31話 アステラ市街戦 1
レイとマテオは、月明かりの下、静かに第二都市へと向かう道を歩いていた。
彼らの目的は、魔王の遺物の一つ”羨望の仮面”。
先頃、第二都市アステラの博物館に秘匿されていたことがようやく判明したのである。
「良かったんですか? 領主の勤めがあるでしょうに」
「危急存亡の秋にそんなことを言ってる場合じゃないだろう。引退した親父を引っ張りだした」
「へえ」
「とはいえ、やらせろって言ってきたのは親父だぜ? なにせ臨時で税収が激増するわ、拡がりすぎた密林の開拓事業は進むわで」
「開拓事業って、アレほとんど、竜が暴れた結果でしょ?」
「そんなコトは、どうだっていいんだよ。領主にとって領地の開発事業は夢なんだから。金と土地があって引退してたらアホだぜ」
マテオは「がはは」と笑った。
☆☆☆
アステラは学問都市とも呼ばれ、星を意味する。
星のように輝く、または高い目標を持つといった意味合いが込められている。
その都市が、今や騎士団が博物館を死守する市街戦の様相を見せ始めていた。
レイとマテオは瞬間移動で魔物との遭遇を回避しつつ、情報収集も兼ねて、街道の町々を巡っていた。
道中の光景は彼らにとって重い現実を突きつけるものであった。
アステラで上がった戦火は多くの避難民を生んでいたからである。
地方の町々は、まるで崩壊寸前のように混乱していた。
戦火の影響で故郷を追われた避難民たちが溢れかえり、街道沿いには疲れ果てた人々が集まり、行く当てのない様子でただ彷徨っている。
「ここまで酷いとは思わなかった」
レイは低くつぶやいた。
子供を抱えた母親、手を引かれて歩く幼い兄妹、力尽きて地面に座り込む老人たち。
その一つ一つの光景が、レイの胸を締め付けた。
マテオも無言でその光景を見つめていたが、表情を険しくすることはなかった。
彼の眼差しは冷静で、その中に湧き上がる感情を抑え込んでいるかのように見えた。
☆☆☆
地方都市に到着したレイとマテオは、疲れ果てた体を引きずりながら、どうにかして休息を取る場所を探していた。
町中は人々で溢れかえり、どこを見ても混乱が広がっている。
通りは避難民でごった返していた。
街道沿いに集まる避難民たちや、商人たちの叫び声が絶えず響き渡っている。
食堂の前には長い列ができ、店員たちは疲れ切った顔で注文を取っていた。
レイとマテオは、どうにか食堂に入るが、座る場所さえも見つけるのがやっとだった。
店内はぎゅうぎゅう詰めの状態で、人々が肩を寄せ合い、疲れきった表情で食事を待っている。
周囲の客たちは無言で食事をかきこみ、誰もが目の下にクマを浮かべていた。
ほとんどの皿には、薄いスープと硬いパンだけが盛られている。
「注文、何にする?」
マテオがメニューをちらりと見てレイに尋ねるが、選べるものなどないのは明らかである。
戦乱の影響で物資が不足しており、店も簡単な料理しか出せなくなっていた。
「何でもいいです。今は食べられれば、それで」
レイは疲れた声で答えた。
ようやく運ばれてきたのは、硬いパンとわずかな野菜の煮込み料理だった。
二人は文句を言うことなく、無言で食べ始めた。
周囲の喧騒が気にならないほど、彼らの意識は食事に集中していた。
店内は、低い話し声や食器の音で騒がしかったが、ふとした瞬間に「魔女」という言葉が聞こえる。
その一言が交わされるたび、店内の空気が一瞬重くなった。
魔女たちへの憎悪が街中に満ちていることがわかる。
疲れた顔の中には、憤りを押し殺したような目がいくつも見られた。
「少なくても、これで体力は回復できそうだな」
マテオがパンを噛み締めながら呟いた。
彼は食事を終え、席を立つとレイに視線を向けた。
「次は宿か――見つかるかどうか」
☆☆☆
食事を終えた二人は宿を探し始めたが、どの宿も満室だった。
町に押し寄せた避難民や旅人たちが、すべての宿を埋め尽くしている。
レイらは次々と宿のドアを叩いたが、どの宿からも「満室だ」と無情な返答が返ってくる。
受付で言い争う声が外まで漏れ聞こえるほどだった。
街を歩いていると、避難民たちが路上で身を寄せ合っている。
空になった家屋や商店の軒先で、毛布をかぶった人々が疲れ果てた表情で座り込んでいた。
何人かが通りすがりの二人を睨むように見つめたが、特に声をかけることもなく目を逸らした。
宿が見つからないまま夜が更け、仕方なく町外れの林に向かった。
小さな木立の中、遠くの方から避難民たちの話し声や、喧噪が風に乗って微かに聞こえてくる。
彼らもまた、夜をどう過ごすか悩んでいるに違いない。
「やっぱり、こうなるか……」とレイはため息をついた。
彼女の表情には疲労と諦めが滲んでいる。
「仕方ない。今夜は野宿だな」
マテオは周囲を見回し、野営に適した場所を探し始めた。
夜の帳が下りる中、二人は町外れの小さな林の端に辿り着き、草むらの上に敷物を広げて腰を下ろした。
レイは夜空を見上げ、冷たい風を感じながら静かに息を吐いた。
「野宿なんて久しぶり。こんなに冷えるとは思わなかった……」
マテオは肩をすくめつつ、持っていたマントをレイに渡した。
「よく見ておこう。これが、奴らがやらかした現実だ」
「そうね。本当にそうだわ」
レイはマントを受け取り、感謝の意を込めて微笑んだが、その表情はどこか儚かった。
夜風がレイとマテオの頬を冷たく撫でる。
二人は疲れ切った体を横たえ、静かに目を閉じた。
遠くで微かに聞こえる避難民たちの声を背景に、彼らは短い休息を取るしかなかった。
明日もまた、混乱の中を進まなければならないことを理解しながら。
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