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聖剣悪女  作者: 河田 真臣
第二章 暴食の槍
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27話 竜門 8

 レイがふらつくと、セリナがすぐに駆け寄り、両手をかざして水魔法の準備を始めた。


 セリナの掌からほのかな青い光が放たれ、それが空気中に漂う水分を集めて徐々に形を成していく。

 レイの体を水の膜がゆっくりと覆い始めると、彼女の傷口から滲み出る血が水に溶け込み、血管の修復が行われているのがはっきりとわかる。

 水は薄い光を放ち、レイの肌をなぞるように流れていた。


 レイは目を閉じ、深く息を吸い込んでからゆっくりと吐き出す。

 痛みが引いていく感覚に安堵の息を漏らした。


 周りにいる冒険者たちは、この光景に目を見張っていた。

 先ほどまでの激闘で疲れ切っているにもかかわらず、彼らはレイの竜化の姿を忘れることができず、彼女の恐ろしいまでの変化に、恐れと驚きを隠せないでいた。


 ☆☆☆


 その時、密林の奥から突如として何かが現れた。

 冒険者たちは一斉に振り向き、その方向に目を凝らした。


 そこに立っていたのは、ぼろぼろの服をまとい、怒りに満ちた表情を浮かべたガスパールだった。

 彼の体には無数の傷が刻まれており、その目には深い憎しみが宿っていた。


 レイはゆっくりとセリナの魔法の膜の中から立ち上がり、鋭い目つきでガスパールを見つめ返した。

 辺りは一瞬、緊張が走り、次の瞬間に何が起こるのか、誰もが息を呑んで見守っていた。


 ☆☆☆


 密林の中から現れたガスパールの姿は、以前の彼の威厳をまったく感じさせないほど惨憺たるものだった。

 竜の息吹の直撃を受けた体は、まるで戦場を経たかのように無残だった。


 ガスパールの角は根元から折れ、片方は完全に失われていた。

 もう片方の角も根元の方で裂け、かろうじて頭に留まっているものの、今にも崩れ落ちそうな状態だ。

 その周囲には出血の痕跡が残り、乾いた血が彼の額を汚していた。


 顔には深い切り傷がいくつも走り、そのほとんどが竜の鱗のように赤黒く腫れ上がっている。

 片方の目の周囲は特に腫れていて、視界が塞がれているのかもしれない。


 口元には裂けた傷があり、唇の端から血が滲み出ていた。

 彼が息を吐くたびにその傷口が開き、血がぽたぽたと地面に滴り落ちる。


 ガスパールの体はあちこちが不自然な角度で曲がっており、少なくとも数本の肋骨が折れていることが明らかだった。

 左腕は完全に脱臼して垂れ下がり、右足も膝のあたりで不自然に曲がっている。

 彼が一歩踏み出すたびに、痛みに顔を歪め、低い唸り声を上げていた。


 さらに、ガスパールの胸元には大きな焼け焦げた痕が広がっており、息吹の熱によって焼かれたことがわかる。


 焦げた皮膚が剥がれ落ち、赤い肉が露出している部分もあった。

 その傷口からは、絶え間なく痛々しい煙が立ち上っている。

 背中も同様に焼け爛れており、彼の全身がまるで竜の火に焼かれたような跡を残していた。


 ガスパールの全身は、そのまま倒れ込んでもおかしくないほどの痛みと疲労に覆われていた。


 しかし、彼の目には未だ消えない憎悪の炎が燃え盛っており、その瞳はレイを見据えて離さなかった。

 痛みに苦しみながらも、ガスパールは彼の復讐心を頼りに立ち上がり、再び戦いの場へと足を運び続けていた。


 ☆☆☆


 ガスパールは、自分の身体が限界に近づいていることを悟りながらも、力を振り絞って魔法を唱え始めた。


 彼の口から呪文が低く響き渡り、その言葉が次第に力を帯びていく。

 彼の血にまみれた手が空を切ると、密林の奥深くから巨大な猛獣たちが次々と現れた。


 体を覆う分厚い毛皮と鋭い牙を持つ狼のような魔物。

 全身に硬質な鱗を纏った巨大なトカゲ。

 そして鋭い爪で地面を抉りながら進む熊のような獣。

