23話 竜門 4
「セリナ。地獄オオグモのドギーとバキーを召喚するから、少しの間だけでいい、奴を足止めして」
レイはセリナに耳打ちする。
「ッうえええ?! 今ですか??」
セリナは目を白黒させて唾を飛ばす。
「そりゃそうよ。後は――」
レイは当然のように頷くと、セリナの頭を撫でる。
「大丈夫! あなたの水魔法の組み合わせで時間は稼げるはず! あと、先輩たちの回復しといて!」
レイが手を掲げ、呪文を唱えると、地面から巨大な魔法陣が浮かび上がった。
そこから、地獄の大蜘蛛、ドギーとバキーが姿を現した。
二匹の蜘蛛は、闇色の甲殻を持ち、無数の赤い目がぎらぎらと輝いている。
「うおおおおお!! キメええええ!!」
「それじゃあ、このオバちゃんの言うこと聞くのよ」
レイは大蜘蛛を撫でると、静かに命じた。
「せめて、お姉ちゃんって言って欲しいッス!」
「――行け!」
レイが命じると、ドギーとバキーは一声鳴き、ガスパールに向かって鋭い足音を立てて近づいて行った。
二匹の蜘蛛は同時に飛び掛かり、ガスパールに攻撃を仕掛けた。
ガスパールは怒り狂いながら大蜘蛛に向かって拳を振るったが、ドギーとバキーは俊敏な動きでそれをかわし、ガスパールの足元に張り付くように攻撃を続ける。
ドギーはその鋭い牙で噛み付き、バキーは糸を吐き出してガスパールの動きを封じ込めようとする。
その間に、セリナは集中し始めた。
レイの掌から透明な水のオーラが溢れ出し、次第にその水が形を持ち始めた。
――第十階層禁術 水幕。
セリナの叫びとともに、水の壁が立ち上がり、ガスパールと大蜘蛛を覆うように囲んだ。
「レイレイ! 行って!」
ガスパールはその水の壁を打ち破ろうと力を振るったが、ドギーとバキーが巧みにその攻撃を受け流し、ガスパールを翻弄する。
セリナはさらに水魔法を重ね、地面から水流を呼び起こし、ガスパールの足元に強力な渦を巻き起こした。
――第十一階層禁術 水嵐。
激しい水の渦がガスパールの体を包み込み、動きを鈍らせる。
ガスパールは怒りと共に雄叫びを上げ、その力で渦を破壊しようとするが、セリナの魔力と大蜘蛛の協力で時間稼ぎは成功していた。
「頼んだわよ!」
レイが叫ぶと、セリナは背中を向けたまま、サムズアップしてみせた。
レイは瞬間移動の魔方陣を発動させると、自らが創造した亜空間へ跳んだ――
☆☆☆
戦いの最中、レイは瞬間移動魔法を発動させ、亜空間にある自分の研究室に瞬時に移動した。
そこはレイが作り上げた特殊空間で、時間が外界の百分の一の速さで流れる設定になっている。
この短時間で効果的な実験を行うための理想的な環境だ。
研究室に到着すると、レイはさっそくガスパールの肉片を捌いて、顕微鏡の下に置いた。
戦いの中で巧妙に採取したこの細胞が、竜人の強大な力の秘密を解き明かす鍵となるはずだ。
レイは迅速にいくつかの試薬を調合し、それを細胞に滴下していく。
レイは顕微鏡を覗き込みながら、細胞が試薬に反応する様子を注意深く観察する。
ガスパールの細胞は、通常の生物の細胞とは異なり、異常な再生力を持っている。
さらに、その細胞は魔力に対して高い耐性を示し、強力な魔法攻撃にも耐えられるように設計されているようだった。
レイは次に、亜空間内に保存していた様々な魔物のサンプルを取り出し、ガスパールの細胞にそれらを混ぜ合わせた。
それは魔物の体液や血液、毒素など、さまざまな魔法生物から収集したものだ。
これらがガスパールの細胞にどのような影響を及ぼすのか、レイはその反応を一つ一つ丁寧に記録していく。
「信じられない。どれもほとんど効果がないわね」
レイは眉をひそめながら、さらに強力な魔法を用意した。
それは古代の呪文で、通常の魔法生物には絶大な効果を発揮するものだ。
レイは呪文を唱え、細胞に向けて放った。しかし、ガスパールの細胞はその呪文すらも耐え抜いた。
