30話 竜門 11
ボスケブラボの町は、凱旋したレイたちを迎えて歓声に包まれ、町中が祝杯に湧いていた。
酒場や広場には町民や冒険者たちが集まり、勝利の喜びを分かち合っていた。
各所で焚き火が燃え、音楽や笑い声が響き渡る。
長い戦いを乗り越え、安堵と誇りが交差する夜だった。
レイはその喧騒を背に、静かにセリナと別れの時を迎えた。
セリナは、次なる任務として海の遺物を回収するため、再び旅立つ準備をしていた。
「無理言って、こっちへ来てもらって良かったわ。本当にありがとう」
「いやいや。こっちも思わぬ研究資金が入ったんで良かったッスよ」
そうなのだ。
巨竜は残すところがない魔具の最高級素材として、極めて高額で取引されている。
しかも、あれほどの竜であれば、どれだけの値がつくのかわからない。
それに加えて、巨獣たちの肉や毛皮、牙、爪、魔具の材料にもなるだろう。
それだけあれば、莫大な金額になる。
一緒に行った冒険者たちが売値の二割を分割、セリナとマテオがそれぞれ一割、最も戦功のあったレイが三割を貰う契約がすぐに成立した。
ちなみに残りは税金として密林地域の復興財源に回されることになった。
「海には魔女が来ているかもしれないわ」
「ああ。レイレイの村を襲った奴ッスね。確か魔力を吸い取るという」
「おそらく物理攻撃しか通らないと思う。もし遭遇したら気をつけて」
「まあ、五騎士も捜索してるし、心配ないと思いますよ。ヤバくなったら逃げますし」
アハハと笑いあう。
「でもイイんスか? こっちに来ないで」
「うん。個人的には行きたい気持ちはあるけど、どう考えても”羨望の仮面”を優先しないと国家存亡の危機になると思う」
「なんと? そんなにヤバいもんなんスか?」
「ええ。詳しくは私の論文読んでみて」
「わかりました。気をつけてくださいね。あと、魔女がいたら私が殺っちゃってもイイッスよね?」
「どうぞ。どうぞ。望むところよ」
二人はまた笑いあって、すこし長めのハグをした。
☆☆☆
「ああ。先輩。意思を持つ魔具が一度、所有者を決定すると、ちょっとやそっとじゃ他人に移譲することはできなくなるらしいんですよね。ちょっと? 聞いてますか?」
レイが呑めない酒をほんの少し舐めて顔を赤くしていると、マテオが馬鹿デカい骨付き肉を頬張りながら隣りに座ってきた。
「ああ。聞いてる。聞いてる。そうすると、俺が暴食の槍の正式な所有者になったって認識で良いの?」
「ふぁいふぁい」
レイがマテオが持っている肉に齧りついて返事をした。
「え? どっち?」
マテオが眉根を寄せて口を尖らせる。
「ああ。ふぉれからですね。気をつけてください。あの槍、通常でも禁術階層十五以上のレベルはありますから」
「食べてから喋れよ」と言いながら、マテオは首を捻る。
どうやら十五階層のレベルを理解できないらしい。
「ああ、もう! わかんない人ですね! デカい竜がいたでしょ?」
レイはマテオの肉に、また齧りついた。
「ファレを振り回すようなもんだと思ってください。モグモグモグ……なんせ、私が一番危ないと思った魔王の遺物のひとつですからね。うえへへへへ」
マテオはそれでも首を反対方向へ傾けた。
ピンときていないな、とレイは思った。
「暴食の槍が、魔力と質量を破壊力に変換するのは知ってますよね?」
「うん」
「だとしたら、どういう防衛手段も無効化されるということになります。魔法防壁でも、物理的に壁があっても、ぜえんぶ無効化された上に、その魔力と質量が上乗せされて攻撃されます」
「は? はあああああああ?? 反則だろうが。そんなもん!」
「相手はテロリストですよ? 反則も卑怯もないでしょう。これを獲られていたら、少なくとも数十万人の犠牲者は出ていたと思います。掛け値なしに大量破壊兵器です」
「おいおいおいおい。マジか。獲れて良かったなあ。おい!」
「理解せずに、魔王の遺物の所有者になった人って、先輩が人類初だと思いますよ。誰がどう見ても、完全に超危険物ですから」
さすがのマテオもごくりと唾を飲み込んだ。
「……ところでお前、酔ってないか?」
レイが肉を食べ尽くした骨を握り締め、マテオが言った。
「じぇんじぇん酔ってなどおりませぬ」
レイはしゃっくりしながら答えて「うへへ」と笑い、サムズアップした。
セリナとは、今話でしばらくお別れ。
途中、ガスパールが強すぎて本気で頭を抱えましたが、レイの覚醒に繋がったので、結果的には良かったかなと思っています。どうしようかと思いましたからね。
さて、次章から遺物争奪戦が激しさを増していきます。
どうぞお楽しみに!
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