 空気を切り裂くような鋭い鳴き声と共に、翼を広げた猛禽類の魔物が現れた。

 それら総ての猛獣どもの瞳は、狂ったように爛々と輝いている。


 これらの魔物たちは、ガスパールの意志に従い、怒り狂った瞳でレイたちに向かって突進してきた。


 その時、冒険者たちが素早く動き出した。

 ある者は矢を素早くつがえ、連続して正確に魔物たちの急所を狙い撃つ。

 その矢はまるで風のように魔物の間を駆け抜け、次々と敵を倒していった。


「こっちは任せろ!」


 マテオが一声を上げると、槍が黒く染まり、鋭く光を放つ。

 彼は槍を振りかざし、猛獣たちの群れに突進していった。


 槍は魔物の体を次々と貫き、そのたびに血とともに魔物の力を吸収していく。

 暴食の槍は満足したように振動を増し、その威力はさらに強まっていった。


 ☆☆☆


 一方、レイはセリナの治癒を受けながら、右手を前に差し出して召喚の呪文を唱えた。

 レイが右手をゆっくりと掲げると、その手のひらに黒い魔力が集まり始め、暗黒の光が渦を巻く。

 空気が震え、地面が揺れる。その場にいた誰もが、何が起こるのか分からず息を呑んだ。


 ――第十九階層召喚禁術 奈落の巨人(アビス・ジャイアント)


 レイの叫びと共に、地面から暗黒の霧が立ち昇り、巨大な影が形を取り始めた。

 レイは地獄の虜囚を召喚した。


 巨人の全身は巨大な鎖に繋がれ、鎖は地の底から伸びているかのように見える。

 巨人の顔は赤髪と赤い髭で覆われ、その瞳には炎が宿っているかのように輝いていた。


 暗黒の霧で覆われたその姿は、目だけが赤く輝き、無限の闇を思わせるほどに巨大だった。

 奈落の巨人が咆哮を上げ、戦場にその存在を誇示した。


「蹴散らせ。巨人」


 レイの命令に応えた巨人は、繋がれた鎖を引きずりながら、獰猛な魔物たちの群れに向かって一歩を踏み出した。

 巨人は、その巨腕を振り下ろし、猛獣たちをまるで紙切れのように引き裂いていく。


 鎖が大地に打ちつけられるたびに、地面は震え、魔物たちは一瞬にして無力化されていった。

 目の前に立ちはだかる魔物たちは次々と鎖で引き裂かれ、粉々に砕かれていく。

 一方でレイは、セリナの治癒を受け続け、体力を回復させていった。


 ☆☆☆


 ガスパールは、己の眷属が次々と倒されていく光景を目の当たりにし、顔を歪めて呻き声を上げた。

 彼の破れかぶれの行動は、結局レイとその仲間たちの団結の前に屈するしかなかった。


 ガスパールの召喚した魔物たちは、暴食の槍を振るうマテオと奈落の巨人の猛威の前に次々と倒されていき、ガスパール自身も追い詰められていく。


 ☆☆☆


 突然、ガスパールが攻撃を開始した。

 両腕を交差させると、鱗が弾丸のように飛び出し、レイに向かって高速で襲いかかる。


 レイは冷静に左腕を上げ、竜手でセリナを庇つつ、弾丸をはじき返した。

 金属音のような音が響き渡り、弾丸は周囲の地面に散らばった。

 レイはガスパールの腕を掴んで投げ飛ばす。


 辛うじて投げを堪えたガスパールは、苦しげにレイの手を振り払おうとするが、竜の力に抗うことができない。

 その瞬間、レイは右手を振り下ろし、暗黒の雷をガスパールに叩き込んだ。

 暗黒の雷がガスパールの体に直撃し、彼の体は激しく震え、地面に叩きつけられる。


「ぐあッぎゃああああ!」


 ガスパールは痛みに顔を歪めながら、何とか立ち上がろうとする。

 しかし、レイの攻撃は容赦なく続く。


 レイは左手の剛力でガスパールを押さえ込み、右手の魔法で次々と攻撃を繰り出す。

 火炎球、暗黒の刃、雷の閃光――彼女の魔法は多彩であり、その一撃一撃がガスパールを弱らせていった。


 ついに、ガスパールは膝をつき、息を切らしながらレイを見上げた。

 ガスパールの目には、恐怖と悔しさが混じり、レイは冷酷に敗者を見下ろすだけである。

 お読みいただきありがとうございました。

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