25話 竜門 6
ガスパールの竜人の姿は一層恐ろしく、巨大な翼を広げ、鋭い爪を振るう。
その目は狂気に輝き、まるで周囲の全てを滅ぼそうとしているかのようだった。
その前で、マテオと冒険者たちは必死に戦いを繰り広げていた。
マテオは暴食の槍を握りしめ、ガスパールの攻撃を巧みにかわしながら反撃していた。
槍の力を僅かながらでも引き出しているのか、どうにかガスパールと打ち合うことは可能であった。
しかし、ガスパールは少々の攻撃では怯みもしない。
こちらが渾身の攻撃を仕掛けても、すぐに猛烈な反撃を繰り出してくる。
マテオは汗だくになりながらも、笑みを浮かべて戦い続けた。
その姿は勇敢でありながらも、どこか無謀さを感じさせるものだった。
冒険者たちもそれぞれの役割を果たし、ガスパールに対抗していた。
盾役の冒険者たちは前線でガスパールの攻撃を受け止め、引きつけることで、マテオの攻撃の隙を作り出す。
彼らの盾に打ち込まれる爪の音が鋭く響き、そのたびに彼らの体が揺れ、数人は必ず吹き飛ばされた。
魔法使いは地面を泥に変え、ガスパールの炎を防ぎ、サポートに徹していた。
誰も退くことなく、何度倒されても、ガスパールに立ち向かい続けていた。
セリナはその後方で冷静に状況を見極めながら、回復魔法を繰り出していた。
彼女の手から放たれる淡い水の光が、傷ついた仲間たちに触れるたびに、傷が癒えていく。
冒険者が吹き飛ばされてくると、セリナはすかさず回復魔法を送り込み命をつなぎとめた。
彼女の迅速な対応が、戦いを続けるための力を与えていた。
地獄オオグモのバキーは、仰向けにひっくり返って足をピクピク痙攣させたまま動けない。
セリナの回復魔法で裂かれた腹は閉じていたが、とても戦える状態ではない。
ドギーは数本の足を失いながらも、なんとかギリギリの距離から糸を吐き出して、ガスパールの出足を絡め取っていた。
「パイセン! 下がって!」
セリナが叫びながらマテオに合図を送ると、彼は素早く距離を取った。
次の瞬間、ガスパールの尾が鋭く振るわれ、マテオのいた場所の地面を深くえぐる。
マテオは薄氷の上を滑るように身を翻し、再びガスパールに向かって突進して行った。
☆☆☆
「褒めてやるよ。虫けらども。俺に、この技まで出させるんだからな――」
ガスパールの気配が変わると、マテオたちは一旦、後退する。
ガスパールの体が大きく膨れ上がり始めた。
その筋肉が波打ち、骨がきしむ音が聞こえてくる。
ガスパールの胸部が膨張し、彼の鱗は金色の輝きを放ち始めた。
双眸が燃え立つように光り、口元からは白い煙が漏れ出していた。
周囲の空気が異様に重くなり、その場にいた全員が自然と息を呑んだ。
「……そんな、そんなバカな―― あれは、神話の……」
冒険者の一人が声を震わせながら叫んだ。
その言葉を聞いた仲間たちの顔が恐怖に染まる。
「竜最大の――竜の息吹か」
マテオが言った。
神話の中にしか存在しないと思っていた、伝説の力が目の前で現実のものになろうとしていたのだ。
「終わった――そもそも、竜人に勝てる道理なんかなかったんだ……」
冒険者たちが、力尽きたように膝をついてしゃがみ込む。
「起て! レイが戻ってくるまで耐えるんだ!」
マテオが歯を食いしばりながら叫び、目はガスパールから一瞬も離せないでいた。
暴食の槍を握る手が自然と強くなる。
マテオの経験と本能が、今この場にいる全ての者が、ガスパールが放つであろうその一撃に耐えられないことを理解していた。
「なにそれ? 炎でも吐くんスか?」
セリアが首を傾げながら、無邪気に問いかけた。
彼女の軽い態度は、その場の張り詰めた空気とは衝撃的に対照的だった。
☆☆☆
ガスパールの体がますます膨らんでいく。
まるで嵐の前の静けさのように、空気が静まり返り、すべての音が遠ざかっていくような錯覚に陥る。
次の瞬間、何が起こるのか誰もが予想できず、ただ目を見張っていた。
マテオと冒険者たちは、巨大な竜人ガスパールの前に立ちはだかり、息を詰めて次の瞬間を待っていた。
ガスパールの体が徐々に膨らんでいき、まるで巨大な風船が膨らむようにその胸が膨張していく。
その姿は圧倒的であり、まるで神話の中の竜そのものであった。
ガスパールの黄金の瞳が強く輝き、口から漏れ出る炎の煌めきが、辺りを灼熱の空気で満たしていく。
「これが……竜の息吹――」
マテオの心には死の予感がよぎり、全身が緊張に震えた。
このままでは彼も仲間も、そしてこの密林の大地そのものも、焼き尽くされるだろう。
避ける場所などどこにもない。
彼の目には、ガスパールが吐き出そうとする炎が迫ってくるのが見えるようだった。
もはや抵抗する術もなく、死を覚悟したその瞬間だった。
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