レイの額に汗が滲む。
打つ手がない。
このままでは、この生き物は無敵だ、という結論に至ってしまう。
研究を続けるうちに、レイの表情はますます険しくなっていった。
すべての試薬、魔物のサンプル、古代の呪文——何を試しても、ガスパールの細胞はそれらに耐え続けた。
あらゆる魔法と攻撃が無効化される様子を見て、レイは一つの結論に達した。
「――弱点は、ない」
レイは絶望で膝を突いた。
竜人が、まさに最強の存在であることを、レイ自ら証明してしまった。
このまま、ガスパールを倒す方法がないまま戦場に戻らざるを得ない。
レイは途方に暮れたようにため息をついたが、すぐに目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
「最終手段を試すしかない」
レイの頭に浮かんだのは、これまで決して行うことはないと誓っていた禁断の方法だった。
それは、ガスパールの細胞を自らの体内に移植し、その力を自分のものにするというもの。
しかし、その結果がどうなるかは全く予測がつかない。
細胞が自分の肉体にどのような影響を与えるのか、そしてそれが無事に終わる保証などどこにもなかった。
レイは決意を固め、実験台の横にある手術用具を手に取った。
ガスパールの細胞を少量取り出し、それを特製の注射器に吸い込んだ。
注射器の針が光を反射して、一瞬、輝いた。
「これで、勝機が見えるかもしれない」
レイは自分の腕に針を押し当て、深呼吸した。
一か八かの賭けだ。
もしこの細胞が自分を乗っ取るようなことがあれば、レイは自分を保つことができなくなるかもしれない。それでも、今の状況では他に選択肢がなかった。
「うわああああああああああ!」
レイは針を腕に刺し、細胞を注入した。
冷たい液体が血管を流れ始めるのを感じた瞬間、全身が震え上がるような感覚に襲われた。
目の前がぼやけ、視界が歪む。
レイは床に倒れ込むのを防ぐために机にしがみついた。
☆☆☆
体内で何かが変わり始めているのを感じながら、レイは必死に意識を保とうとした。
細胞がレイの体と融合していく感覚。
恐怖と期待が交錯する中、レイは一瞬も油断することなく、自分の精神を保ち続けた。
レイは最後の手段を決意し、重々しく立ち上がった。
ガスパールの細胞を注入したことで、体内で何かが変わりつつあるのを感じていたが、真の意図は別にあった。
「やっぱり――呪いで中和するしかないか」
レイは自分の体に呪いをかけるという禁忌に挑むつもりだった。
呪いをかけることで、ガスパールの細胞が持つ力を抑え込み、自らの肉体と精神を保ちながら、その力を引き出すことができるかもしれない。
当然ながら、それはあまりにも危険な行為であり、呪いが暴走すれば命を失う可能性もある。
レイは深呼吸をし、集中を高めた。
古代の呪文を思い出し、その呪文を詠唱し始める。
低く静かな声が研究室に響き渡り、空気が淀み、揺れ始めた。
手のひらに青白い光が集まり、それが自身の体へと浸透していく。
呪いがレイの体内に入った瞬間、強烈な痛みが全身を襲った。
血が逆流するような感覚に耐えながら、レイは歯を食いしばる。
痛みとともに、ガスパールの細胞が抑え込まれていくのがわかった。
呪いが細胞と反応し始めると、痛みはさらに増し、彼女の視界が白く染まった。
しかし、その苦痛の中で、レイは確かな変化を感じた。
ガスパールの細胞が少しずつ沈静化し、自分自身の力として制御できるようになりつつあった。
呪いの力をうまく中和し、自らの精神と肉体を保ちながら、ガスパールの力を抑え込むことに成功したのか。
わからないまま、レイは気を失った。
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