アステラの近くの小さな大学の図書館がレイの目当てである。


 リューベックの町は、アステラでの市街戦の影響を受け、街道沿いの町のような混雑はないが、多くの人間が逃げ出した後で閑散としていた。


 商店街に並ぶ店は、ほとんどが閉まっており、窓には板が打ち付けられている。

 人々の姿はまばらで、通りを歩く者も緊張した面持ちで足早に過ぎていった。

 戦火がすぐ隣まで迫っているという現実が、この町全体に重苦しい空気を漂わせていた。


 レイたちは周囲を見渡しながら、閑散とした町の様子に無言のまま歩を進めた。

 アステラで続く戦闘の噂は、すでにリューベックの住民の間に広がり、彼らを怯えさせ、日常生活を一変させていた。


 それでも、リューベックに残るわずかな者たちは、静かに、しかし確実に日常を続けようとしている。

 その中で、大学の図書館だけが時間を忘れたように存在し、外の荒廃とは対照的に、豊富な知識が静かに眠っていた。


 図書館の外観は石造りで、背の高い窓からは柔らかい陽光が差し込んでいる。

 レイは建物に足を踏み入れると、すぐにその内部の落ち着いた空気に満足そうな表情を浮かべた。

 内部は木製の棚がびっしりと並び、予想以上に豊富な蔵書が目に飛び込んでくる。


「こんな小さな町に、これだけの蔵書が……」

 レイは驚きを隠せず、自然と声が漏れた。


 彼女の目は、魔具や古代の文献が詰まった書棚を次々に追いかけ、その蔵書の豊かさに喜びを感じている。


 薄暗い廊下に沿って並ぶ本の背表紙が、古くも尊い知識の象徴として静かに存在感を放っていた。

 木の床を踏みしめる音が微かに響く中、レイは夢中で本を手に取る。

 図書館の静けさの中、彼女はゆっくりとページをめくり、知識の海に浸っていく。


 ☆☆☆


 館内は静かで、所々に研究中の学生や学者たちの姿が見える。

 レイは書架をひとつひとつ確認しながら、熱心に探し物をしていた。


 一方、マテオは図書館内を無目的に歩き回り、興味があるような、ないような様子で本を眺めていた。

 彼は図書館の静寂と知識の豊富さには無関心で、ただの時間つぶしをしているかのようである。


 そんな中、図書館の奥に一際異彩を放つ美女が目に入った。

 彼女は美しい顔立ちに優雅な姿勢を持ち、書架の間に立っている。


 その姿が、他の司書たちとは一線を画していた。

 彼女は黒髪を整え、落ち着いた色合いの服を身にまとい、知的でありながら魅力的な雰囲気を漂わせている。


 マテオはその美女に興味津々で視線を向け、彼女の動きに注目していた。

 彼女は書架の間を静かに歩きながら、来館者に必要な情報を提供しているようだった。


 美女はレイに気づくと、優雅に微笑みかけ、レイの方に歩み寄ってきた。


「こんにちは。何かお探しでしょうか?」

 彼女の声は柔らかく、聞き心地が良い。


 レイは少し驚きながらも、穏やかに答えた。

「古代魔具についての資料を探しています」


 美女はにこやかに頷き、レイの目線の先にある書架を指さした。

「こちらの棚に関連する資料があります。もしよろしければ、ご案内致しますが」


 彼女の対応は親切であり、レイはそのプロフェッショナルな態度に感謝しながら、案内に従った。

 マテオはその光景を見守りながら、彼女の魅力に再び目を奪われていた。


 レイは、礼を言うとすぐに本の検索を終え、さっさと席について調べ始めた。

 彼女の集中力は鋭く、静かに自分の世界へと没入していった。


 一方、マテオは美女の笑顔に気を取られ、彼女に話しかける機会を伺っていた。

 目の前の美女に興味を抱き、軽く肩をすくめながら彼は親しげに声をかけた。

「ここって、蔵書が豊富だね。美しい司書さんまで豊富とは知らなかったけど」


 司書は優雅に微笑みながら、特に動じることもなくマテオの言葉に応じた。

「ありがとうございます。図書館の知識はもちろん大事ですが、皆さんが快適に過ごせるようにお手伝いするのも私の役目ですから」


「ところでさ。この町、閑散としているけど、まだ開いてるおいしい店や宿なんか知ってる?」


 司書は微笑みを浮かべながら、親切に答えた。

「そうですね、少し歩いたところに『ブルーベル』というレストランがあります。小さなお店ですが、好評ですよ。それに、宿なら『ミラベルの宿』がまだ営業していたはずです」


「ありがとう! 助かるよ」

 マテオは満足そうに胸を張り、その情報を得たことを自慢げにレイに伝えた。

「な? 美人司書さんのおかげで、夕食も宿もばっちりだぞ!」


 しかし、レイは本から顔を上げ、呆れたようにマテオを見つめた。

「夕食に誘ったりしなかったんですか?」

「フラれた」とマテオは言って、天を仰ぎ嘆くような真似をした。


 レイは静かに笑うと「退屈なら、出ていても大丈夫ですよ。私、閉館まで調べ物がありますから」とマテオに言った。


「ああ。いいよ。こっちも勉強くらいしなくちゃな」


 ――この人、まだ美人司書に未練があるな。


 レイはマテオの本心を見抜くと「そうですか」と応じて、再び本に目を落とし、それきりマテオにも美人司書にも関心は示さなかった。


 ☆☆☆


 レイの後ろ姿が窓から見える。

 美人司書は、書棚の間を静かに歩きながら、丁寧に眼鏡を外した。


 彼女の瞳がレイの後ろ姿を追い、微笑みの中に一抹の興奮が見え隠れしていた。

 彼女の口元には、わずかに色っぽい笑みが浮かび、舌先で唇を軽く舐めた。


 図書館の窓から、夕陽が静かに差し込んできた。

 夕焼けの光が室内に染み込み、空間は赤く染まっていく。

 サンティナの美しい顔立ちがその赤い光に照らされ、まるで燃えるような色合いに変わっていた。


 魔女の繊細な肌が夕陽の赤に包まれる中、その姿は一層神秘的で妖しい雰囲気を醸し出す。

 サンティナの長い黒髪が、夕焼けの光を受けて血のように赤く染まり、彼女の影を壁に引き伸ばしていく。

 その姿は、まるで一瞬の幻影のように、図書館の静かな空間に溶け込んでいた。


 サンティナのなかで燻る興奮の火花は、誰に知られることもなく輝き続ける。

 夕陽のなかで、いつまでも。

 お読みいただきありがとうございました。

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